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珊瑚の仕事


 帝国から戻ってきてからしばらく。

 帝国の動向は気になるものの、瑠璃になにかできるものではなく、遠くから様子を窺うことにして竜王国でのんびりと過ごしていた。


 そんな瑠璃は、ただ今猫の姿で珊瑚に抱きしめられている。



「やだ、めっちゃかわいい~」



 容赦なく抱きしめられ、スーハースーハーを猫吸いされてしまい、瑠璃は大暴れする。



「ふぎゃー」



 見た目は猫だが中身は瑠璃なのだ。

 そこのところを忘れないでほしいと瑠璃は精一杯抵抗する。

 コタロウとリンは止めるべきか迷っているようだ。


 これが瑠璃に対して敵意を持っていた場合は問答無用で排除されるのだが、ただただ愛でたいという好意から来るものなので、困っている。


 叫んでもやめてくれない珊瑚を見かねてか、横からルチルが苦笑いで口を挟む。



「サンゴ、そのぐらいにしてください。同郷なので、ある程度親しくするのは目をつぶりますが、ルリは愛し子であり竜妃でいらっしゃるのですから」


「はーい、お姉様」



 ルチルには忠実な珊瑚は、残念そうにしながらようやく瑠璃をそっと床に下ろした。

 解放されてほっとする瑠璃。


 そもそもこんなことになったのは、珊瑚が最初に城へやって来た時にジェイドの膝の上にいた猫が瑠璃だと知ったからだ。

 猫に変身する腕輪の存在は、珊瑚の興味を大いに引いた。

 見せて見せてと目を輝かせる珊瑚の期待に応えて腕輪で猫の姿になった途端、抱き上げられぎゅうぎゅうと撫でくり回されたのである。



「さっ、ルリ。腕輪を外しますよ」


『お願いします、ルチルさん』



 猫の手では自分で腕輪を外せないので、ルチルに手を差し出す。

 腕輪が外れた瞬間に人間の姿に戻った瑠璃を、珊瑚が興味津々に見ていた。



「人間が猫に変身するなんて驚き~。ほんとに異世界なんだぁって感じする」


「確かに、不思議よね」



 同意する瑠璃には珊瑚の気持ちがよく分かった。しかし……。



「腕輪で人間が猫に変身するのは私達でも驚きですよ」



 と、ルチルが少々訂正を入れた。

 竜族のように人の姿と竜の姿を持っている亜人なら見慣れているだろうが、変身能力を持っている人間など聞いたことがないという。

 しかし、瑠璃と珊瑚にとって違いはあまりない。

 元の世界では精霊どころか魔法を見たこともなかったのだから。


 それなのに、この城内ではあって当たり前のように日常の一部として魔法が使われている。

 魔力を持っている者は亜人の方が多く、人間の方が圧倒的に少ない。


 竜王国では亜人と人間が半々ぐらいの割合なので、そのあたりは上手くバランスを取りながら生活をしているが、人間の多い帝国などといった国では、魔法の使える者がいる国と比べるとかなり不便な生活を強いられるのだとか。


 元の世界のように科学が発展しているわけでもないので仕方ないのだろう。

 ただ、魔力がない者でも、魔法具を使えば魔法を使えるらしい。

 この瑠璃が持つ猫になる腕輪も魔法具だ。

 初代竜王ヴァイトが、ヤダカインの初代女王からもらったものだとか。



「使ってみる?」


「いいの!?」


「ちゃんと返してね」


「もっちろん!」



 腕輪を珊瑚に差し出せば嬉しそうな顔で受け取り、迷うことなく腕にはめた。

 すると、珊瑚はみるみるうちに猫の姿に変わる。

 白猫だった瑠璃とは違い、白と黒のハチワレの猫だ。



「にゃわー!」



 珊瑚は自分の前足の肉球を見て、ひどく興奮している。

 その反応はかわいらしく、瑠璃はクスクスと笑いながら空間から大きめの鏡を取り出して珊瑚の前に置いてあげた。


 猫になった自分の姿をかじりついて見ている珊瑚。

 しかし、いつまでも鏡の前から離れようとしないので、困った瑠璃は仕方なく上機嫌な珊瑚から腕輪を引き抜いた。

 元の人間の姿に戻りがっかりとした様子の珊瑚は、物欲しそうに腕輪に視線を向ける。



「いいなぁ。私も欲しい……」


「これはヤダカインの初代女王が作った、何千年も前のものらしいから他にないのよ」


「作れないの?」


「残念ながらかなり高度な魔法具らしくて、魔女のセラフィさんにもまったく同じものは作れないらしいのよね。回数制限付きのものは作れたんだけど、悪用されたら危険だからってユークレースさんに没収されちゃったし」


「ちぇ。残念」



 簡単に諦めて引き下がった珊瑚は、最初に城へやって来た頃のことを思うとずいぶん大人になった。



「でも、瑠璃様は愛し子なんだし、無理やり取り返したら? 愛し子は我儘が許されるんでしょう?」


「ユークレースさんは怒らせると怖いのよ。ユークレースさんの言うことはできるだけ聞いとかないと後悔するから。ある意味王様のジェイド様より発言力持ってるし」


「……それは確かに。私も前に瑠璃様にひどいことした後にめちゃくちゃ怒られたけど、すっごく怖かった」



 顔色を悪くする珊瑚はすでにユークレースの逆鱗に触れていたらしい。

 一度経験するとユークレースに逆らおうなどと思わないのが普通だ。



「でも、そのユークレースお姉様のおかげで私は食事にも寝床にも困らずに生活できてるから、感謝しかないんだけど」


「お仕事も頑張ってるらしいじゃない。正直私もただ飯食らいは居心地が悪くてなにか仕事をしたいんだけど、皆が許してくれないのよねぇ」


「当たり前ですよ」



 瑠璃は様子を窺うようにルチルをチラリと見れば、苦笑されてしまう。



「どこに愛し子を働かせる国があるというのですか。愛し子はそこにいるだけで国を富ませるのですから、働く必要などありませんよ」


「ルチルさんでも駄目か……」



 がっかりと肩を落とす瑠璃。

 ルチルなら少しは融通がきくのではないかと思ったのだが、やはり無理そうだ。



「城に来る前、チェルシーさんの家で暮らしていた頃は炊事洗濯掃除と、家事をいろいろしていたから結構自信あるんですけどねぇ」


「陛下や精霊様方にお菓子を作るぐらいが最大限の譲歩ですよ」


「そうですよねー」



 分かってはいたが、念のために聞いてみただけだ。



「愛し子ってのも案外窮屈なのね。贅沢三昧できるのは羨ましいけど、退屈そうだから愛し子じゃなくてよかったかも」



 最初、自分は愛し子だと城に乗り込んだ珊瑚は、当初とは考え方がまったく違っている。



「珊瑚はどんなお仕事してるの?」



 瑠璃は珊瑚がどのような仕事をしているか知らない。



「お姉様とユークレースお姉様の口添えで、難しくない仕事を割り当ててもらってるわ。雑用がほとんどだけど、私にはチビがいるから水の魔法を使った仕事とか頼まれたりするわ」



 先程から珊瑚の肩に乗っているリス。

 それは珊瑚がこの世界に来て名を与え従属させた上位精霊である。

 精霊に好かれる者は一部いるものの、従属させられるほど精霊に好かれる者は少ない。

 従属というのは、精霊を縛るものであり、精霊は従属した者の命令には逆らえなくなるのだ。

 ただし、最高位精霊からの命令とどちらが優先されるかは、精霊と契約者との関係にもよるそうだ。


 珊瑚に名付けられたチビは珊瑚をかなり気に入っている様子。

 いざとなれば水の最高位精霊であるリンの命令すら逆らうかもしれないとか。

 だが、たとえ逆らったとしても、リンの力の方が強いので、問題行動を起こしたとしても制圧するのは問題ないそうだ。


 とはいえ、珊瑚はルチルを崇拝しているので、ルチルの迷惑になるような命令はきっとしないだろう。

 なにせルチルファンクラブ発足人であり会長なのだ。今も会員という名の同志は着々と増えているとか。

 布教活動をする珊瑚のパワーがすごいのか、ルチルの人気がすごいのか判断に迷うところである。



「あっ、そろそろ休憩も終わるから仕事に戻らないと。お姉様、またお話してくださいね~」


「ええ、頑張ってくださいね」


「ああ、名残惜しい……」



 ルチルと離れがたそうにしながらも、仕事に向かおうとする珊瑚を瑠璃は呼び止めた。



「あ、ねえ、私も一緒に行ってもいい?」


「瑠璃様が? どうして?」


「純粋に魔法を使う人にどんな仕事が任せられているのか気になったのと、後は暇すぎて……」



苦笑する瑠璃に、珊瑚は首を傾げる。



「王様のところに行かないの? 新婚なんでしょう?」


「ジェイド様は仕事で忙しくて私に構ってる暇はないみたい。しばらく帝国に行ってたから」



 帝国に長く滞在していた影響でたんまりと仕事が溜まっていた。

 ある程度宰相であるユークレースに裁量権を与えていたが、王でなくては判断できない仕事もたくさんあった。



「私が手伝えたらいいんだけど、愛し子は政治に関与したらいけないから」



 愛し子が政治に関わると、どうしても愛し子の意思が反映されてしまう。

 それは独裁と混乱を生み出しかねない。

 なので、同盟を結んでいる四大大国で愛し子は政治に関わらせないと決められているのだ。

 四大大国がそう決めたならと他国もそれに倣っている感じだ。



「私が執務室にいると、ジェイド様の気が散るからどっか出かけてきなさいってユークレースさんに言われちゃって。でも、町に出かけるのはジェイド様が許してくれないしで、手持ち無沙汰なの」


「愛し子様も大変なのねぇ。いいわよ、一緒に来て」


「ありがとう」



 基本的に珊瑚の行動範囲は五区から下だ。

 魔力があると、この世界に来てから発覚した珊瑚は空間を開いて、訓練をしている兵士達の洗濯物をポイポイと投げ入れていく。

 瑠璃が手を出すと珊瑚の仕事を奪ってしまうので、本当に見学しているだけだ。



「珊瑚はこっちに来てから魔力の存在を知ったの?」


「うん、そうよ」


「それまでに、元の世界で精霊を見たりした?」


「まったく。こっちに来てチビを見たのが初めてよ」


「そうなんだ。私もこっちに来てから精霊を見られるようになったのよねぇ。でもおじいちゃんやお母さんは前々から見えていたらしくて、元の世界にもたくさん精霊がいたらしいのよ」


「ある意味見えてなくてよかったんじゃない? 他の人には見えてないものを見えるなんて言ったら即変人扱いだもの」


「確かに」



 否定できない。

 ベリルもリシアも元の世界では精霊の存在を口には出さなかった。

 周りからどう見られるかちゃんと分かっていたからだろう。


 しかし、瑠璃もこちらの世界に来て精霊を認識したことで、精霊の姿を確認できるようになった。

 魔力があることから珊瑚も瑠璃と同じなのだろう。

 知らず知らずのうちに魅了の力を使っていたあさひの存在もある。

 思っている以上に、元の世界にも魔力を持っている人はいたのかもしれない。

 けれどもう、確認はできない。


 場所を移すと、珊瑚は集めた洗濯物を全部取り出し、チビの名前を呼んだ。



「チビ、お願い」



 リスが珊瑚の肩から下りると、大きな水の塊が現れて洗濯物を飲み込むと、宙に持ち上げていく。

 そして、そのまま水がぐるぐると回り始める。



「大きな洗濯機みたいね」



 感心する瑠璃。



「チビの水には浄化作用もあるからどんな汚れもピッカピカになるのよ」


「これだけ大量の洗濯を一度にしてしまえるとは、やはり上位精霊の力は素晴らしいですね」



 ルチルに褒められて珊瑚は照れくさそうだ。



「お姉様も洗濯物があったらいつでも呼んでください。私がシミひとつ残さず洗いますから」


「ありがとうございます」



 にっこりと微笑むルチルの綺麗な笑みに、珊瑚は今にもノックアウトされそうである。

 しかし、竜族ともなると、ユアンのように精霊に嫌われる魔力の質でもないかぎりは、自分で浄化の魔法を使った方が早い。

 今珊瑚が洗濯しているのも、竜族ではない者達の汚れ物なのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに愛し子に仕事をさせたり政治に関わると、いろいろ問題が発生するのが判りました。 [一言] ・・・・となると瑠璃のお仕事は、子孫繁栄かなぁ。 恩人のチェルシーさんに「里帰り」という名の息…
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