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王妃の遺産



 その日瑠璃は、朝からリディアの手伝いをするために空間の中に入っていた。


 時と空間の精霊であるリディアは、人が作った数だけある空間を管理するのが仕事である。


 空間は作った本人にしか開くことができず、その本人が死んでしまうともう誰にも空間を開くことができない。

 そんな役目を終えた空間を消すのがリディアの日課であるが、瑠璃の前の契約者である初代竜王ヴァイトが余計な知識を与えてしまったため、持ち主のいなくなった空間から使えそうなものを見つけると、収集する癖ができた。


 それらはずっと死後も消さずにいたヴァイトの空間に保管されていたが、今はそのヴァイトの残した遺産ごと瑠璃の空間とくっつけた。

 そのため今は瑠璃の空間が保管場所となっている。


 瑠璃の魔力は竜族にも引けを取らないほど大きい上にヴァイトの空間と合わさったために、魔力量によって容量が変わる瑠璃の空間はかなりの広さがある。

 ヴァイトの遺産を受け継いでもまだあまりある空間は今も着々と物が増えていっていた。



 最初こそ誰も開けなくなったとはいえ、人様の空間のものを持ち出すなんてと引け目を感じていた瑠璃も、今では罪悪感もどこかへ落としてきたかのように率先して選別しては、リディアが空間を消す手伝いをしている。


 どこまでも続く螺旋階段に並ぶ、扉はそれぞれの空間へと入れる出入り口。

 ここはリディアと、リディアの契約者である瑠璃にしか来られない。

 めぼしいものを見つけられなかった瑠璃が出てきて扉を閉める。



「リディア~、こっちの空間の確認は終わったからもういいよ」


『分かったわ』



 選別が終わった空間の扉にリディアが手をかざすと、すうっと溶けるように消えていった。

 消滅させた扉の先にある空間へは、もうリディアでも戻すことはできないという。

 いつもながら不思議な光景だなと、瑠璃は消えてただの壁になった場所をじっと見つめた。



『さっ、次に行きましょう』


「うん」



 消さねばならない所有者を失った空間は腐るほどあるのだ。

 空間を持つには空間を作る魔力が必要となるが、この世界の半数以上が魔力を持っている。

 つまりはそれだけの空間が存在していることを意味した。

 どうやら精霊達の情報を聞くに、元いた世界より遥かに世界的人口は少ないようだが、リディア一人で管理していることを考えるとかなり無理があるように思う。


 風の精霊などは最高位精霊であるコタロウ以外に下位の精霊がたくさんいるというのに、時と空間の精霊はリディアだけ。

 他にもたくさん時と空間の精霊がいたならリディアも楽ができる上、空間の外には出られなくても寂しくはないだろうに。


 何故なのかと、疑問が湧く。

 しかし、それをリディアや他の精霊に問うたところで明確な返答は得られなかった。


 精霊にしか明かせない秘密のようなものが存在するのかもしれないが、瑠璃は自分がいずれいなくなった後のリディアが心配でならなかった。

 対策できるものなら力は惜しまないというのに、踏み込んではいけない領域が存在するのだろう。


 瑠璃にできるのは、いつか来る別れの時までできるかぎりリディアに会いに来ることぐらいだ。

 瑠璃は続いて別の空間の扉を開いた。

 もちろん、所有者がいなくなった、つまりは亡くなってしまった空間である。

 足を踏み入れた瞬間に、瑠璃は目を瞬いた。



「うわ、すごい」


『久しぶりに当たりの部屋ね』



 心なしかリディアの声が弾んでいる気がするが、気持ちはよく分かった。

 瑠璃も同じである。


 まさに壮観。

 空間の中は煌びやかな衣装や、意匠をこらした置物や、女性の肖像画、さらには目がチカチカするほど眩い宝石や装飾品で埋め尽くされていた。

 持ち主のいなくなった空間はほぼゴミでしかないハズレが多い中で、ここは当たりどころか大当たりである。

 ここまで宝の山になっていると、逆に怖くなる。



「リディア、これほとんど使えそうなものばっかりなんだけどどうする?」


『全部ルリの空間に移動させちゃえばいいじゃない』


「いいのかなぁ?」



 怒る者はとうにいなくなっていると分かっているが、少々罪悪感が生まれる。



『どうせルリが引き取らなかったらこのまま消しちゃうもの』


「まあ、確かに」



 結局はもったいないという気持ちの方が大きくなり、ほとんどのものをリディアに頼んで移動してもらう。

 そうしてから改めて一つ一つ確認していくと、どうやら所有者はかなり高貴な女性だったようだ。

 ティアラに、ドレス、装飾品から考えた推測でしかないが、まず間違いない。

 装飾品の一部の物には紋章のようなものが彫られている。



「リディア、これ紋章ってどこのものだか分かる?」


『さあ、あまり精霊はそういうものを気にしないから』


「だよねぇ」



 もちろん瑠璃にもさっぱり分からないが、恐らくユークレースならば詳しいのだろう。

 その中の一つのブローチを手に取る。



「一応、さっきの空間から持ってきたものは一か所にまとめといてくれる?」


『ええ、分かったわ』


「ユークレースさんに確認してもらうから、今日は戻るね」


『そうね。いくら契約していても空間の中に長居するのは体にも精神的にも悪いから』



 そう、理解を示しつつもどこか寂しそうな顔のリディアに、瑠璃も後ろ髪を引かれる。



「また来るからね。今度はお菓子持ってくるからお茶会しよう」


『待ってるわ』



 笑みを浮かべ手を振るリディアに背を向け空間から出た瑠璃を、待っていましたとばかりにコタロウとリンが出迎える。



『おかえり、ルリ』


『収穫はあった?』



 尻尾をブンブン振るコタロウと、パタパタと飛んでくるリン。



「ただいま。今回は大収穫だけど、ユークレースさんに相談かな」



 コタロウとリンにブローチを見せる。



『あら、綺麗ね』



 リンは興味を示したが、コタロウはあまり興味はないようだ。



「今からユークレースさんの所に行くけど二人も来る?」


『もちろん!』


『ルリの行くところには我も行く』



 と、即答した二人を連れ、ユークレースの執務室へ向かう。

 またユークレースにお説教か呆れられるか、お小言をもらいそうだなと覚悟しつつ、ユークレースの執務室の扉をノックした。

 勝手に扉が開き顔を覗かせたのは、今やユークレースの雑用係となっているギベオンだ。

 ギベオンは瑠璃の姿を見るとぱあと目を輝かせた。



「愛しのルリ~。俺に会いに来てくれたの?」



 抱きつこうと迫ってきたギベオンを、コタロウが風の力で吹き飛ばす。

 しかしながら、光の精霊の祝福を持つギベオンにはさほど大きなダメージを与えることは叶わず、部屋の中に転がした程度だった。



『コタロウったら、もう少し強くしないと、奴には効かないわよ』


『うむ、今度からそうしよう』



 などと、リンとコタロウが舌打ちをせんばかりに敵意をむき出しにしている。

 ギベオンとの出会いでは瑠璃が危険な目に遭ったため、二人はギベオンを嫌っている。

 さすがにあれからそれなりの時間が経ったのだが、まだ許してはいないようだ。



「ひどい!」



 床に転がったままのギベオンがなにやら嘆いていたが、それはユークレースの怒声でかき消えた。



「こら、ギベオン、サボるんじゃないわよ! 給料から差っ引くわよ」


「今の見てたよね!? 俺、攻撃されたの!」


「ルリにちょっかい出すからでしょう。ここに陛下がいないことに感謝なさい。問答無用で首と胴体が切り離されるわよ」



 と、ユークレースもギベオンには冷たい。



「皆してひどい……」



 シクシクと泣くギベオンだが、それが嘘泣きなのは潤んですらいない目を見れば明らかだ。


 瑠璃は無視してユークレースの前まで近づく。

 ユークレースの机には大量の資料や書類が積み上げられており、部屋の中には他にもユークレースの補佐をしている文官がいて、忙しなく働いている。



「ユークレースさん、今大丈夫ですか?」


「ええ、今ちょうど休憩しようと思っていたところよ」



 ユークレースが目配せすると、部屋の中にいた人達が一斉に立ち上がり、一礼してから部屋を出ていった。

 気を遣わせてしまったのではないかと、瑠璃は申し訳なくなる。

 しかし、瑠璃の罪悪感も吹き飛ばすように、ユークレースは尊大にギベオンに命令する。



「ギベオン、お茶入れてちょうだい。この間お使いを頼んだ時に買って来てもらった茶葉でね」


「人使い荒くない?」



 グチグチ文句を言いつつも、言う通りにお茶の準備をするギベオンは、元は一国の王子だったというのだから驚きだ。

 祖国はすでに滅ぼされて亡くなっているので、王子という身分はあまり意味をなさないが。



 ユークレースは椅子から立ち上がりソファーへと移動する。

 瑠璃はテーブルを挟んだ向かいに座ると、隣にコタロウがちょこんと座り、リンは瑠璃の肩に。

 腕をグルグル回すユークレースは少々お疲れの様子だ。



「大変そうですね」


「まあ、帝国であんなことがあった後だからね。トップが決まっていないから混乱しているのよ。無関係な国なら問題ないけれど、帝国とは取引も多いから余計にね」


「お疲れ様です」


「まったくね。……それで、なにか用事だったんでしょう?」


「はい、実は、さっきまでリディアのお手伝いで空間の整理をしてたんですけど……」



 言葉を濁す瑠璃の様子に、ユークレースは苦い顔をする。



「また厄介事じゃないでしょうね?」


「違いますよ。ちょっとお宝ザクザクな部屋を見つけたんですけど、一部に紋章のようなものが刻印されていたのでユークレースさんならなにかご存じかなって」


「紋章ねぇ。見てみないことには分からないわね」


「これです」



 瑠璃は先ほど空間から持ってきたブローチをユークレースに渡す。

 中心には大きな宝石がついており、周りを銀細工で飾ってある。

 その裏に紋章が刻印されていた。



「かなり質のいい宝石ね。細工も細かくて相当いい代物だわ」


「そうですよね。これ以外にもたくさん衣装や装飾品が残されていたんで、かなり高貴な人の空間だったんじゃないかと思うんですけど……」


「確かにそのあたりにいる成金じゃ手に入らないでしょうね」



 ユークレースからもお墨付きをもらうほどの一品。



「その紋章知ってますか?」


「いくら私でもなんでも知っているわけじゃないわよ。でも、どこかで見たことあるのよねぇ。どこだったかしら?」



 うーんとユークレースが唸っているところで、ギベオンがお茶を持ってきた。



「はーい。お待ちどうさま。ギベオン君が淹れたお茶だよー。ルリへの愛情をいっぱい入れといたからねー」



 そういう言い方をされると飲みづらくなる。

 瑠璃の前に置かれたティーカップにすかさずコタロウが鼻を近づける。

 クンクンと鼻を動かすコタロウは満足したように離れた。



『うむ。危険なものは入っていなさそうだ』


『大丈夫そうね』



 二精霊の言葉に、ギベオンがまたもや嘆く。



「ひでぇ。俺がルリに毒なんか入れるわけないだろ。ルリの愛人なんだから!」


『信用ならんな』


『まったくよ』



 コタロウもリンも鼻を鳴らして、ギベオンへの警戒を示す。

 瑠璃は過保護な二精霊に苦笑を隠せない。

 そんなやり取りをしている間もブローチに刻印された紋章を見ながら記憶を手繰り寄せようとしているユークレース。

 そんなユークレースの手にあるブローチを見たギベオンが目を大きく見開いた。



「えっ、ちょっと待って。それどこで手に入れたの!?」



 ひどく驚いた様子のギベオンに視線が向く。



「とある筋から入手して、ユークレースさんに見てもらってるの」



 リディアのことは言わない。

 瑠璃が他人の空間に関与できるのはできるかぎり秘密にしておきたいのだ。

 まあ、帝国での一件では必要に駆られてまだ存命の者の空間に入って証拠品を持ち去ったりしたことを一部の者に必然と教える形となってしまったが、ユークレースからはできるだけ公にするなと注意されている。

 なので、ギベオンには濁して伝えた。



「ギベオンはこのブローチの出所知ってるの? 裏に紋章があるんだけど」


「ちょっと見せて」



 いつものふざけた空気を消してブローチを見せてくれると懇願するギベオンに、ユークレースは確認するように瑠璃に視線を向けてきたので、問題ないと伝えるために頷いた。

 まるで壊れ物を扱うように慎重に受けっとったギベオンは、紋章をゆっくりと指の腹で撫でる。

 その顔は今にも泣きそうで、なにかに耐えるように歪む。



「ギベオン?」


「……これさ、他にもあったりする?」



 瑠璃は少し迷った末、正直に答えた。



「うん。他にもドレスとか装飾品とかいろいろ」



 するとギベオンは突然その場で床に座ると、瑠璃に向かって土下座する。

 その行動にぎょっとする瑠璃。



「お願いします。これと、他にも同じものがあるなら俺に譲ってください」



 その声はこれまで見てきたどのギベオンより真剣で、必死さが伝わってきた。

 困惑する瑠璃はユークレースに視線を向ける。

 しかし、ユークレースも戸惑っているようだ。そして、突然「あっ」と声を上げる。



「思い出した。その紋章、あなたの身辺調査をした時に見たのよ。確かあなたの祖国の王妃の紋章だったわね」



 ユークレースの言葉に瑠璃は驚きを隠せない。



「えっ、そうなんですか?」


「ええ。そうでしょう、ギベオン?」



 ユークレースの問いかけに、頭を下げたままのギベオンが頷く。



「うん、そうだ。これは母上が持っていたブローチだ。お気に入りでよく身につけていたから間違えたりしない」



 瑠璃はびっくりだ。

 整理していたあの空間はギベオンの母親のものということになる。



「お願いします。一生かかっても必ず返すから、俺に売ってください」



 さらに深く頭を下げるギベオンに、瑠璃はどうしたものかとユークレースに助けを求める。



「ユークレースさん……」


「ルリが決めなさい。それは今はもうルリのものなんだから」


「そう言われましても」



 そもそも瑠璃がリディアの手伝いで反則的に手に入れた代物だ。

 所有権というなら、その息子であるギベオンに相続する権利がある気がする。



「お願いします!」



 いつになく真剣なギベオンに、ノーを突きつけるなどできようはずもない。



「分かった。ちょっと待って」



 そう言うと、瑠璃はその場で先ほど手に入れたギベオンの母のものと思われる空間の中から持ち出したすべての遺品を取り出す。

 リディアにまとめておいてくれと言っていたおかげで間違えることなく全部取り出せたはずだ。

 一つ一つ確認していく中で、ギベオンは女性の肖像画に目が釘づけとなっていた。



「母上……」



 小さな呟きは瑠璃にも、五感に優れている竜族のユークレースにも聞こえた。

 寂しそうな目で見つめるギベオンは今何を思っているのだろうか。

 もうなくなってしまった国の王子。

 国と共に亡くしてしまった大事な人達。

 きっと瑠璃には想像もできない苦労があったに違いない。



「ギベオン、それはあなたに譲るから。別にお金を返そうとかしなくていいからね」



 そもそも愛し子の瑠璃はお金に困っていないので問題はない。

 むしろ、勝手に自分のものとしようとしていたのが申し訳なくなる。



「ルリ……」



 感激したようにギベオンが瑠璃を見つめる。



「ありがとう」



 深く腰を直角に曲げながら礼を言うギベオンに、瑠璃は微笑んだ。

 と、そこで終わればいいものを。



「でもやっぱりなにもお礼しないのは俺の気がおさまらないから、体で払うよ!」



 そう言って上の服をはだけさせながら迫って来て、コタロウにまたもや風で吹き飛ばされた。

 今度は少々強めに攻撃され、床を転がった先で壁に頭を打ち付けて目を回している。

 その様子に、瑠璃とユークレースは深いため息を吐いた。





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