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ベリルからの手紙



 数日後、瑠璃はお茶とお菓子を持って空間の中に入った。

 しかし、今回はいつもとは違う。

 いつもなら瑠璃の空間でお茶会をするのだが、瑠璃の空間ではなくクォーツの空間で行うのだ。



 そんなクォーツは、現在ヤダカインにいる。

 皇帝の命も奪った毒の治療薬を作るため。

 一応ヤダカインの女王、パールにより治療薬は存在してはいるのだが、初期の投与でなくては意味がない上、思わず気絶するほど激マズなのである。

 しばらくはパールのところで研究の手伝いをするそうだ。


 何故クォーツの空間でお茶会をすることになったかというと、セラフィを招くため。


 本来なら生き物が空間の中に長くいると悪影響を及ぼすが、セラフィは幽霊なので問題がない。

 しかし、リディアと契約している瑠璃と違って他人の空間を行き来できるわけではなく、側にいるクォーツの空間にしか入れない。

 だったらクォーツの空間でお茶会をすればいいじゃないかという結論に至ったのである。


 しかし、空間とは他人には見せたくないプライベートなものを隠しておける場所でもあるので、クォーツが許可してくれるか分からなかった。

 見られたくないものがあるかもしれない。


 そこで、リディアから光の精霊に、光の精霊からクォーツにという流れて話を通したところ、空間に入る許可が思いのほかあっさりと出た。

 どうやらクォーツはプライバシーというのをあまり頓着しないようだ。

 大したものを入れていないとも考えられる。


 クォーツが気にならないならと、瑠璃も特に気にせずお茶とお菓子を持ってクォーツの空間に入った。


 さすが先代竜王だけあって、瑠璃がこれまで整理してきた空間とは比べ物にならないほど大きい。

 それはクォーツの魔力の大きさを表している。

 見たことはないが、きっとジェイドの空間も同じぐらい広いのだろうなと思いながら、興味津々に見回していると、すでに来ていたセラフィと目が合った。



「セラフィさん、こんにちは。元気にしてましたか?」



 すると、セラフィはクスリと笑う。



『ルリったら、幽霊に元気か聞くなんておかしいわよ』


「それもそうですね」



 肉体のない幽霊相手には愚問であった。



『けれど、クォーツやパールは元気にしているわよ。クォーツはパールに振り回されている感じがしないでもないけど、なんだかんだ仲よくやっているわ。闇の精霊っていうお目つけ役もいるしね』


「それはよかったです」



 と、当たり障りのない会話を続ける瑠璃とセラフィは、ずっとある場所を見ないように心がけていたが、本当は気になって仕方ない。

 そんな中で、空気を読まないリディアが、それに近づく。



『これってセラフィよね?』


「……リディア、あえてツッコまないようにしていたのに」



 台なしである。



『だって、こんなにドドンと派手に置いていたら嫌でも目に入るじゃない』


「それを理解した上で触れないようにしてたんだけど……」



 瑠璃がセラフィに視線を向けると、なんとも言えない顔をしていた。


 瑠璃がクォーツの空間に入った時から目に入っていたもの。

 それは大きなガラスケースに入れられていたセラフィだ。

 顔色は青白く、生き物としての生気が感じられないが、ドレスを着て装飾品もつけているので、まるで人形のよう。


 そもそもセラフィは幽霊として瑠璃の目の前にいるのだから、ガラスケースの中にいるセラフィはセラフィであってセラフィではない。

 彼女の遺体である。


 セラフィは死後埋められたが、墓荒らしの被害に遭った過去がある。

 そんなセラフィの墓を二度と暴かれないようにしたとは聞いていたが、まるで飾るように保管されているとは思わなかった。


 衝撃を受けているセラフィを見るに、セラフィもここまで厳重に守られているとは思わなかったのだろう。

 墓荒らしに遭ったというが、犯人はセラフィの遺体が身につけていた装飾品が目当てだっただけなのか、セラフィの遺体は綺麗な姿だった。



『自分の遺体を見るなんてなんだか変な気持ちだわ……』


「普通は見られるものじゃありませんからね」



 なにせ死んでいるのだから。

 瑠璃はクォーツのセラフィへの執念を見せつけられたような気がして頬を引きつらせた。



『ルリ、悪いんだけどシーツとか敷物とかないかしら?』


「なにに使うんですか?」



 セラフィの意図が分からない瑠璃は問い返すと、セラフィはビシッと自分の遺体に指を突きつけた。



『あれを隠すに決まっているじゃない! こんなのと一緒に楽しくおしゃべりなんてできないでしょう!? お茶が不味くなってもいいの?』



 自分の元肉体に対して散々な言いようだが、確かに瑠璃も死体を前に飲み食いを楽しめそうにない。

 今にも動き出しそうなほど綺麗な状態を保っているからこそ、よけいに不気味さがある。



「リディア、私の空間から持ってこれる?」


『ええ』



 リディアに頼めば瞬く間に、真っ白なシーツが出現する。

 瑠璃はそれを中身が見えなくなるよう入念にガラスケースへ被せた。

 セラフィの遺体が見えなくなって、ようやく少し気持ちが落ち着いた気がする。



「クォーツ様ってもしかして一生セラフィさんの遺体をここに置いておくのかな?」


『その場合、死後空間と一緒に消滅させちゃうことになるわよ?』



 と、リディアが困った顔をする。



『人が生きる世界で埋葬した方がいいんじゃないかしら?』



 リディアは頬に手を当て小首をかしげる。



「確かに」



 瑠璃がセラフィに視線を向けると、セラフィはそれは深いため息を吐いた。



『その通りね。後でクォーツと相談しておくわ。私としては、いずれ寿命を迎えたクォーツの亡骸の隣に埋葬してほしいんだけど……』


「なら、ジェイド様やユークレースさんにも私から話しておきます。私もいずれはジェイド様の隣がいいので、セラフィさんの気持ちはよく分かりますから。まあ、間違いなく私が死ぬ方が先だと思うけど」



 竜族の寿命はとても長い。

 人の寿命などあっという間に過ぎ去ってしまうほどに、老いる時間の流れが違うのだ。

 ふと、リディアを見ると、寂しげな表情をしていた。

 長寿どころか寿命というものが存在しない精霊。

 どうしたって見送る側になってしまう。



「リディア、私がいなくなるのはまだまだ先よ。私は魔力が多いから、普通よりずっと長く生きるって、チェルシーさんからもお墨付きをもらってるんだから」



 努めて明るく振舞うが、リディアの表情は晴れない。



『私からしたら、竜族だろうとあっという間よ……』


「リディア……」



 瑠璃はリディアの前に立ち、手を握る。



「初代竜王様の後に私と契約したように、次にリディアが契約したいと思える人がきっと現れるわ」


『そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないわ』


「だったら、私の子供と契約したらいいわ!」



 思わず頭をよぎった言葉を口にしたが、妙案ではないかと瑠璃は表情を明るくさせる。



「うん、それがいい! 私一人っ子だから兄弟に憧れてたの。出産は大変だって聞くけど、頑張ってたくさん産むから、リディアはその中から気に入った子と契約したらいいわ。ねっ!」



 瑠璃の勢いに押されるリディアは目をぱちくりさせる。その後、顔をほころばせた。



『まだ一人も生んでいないのに気が早いわね』


「でも、この世界の人間だと、私ぐらいの年齢で子供がいるのは珍しくないわけだし、体力には自信があるから任せておいて! なにせ、あのおじいちゃんの孫だもの」



 人間でありながら生身で竜族と渡り合えるベリルの孫という言葉はなにより説得力がある気がした。

 先ほどまで暗い顔をしていたリディアも、ふふッと笑う。



『じゃあ、その時を楽しみにしているわね』


「任せて!」



 いつか自分がいなくなっても、リディアが寂しくならないように……。


 暗い雰囲気を吹き飛ばしてから、ようやくお茶会を始める。


 とりあえずは近況報告だ。

 もちろんヤダカインの状況はクォーツから定期的に報告があるようだが、瑠璃はあまり関与していない。

 瑠璃が知ったところでできることなどなにもないのだから。

 なので、近況報告とはいっても難しい内容ではなく、ヤダカインの生活やどんな国なのかなどという他愛のない話だ。

 瑠璃の方も、今王都で流行っているものや、城内で起きたトラブルを面白おかしく話すぐらいだ。



『あら?』



 突然リディアが声を上げたため、瑠璃とセラフィの視線が向く。



「どうしたの?」


『カイからの連絡よ。珍しいわね』


「カイがなんだって?」


『ちょっと待ってね』



 すると、少ししてリディアの前に一通の手紙が現れた。

 リディアは宙に浮いたそれを手に取ると、中身を確認することなく瑠璃にそのまま渡す。



『ルリのおじいさんからみたい』


「おじいちゃんから?」 



 わざわざリディアを通すなんて相当急いでいたのだろうかと、ベリルの身になにかあったのか心配になりながら封を切る。

 そこにはベリルの性格が現れている力強い文字が並んでいた。



「おじいちゃん達、今は獣王国の近くの国にいるみたい」



 まずは元気そうなことに安心する瑠璃は読み進めていくに従い、眉間にしわが寄る。



『なにか問題?』



 瑠璃に釣られて難しい顔で問いかけてくるセラフィに、首を横に振る。



「問題ってわけじゃないんだけど、獣王国の隣国のファガールって国で多数の転移者が出たかもしれないって」


『転移者というとルリと同じ?』


「そこまでは調べていないみたいだけど、噂じゃその中に愛し子がいるかもとかなんとか」


『それって結構大問題じゃない?』


「うーん……」



 愛し子の存在は国を富ませることもあれば、扱いを間違えると国一つ滅ぼすデメリットも持ち合わせている。

 瑠璃を始め、獣王国のセレスティン、霊王国のラピスは多少性格に難がありつつも、国に害を与えるような非常識な真似はしない。

 ヤダカインのパールも、以前こそ竜王国に戦争をふっかけてきたが、今は闇の精霊がちゃんと手綱を握っているおかげでパールも反省し、女王としてちゃんと勤めを果たしている。

 そんな中で現れた新たな愛し子。

 しかも瑠璃と同じ転移者である可能性が高いという。



『他に詳しいことは書いていないの?』



 セラフィも気になるのか、問いかけてくる。瑠璃ももう一度手紙を読み直してみるがその内容が変わるわけではない。



「情報はそれだけです。もう少し詳細に書いてくれればよかったのに……」



 大雑把なベリルらしいと言えばらしいのだろうが、情報が足りなさすぎる。



「コタロウだったら調べられるだろうって」



 そんな一文が最後に載っていた。



『まあ、確かに、風のの力は他のどの精霊より調べものに強いから』



 この空間という世界から出られないリディアに、外の情報を集めてくるのは難しいだろう。



「ファガールって国は獣王国とは仲が悪いんだって。だから念のためジェイド様に報告した方がいいかも」



 ついでにコタロウに情報収集を頼むつもりだ。

 普通の転移者なら問題が起きるまで傍観していても、大国の力で解決してしまえそうだが、さすがに愛し子が中にいるとなると、じっと待っているわけにはいかない。

 セラフィもそこはよく分かっているからか、瑠璃がお茶会を抜けることを快く許してくれた。

 リディアは若干不満そうではあるが、近いうちにまたやり直しすると約束して納得してもらえた。

 瑠璃はベリルからの手紙を持って、空間から外へ出たのだった。



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