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真相

 魔の森と呼ばれている森にチェルシーが住むようになってから随分な時が経った。

 勝手気ままな独り暮らしは、時折息子や孫達が来るとき以外は静かなものだった。

 そんな毎日が壊されたのは二年前。


 竜族にとって数年のことなど瞬く間の事だか、瑠璃といた二年は強烈な印象として残り、当初は間違って二人分の食事を作ってしまうという失敗を何度も繰り返してしまった。


 それも最近漸く慣れてきた所だ。



 今日も食事を作っていたチェルシーは、自身が張った結界内に何者かが入ってきたのを感じた。

 そしてそのよく知った魔力の気配に、火を止め迎え入れようと玄関へと向かう。


 直後、けたたましく扉を開ける音がしたかと思うと、入ってきた時の勢いを殺さぬままチェルシーへと飛び込んできた瑠璃の姿に目を丸める。



「チェルシーさぁぁん!!聞いて下さいよっ」



 ぎゅうっとしがみついたかと思うと、意味の分からない文句をつらつらと口にする瑠璃。



「まったく……あんたがいると騒がしいったらないね。それで、どうしたんだい?」



 溜め息交じりのチェルシーに、瑠璃はナダーシャ王と神官の話しを興奮しなから話した。



「ああ、そのことを知っちゃったんだね」



 瑠璃は驚いたようにチェルシーを見る。



「知っちゃったって、チェルシーさんは知ってたんですか!?」



 瑠璃を椅子に座らせ、チェルシーは棚から茶葉を取りお茶の準備を始める。



「まあね。私の孫のヨシュアには会ったかい?」


「はい」


「ヨシュアにはナダーシャで巫女姫について調べた事を教えて貰っていてね。

 その中で、巫女姫について書かれた予言書を調べたところ、おかしい箇所があったんだよ」


「おかしい箇所?」


「そう。古い予言書だっていうのに、随分新しかったそうだ。

 特に巫女姫の容姿については最近書き加えられたかのような痕跡があった。筆跡はその神官長のものだったそうだよ」


「どうして彼等はそんなことを」



 準備したお茶を瑠璃と自分の前に置き、瑠璃の向かいに座ったチェルシーはお茶を一口飲み、話し始める。



「ナダーシャ王は竜族の土地が欲しく戦争がしたい。

 そしてナダーシャの教会の上層部は拝金主義の巣窟でね。戦争が始まれば国民は神に安全を祈り、教会に多くのお布施を払う。そのために戦争がしたいんだよ」



 瑠璃の顔に王と神官達への不快感が表れるが、瑠璃は何も言わずチェルシーの話に耳をかたむける。



「だが、ナダーシャにも戦争がしたい者ばかりがいるわけじゃない。国内の内情を憂い戦争を反対する穏健派がいた。

 その勢力が戦争を進めようとする王を抑えていたんだ」


「それなのにどうして戦争が起こるんですか?」


「王と神官長は戦争を押し進める為に巫女姫という存在を作り上げることにした。

 戦争や税の取り立てで疲弊していた国民は、繁栄を与えるという巫女姫に希望を抱いたことだろう。

 そしてその巫女が戦争を推奨すれば、戦争を行えると考えた。

 巫女姫は誰でも良かったんだ。

 ただ、召喚された者の中に見目の良い娘がいたから、それに決めただけで」


「そんな理由で…………」



 王と神官長との話である程度予想していたことだが、改めて衝撃を受ける。


 受け入れがたい自分がいるが、それでも冷静な自分がいて、瑠璃は疑問を口にする。



「じゃあ、別に私達を召喚しなくたって自分の国の誰かを巫女姫にすれば良いじゃないですか。

 誰でも良いって言うのならそれでも……」


「きっと召喚されてきた人間という事実が欲しかったんだろう。特別な者であることを強調するために。

 自国民では穏健派が信用しないだろうし、それに召喚されてきた者ならナダーシャの現状も何も知らない。扱いやすいと思ったんだろう」


「…………」



 あさひに巻き込まれるのは今に始まった事では無い。

 頭にはくるが、またかという諦めがあった。

 だが、別にあさひでなくとも良かった。

 なら何故自分だったのか。どうして自分はそこにいてしまったのか。

 ただ運が悪かった。それだけでは片付けられない複雑な感情が瑠璃の中に渦巻く。



「続けるよ?」



 俯いてしまった瑠璃を心配そうに窺い優しく声を掛けるチェルシーに頷く。



「そしてあさひって子に、友人は竜王国に連れ去られたんだとだまし、竜王国と戦争を望むように仕向け、そしてそれに反対する者を追放していったんだ。

 ナダーシャでは精霊ではなく独自の神を崇め、信仰深く教会の力が強いんだが、召喚された巫女姫を信じないのは神を信じない事と同義だと言ってね。

 丁度神官が魔法を使えないっていう事態が起こり、それを神官は巫女姫を信じないからだと、穏健派を排除したんだよ。

 巫女姫の存在を信じ賛成派に鞍替えした者達のせいで、弱体化した反対派は抵抗出来なかった」



 チェルシーの話しを聞いて、瑠璃は居たたまれなくなってきた。

 気まずそうにチェルシーの顔を窺う。



「それってかなり私のせいなんじゃあ……」



 あさひが言いくるめられてしまった、友人が竜王国に連れ去られた云々というのは間違いなく瑠璃の事だろう。

 そして神官達が魔法を使えなくなったのは、瑠璃の為を思って精霊達が行った報復の事だろう。


 

「きっかけにはなっただろうが、瑠璃の事が無くても結果は変わらなかったよ。王達がそう仕向けるからね」


「でも、魔法が使えなくなるような事が無ければ獣の餌にされることもなかったですよね」



 瑠璃の頭の中に、穏健派の人達の現状を話しながら意地悪く笑う王と神官長の声が響き、とんでもなく罪悪感に襲われる。



「それは大丈夫。ナダーシャでまともな考えを持っている貴重な人材を消される訳にはいかないからね。森に追放された時点で保護して竜王都に送っている。

 だからそのことで瑠璃が罪悪感を抱くことはないよ」



 無事と聞き安堵する瑠璃。

 見ず知らずの他人だが、やはり自分が原因となって人が亡くなるのは気分が悪い。



「きっと現王権を倒した後は、その彼らにナダーシャを任せることになるだろうね。 

 …………それで、瑠璃はどうしたい?」


「えっ?」


「一緒に召喚された者やナダーシャの者達を殴りたいとか言っていたじゃないか。

 一緒に召喚された者達は、利用された被害者でもあるからそれ程厳しい罰にはならないだろうが、王達は厳罰だろうから早めに竜王に相談した方が良いよ」


「確かに怒髪天を衝くような怒りはあるんですけど、今は考えられないっていうか」



 繁栄という国の為を思っての行いではなく、ただ私利私欲にまみれた権力者の我が儘の為に連れて来られたという、理不尽な真実を知ったショックがまだ大きい。



「そもそもルリは、何をそんなに落ち込んでるんだい?」


「何って、戦争したいってそんな理由で呼ばれたんですよ!?他の誰かでも良かったって言うんです。

 どうして私なの!?って思うじゃないですか」


「それは最初から分かっていた事じゃないかい。

 ナダーシャの国どころかこの世界の者でもない瑠璃にしたら、どんな理由だろうと理不尽に瑠璃の意志を無視して連れて来た事に変わりは無いだろう?」


「………確かに」



 チェルシーが言う通りだ。

 戦争の為だろうが、人助けの為だろうが瑠璃には全く関係がないし、無実の罪で森に捨てられたことも変わらない。


 そう思うと少し落ち着いてきた。

 ………が、この二年で漸くこちらの世界の生活にも慣れ、薄れてきたあちらの世界への執着が、王と神官長の私利私欲にまみれた胸くその悪い話で再燃してしまい、抑えきれず再び机の上に突っ伏す。



「でも、やっぱり考えちゃうんです。

 あさひでも私でもなくて良かったなら、後十分、いや五分遅く家を出ていたら今は変わっていたんだろうなって。

 なんであの時あさひを振り切って大学に飛び込まなかったんだ、私はぁぁ!」 


「まあ、そうだね」



 悔しそうに机をバンバンと叩く瑠璃。



 本来なら、道が開いたとしても滅多に人が通ってくる程の大きさの道は開かず。

 そこに瑠璃が居たとしても、気付きもしない足元の小石が一つ消えていたぐらいのものだろう。


 ナダーシャの召喚とは、あちらとこちらの道が開く時にその道を広げることと、出口を城の部屋に指定することだけ。なので人が必ずこちらに来るとは限らないし、人であるとも限らない。


 だが、ナダーシャの神官長は、根性はねじ曲がっているが、能力的には最上級な人物だったようで、研究を重ね、人の生命力を目標により人が集まっている場所に道を開けるよう改良したのだ。


 その栄えある初行使の、第一被害者が瑠璃達だった。

 たまたま、こちらとの道が開くその日その場所その時間に鉢合わせしてしまった天文学的な運の悪さは、さすがにチェルシーにもフォローは出来なかった。


 しかし、さすがにこれ以上瑠璃の運の悪さを指摘するのは可哀想なのでチェルシーは胸にしまった。



 すると、それまでチェルシーの入れてくれた水入りのコップの中でお風呂に入るように浸かっていたリンが飛び上がる。



『ルリはこの世界にいるのが嫌なの?私の目には楽しそうに生活しているように見えるけど?』


「楽しいわよ。あさひにわずらわされない生活は、ずっと私が夢見てた事だし、そこにチェルシーさんやリン達がいて毎日楽しいし嬉しい。

 でもどんなに楽しくたって、やっぱり家族には会いたい。

 もう二度と会えないなんて」



 まさかこの年になってこれほど親が恋しいと思うなど昔は考えもしなかった。親離れ出来ない子供と思われようが、会いたいものは会いたい。

 しかし、精霊のリンには今一伝わらないようだ。


 哀しげに表情を歪める瑠璃は、ふと聞き耳を立てていた話を思い出した。



「…………はっ!そうだ、あいつらまた必要なら新しい人を呼び出せば良いって言ってたわ。

 その方法を調べたら向こうに帰る方法、何か分かるかも!」



 希望を見いだし顔に喜色が浮かぶ瑠璃だったが、リンがばっさりと切り捨てた。



『あら、それは無理よ。あちらからは来られるけど、肉体のある者はこちらからはあちらとの境目を通れない。

 一度こちらに来たら、帰るなんて無理無理』



 この数年悩みに悩み、聞けずにいた問いの答えをあっさり暴露され、悲壮感漂う表情でリンを見た。



「リン………」


『下手な慰め言ったって結果は変わらないでしょう?』


「そうだけど、簡単に捨てられないものってあるのよ………」



 がっくりとテーブルの上に力尽きる瑠璃。



「どうしてあちらからは来られるのに、帰れないのよ!」



 誰に言っているでもなく、駄々っ子のように怒りをぶちまける瑠璃。

 こうでもして発散するしか、方法を思いつかない。

 そんな瑠璃とは反対に、リンは冷静そのもの。



『仕方が無いじゃない、そういうものなんだから。こればっかりは精霊にもどうにもならないわね。

 諦めて嫁に来たとでも思えば良いでしょう?』


「嫁……電話はおろか手紙すら届かない場所に嫁って………」


『あら、伝言位なら私達が届けてあげるわよ』



 リンの言葉を聞いた瞬間、瑠璃は勢い良く起き上がった。



「出来るの!?」



 瑠璃の頭上でパタパタと浮いていたリンをわし掴み、顔の前に連れて来る。瑠璃の顔は必死さのあまり目つきが鋭く怖い……。



『出来る、出来るわよ!その前に離して、苦しいーっ!』



 瑠璃の手から逃れたリンはテーブルの上に落ち着きほっと息を吐く。



『こちらからルリの世界へはある一定の周期で道が開くの。その道がどこにどれ位の大きさで開くかは分からない。でもたいがいは人が通れる程の大きさではないわね。

 因みにナダーシャの召喚と言われるものは、その道のこちら側の出入り口を指定して広がりを大きくし人を落とすものなの。

 そして道はあちらからの一本道。肉体を持つ限りそれは変わらない。

 でも私達には人のように肉体はない』


「じゃあ、精霊なら………」


『ええ、道さえ開けば行ったり来たり出来るわ。

 そしてあちらに行ってルリの言葉を伝えることも、あなたへの伝言を持ち帰ることもね』



 少なくとも連絡は取れるという事に、瑠璃の表情が分かりやすく晴れやかになる。


 そこへ疑問を感じたチェルシーが口を挟む。



「だがルリの両親は人間だろう?精霊を見えるだけの魔力がなくば、伝えようがないんじゃないかい?」


『あら、私の今の姿は魔力の少ない人間にも見えるわよ』



 チェルシーは納得して頷いた。


 あちらに行った後で体を手に入れれば、人間にも言葉を伝えることが出来る。



「後はルリの両親が信じるかだね。あちらには精霊や魔法というものは一般的ではないのだろう?」


「その点は、うちの両親なら大丈夫だと思います」



 瑠璃は確信を持って口にした。

 何せ自分の両親、肝は据わっている。

 そして、最近疑問に思い始めたあること。

 もしかしたら体を手に入れずとも母と祖父には………。



『ねえ、他には?他にルリが不安なことはない?』



 瑠璃を心配そうに窺うように尋ねるリン。



「リン………?」


『コタロウが言っていたわ。

 ルリはこの世界で一人だ。今でも家族に会いたいと寂しがっている。

 ルリに笑って欲しいから少しでもルリが寂しくないようにしたいって。

 だから私にルリに会いに行くように言ったのよ』


「コタロウがそんなことを………」



 側に居なくても瑠璃の心を理解し、瑠璃の心配をするコタロウ。

 コタロウの忠犬っぷりを再確認し感動した。

 そして無性にあの大きな巨体に抱き付きたくなった。



「皆ルリを心配しているんだよ。

 ルリの親にはなれないけど、親代わりにはなれる。

 寂しいかもしれないが、私や精霊達が今のルリの家族だ」



 ぽんぽんと頭を叩くチェルシーの手の温かさに瑠璃の瞳が潤む。



「うん、ありがとう」



 自然と柔らかい笑みが浮かんでくる瑠璃に、チェルシーとリンも微笑む。


 優しい空気が流れるその場に、突然チェルシーの動きが止まる。


 疑問に思う瑠璃だが、すぐにチェルシーの張った結界内に誰かが入ってきた事に気付いた。


 しかしチェルシーの結界内にはチェルシーの許した者しか入れないと知っているので、瑠璃もチェルシーも落ち着いている。



「お客様みたいですね」


「ああ。今日は来客が多いね………ん、この魔力は……」



 来客を迎えようと席を立ったチェルシーだが、ある魔力の気配にその動きを止めた。


 何故この方がいらっしゃるのだと疑問に思い動きの止まったチェルシーを急かすように、玄関の扉が激しく叩かれ、チェルシーは急いで玄関へ向かう。



「これはこれは、ようこそお越し下さいました」



 玄関から僅かに聞こえてくるチェルシーの丁寧な口調に、誰だろうかと思いながら呑気にお茶を飲んでいた瑠璃は、次に聞こえてきた声に手を止める。



「チェルシー、ルリはここにいるか!?」



 瑠璃のいる室内にまではっきりと聞こえてきた切羽詰まった声に瑠璃は目を丸くした。



「えっなんでジェイド様が!?」





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[一言] 信仰と宗教は全く別物で、すべての宗教は信者からカツアゲする拝金主義で例外はないということをお寺の檀家や神社の総代で学んだ。
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