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 セレスティンは一度目覚めたようだが、再び眠ったようで、瑠璃は先にパパラチアに会いに行くことにした。

 部屋に入ると、パパラチアは不安に彩られた眼差しで瑠璃を見てくる。



「愛し子様……」



 瑠璃は安心させるように微笑む。



「獣王様は無事でしたよ。占拠された宮殿も王都もファガールから取り戻しました」



 それを聞いた瞬間、パパラチアの目からハラハラと涙が零れる。



「ありがとうございます! ありがとうございます!」



 パパラチアは神に祈るように瑠璃の前に膝をつき、両手を組んで何度も頭を下げた。

 その行動に慌てたのは瑠璃である。



「わっ、立ってください! いや、ソファーに座って!」



 お腹の大きな妊婦にさせていい行いではない。

 パパラチアの負担にならないように手を貸しながら、ソファーに座らせる。



「かしこまらなくていいですから」



 獣王国に住まう者は特に愛し子への扱いが仰々しいのでそれは無理難題かもしれないが、瑠璃はかしこまった態度をされるのは苦手である。

 せめて竜王国にいる間だけは普通に接してほしいのだが、すぐには難しそうだ。



「獣王様も国も無事ってこと以外に、パパラチアさんに伝えておくことがあります」


「なんでしょうか?」


「しばらく獣王国の方はバタバタしているので、しばらく竜王国に滞在してほしいと」



 ジェイドから話すより、直接アルマンから任せると言葉をもらった瑠璃から言った方がいいだろうとなったのだ。



「そう、ですか……」



 先程まで嬉しそうだった顔が、目に見えて沈んでいく。



「それに、その体で竜王国から獣王国への移動は体に負担がかかります」


「はい……」



 パパラチアは悲しそうにしながらも頷く。

 お腹の子のことを考えると、それが一番いいと理解しているからだ。

 だから文句は言わず素直に受け入れている。



「元気な赤ちゃんを産んで、獣王様に見てもらいましょう」



 パパラチアが、アルマンにとって複数いる妃の中の一人ではないことは、パパラチアのことを話す時のアルマンの表情を見ていれば十分伝わった。

 それにその他大勢の一人なら、きっとセレスティンは身を挺してまで守らなかっただろう。

 瑠璃はそんなパパラチアにありきたりなことしか言えない自分に無力感を覚える。

 その翌日、ようやくセレスティンと面会が叶い、リンとコタロウを連れてお見舞いに向かった。



「セレスティンさん、大丈夫ですか? まだベッドで横になっていた方が良いんじゃ……」



 ずっと寝ていたセレスティンは、今は椅子に座っている。



「大丈夫です。傷は完治していますから」



 竜の薬を使ったのだ。瑠璃が見る限りではどこにも傷は見当たらない。

 顔色もよく、食欲もあるのか、お茶請けとして用意されたサンドイッチやスコーンを口にしている。

 とりあえずは問題なさそうでほっとする瑠璃は、パパラチアに話したように、アルマンと国の無事を伝えた。

 そうすれば安堵の表情を浮かべ、瑠璃にお礼の言葉を口にした。



「ありがとうございます、ルリさん。感謝してもしたりませんね」


「なに言ってるんです。今回一番頑張ったのはセレスティンさんだと思いますよ」


「私ですか?」



 セレスティンには思ってもみない言葉だったのか、目を丸くしている。



「そうですよ。ファガールの愛し子と戦って、ここまでパパラチアさんを守り切ったんですから」



 もちろん、その過程には国のために戦った兵士も、二人を逃がすために尽力した護衛の存在もあったが、そこはあえて口にしない。



「けれど、私は逃げることしかできませんでした。獣王国の愛し子なのに、国を守れなかった……」



 落ち込むセレスティン。

 いつも勝気な彼女がこれほど弱々しい姿を見せるのは珍しい。

 それだけ、今回の一件はセレスティンの心身に大きなダメージを与えたということなのだろう。



「身を挺してパパラチアさんを守りました。セレスティンさんがいなかったら、お腹の子もどうなっていたか分かりませんし、獣王国の状況を知ることも遅れて、獣王様を助けに行くのも間に合わなかったかもしれません。セレスティンさんが頑張ったからです」



 瑠璃は強い口調で断言した。

 すると、セレスティンは喜ぶというより暗い表情で静かに口を開く。



「私は今回初めて精霊を怖いと思ってしまいました……」



 セレスティンは口から発する言葉を考えるようにしながら続ける。



「もちろん、精霊が見かけ通りの愛らしい存在とは思っていません。精霊には常に畏怖と敬意を感じていました。けれど、どこか自分は愛し子だという驕りがあったのだと思います。容赦なく攻撃をしてくる精霊達に、私は手も足も出なかった。精霊からしたら無力でちっぽけな存在でしかないのに、愛し子などともてはやされてそれを忘れていたんです。こんな驕り高ぶった私が愛し子でいていいのか……。一族の恥とならないか……」



 ずーんと落ち込むセレスティンに瑠璃は苦笑する。

 精霊への信仰心が大きい故の迷いだろうか。

 愛し子としての強い責任感があるからとも思える。

 どちらも持っていない瑠璃には、あまり気持ちを分かってあげられない。

 ただ、瑠璃は感じたことを素直に口にする。



「セレスティンさんは真面目に考えすぎです。そりゃあ、それまで一緒にニコニコ笑い合っていた子が、殺意を向けて攻撃した上に、どこまで逃げても追いかけてきたら怖いに決まってますよ」



 むしろ、かわいらしい容姿だからこそ、余計に怖いと思う。

 絶対夢に見るし、トラウマになる。



「それが驕りになるとは思いません」


「ですが……」


「精霊が嫌いになりましたか?」


「いいえ」



 瑠璃の問いかけに、セレスティンは迷いなく即答した。



「だったらいいんじゃないでしょうか」



 瑠璃がにこりと笑うと、リンがセレスティンの前に飛んでくる。



『ルリの言う通りね。それに、あなたがどう思おうが、精霊は勝手に愛し子に集まって来るから、相応しいとか考えるだけ無駄よ。無駄無駄』



 厳しく聞こえるが、リンなりの励ましの言葉なのかもしれない。

 想いは伝わったのか、セレスティンの表情がわずかに柔らぐ。



「確かにそうですね」


『そうそう。深く考える必要はないわ。精霊は深く考えてないもの。好きだから側にいる。好きだからお願いを聞く。ただそれだけよ』


「けど、それはそれで困るよね。今回みたいになんとかなればいいけど」



 瑠璃は「うーむ」と唸る。



『仕方ないわよ。精霊はそういう生き物だもの』



 確かにリンも最初は突然やって来て名前をつけろという無茶ぶりをしてきたなと思い出す。

 ずいぶん昔のような気がするが、何年も経っていないのだ。

 そのことに瑠璃は今さらながらびっくりする。



「せめて、あの愛し子二人に、セレスティンさんの爪の先程度でもいいから精霊への尊敬と己を恥じる気持ちがあったらいいんですけどねぇ」



 しかし、思春期の中二病になにを言っても無駄に終わりそうだ。

 なにせ、世界は自分を中心に回っていると疑っていないのが中二病なのだから。



「その愛し子はどうなったんですか?」



 セレスティンが問う。

 アルマンや宮殿の情報を優先させて、愛し子の詳細まで話していなかった。



「皆で捕まえて牢に放り込みましたよ。ちゃんと精霊にはその人達の言葉には従わないように強く言っておきましたし、竜王国に帰って来てからもコタロウとリンを通して念押ししておいたので大丈夫だと思います。でも、愛し子の扱いには、獣王様も困っているようですよ」


「そうでしょうね」



 良識ある国ならば、四大大国が決めたルールに則り、愛し子同士を会わせようとはしないだろうが、ファガールはあろうことかその愛し子を戦争に使った。

 ファガールに返せばまた獣王国に攻め入ってくるかもしれない。いや、その可能性が高いだろうと、アルマンもジェイドも考えている。

 セレスティンよりも格上だというところが本当に厄介だ。


 基本的に愛し子は行動を制限されない。

 しかし、あの愛し子達はノリノリで、まるでゲームでも楽しむように精霊達にも命令していた。

 瑠璃がいたから精霊達は命令を無視したが、そんな危険人物を放置できない。



「竜王国か霊王国で引き取るのが無難じゃないかって話になっているようですよ」


「そうですね。霊王国には樹の精霊様が、この国にはたくさんの最高位精霊様が集まっていますから、好き勝手するなど不可能でしょう」



 セレスティンは納得の表情だが、正直なところ、ジェイドもそんな問題児を引き取りたくないというのが素直な気持ちのようだ。

 しかし、獣王国に置いておくのは絶対に避けた方がいいというのは、アルマン、アウェイン、ジェイドともに意見は一致しているらしい。

 すると目を吊り上げてリンが声を大きくした。



『だったらここに連れていらっしゃい! どんな奴か実際に顔が見たいわ』


『我もだ!』



 リンとコタロウはそう言い出すや、そのままジェイドの執務室に突撃して、そこでも『連れてこい!』と叫んでいた。

 はた迷惑な愛し子にコタロウもリンもお怒りなのだろう。

 怒っている理由は、もちろん瑠璃を巻き込んだからだ。

 ジェイドは二精霊に詰め寄られ、非常に困った顔をしていた。

 しかし、いくら最高位精霊の言葉と言えど、面倒ごとを引き受けることに対して側近達は難色を示した。

 けれど、続いた言葉にその場は静まる。



『リシアのところに放り込めばいいわ。しっかり調教してくれるでしょうから』



 火の最高位精霊ですら手のひらの上で転がすあのリシアならば、まだ成人もしていないような子供の調教など朝飯前では? という意見に皆が一気に傾いていった。



 かくして、異世界から来た愛し子は竜王国で引き取るということで話はまとまったのだが、ついでにファガールに集団転移した者達も引き受けることになってしまう。


 さすがにファガールは拒否していたのだが、セレスティンを傷付けられたアルマンを始めとした獣王国は怒り、「それならお前の国を地図上から消してやるよ」と言って脅したらしい。


 愛し子を利用し、セレスティンを害されたのは周知の事実で、竜王国も霊王国もたとえ獣王国が戦争を仕掛けても止めるつもりはないと表明した。

 さらには、アルマンに簀巻きにされていたファガールの王族を取引材料に使ったらしい。

 どうやらあの簀巻きは、ファガール王の甥だとか。

 身内の方がかわいいのか、予想以上にスムーズに交渉は進んだという。




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