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追放

内容修正しました。

 召喚された後、最初は巫女姫の友人という事で、それなりに良い待遇で扱われていた。


 巫女姫だというあさひは、王が言った通りそれはもう豪華な暮らしを送っていた。

 広々とした個室に専用の侍女、美しいドレスに宝石が沢山贈られ、欲しいと言う物は直ぐに取り揃えられた。



 瑠璃とは激しい扱いの差だが、毎食食事は出るし、個室と最低限必要な物は取り揃えてくれていたので、さほど羨ましいと思ったりはしなかった。

 なにせ、あさひとの扱いの差は今に始まった事では無かったからだ。



 そしてやはりというか、異世界であるこの国でもあさひの信者は増えつつあった。

 国を繁栄させる巫女姫だという肩書きが拍車をかけているのかもしれない。


 瑠璃としては、異世界なのだからと僅かな期待はしていたのだが、あっさりと壊されがっくりだ。


 こうなったら早くこの国の常識を覚え、城を出て独り立ちしようと、文字を覚える日々。

 言葉は普通に話せているので、文字が読めるのではと期待したが、世の中そう甘くは無かった。


 そして悪い事に、異世界に来てもあさひは瑠璃にべったりだった。

 勉強をしていると必ずと言って良いほど邪魔をしに来るのだ。



「また瑠璃ちゃんは勉強なんかしてる~。

 異世界にまで来て勉強なんかしなくても良いじゃない。遊ぼうよ」


「必要な事だから」


(異世界だからこそ勉強してるんでしょうが。

 あんたはもっと勉強しなさい。

 それと、もう毒されたのか、王子のくせに堪え性の無いったら!!)



 あさひの後ろでは、過去沢山居た信者達と同じように憎々しげに瑠璃を睨む王子と、一緒に召喚された同級生四人。

 どうやら王子も毒されてしまったようで、何度もあさひが会いに向かう瑠璃の存在を疎ましく思っているようだ。



「ははは、巫女姫と瑠璃殿は仲が宜しいのですね」


「うん、だって幼馴染みの親友だもん」


(だから違うって)



 更に視線が鋭くなった王子と、気付かないあさひに、はあ、とため息をつきそうになるのを我慢する。



 そして事件は起こった。



 朝目覚めて、こちらへやって来た時に着ていた長袖ワンピースとブーツを履く。

 こちらで用意された服があったが、こちらのごてごてと装飾の施された服には抵抗があり、着られないでいた。

 あさひやもう一人の同級生達は喜んで着ていたが。



 そんな時、何の合図もなく突然部屋の扉が勢い良く開けられ、兵士が雪崩れ込んできた。



「何事!?」



 あまりの驚きに固まる瑠璃に構わず、兵士は瑠璃の両腕を後ろに捻りロープで拘束すると、王の玉座がある部屋へと引きずられた。


 頭を押さえられ強制的に跪かされ、後ろ手に縛られた手が痛む。



「痛っ……」



 部屋には王と王子の他に同級生と、兵士も沢山居るがあさひの姿は無かった。

 親の敵を見るような目で睨む兵士とは別に、歪んだ笑みを浮かべる王子と同級生達の表情に、嫌な予感が頭を過ぎる。



「貴様は巫女姫の恩恵により衣食住を与えられているに過ぎぬ分際で、巫女姫を弑そうとするなど身の程を知れ!!」


「はあ!?私そんな事してない……っう」



 寝耳に水な事を王子から聞かされ、直ぐに反論を口にしたが、後にいた兵士に蹴りを入れられる。



「証人がいるのだ」



 そう言われて出てきたのは、同級生の女。



「間違いありません。

 彼女は優遇されているあさひさんを妬んで、殺してやるって。

 私に手を貸さないかって言ってきました」


(ああ、なるほど。

 邪魔者を消そうと王子と手を組んだって事ね)



 危機的状況でありながら、瑠璃の頭はやけに冷静だった。



「巫女姫の殺害計画は最も重い罪で償わせるべきだ。

 隠れの森への追放を提案します。

 如何でしょうか、陛下」


「うむ、良かろう」



 王子から隠れの森という言葉が出ると、兵士達から息を呑む音が聞こえ、瑠璃は一気に不安に襲われる。



「………あさひはこの事を知っているの?

 私が命を狙ったなんてあの子は信じないし、それが事実だとしても、助命を願うでしょうね」



 痛みに耐えながら口を開くと、同級生達は悔しそうに表情を歪め口を噤む。

 それは瑠璃の言葉への肯定を示していた。


 代わりに王子が答える。



「お優しい巫女姫に、友人が命を狙っていたなどとお知らせ出来ない。

 お前はこの城が嫌で逃げだしたとお伝えしておく」


「それで納得すれば良いけどね………」



 絶対に納得しないだろう。

 

 確実に瑠璃を消す為にあさひに余計な口出しをされたくなかったのだろうが、瑠璃からみれば、あさひの事を何も分かっていないと言いたい。


 あさひの執着心はとりもちの如くしつこく粘るのだ。

 家出したなら自分も出て行くと言い出しかねない。



(また、あさひのせいで面倒事に巻き込まれたじゃない。

 いい加減信者の管理ぐらいちゃんとしなさいよ!!)



 いつも面倒事を持ち込むくせに、自分は何も知らず、瑠璃の苦労を知ろうともしないあさひ。


 文句ならば腐るほどあるが、瑠璃がそれ以上反論を口にする事は無かった。

 いくら無実だと周囲に反論した所で相手はこの国の王子。

 罪の捏造も暗殺もいくらでも出来る。

 反論する事に意味は無い。


 なら、隠れの森がどんな所かは知らないが、ここで殺されるよりは希望がある。



 そうして、手足をロープで縛られると、そのまま馬車の荷台に放り込まれた。

 こちらに来たときの鞄を要求したが、聞き入れられはしなかった。


 時折寝ていたのでどれだけ走ったか分からないが、次第にがたがたと馬車の揺れが酷くなる。



 暫くすると突然馬車が止まり、乱暴に馬車を降ろされた。



「恨むなら自分の愚かさを恨めよ」


「おい、急ぐぞ」


「ああ、早く逃げねぇと俺らもただじゃすまないからな」



 不安な言葉を残し、あっという間に去っていった兵士達。



「せめてロープぐらい外していきなさいよ」



 未だ手足をロープで縛られたままの瑠璃。

 きつく絞められたロープは手を動かしただけでは解けない。


 すると、瑠璃は焦る事なく、ブーツの靴底をずらし、中から手の平サイズの小さなナイフを取り出し、手足のロープを切った。



「まさか、これが役に立つ日が来るなんてね」



 自由になった手首を擦りながら立ちあがり辺りを見回す。

 高い木々に囲まれた深い森。

 まだこの世界の事を勉強不足だった瑠璃には、現在位置がどこだか全く見当も付かない。


 水も食料もなく、持っているのは小さなナイフ一つだけ。

 状況は絶望的だ。

 いつ死んでも可笑しくは無い。


 ただ、一つ目的だけはあった。



「絶対に生き抜いて、あいつらに復讐してやる。

 私が何したって言うのよ。

 私はあさひに懐かれたって全然嬉しく無かったって言うのに」



 むしろ喜んで離れたし、親友の座が欲しかったのなら熨斗付けて差し出したものを。



 とは言え、復讐を決めても、何か作戦があるわけでも無い。

 まずこの森から生きて出ることが重要だ。


 瑠璃はここに来てから直ぐ確認した、世界地図を朧気ながら思い出す。



「確かナダーシャの隣は大きな国があったはず………」



 ナダーシャ王国の北東に位置する場所に、ナダーシャよりずっと大きな国が有ったのを思い出す。

 聞いたところによると、亜人と呼ばれる者達が多く暮らす国だとかで、ナダーシャは亜人の国を毛嫌いしているらしい。



「あの国の奴らが毛嫌いしている国なら、逆にまともな国かもしれないわ」



 しかし、現在地が分からなければ、どの方向に行ったら良いかも分からない。


 もう直ぐ日が暮れる。

 取りあえず、生きるのに必要な水と寝床の確保が必要だ。


 耳を澄ませ川の音がしないか集中するも、葉が擦れる音だけ。

 どうしたものかと立ち尽くしていると、どこからともなく、リィンという鈴の音が聞こえてきた。


 少しずつ遠くなって行く音に、誰か居るのだろうかと希望を抱きながら音のする方へ走り出す。

 必死になりながら追い掛けてどれだけ経っただろうか。

 息も絶え絶えになり、もう動けないと座り込んでしまう。

 辺りは闇に包まれ、大きな月のおかげで多少見えるが、今頃になって早まったと瑠璃は後悔する。


 だがその時、近くで水の流れる音が聞こえてきた。

 力を振り絞って音の方へ向かうと、小さな川が流れていた。



「………飲んで大丈夫かな。

 ううぅ、このまま干からびるよりはましよね」



 お腹を壊す覚悟で水をすくい上げごくごくと飲み込む。

 必死な瑠璃はいつの間にか鈴の音が消えていた事に気付かなかった。



 喉の渇きを癒して次に行う事は寝床の確保。

 辺りから乾いていそうな落ち葉を集め地面に敷き詰め、寝床が完成。


 しかし、こうも真っ暗だといらぬ不安が襲ってくる。

 火を点けようにも火を点けられる道具はない。



「こういう時魔法とか出来たら良いのに」



 召喚を信じさせる為に神官が使っていた魔法を思い出す。

 見せて貰った火や水を作り出す魔法は、今瑠璃が一番必要に迫られているものだ。

 瑠璃は目を瞑り、火をイメージし、むむむっと唸る。



「…………なんてね」



 そんな事出来るはずがない。

 魔法の修得には、特別な訓練と資質が必要だと言っていた。

 だからこそ、国で魔法が使える神官は位が高いのだとも。


 そんな簡単に出来れば、今頃地球は魔法使いばかりなはずだ。

 少しでも出来ればと思ってしまった事が気恥ずかしい。


 そう思いながら瑠璃が目を開けると、目の前にはメラメラと赤い炎が揺らめいていた。



「は?」



 呆然としている間に、火は直ぐに小さくなり、慌てて枯れ葉をかき集め乗せていく。


 火の確保が出来てほっと一息ついたところで、先程の火について考え込んだ。



「………いや、まさかね」



 魔法なんて使えるはずが無い。

 そうは言いつつも、木の枝を手に取り、再び火をイメージすると、小さな蝋燭ぐらいの火がぽっと枝の先に灯る。



「はははは……やっぱりこれは夢みたい。

 寝て起きたらベッドの中だわね」



 現実逃避するように、瑠璃は疲れた体を横たえると、間もなく深い眠りに入った。



 翌日、背中や肩の痛みを感じるものの、すっきりと目覚める。


 こんな状況でありながら爆睡出来る己の図太さに呆れながら体を起こし、夢ではなかった事に、激しく落胆する。



 それから五日。

 瑠璃は何とか生き抜いていた。


 火の魔法が使えるようになった事もさることながら、瑠璃の祖父は元軍人のサバイバルマニアで、幼い頃から森の中、山の中に連れられて行っては、食料確保や寝床の確保の仕方など、生き残る為に必要なあれこれのサバイバル術を、かなりのスパルタで叩き込まれた。


 ブーツの靴底の仕込みも、祖父が勝手に行ったものだ。


「いつなんどき遭難しても、生き延びられるように準備は怠るべきではなーい!」が口癖の祖父に、平和な日本で普通に暮らしていてそんな事あるはずないだろ、オタクじじい!と心の中で暴言を吐いた事を心の底から謝りたい。


 人生何があるか分からない。



「拝啓おじいちゃん、あなたのおかげで瑠璃は元気に生き残っております。

 おじいちゃんが言ったようにサバイバルグッズを装備しとくんだった………」



 帰る事が出来たら即祖父の元へ行き、スライディング土下座で謝ろうと誓う。



「………まあ、帰れたらの話だけど………」



 正直言って、帰れる気はしないが、別の国なら何か方法があるかもしれないという僅かな希望が、何とか瑠璃を支えていた。


 すると、また鈴の音が聞こえてきた。


 初日から何度となく聞こえてくる鈴の音。

 その鈴の音が聞こえる方へ向かって歩くと、必ずと言って良いほど水や木の実などの食料を発見出来た。


 誰かに観察されているようで最初は気味が悪いと思っていたが、おかげで餓えてはいなかった。

 ただ贅沢を言うなら、着替えと濃い味付けの食べ物が欲しい………切実に。


 そんな鈴の音が聞こえてきたので、どこかに食料があるのかと辺りを見回すが、今回はどこかおかしい。


 取りあえず激しいのだ。

 こう、何かを伝えたがっているように、とにかく激しい、そして近い。

 耳の側で聞こえる大音量に、思わずうるさーいと叫ぼうとした時、瑠璃の後ろでがさがさと何かが草むらを動く音がした。



 何気なく振り返ると、そこには三メートルの高さはあろうかという、猪と熊とサソリを足して割ったような得体の知れない生き物がいた。

 鼻息が荒く、興奮状態の生き物は、瑠璃に狙いを定めると「ぶひゃあぁぁあ」と奇声をあげながら瑠璃に向かって来た。



「きゃあぁぁぁっ、なに、なに!?」



 突撃してくる、見たことも無い猛獣を、悲鳴をあげながら全速力で逃げる。

 そして話は最初に戻る。



 上手く木に回り込んだり、木々をすり抜け距離を離そうとするが、猛獣は障害を軒並み押し倒し、瑠璃のみに向かって一直線。



「今なら陸上の世界新を出せる自信があるわっ…………はあはあ。

 しつこーい、私は美味しくないわよ!!!」



 逃げるのに必死な瑠璃だが、体に打ち当たる枝が瑠璃を傷付け、行く手を邪魔し、疲労が蓄積していく。



 もう駄目だ…………。


 そう思ったその時、薄い膜を通り抜けたような違和感を持ち、驚きのあまり足がもつれ、転んでしまった。


 急いで立ちあがり、後ろを振り向くと、そこにはなにもなく、猛獣は立ち止まり「あれ?」という感じで、きょろきょろと辺りを見回している。


 そして、執拗に追い掛けていたのが噓のように、目の前にいる瑠璃を無視して、別の方向へ去っていった。



「………っ、助かった……けど、いったい何だったのよ」



 はあ、と一息を吐いて、周囲を見回した時、瑠璃は目を見張った。



「………家?どうして、さっきまで何も無かったのに………」



 緑一色だった森の中に突如現れた大きな家。

 いくら逃げるのに必死だったとは言え、これだけ大きな家を見逃す筈が無い。


 不思議に思いながら、その家に近付いていくと、煙突から煙が上がっているのが見えた。



「誰かいる……」



 森に置き去りにされてから漸く見つけた人。

 先程猛獣に襲われかけた事も忘れ、安堵から表情がほころぶ。



「どうか良い人でありますように!」



 もう、瑠璃の頭の中は、お風呂と着替えと温かい食事で一杯だ。

 それらを恵んでくれる人である事を両手を合わせ祈ると、更に家へ近付いていく。



「おい、娘。

 お前何処から入って来たんだい?」



 突然声を掛けられ、びくりと肩が揺れる。

 声のした方を見ると、血飛沫を浴びたように全身から血を滴らせた老婆が、出刃包丁を持って立っていた。



「ぎぃやぁぁぁ、鬼婆ぁぁぁ!!」


「誰が婆じゃ!!」



 気にする所はそこじゃないだろ、とツッコむ暇も無く、猛獣との追いかけっこによる疲労とショッキングな光景を目の当たりにしたショックで、瑠璃の視界は暗転した。




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