会談
ジェイド、フィン、クラウスの三人は霊王国へ到着していた。
今竜王国ではある問題が起こっている。
その原因となっているのが隣国ナダーシャだ。
過去の度重なる宣戦布告は強靱な肉体と魔力を持つ竜族を前にあっさり返り討ちとなってきた。
今の代の王は特に国民を省みず、そんな余力などないというのに戦争を押し進め、戦争の為といって国民に多大な税を課している。
ここ数年、その日食うのにも困る国民が大量に竜王国へと流れており、今も数は増え続けている。
にも関わらず、ヨシュアからの報告では国民の血税を武器へと変え、近々竜王国へと侵攻してくるようだ。
さすがに目に余るナダーシャの行いに竜王国の上層部は、これまでのように追い返すだけではなくナダーシャという国を落とそうと結論が出た。
しかし、反撃ではなく、同盟の条約により竜王国が他国を攻め、その領地を我が物とする事は出来ない。
それをするには同盟四国で話し合い、それにたり得ると他の三国が同意する必要がある。
霊王国へはその話し合いのための来訪だった。
他に獣王、皇帝が訪れる事になるが、それまでの間、通された控え室で待つジェイドはこれから話し合う内容を書き留めた書類を読みつつ、暫く触れないあの真っ白な毛を思い出し憂鬱そうに溜息を吐いた。
「やはりルリを連れて来たかった」
誰に言っているわけではない、独白とも取れる呟きにクラウスは苦笑を浮かべる。
「私達のいない間にルリを奪われでもしたら大事ですからね。仕方がありません」
愛し子が欲しい国は多い。
愛し子に無理強いをして連れて行くなどと愚かな行いはしないが、要は愛し子の同意があれば良いのだ。
ジェイド達が居ない間に説得されルリの意志で行くと言われればジェイド達にはどうすることも出来ない。
それを危惧した為に瑠璃を連れて来るわけにはいかなかった。
竜王国に久方ぶりに現れた愛し子であるという事も理由だが、数日会えないだけで憂鬱になるほど今やジェイドにとって大きな存在となっている。
「霊王国にはまだ若い愛し子がいるので大丈夫かとは思いますが、獣王国がね……」
クラウスの言葉にジェイドもフィンも揃って何とも言えない表情を浮かべる。
獣王国には鳥の亜人の愛し子がいる。
良く言えば快活な性格をしている彼女は、ジェイドの妻の座を狙っていた。
ジェイドはどうもその愛し子が苦手で幾度となく告げられる求愛もその度に断っているのだが、未だに納得してくれない。
しかしそれに困っているのはジェイドだけでなく獣王国側もだ。
ジェイドと愛し子が結婚すれば愛し子が竜王国へ行ってしまうことになる。
農地より荒野が多く雨の少ない獣王国にとって愛し子の存在は収穫量を大いに左右するので、どうしても避けたい婚姻だった。
だが、そこへ現れた竜王国の愛し子。
獣王国としては代わりに招き入れたいと思うのは必至。
そして帝国にも愛し子はいないので、瑠璃を一人で置いておけば必ずこの二国は接触してくる可能性が高い。
「陛下にお后が出来れば、彼女も諦めるでしょう」
「フィン、お前もアゲットと同じような事を」
結局はその話に行き着いてしまうのだ。
「今ヨシュアが似た女性を迎えに行っていますから、その日も近いかもしれませんよ」
ジェイドは心の底から嫌そうに顔を歪める。
「陛下、そんな嫌そうな顔をしないで下さい。気になる人がいるとアゲットの前で口を滑らせたのは貴方様なのですから」
「ああ言えば、少しはアゲットも落ち着くと思ったんだ。それが………」
「更にやる気に燃料を注ぎ込んでしまったようですね」
疲れ切ったように溜息を吐くジェイドを、苦笑を浮かべて見ていたクラウスはふと思う。
「ルリが人か亜人であったなら、これほど問題にはならなかったかもしれませんね」
その言葉にジェイドは瑠璃を思い浮かべる。
これまでにも魔力の波長の合う者はいたが、あれほど心地よく感じる者がいるのだと初めて知った。
基本、魔力の波長の合う者と結婚するものだが、特別合う者とはそう出会えない。
寿命の長い竜族の中には、その特別な相手を見つけるために長い旅に出る者もいるが、多くはある程度で妥協してしまう。
「ルリか………。そうだな、ルリほど魔力の波長が合う者に出会えるのは稀だろう。
猫でなかったらと何度思ったか。
今後どうしてもルリが基準になってしまうから結婚相手を見つけるのは無理かもしれないな」
「一生懸命探しておられるのに、そのような事を聞いたらアゲット殿が発狂してしまいますよ、陛下」
「違いない」
くっくっと小さく笑った。
暫くして「皆様お揃いになりましたので、部屋へご案内致します」と入ってきた官に案内され会談が行われる部屋へと通された。
そこにはすでに皇帝と獣王、獣王国の愛し子が席に着いていた。
入ってきたジェイドを目にした直後、席を立った新緑のような色の髪と瞳の色をした女性が嬉しそうにジェイドの元へ駈け寄ってきた。
「ジェイド様お久しぶりでございます!」
何故この場に愛し子がいるんだという、明らかな疑問が顔に浮かんでいたのか、くすんだ金の瞳と立ち上がった髪をした獣王がばつが悪そうにする。
「わりぃな、どうしてもついて行くって聞かなくて」
獅子の亜人である獣王アルマン。
現在人型を取っているその体躯は、竜族と同様強さにより決まる王に相応しい逞しいもので、王の威厳を感じさせる覇気を持っていた。
そんなアルマンが疲れたように愛し子を見る表情からは、ここに来るまでに一悶着あったのだろう事が窺え、ジェイドとしても文句を言うことは出来なかった。
そもそも愛し子が行くと決めたことを覆す事はいくら獣王と言えど出来ないとジェイドにも良く分かっている。
「久方ぶりだな、セレスティン。
ちなみに私はあなたとは結婚しない」
「まだ何も言っていませんわ!」
「何度も決まって言ってりゃあ見当も付くだろ」
先手を打ったジェイドの言葉にセレスティンが食ってかかるがアルマンは呆れたふうだ。
そこへ鈴が鳴るような美しい若い女性の笑い声が加わる。
笑い声の主はアルマンの向かいに座っていた、艶やかな長い黒髪を垂らしはっと息を呑むような神秘的な美しさを持つ女性。
見た目は二十代にも見える容姿ながら、すでに成人を迎えた息子を持つ中年の女性だ。
彼女は人が統べる国の中で最も大きな国、帝国を統べる皇帝アデュラリア。
「もう何年言い続けておるか知らぬが、竜王の様子を見るに反応は今一つ。いい加減諦められてはどうか?
引き時はわきまえられた方がよろしかろう」
アデュラリアのその言葉にセレスティンはむっとした表情になる。
「私ではジェイド様には不足だと?」
「女性からの必死の告白を素っ気なく返す男より、あなたを愛しんでくれる男を選んだ方が女は幸せになれると思うが?」
どこか実感のこもったアデュラリアの忠告にセレスティンも少し考え込むようにする。
おっ?とジェイドとアルマンが漸く諦める気になったのかと思うが、セレスティンが考え込んだのもほんの一瞬。
「いいえ、やはり私に相応しい殿方はジェイド様を置いて他にはございません!」
「………まあ、そこまで決意が固いなら仕方が無いか?」
「アデュラリア、簡単に諦めないでくれ」
一瞬期待に胸躍らせたジェイドは、八つ当たりとばかりにアデュラリアに責めるような視線を向ける。
「本人が諦めないと言っているのに他人がどうこう出来ないだろう。
そもそも竜王がお后を迎え入れれば片づく問題ではないか。
一夫多妻制の獣王と違い、竜族は番いだけを生涯愛する種族なのだから」
「さっき側近にも同じ事を言われた………」
「うん、なんだ、その……すまなかったな」
疲れ切った顔でどこか遠くを見るジェイドに、これまで散々言われてきたんだろうことを察したアデュラリアは素直に謝った。
場の空気を変えようとアデュラリアが話し始めたのは、瑠璃のことだった。
「そう言えば竜王国には最近愛し子が現れたそうじゃないか。どのような子だ?種族は?」
アルマンとセレスティンからも興味深そうな視線が向けられるが、ジェイドは口にする事を少し躊躇う。
「………今はまだ子細は明かせない。いずれ機会があればな」
「なんだか、はっきりしねぇなあ」
一応瑠璃は竜王国にいるが、未だはっきりと竜王国に属すると口にしたわけではない。
ましてや猫。
竜王国の民ではないので、それを理由にこちらにも瑠璃と交渉する権利があると言われれば、会わせざるを得なくなる。
それによりもし瑠璃が去ると言いだしたら………。
ジェイドにそれを引き止める権利はない。
一先ず竜王国の生活に慣れてから聞こうと後回しにしていたが、帰ったら早急に竜王国に属するよう頼もうとジェイドは思った。
他国へのお披露目はそれからだ。
「ねぇアルマン様。竜王国に愛し子が現れたのでしたら、その愛し子を獣王国へ連れて来れば、私が竜王国へ行っても構わないのではないかしら?」
「駄目だ!!」
セレスティンが名案だとばかりにアルマンにささやくが、それをジェイドが強く否定する。
突然上げられる怒声のような声にセレスティンはびくりと体を震わせる。
「ルリは絶対に渡さない」
そのあまりにも激しい激昂と鋭い眼差しにアルマンとアデュラリアは驚いたように注視する。
ジェイドがこれほど感情を高ぶらせることは滅多に無い。
「なんだなんだ、随分必死だな。寂しい私生活の竜王様に漸く訪れた、大事な宝玉ってか?」
「そうだ」
からかうつもりで口にしたアルマンだが、すんなりと肯定したジェイドにこれまた全員驚き目を丸くした。
「そんな………いつのまにジェイド様にそのような方が」
ふらりとよろめくセレスティンの顔は強張っている。
きっとここに居る誰もがジェイドに番いが出来たと考えただろう。
間違いではあるが、ジェイドにとってルリが大切な存在である事は確かだ。
竜族は独占欲が強く、番いへちょっかいを出すような事をするのは、愛し子を攻撃すると同じ愚かな行為だ。
このまま勘違いさせておけば当分瑠璃に会わせろとは言わないだろうと、ジェイドはあえて訂正することはなかった。
少し休みますと言って顔色を悪くしふらつきながら退出していったセレスティンと入れ替わりに霊王が姿を見せた。
この世界で只一人の麒麟という種族である霊王アウェイン。
海の底のような青を思わせる肩までの長さの直毛の髪と青銀の瞳。
やや目つきの鋭い様はごめんなさいとその場でひれ伏してしまいそうな恐さを持っているが、特に何か怒っているわけではなくこれが彼の平常通りの目つきだ。
「先程足取りおぼつかない愛し子と会ったが何かあったのか?」
「ああ、失恋のショックだ。とうとうジェイドが宝玉を手にしたらしい」
「ほう、それはめでたい。婚姻の儀はいつ行われるのだ?」
「ああ、それはその、いずれな………」
これまでずっとジェイドの座る席の後ろで静かに控えていたクラウスとフィンは、瑠璃の為とセレスティンを諦めさせる為とはいえ、自らを追い込んでしまっている王に片手で顔を覆った。
アウェインはつっかえながら話すジェイドをおかしいと思いつつもそれ以上言及せず、アルマンへと声を掛ける。
「まあ、これで獣王国の者達も漸く一息つけよう」
「………竜王国の愛し子に手を出さなきゃ良いんだけどな」
愛し子が国外に出て行く心配が無くなったようだが、それにより新たな心配事が生まれ、アルマンの心労は消えたとは言えないようだ。
「愛し子?ジェイドの番いは愛し子なのか?」
「そうらしい」
「それは困ったな……」
「何かあるのか?」
「いや、霊王国の守護をして下さっている十二の最高位精霊のお一人、樹の精霊が新たに現れた愛し子とお会いしたいと仰るのでな」
ジェイドが問い掛けるとアウェインは困ったように話す。
霊王国を守護している樹の精霊は、城の中心にそびえる大樹の体を持つ。
その身から発する力で霊王国を守護しているが、その身は大樹故そこから動くことは出来ない。
なので愛し子自身にここに来て貰う必要があるが、竜族は己のテリトリーから番いが離れることを嫌う。
かといってアウェインとしても霊王国を守る精霊の願いは叶えたい。
「何故樹の精霊がルリに会いたがる?セレスティンの時にはそんなことを言っていたのか?」
ジェイドがアルマンに視線を向けるがアルマンは首を横に振る。
「同胞である十二の最高位精霊の内三の最高位精霊と契約している愛し子に興味を持つなという方が無理がある。
しかもその内水と風の精霊に名を与え服従させているそうではないか」
アウェインの言葉にアルマンとアデュラリアは驚きのあまり立ち上がり、問うようにジェイドを見る。
しかし驚いているのはジェイドもだった。
「もしや知らなかったのか?」
「あ、ああ、初めて聞いた。ルリはそんなこと一言も………」
いや、瑠璃は猫だ。チェルシーからも常識を教えてくれと王都に来た。
精霊に名を付ける事の意味を知らず、名を付けるということを軽く見ていたので話さなかったとも考えられる。
そういえば最近小さな魔獣が瑠璃の側にいたなとジェイドは思い出した。
「あれか………」
「どうやら心当たりはあるようだな」
「ああ、だが一度確認したい。連れて来るにしてもルリの意志を聞かないことには判断できない」
「それは理解している。樹の精霊も特に時期は指定していないので急がずとも良いだろう」
ジェイドが了承したのを見て一つ頷くと、アウェインは表情を引き締める。
そしてそれぞれの王もまた支配者の表情へと変わっていく。
「では、これよりナダーシャの処遇について話し合いたいと思う」
***
話し合いは比較的竜王国の意見が取り入れられる形でスムーズに終わった。
ヨシュアが集めてきた話と、大量の難民を生み出していながら民を省みないナダーシャの現状が大きな決定打となった。
話が終わり、食事を用意しているというアウェインの言葉で王達が別室に移動している時、ばたばたと慌ただしく兵士が走り回っていた。
そして数人の兵士がアウェインの元へとやって来る。
「申し上げます。聖域に魔獣が侵入、聖獣の元へと向かっております!!」
「なんだと!?守備兵は何をしていた!」
アウェインの空気を震わせるような怒声に兵士は身をすくませる。
最近聖獣が毒殺されたことは記憶に新しく、警備を増やした所なのだ。
「魔獣は今森のどこだ!?急いで兵を集めよ」
「おっ、戦力がいるなら俺も」
目を輝かせ血の気の多いアルマンが名乗り出る。
その時城中に響き渡る声が聞こえてきた。
『静まれ!』
ジェイド達はどこからともなく聞こえてきた声にきょろきょろと辺りを見回すが、霊王国の者達は誰の声か分かっているのか揃ってその場に膝を突いた。
「誰だ?」
「先程話した樹の精霊だ」
何故樹の精霊が?と思ったのはジェイドだけでなく、周囲も困惑した面持ちで次の樹の精霊の言葉を待っている。
『霊王よ。聖域に侵入したのは魔獣ではなく我が同胞だ。
どうやら新たな体を求めてここへやってきたらしい。
先日亡くなった聖獣の体を所望しているようだが構わぬな?』
「もちろん」
それは問いかけであって、問いかけではない。
樹の精霊が同胞と呼ぶのは同じ最高位の精霊だけ。ならば霊王に拒否権はない。精霊がそう決めたのだから。
『ではそこの竜王を連れて祭壇に行け。
兵士が奴を取り囲んで一触即発だ。止めねば兵士が死ぬぞ』
全くあの馬鹿め……と呟いたかと思うとそれっきり樹の精霊の声は聞こえなくなったが、兵士が死ぬという樹の精霊の言葉に霊王は慌てた。
「ジェイド、共に来てくれ」
「ああ、だが何故私なのだ?」
疑問を感じつつ祭壇に向かうと、祭壇の上で威嚇するように唸る霊王国の聖獣と呼ばれる真っ白な毛の大きな狼のような生き物と、その前で聖獣に槍を突きつけ威嚇する多くの兵士の姿があった。
そして祭壇の建物の入り口付近には巨大な体躯の魔獣が倒れていた。
こちらはすでに事切れているようだ。
何故兵士が聖獣に武器を突きつけているのか疑問に思ったが、それが先日亡くなった聖獣の体であると分かり合点がいった。
死んだはずの聖獣が蘇り、近くに事切れた魔獣の姿を見て、混乱状態に陥ったのだろう。
緊迫した雰囲気が支配する場に霊王の姿を目にとめ兵士達に安堵がうかんだ。
しかし次の瞬間、祭壇にいた聖獣が祭壇を降りゆっくりとこちらに歩み寄ってきた為再び緊張が走る。
「待て!それは樹の精霊の同胞、精霊だ。
聖獣の体を求めこちらに来られた。皆武器を捨てよ」
アウェインの言葉に兵士達は驚いた表情を浮かべた後慌てたように武器を下ろしていく。
精霊に武器を向けてしまったことを理解し、皆顔色が悪い。
そんな兵士達を気にも止めず、聖獣の体を得た精霊がジェイドへと近付いてくる。
緊張した面持ちで精霊のすることをじっと見つめていると、ふんふんと匂いを嗅ぎ始めた。
『お前ルリの匂いする』
精霊から瑠璃の名前が飛び出し、ジェイドは驚く。
「ルリを知っているのか?」
『知っている。我はルリのもの。ルリに名前を貰った』
ジェイドは先程アウェインからもたらされた瑠璃に関する情報を思い出した。
瑠璃が名を付けたという水と風の精霊。
「何故ここにいる?ルリの側にいなくて良いのか?」
『我の今までの体では大きすぎて王都に入れない。だからルリ好みのもふもふを探してこちらに来たのだ。良い体が見つかった』
嬉しそうに尻尾を振る精霊。
ジェイドは入り口にある巨大な魔獣へと視線を向け「確かにでかいな………」と呟く。
『我はもう行く。ルリの側に行かねば』
もう攻撃されないと分かったのか、精霊は悠々と人々の間を通り抜け空へと飛び立った。
「…………あの魔獣はどうしたらいい?」
「さあ………?」
その場にいた者は、精霊の残した巨大な置き土産を前に途方に暮れた。
***
数日ぶりに城へと戻ってきたジェイド。
早く瑠璃に会いたいと心躍らせるが、出迎えたユークレースから一枚の紙を手渡された。
単語がいくつか書かれた紙には、まるで子供が書いたかのように歪な文字が書かれている。一応書いてある言葉は分かった。
しかし何故これを渡すかジェイドは理解できない。
「なんだこれは?」
「ルリがその置き手紙を残してどこかに行きました」
ジェイドの表情が固まり手から紙が滑り落ちる。
それをクラウスが拾いフィンもその手紙を見ると手紙には《家 出る 家 帰る》と書かれていた。
「どう思いますか?フィン」
「直訳すれば家出と取れるが………」
家出という言葉にびくりとジェイドが反応する。
「ですがルリの帰る家なんて………。母の所に確認は?」
「連絡してみたけど来ていないらしいわ。全く置き手紙だけで出掛けるなんて。帰ったらお説教だわね」
「随分落ち着いていますね、ユークレースは」
「まあね。何となく行った場所の予想はついているのよ」
瑠璃がナダーシャによりこちら側に召喚されたことをユークレースは知っている。
最近民にも流れ始めたナダーシャの話。恐らく食堂で働いている時にでもその話を耳にしたのだろう。
ナダーシャには瑠璃と同郷の者がいるというからきっと様子を見に行ったに違いない。
「あの子まだちゃんと字が書けないからあんな書き方になっただけで、出掛けてくるって言いたかっただけだと思うわ。
まだチェルシーさんの所には行っていないみたいだけど、ルリが行った場所を考えると必ずチェルシーさんの所に寄るはずだから、暫くしたら連絡が来ると思うわよ。
あの子はしっかりしているし精霊もついている。心配する必要は無いわよ」
ユークレースの予想は当たっていた。
瑠璃が出掛けた理由も。城という文字が分からず家と書いただけで出掛ける事を伝えたかったのだということも。
「ユークレースがそう言うのなら少し様子を見ましょうか。ねえ陛下。………陛下?」
反応のないジェイドを不審に思いジェイドを見ると。
「家出……家出、ルリが家出………」
茫然自失状態でぶつぶつと家出と繰り返すジェイドにクラウスは慌てる。
「陛下、ユークレースの言葉を聞いていましたか!?ルリならば直ぐに帰ってきますよ」
ジェイドを我に返そうと体を揺するが、次の瞬間ジェイドの姿は竜体へと変化していた。
「陛下!?」
『ルリを迎えに行く』
「あっ、ちょっとお待ち下さいっ!!」
直ぐさまクラウスとフィンも竜体へと変わり、すでに遠くへと進んでいるジェイドを追った。
「…………猫だと思っていてあの執着。
もしあの子が人間だって知ったら陛下はどうなるのかしら」
ユークレースの言葉は竜の起こした風の音の中に消えていった。