真実
勢いでナダーシャへとやって来た瑠璃は、ナダーシャの現状に愕然とした。
「ひどい………」
ナダーシャの城から追い出された時は、馬車に放り込まれそのまま森まで出されることはなかったので、王都や通り掛かった町の様子を目にすることはなかった。
だが逆にそれで良かったと、町の様子を見て瑠璃は思った。
きっと先にこの現状を見ていたら、絶望感に襲われ森であそこまで気丈に過ごせていなかったかもしれない。
それほどナダーシャの町はひどいの一言に尽きる。
それなりに大きな町だというのに、廃墟かと思うほど建物は荒れ、人通りも少なく、その少ない人も顔に生気が無く異様なほど痩せ細っている。
元気に走り回る子供もいない。井戸端会議をしている女性の姿も声を上げ商品を売る人の声もしない。
隣国だというのに竜王都との差は何なのか。
瑠璃がこちらに連れて来られておよそ二年。瑠璃はナダーシャでの暮らしを思い出した。
あさひの連れとして衣食住に不足なく過ごしていた、数日間。
この町の光景を見れば普通だと思っていたあの生活がどれだけ恵まれたものかが分かる。
そして巫女姫として王族と同等の待遇を受けていたあさひの生活。
どう見ても節約などという言葉とは無縁の生活だった。
逆に城での生活が異常に思えるほど、この町の有り様はひどい。
それなのに王は竜王国へ戦争を仕掛けようとしている。それどころではないのは政治を良く分からない瑠璃の目にも明らかだというのに。
『ルリ、早く行きましょうよ』
リンが促すが瑠璃はその場を動くことが出来なかった。
そして何を思ったか猫から人の姿へと戻ると、町の開けた広場の方へと歩き始める。
広場には井戸があり、水で飢えを凌ごうとしているのか多くの人が井戸近くに集まり座り込んでいた。
しかし水で飢えを凌ぐことは出来るはずもなく、明らかなよそ者の瑠璃が歩いていてもほんの僅か視線を向けるだけで直ぐにその労力も惜しいと言うように興味を無くす。
『ルリ?』
リンが不思議そうに見つめる中、瑠璃は広場の真ん中で立ち止まると意識を集中させる。
すると地面から突然芽が生える。
瑠璃はその芽に魔力をどんどん注ぎ込んでいき、それに比例するように通常ではあり得ない速さで芽が育っていき青々と葉が茂る大木へ、更に魔力を注ぐとその大木から立派な果実がなっていく。
それまで生気も無くどこか宙を見つめていた町の人々に初めて感情という色がつき始めた。
瑠璃は風の魔法で木になった果実を刈り取り落ちてきた果実を風で受け取ると、周囲で力尽きた人々に一つずつ果実を手渡していく。
町の人々は渡された果実と瑠璃を信じられないように交互に見つめている。
そして恐る恐る果実をかじり、口に広がる甘い果汁に次の瞬間には堰を切ったように無心で果実を食べ始めた。
瑠璃が大量に魔力を流し魔法で作り出した木の為か、広場にいる人に一通り配り終える頃には再び木に果実がなっていた。
それを確認し、まだ比較的動ける人に、他の町の人にも分けてあげて欲しいと伝え、瑠璃はその町から離れた。
移動中、リンは瑠璃の行動が理解できないようで問いかける。
『あなたがそんなことをしたって何も変わらないわよ?』
「それで良いの。この現状を何とかするのは私じゃなく国の仕事だもの。
ただ……ここで放置していったら何度もこの光景を思い出しそうで寝覚めが悪いから。
数日とは言え彼らから搾取されたお金で暮らしていたっていう罪悪感を解消したいが為のたんなる偽善よ」
人間の思考って色々面倒ね。と全く理解出来ないリンに瑠璃は苦笑を浮かべ、その後も立ち寄った町で食料を提供しながらナダーシャの王都へと向かった。
ナダーシャの王都はさすが王のお膝元だけあり通りを歩く人の姿も多く、身に付けている衣服もしっかりとしている。
この王都だけを見ていたのなら、竜王都とは比べものにならないほど規模は小さいが、外国の観光地のようだと喜んでいたのだろう。
だが、これまで荒んだ町の様子を見てきた瑠璃は、あまりにも違う生活の差に違和感を覚える。
そして訪れた町々で、子供や女性、老人が多かったことに疑問を持った瑠璃だったが、王都を見てその理由が分かった。
王都に入る門の前には沢山の男性が列を成していた。
ある者は疲れを滲ませ、ある者は何かに怯え列に並んでいる。
猫の姿でこっそり聞き耳を立てていた瑠璃はそれが戦争の為に召集された者達だと知った。
『ルリこれからどうするの?』
リンの問い掛けに瑠璃は悩む。
瑠璃がナダーシャに来たのは本当に戦争が起きるのかと噂の真偽を確かめたかったからだ。
だが、もう噂ではなく真実だと知った。
戦争を止めるだなんて大それた事が自分に出来るとは思っていない。
ただ気になっただけ。
他に気になっているのは、後あさひが戦争に関わっているかだが、それを知った所でどうなるというのか、勢いで来てしまった事を今更ながら反省する。
うーんと悩む瑠璃。
『取りあえず城に行って様子を見てから決めたら?』
『そうだね。でもあさひには会いたくないからこっそり様子を見よう』
次の行動が決まると、外壁の壊れた所からこっそりと王都内に侵入した。
***
ナダーシャ城の玉座の間。その玉座にはナダーシャ王が座っていた。
「戦の準備はどうなっておる?」
王の疑問に答えたのは瑠璃達をこちらの世界に召喚した神官の中で最も地位の高い年寄りの神官。
「全て順調に進んでおります。
一時魔法が使えなくなったときは焦りましたが、それらは巫女姫の意志に逆らった反対勢力のせいで神が警告されたという事にして、全て魔の森へ追放致しました。
今頃は森に棲まう獣や魔獣の栄養になっていることでしょう」
「一時はどうなるかと思ったがむしろ奴らを追い出す口実が出来て僥倖だったな。巫女姫様様だ」
「ええ全くです」
王と神官長は至極楽しそうに笑い、それでいて残忍な表情を浮かべていた。
これまで多少の予定変更はあれど、全て予定通りに進んでいる。
「まあ、あと一つ計算外があるとしたら、巫女姫に骨抜きになっている王子の事ですが………」
「あの程度の魅了に掛かるとは情けない。
あれは戦争に送り巫女姫共々始末するか。代わりの王子など他にいくらでもいるからな」
実の子をまるで消耗品のように話す王。だが、聞いていた神官長もそれに異常性を感じていないようで彼が気にした事は別のことだった。
「巫女姫もですか?」
繁栄を与える巫女姫の登場に、教会へは多くの献金が集まっていた。
このまま巫女姫を失うのは惜しいと神官長は考えていた。
「また必要になれば次の者を連れてくればすむだろう。
王より影響力を持つ者など必要ない。それに増長が目に余る」
眉をひそめる王に、神官長も得心がいったというように頷く。
最初に王が特別待遇を約束した事もあるのだが、巫女姫という事で城で働く者は細心の注意と敬意を払い対応している。
そして巫女姫自身、魅了という力であちらの世界でもそういった対応に慣れているのか、それを当然として受け止めているようだ。
そのせいか城に仕える兵士などを遠慮無く、友人の捜索に使っている。
本人にしてみればお願いというものだが、兵士達はそれを命令として受け取り、王子が率先してそのお願いを遂行している。
それは王から見れば非常に危険な存在であった。
「………それでしたら、あの魔の森へ追放した巫女姫の友人の方を巫女姫とした方が良かったかもしれませんね。
巫女というからには少しでも見目が良く特別な色を持っている方が良いと、彼女を見てその一文を付け加えたのですが失敗でしたかな」
本気で悩み始める神官長に王は即座に否定した。
「いや、あれは駄目だ」
「何故です?」
「召喚した時、他の者は状況を受け入れられずただただ呆然としたままこちらに流されていたが、あの娘だけは冷静に状況を把握しようとしていた。
必要なのは気付かぬままこちらの意に沿う愚者であり、頭の良い者は不必要だ」
「確かにあの巫女姫は愚かの一言に尽きます。あれを純粋と言う者もいますが、ものは言いようですな」
「使いやすければ言い方は何でも良い。だが、あの娘を巫女姫の側に置いておけば、いらぬ知恵を与えるかもしれないからな。
早めに排除しておいて正解だった」
「そうですね。
万が一、予言書も巫女姫などという存在も初めから存在しない、我々が作り出した偶像だと知られるような事があれば元も子もありませんからね」
……………。
(何よそれ………)
あさひを探し、猫の姿で城の中を探策していた時、丁度ナダーシャ王と自分達をこちらに連れてきた神官の一人のよぼよぼな年寄りを発見し、何かしら情報がもらえるだろうかと聞き耳を立てていた瑠璃は呆然としたまま立ち尽くした。
(今のどういうことよ…………!?)