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不穏な噂

 今日も食堂へ働きに向かおうとしていた瑠璃はジェイドに呼び止められた。

 ジェイドに抱き上げられると、自然と視線の高さが近付き、ジェイドの深い緑青色の瞳に間近で見つめられ僅かに瑠璃の鼓動が強くなる。



「ルリ、暫く私とフィンとクラウスは城を離れる。何かあればユークレースかアゲットに言ってくれ」


『どこかに行くんですか?ジェイド様』


「今から霊王国に行ってくる。数日帰れないと思うから、大人しくしているんだぞ」


『子供じゃありません』



 子供に言い聞かせるように言われ、ムッとするルリにジェイドはくすりと笑う。



「ルリは最近散歩が多いだろう?私がいない間に何かあったらと思うと心配でな。

 どうだ、ルリも一緒に行くか?」



 暫くジェイドと会えないと聞いて、付いていきたいとは思ったが、これから食堂での仕事もある。

 どちらかで心が激しく揺れている瑠璃が判断を下す前に、クラウスが嗜める。



「いけませんよ、陛下。会議には私もフィンも出席するのですから、その間ルリの側に居る者がおりません」


「はあ、そうだったな」



 ジェイドは残念そうに溜息を吐き、最後に少し強く瑠璃を抱き締めた後、渋々というように瑠璃を地面に下ろした。



「仕方が無い。ルリを一人で置いてはおけないからな」


『別に誰かが側に居なくても私は一人で大丈夫ですよ』



 行く行かないにしろ、二人に瑠璃が一人でいられないと思われていることが癪だ。



「分かっていますよ。そういう事ではなくてね………」



 何とも煮え切らない返答で苦笑を浮かべるクラウスに、瑠璃は首を傾げる。



「お二人共、時間だ」



 フィンに急かされ、ジェイドは瑠璃の頭をぽんぽんと軽く叩き「何か土産を買ってくる」と言いクラウスとフィンと共に去っていく。


 霊王国までは竜体で向かうようで、少しすると外に三体の大きな竜が空に羽ばたくのが見え、瑠璃はジェイドが見えなくなるまでその場で見送っていた。



『ルリはあの王が好きなの?』


『はっ、な、何言って……!』



 あまりに突然なリンの発言に、目に見えて動揺を表す瑠璃。



『違う!違うからっ!』


『………そんな分かりやすい反応で否定されてもねぇ』


『あうっ………』



 がっくりと肩を落とす瑠璃は、深呼吸して自分を落ち着けると、再度否定の言葉を口にする



『本当にそういうんじゃないの。確かに好きだけど恋ってわけじゃないもの』



 決して照れ隠しではない。好きだがまだ引き返せる程度の思いだ。



『そうは見えないけど?』


『そうなの!…………それにジェイド様には好きな人がいるみたいだし』



 自分で言いだしておきながら、その言葉に落ち込んでいく。



『あらそうなの?』


『うん、さっきいたクラウスさんの息子のヨシュアが、それらしい人を迎えに行ってる。

 だから、私がどんなに好きだったとしても無理なの』



 それを聞いたリンはくわっと目を開き、ぱたぱたと羽を動かしながら瑠璃の目の前で叱りつける。



『そんな弱気でどうするのよ、恋とは勝ち取るものよ!ルリが出来ないなら私が相手を排除してきてあげるわ!!』


『いやいや、駄目だからね。私はそこまでして手に入れようとは思ってないから』


『甘いわっ!戦う前から諦めてどうするのよ!』


『そう言われても………』



 瑠璃が恋愛に積極的ではないのは、確実にあさひが関係している。


 瑠璃が最初に好きになった子はあさひが好きだった。

 まあ、そのぐらいはよくありそうな話だが、次に好きになった子には、あさひがべったりということで敵意を向けられ………。

 中学で初めて付き合った子には本当はあさひに近付くためだと言われ。ならばとあさひを知らない他校の子と付き合ったものの、どこでもくっついてくるあさひに会わさず付き合い続けることは出来ず、会った次の日には別れを切り出され………。


 そんな事が続けば嫌でも恋愛に臆病になろうというものだ。



 それらは魅了によるものだと今は知っている。そして魔力の強いジェイドでは魅了の力が働かないということも。


 だとしても好きな人がいるジェイドにアピールしようとは思わない。

 きっと自分は選ばれないと思っている弱気な己が存在する限り言い出す事はないだろう。

 だから瑠璃は気付かないふりをする。



『ルリってば妙な所で繊細よねぇ』


『失礼な!それじゃあ私が図太いみたいじゃない』


『十分図太いわよ。繊細な人間はたった一人森に捨てられたら、ルリみたいに元気で生きていけないわよ』



 何故知っているんだと思ったが、きっと他の精霊にでも聞いたのだろう。

 確かに森に捨てられても、チェルシーに会うまでの数日の間悲愴感など皆無で元気よく生活していた瑠璃には図太いという言葉が合っている。森のど真ん中でもしっかり睡眠も取っていた。

 だが、それを認めてしまうのは悔しいので、無言を通す瑠璃だった。



 昔の余計な事を思い出して、少し気分を落としながら食堂へと向かった瑠璃。


 次から次へとやって来る客を接客していた瑠璃は、聞こえてきた客同士の会話に目を丸くした。



「えっ、戦争ですか?」



 思わず会話の中に入ってしまった瑠璃に、話をしていた人達は顔をしかめる事なく好意的に話を詳しく教えてくれる。

 彼等は王都に向かおうとしていた旅商人の者達だった。



「そうなんだよ。最近森の向こうのナダーシャって国を通ってきたんだけどよ、武器なんかを大量に買い集めているようだ。ありゃ戦争の準備だな」


「ナダーシャ………」



 険しい顔をする瑠璃には気付かず、商人は更に続ける。



「きっと相手はこの竜王国だろうな」


「全くこりない国だぜ」



 わはははっと笑う商人達に瑠璃は首を傾げた。

 瑠璃は体験したことはなかったが、本やテレビで伝えられる戦争はとても怖く悲惨なものだった。


 だが、どうだろう。目の前の商人達からはそんな恐怖や緊張感は感じられず、まるで冗談を言い合うように笑いながら話している。



「どうしてそんなに楽観的なんですか?

 だって戦争が起きるかもしれないっていうのに」



 非難混じりの瑠璃の言葉に、商人達は顔を見合わせた後、自慢気に話をしてみせた。



「そりゃあ、だって戦いにならねえからな。

 竜王国が勝つことは戦う前から分かっているんだ」


「嬢ちゃんは他の国の者か?だったら分からなくても仕方が無いよな。

 ナダーシャっていう国は過去に何度も竜王国に戦争を仕掛けているんだよ。けど、その度にコテンパンにやられてよ」



 人が竜に敵うはずないだろう、と笑う商人達。


 瑠璃は以前訓練場に行った時のことを思い出して納得した。

 矢が突き刺さっても平然としている丈夫な体と回復力。強い腕力と魔力。どれを取っても人間に勝機は無さそうだ。


 よく知る竜族の人達の顔を思い出して、ほっとしたのも束の間、ではナダーシャ側はどうなのか………。



「それなら竜王国側は大丈夫そうだけど、ナダーシャ側の被害は甚大なんじゃないですか?」


「まあ、確かにそうだが、戦争をしかけるのはあっちの方だからなあ。殺しに来ているんだから、あちらさんも覚悟の上だろう。

 もしかして嬢ちゃんはナダーシャの人かい?」


「いいえ、でもナダーシャに知人がいて………」



 商人達は途端にばつが悪そうな表情を浮かべる。



「そりゃあ悪かったな、笑ったりして。だったらさぞかし心配だろう」


「はい………」



 暗く表情を落とす瑠璃に気を使ってか、商人達は話題を変える。


 

「そうだ、嬢ちゃんは巫女姫って知ってるかい?」



 瞬間、瑠璃はどきりとしたが、表情には出さず首を横に振る。



「その巫女姫は国を繁栄に導くって噂らしい」



 彼の言葉に他の商人が水を一気飲みした後反論を、口にした。



「そんなの絶対でまかせに決まってらぁ。繁栄させるってんなら戦争なんてさせるはずがねえよ。

 今一体どれだけの国民がナダーシャから竜王国に流れて来ていると思ってんだよ。

 繁栄どころか衰退の一途だぜ」


「止めるどころかその巫女姫が今回の戦争の旗頭になってるようだな」


(はあ!?)



 思わず声を上げそうになった瑠璃だが、なんとか堪えることに成功した。



「とんだ巫女様だな。ナダーシャの国民は大変なことになっているってのに」


「同感だ。竜王国に来る時も国境の砦でかなりの難民が溢れていた。

 流石に今回ばかりは竜王陛下も動かれるんじゃないか?」



 そう言えば、ジェイドは最近忙しそうにしていて、疲れた顔をしている事が多くなっていたなと瑠璃は思った。


 恐らくはナダーシャが原因なのだろう。



 瑠璃やあさひ達を召喚した国。



(きっと私を理由にした口車に乗っちゃったんでしょうね)



 戦いとは無縁の国からやって来たあさひが戦争を言い出すとは思えないし、その理由もない。

 ならばそう仕向けた者がいる。



 気になる。だが、どうしたものか………。


 城に帰ってからというもの、猫の姿でソファーに座り、ぼうと何か考えている瑠璃にリンが声を掛ける。



『そんなに気になるなら、見に行っちゃえば良いじゃない』


『えっ………?』


『心配なんでしょう?』



 こくりと瑠璃は頷く。


 ナダーシャの王とその他に復讐したいと思う一方で漸くあさひと離れた生活を壊したくないという気持ちがあり、これまでナダーシャには近付こうとはしなかった。


 金輪際あさひや、冤罪を掛けた同級生とは関わりたくはないが、戦争に巻き込まれるかもしれないと聞いて無視していられるほど非情ではいられない。同郷のよしみだ。



『だったら直ぐに用意して行くわよ!』


『リンも付いて来てくれるの?』



 瑠璃以上に行く気満々のリンに瑠璃は目を丸める。



『当ったり前でしょ、あんな敵地にルリを一人で行かせるわけないじゃない!』


『ありがとう』



 周囲からも、自分も行くという声がいくつも聞こえ、一人では心細いと思っていた瑠璃は、心強い同行者を得てふわりと笑みを浮かべた。



 遠出するにあたり、報告は必須だ。

 愛し子が急にいなくなったとなれば大騒ぎするのは目に見えている。


 たが、現在ジェイドもクラウスもフィンも霊王国へと出かけて不在。


 ならばとアゲットを捜したが、ぎっくり腰で医務室へ担ぎ込まれたらしい。

 腹に穴が空いてもぴんぴんしている竜族がぎっくり腰で倒れるのかと疑問に思ったが、アゲットは年なので若い竜族ほど回復力はないらしい。



 ではユークレースかと思ったが、ジェイドやクラウス不在の間の仕事の手伝いをしていたアゲットが寝込んでしまった為、全ての仕事がユークレースの元へ集まり執務室は凄絶な戦場と化していた。


 扉を開けて鬼気迫る顔で補佐官達に怒声を飛ばしながら仕事を捌くユークレースの姿を見て、瑠璃はすごすご引き下がるしかなかった。


 あの中に割って入っていく勇気は瑠璃にはなかった。



 最終手段として、部屋に帰り元の人間の姿に戻った瑠璃は、紙とペンを手にして書き置きを残すことにした。


 ただ問題だったのは、これまで森で過ごしていた間ほとんどチェルシーから文字を習ってこなかったことだ。


 森での生活に文字は必要なく、チェルシーに習っていたのもこの世界での常識や魔力の扱いが優先され、町で買い物をする時も必要なのは単語と数字位だったので文法にするまでの知識はなかった。


 アゲットに習い始めたものの、まだ単語を覚える位にしか至ってない。


 だが、単語を組み合わせれば何となく意味は伝わるだろうと手紙に書き込み、再び猫に戻ると、通り掛かった人にユークレースに渡して貰うように伝え手紙を渡した。



 まさかこの手紙がこの後騒動になるとはつゆ知らず、瑠璃はナダーシャへ向けて出発した。


 





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