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解けた誤解

 城へと戻ってきたヨシュアが、肩に片手を置きコキコキと首の骨を鳴らしながら、疲れ切った表情で向かったのは王の執務室。


 執務室の扉をノックすると入室を認める声が聞こえて来たが、返答は王ではなくユークレースのものだった。


 入室するとやはり部屋に王の姿は無く、いるのはユークレース。と、瑠璃とのごたごたで第一区に入る許可を取り消されたはずのユアンの姿があった。



「あれ、陛下は?

 しかもなんでユアンがいるんだ。ルリと和解でもしたのか?それにしてはすっげえ機嫌悪そうだけと」



 ユアンはぎろりとヨシュアを睨み付けた後、機嫌が悪そうに視線を逸らした。



「フィンがいない間に任せていた仕事を届けて貰ったのよ。今はルリがいないから問題ないと思って許可してあるわ」


「なんだ、ルリもお出かけか?」


「家出って書き置き残していなくなって、霊王国から戻ったばかりの陛下が、行く可能性のあるチェルシーさんの家に迎えに行っちゃったのよ。

 おかげで仕事が進まないったらないわ」


「ああ、なるほど」



 納得したようにヨシュアはユアンに視線を向けた。


 王が出かけたということは、当然護衛のフィンも一緒について行っているはず。

 帰りを待ち望んでいただろうブラコンは、肩透かしをくって相当落ち込んだことだろう。



「お兄ちゃんが大好きなのは構わないけど、ルリに八つ当たりするんじゃねぇぞー」



 フィンが出掛けるそもそもの理由を作った、瑠璃への苛立ちを感じているのが透けて見えるユアンに、冗談交じりの口調で警告するヨシュア。

 口調は軽いが、そこに含まれる懸念を払っておこうという思いは真剣なものだ。


 ユアンはすでに二度精霊の怒りを買っている。

 王達が瑠璃に会わせないよう取り計らっているが、絶対会わずにいさせることは不可能だろう。

 瑠璃はちょこちょこ探検するし、ユアンの階級も高いので基本行動範囲は城の上位区域だ。


 ことフィンのこととなると狭量というスキルを発揮するユアンに念を入れておく。



 ユークレースから書類を受け取ったユアンは、ヨシュアの言葉には何も返さず、一瞥すら向けず執務室を出て行った。



「やばくね?ルリに会ったら突っ掛かって行きそう」


「全く………。フィンさえ関わらなければ、努力家で辛抱強くて部下への配慮もできる良い子なんだけどね。

 あんたももう少し真剣に忠告できないの?」


「それは親父に頼んで。俺はこういう性格だもんよ」



 諦めたようにユークレースは溜め息を吐く。



「それで、ルリはなんだって家出したんだ?」


「家出じゃなくて、多分ナダーシャに様子見に行ったんだと思うわ。最近民にも噂が流れ始めているから」


「あちゃー、もしかして巫女姫が王達の陰謀だってバレたかな」


「ルリに言ってなかったの?」


「だってさ、只でさえ誘拐同然で連れて来られたのに、予言なんてウッソー。

 戦争したいけど反対派がいるんで、そいつら消すためなら誰でも良かったんだよね、なんて聞いたら普通怒るっしょ。

 しかも、君は頭が良さそうで邪魔になりそうだからついでに消えてねってさ」


「私なら怒り狂うわね」



 即答するユークレース。

 連れて来ておいて、邪魔なら消す。

 人の命を道具のようにしか見ていない、彼の者達に吐き気すら感じる。



「まあ、ばあちゃんが上手いこと宥めてくれるだろう。

 けどさ、さすがにそろそろルリがナダーシャに連れて来られた人間だって陛下達に教えた方が良くね?

 ナダーシャと戦争始まるんだろ?」


「まあ、そうよね。帰ってきたらルリに話してみましょう」




***



「チェルシー、ルリはここにいるか!?」


「ええ、来ておりますよ」



 チェルシーの答えに安堵するジェイド。

 一方、室内ではジェイドの登場に瑠璃が首を捻っていた。



「どうしてジェイド様がここにいるの?ちゃんと書き置き残してきたんだけど見てないのかな?」


『ねえ、ルリいいの?』



 主語のないリンの言葉に瑠璃は首を傾げる。



「なにが?」


『あなた人間だって事隠しているんじゃなかったの?』


「……………はっ!まずい」



 一拍の沈黙の後、自分の姿を思い出した瑠璃は大いに慌てた。

 呑気に座っていたがこのままではバレてしまう。



「腕輪-!腕輪何処行った!」



 腕輪の行方を思い出そうとしている間に、室内に入ってきたらしく足音はそこまで迫っていた。


 まずい、非常にまずい。



『確かローブのポケットに入れてたよー』


「そうだ、ローブ!」



 チェルシーの家に入る直前に人間に戻り、その時着ていたローブは空間にしまっていた事を精霊の助言で思い出した瑠璃は、空間からローブを取り出すと家具の影に隠れ腕輪を探した。



 丁度その時チェルシーと、その後ろからジェイドと、ジェイドの速さに必死でかじり付いてきた為に息切れをしているクラウスとフィンが入ってきた。



「ルリ、どこだい?」



 チェルシーが部屋を見回すが、先程まで椅子に座っていた瑠璃の姿が見当たらず首を傾げる。

 少しして瑠璃が家具の影から姿を見せた。何故か猫の姿で。



「ルリ?あんたどうして猫………」


「にゃあうにゃーっ!!」



 何故猫になっているのか問おうとしたチェルシーの言葉を言わせまいと、瑠璃が慌てて上から鳴き声を被せる。


 その瑠璃の様子に何かを察したチェルシーは訝しげにしながらも口を閉じた。



(か、間一髪……)



 かろうじて間に合った瑠璃は、内心の冷や汗を押し隠しほっと息を吐いた。

 それとなくリンがチェルシーに事情説明をするため近付いていったのを横目に、瑠璃はジェイドに向き合う。



『ジェイド様、どうかしたんですか?』



 ジェイドはルリの姿を見ると一瞬表情を緩めたが、すぐにその表情は哀しげになる。

 ジェイドはきょとんとした瑠璃の前に膝を突き屈む。



「ルリ、何故家出などしたんだ。何か気に食わないことがあるのなら言ってくれれば改善する。

 だから一先ず帰ってきてはくれないか?」


『はい?家出?』



 何故に家出という事になっているのか?その疑問に答えたのは漸く息も整ったクラウスだった。



「あなたが残した書き置きに、家、出る、家、帰ると書いてあったので、陛下はあなたが家出したんだと思っているのですよ」


「ルリ、あんたそんな書き置き残してきたら、心配するのは当然だろう。

 何故直接口で伝えなかったんだい」



 呆れたように瑠璃を見るチェルシー。



『いや、単語でも雰囲気で伝わるかなって思って。

 でも、家?城って書いたつもりだったんですけど』


「単語しか書けない完成度で書き置きなんてするから、こんなことになるんだよ」



 ごもっとも。と瑠璃はチェルシーの言葉に反論出来ず唸る。


 だが、鬼の形相で仕事するユークレースの邪魔をする勇気は無かったし、その辺りにいる人に伝言しておいてと言っても、愛し子が遠出すると聞けば誰かついて来ると思ったのだ。


 事後承諾ならば出掛けてしまえばこっちのもの、と思ったのだが違う方向で問題になっていたらしい。



『あの、えーと、ジェイド様?

 心配かけてごめんなさい。家出したんじゃなくて、出掛けるって事を書きたかったんです』


「家出じゃないのか?」



 瑠璃は何度も頷いた。



「そうか」



 やっと納得したらしいジェイドは、ゆるゆるに表情を緩ませ微笑む。

 その後ろでは、クラウスが「だから、ユークレースがそう言っていたではありませんか」と疲れきったように肩を落としていた。


 フィンも言葉には出さないが、クラウス同様疲れた様子だ。


 チェルシーは二人に休憩が必要と感じ取ったのか、お茶の用意に取りかかった。




 少ししてお茶の準備が出来ると、最近の定位置となりつつある膝の上に瑠璃を乗せ、至極ご満悦の竜王の姿があった。


 その見慣れた光景にクラウスとフィンは気にせずチェルシーの入れたお茶を堪能していたが、チェルシーは何とも言えない表情でそれを見ていた。



 ふと視線を上げたジェイドは水の入ったコップに浸かるリンの姿を視界に入れ、霊王国での話を思い出した。



「そうだ、ルリ。霊王国にいる時に話に聞いたんだが、ルリは最上位の内の三精霊と契約した上、水と風の精霊を従属させているそうだな。

 そこにいる魔獣がそうか?」



 『そうよー、リンって呼んで』っとリンが元気よく返事をするも、ルリの頭の中には疑問符が浮かんでいる。



『従属ってなんですか?

 確かにリディアっていう精霊とは契約していますけど、リンやコタロウとは契約していませんよ』



 その瑠璃の言葉にクラウスとフィンは驚き、ジェイドは「やはり知らなかったか」と一人納得した。



「コタロウの時は仕方が無いとして、リンの時も何も知らないで名付けたのかい?」


『いや、だって早く名前をつけてってリンが急かすから。

 ………名前付けたら何かあるんですか?』


「名を付ける事も契約の一つの方法なんだよ。

 あんたとリディアがした契約は、あくまで精霊と契約者は対等という契約だ。

 でも精霊に名を付ける事により行う契約は、リディアとした契約よりも拘束力の強い契約なんだよ」



 チェルシーの説明でも今一分かっていない瑠璃に、リンが加えて説明する。



『そうね、例えば瑠璃が私とリディアに殺し合えと命じる』


『私そんな事言わない!!』


『分かっているわ、あくまで例えよ。

 その場合、対等な契約をしたリディアはルリの命令を断れるけど、名を付けられ従属している私はそれを断れないの。

 支配下に置ける、それが精霊に名を付けるということよ』



 そんなことは知らず、コタロウの時も名前がないと呼ぶのに不便だろうと軽く名付けた瑠璃は、大変なことをしてしまったと愕然とする。



『そんな、私何てことを………』


『そんな深く思い詰めることないわよ』



 深刻に受け止めた瑠璃とは違いあっけらかんとしたリン。



『さっき聞いたと思うけど私やコタロウはこの世界で最も力のある最上位精霊よ。

 いくら魔力の強いルリでも私やコタロウには及ばない。

 だから名を付けられるのが……従属させられるのが嫌だったら殺してるわ。

 でもコタロウは嫌がるどころか嬉しそうだったでしょう?』


『うん』



 瑠璃が呼ぶ度嬉しそうに鳴き擦り寄ってくるコタロウの姿は、名を付け従属させた瑠璃を嫌っているようには見えなかった。



『ならそれが答えよ。

 コタロウはルリに従属しても良いって思ったからあなたに名を付ける事を許したの。

 私の時だって名を付けるよう頼んだのは私の方よ。嫌ならそんな事言わないわ。

 ………それに、ルリは私達に理不尽な命令なんてしないでしょう?』


『うん』



 迷わず瑠璃は頷いた。



『ふふふ、最初はコタロウに言われたからって理由が大きかったけど、今ではルリが大好きよ。

 私の名前を付けたのがルリで本当に良かったと思っているわ』


『私もリンが大好き!』



 すりすりと擦り寄ってきたリンに、負けじと瑠璃も頬を擦り寄せる。



 白猫とクリオネの身悶えしそうな可愛らしい光景に、自然とチェルシー達の表情も綻ぶ。


 ………が、微笑ましく感じたのはそれまでで、自分もルリが好きだー!と主張し始めた精霊達がわらわらと集まり瑠璃とリンに突撃してきた為、埋もれた瑠璃の叫び声が家の中に響き渡ることになった。




***



 そして竜王都へと帰る時。



『じゃあ、行ってきます』


「ああ、いつでも帰っておいで」



 以前と同じように、まるで母のように瑠璃を見送るチェルシーは、次に本当の息子へと視線を向けた。



「クラウス、あんたルリに変なこと言ったみたいだね」


「何の事です?」


「ルリが城へ行く前に、ルリが人間の愛し子ではなくて良かったと言ったそうじゃないか。

 フィンもそれに同意していたとか」



 名指しされたクラウスとフィンは互いに視線を合わせ首を傾げた。



「ルリは常識に疎いと伝えていたはずだろう。

 竜族に選民意識があるような事を言って、混乱させるんじゃないよ」



 リンから瑠璃が猫でいる理由を聞いたチェルシーが、瑠璃の疑念を晴らすようクラウスと

フィンを叱りつける。


 だが、ずっと心に引っかかっていた瑠璃とは違い、うろ覚えのクラウスとフィン。

 言ったかなあ?という様子だ。


 だが、少しして思い出してきたようで。



「そう言えば、丁度ヨシュアからナダーシャについての報告を聞いていたのでそのせいかもしれませんね。

 欲の塊のようなあの王や神官のような愛し子ではなくて良かったという意味で、人間でなくて良かったと言ったような気がします」



(あいつらぁぁ)



 やはり原因となるのはここでもナダーシャの王と神官のようだ。

 初めて瑠璃は彼らに殺意を抱いた。



「これで誤解は解けたかい?」



 瑠璃に近づき、こっそりと確認を取るチェルシー。



『はい、ありがとうございます』



 チェルシーにはお世話になってばかりだ。

 こんどこっそり王都でチェルシーへの感謝を込めて贈り物を買おうと瑠璃は心に決めた。



 竜体へと変わったジェイドの手の平に乗り王都へと帰っている途中、瑠璃はジェイドに話しかけた。



『ジェイド様』


『なんだ?』



 ジェイドの念話はこれが初めてで、直接頭の中に響いてくるような声に、瑠璃は少しこそばゆさを感じた。



『帰ったら、ジェイド様に内緒にしていたことがあるんですけど、聞いてくれますか?』


『内緒?今では駄目なのか?』


『ヨシュアに説明してもらいたい事もあるし、ジェイド様が驚きすぎて落とされたら困りますから』


『なんだ、ヨシュアは知っているのか』



 内緒の話をヨシュアは知っていると聞き、どこか拗ねたような声色のジェイド。

 その後、竜体の低く唸るような笑い声が聞こえてきた。



『どれ程驚く話か楽しみだな』



 とんでもなく驚くと思います。と瑠璃は心の中で付け加える。


 そしてふと瑠璃はコタロウの事を思い出した。


 王都に入るために体を変えると言っていたが、未だに会いに来ない。

 一体何処で何をしているのか。



『ねえ、リン。コタロウってば何処まで出掛けていったんだろ?』


『そう言われてみれば、あれから随分経つわね』



 その疑問に答えたのはジェイドだ。



『そのコタロウという精霊ならば、霊王国で会ったぞ。

 霊王国の聖獣の体を得て、ルリに会いに行くと言って去っていったが、まだ会えていないのか?』


『えー!コタロウどんな体を手に入れてるのよ!?』




 その頃、新しい体を得たコタロウはというと………。

 未だ霊王国内のとある町中にいた。

 


「まあ、聖獣様、こちらの物はいかがですか?」


『我は聖獣ではなく、精霊だ』


「そんなのどっちだって、構いやしませんよ。

 それでいかがです?」


『むっ………もらおう』


「今お包みしますねー!」



 直接瑠璃の元へは向かわず、折角霊王国まで来たのだからと、瑠璃へのお土産を求め町へ降りたコタロウ。


 国で神聖化された聖獣の登場に、町の人々は驚き、ちょっとした騒ぎとなった。

 体は聖獣だが、中身は精霊だと申告した所、聖獣がこんな町中にいる理由を知り一先ず落ち着いた。


 が、どっちにしろ信仰の対象だという答えに至った町の人々は、こぞって供物と言う名のお土産を捧げた。


 そしてその中から瑠璃が欲しそうな物を物色中のコタロウ。



 コタロウが瑠璃の元へ戻るには、もう少し時間が掛かりそうだ。







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[一言] 例外なく人々の信仰心を食い物にして金を集める宗教って糞です。完璧に殲滅しないと平和は絶対来ない
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