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ファンクラブ結成



 ユークレースの執務室へ行けば、ギベオンがぱっと表情を明るくし、嬉しそうに走り寄ってくる。

 コタロウのように尻尾があればぶんぶん振っているだろう。



「俺のルリ~」



 両手を広げて近付いてくるギベオンに向かって、隣にいたジェイドが剣を縦に振ったが、それはギベオンの結界に阻まれてしまう。



「ちっ」



 舌打ちをするジェイドは、本当に悔しそう。

 一方の切られかけたギベオンは顔を引き攣らせて怯えていた。



「ひぃ~。何するの、竜王さん! 会って早々切ってくるとかサイコパスだから! 竜王じゃなくて、切り裂き魔に名前変更した方がいいんじゃない!?」


「俺のルリなどとほざくからだ」



 ジェイドはギベオンを相手にすると、少し口が悪くなる。

 大事な番いにちょっかいをかける敵なのだから、それは仕方ない。

 竜族を知っている者からすると、未だに五体満足なことが奇跡なのである。

 光の精霊の加護がなければとっくに首と胴体が離れていただろう。


 自分の執務室でぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を見ていたユークレースが、大きな溜息を吐いた。



「ギベオン、陛下で遊ぶのはそれぐらいにしてちょうだい。仕事の話をしたいんだから」


「はーい」



 ユークレースも何気にジェイドの扱いが雑である。



「とりあえず、おかえりなさいませ、陛下。随分と長い滞在でしたね」


「ああ。まさかアデュラリアの件があそこまで大きな話になるとは思わなかったからな」


「帝国のこれからのことについてはおいおい他の側近達とも話し合うとして……」



 ユークレースは、ジェイドの前にドーンと山のように積まれた書類を置いた。



「陛下の決裁が必要な書類が溜まっておりますので、よろしくお願いしますね」


「これ全部か?」



 ジェイドはあまりの書類の多さに頬を引き攣らせる。



「ええ、そうです。終わるまでルリとイチャつくのは禁止ですからね」


「……ユークレース。忘れているかもしれないので言っておくが、私達は新婚なのだぞ」


「そうですね。ならば早く処理して存分にイチャついてください」



 そう、にっこりと笑顔を浮かべたユークレースは惚れ惚れするほどの美人であった。


 がっくりと肩を落として自分の執務室へ行ったジェイドとは別れ、瑠璃は帝国に行っている間にずっと気になっていた珊瑚の様子を見に行くことにした。


 城で働くようになってしばらく経つ。

 以前珊瑚に言いがかりを付けられて以来となる。

 あの時はルチルが自分に任せてくれと連れていったが、あの後どうなったのか分からない。


 ユークレースによると、もう会っても大丈夫だと言われた。

 何か心境の変化でもあったのかもしれないが、会わないことにはどう変わったのか分からない。



 まずはルチルを捜すべきかと五区の訓練場に向かって歩いていると、なんとタイミングよく珊瑚が向こう側から歩いてくるではないか。

 どうやら瑠璃が帝国に行っている間に信用を勝ち取った珊瑚は、五区までは立ち入ることができるようになっていた。


 さすがに王や愛し子のいる一区までは入れないようだが、瑠璃がちょくちょく顔を出す訓練場のある五区に入れるようになっただけでも、珊瑚が危険人物ではなくなったと判断されたことを意味する。


 正面から顔を合わせることになり、相手も自分のことに気付いたようにはっとしている。

 喧嘩腰で来られないだろうかとドキドキしながら近付いていくと、珊瑚は瑠璃に向かって一直線に走って来る。

 周りにいた精霊達が前科のある珊瑚にたいして臨戦態勢に入ったことに気付いて慌てたが、珊瑚は瑠璃の前まで来ると、瑠璃の手を両手でぎゅっと握った。



「ありがとう。あなたのおかげよ」


「へっ?」



 感謝される意味が分からず困惑する瑠璃に、珊瑚は目をキラキラさせて語り出す。



「あなたには次に会った時に謝らなきゃと思ってたの。だってお姉様がそう言ったんですもの」


「お姉様?」


「そう、お姉様よ。私の前に颯爽と現れ、私を助けてくれたお姉様。ああ……お姉様はどうしてあんなに素敵なのかしら。私がこの世界に来たのは愛し子になるためだと思ってこの城へやって来たけど、お姉様のおかげで雷に打たれたように天啓を受けたわ。お姉様を崇め、お姉様の素晴らしさを人々に教え導くために私はこの世界に来たのだと」


「は、はあ……」



 瑠璃はなんとも気のない返事をする。

 珊瑚の話に付いていけないのだ。

 そもそもお姉様とはいったいだれなのか。



「本当にごめんなさいね。もうあなたを妬んだりしないわ。愛し子なんてものよりも素晴らしいものを私は手にしたから」


「そうですか……」


「お姉様とお会いするためには五区に入りたかったのだけど、あなたに害を与える可能性があるから駄目だって言われたの。でも、あなたに謝るなら許可するって、お姉様の友人のお姉様がおっしゃっていたから、私は改心したわ。もうあなたには何もしないわ。だってお姉様が守るべき主人だっておっしゃっていたから。お姉様の主人ということは、私にとってもそうよね。これからはご主人様って呼ばせてちょうだい!」


「えっ、それはちょっと……」



 愛し子様と呼ばれたことはあれども、自分より年下の子にご主人様とはあまり呼ばれたくない。



「あらそう? じゃあ何が良いの?」


「普通に瑠璃で」


「じゃあ、瑠璃様ね。私のことも珊瑚って呼んで。同郷同士、これから仲良くしましょうね」



 ぎゅうぎゅうと手を握られてにっこりと微笑まれる。

 勝手に話をまとめてしまった珊瑚に呆気にとられていると、横から声をかけられた。



「何をしているのですか?」



 その聞き覚えのある声に振り向くと、予想通りパンツスタイルの軍服を着たルチルがやって来た。

 すると、それまで瑠璃の手を握っていた手を離し、珊瑚は黄色い悲鳴を上げる。



「きゃあ、お姉様ぁ!」



 まるでご主人様の帰りを待ちわびたワンコのように喜びをあらわにする。

 見えないはずの尻尾が見えるかのようだ。

 きっと今頃ユアンも、フィンの帰りを喜んで似たような反応をしていることだろう。



「サンゴ、ルリに変な真似はしていませんね?」


「もちろんです、お姉様! ちゃんとこの間のことも謝りました。お姉様にお叱りを受けたので」



 胸を張って言うことではないが、本人はいたって真剣のようだ。



「本当ですか?」



 瑠璃に視線を移して問いかけてくるルチルに、瑠璃は頷く。



「はい。謝罪を受けました」



 本人も反省している? ……みたいなので、瑠璃としてはこれ以上何かを言うことはない。



「そうですか。ちゃんと謝罪できて偉かったですね」



 ルチルはにこりと笑って珊瑚の頭を撫でると、珊瑚は顔を真っ赤にしてうっとりとしていた。



「ああ……。お姉様に頭を撫でられた。もう髪は洗わないわ」



 それはやめておけと、注意すべきか迷った。

 何せ本当に嬉しそうにしていて、アイドルと握手をしたファンのようなことを言っている。


 まさかちょっと帝国に行っている間に、ここまで珊瑚がルチルに心酔しているとは夢にも思うまい。

 以前にジェイドが、ルチルは人たらしだと言っていた意味がよおく分かった。

 ここまで人を変えてしまえるとは、魔性と言っても良いかもしれない。


 いったい、二人の間でどんな会話がなされたのか、聞きたいような聞きたくないような。

 とりあえず、珊瑚が今後瑠璃に喧嘩を売ってくることはなさそうだということは理解した。



「ルリと良好な関係が築けそうで安心しました。サンゴはあの後ちゃんと自分の間違いを理解し、反省したのですよ」


「そんな。お姉様が親身に私の話を聞いてくれたからです」


「仕事もちゃんと真面目に取り組むようになって、同僚とも良好な関係を築いていますから」


「真面目に働くとお姉様が褒めてくれますから。同僚ともお姉様という共通の話題があればこそです」



 ルチルが褒める度に頬を染める珊瑚。その胸にある刺繍のバッジに目がいった。



「それは?」


「これ? これはお姉様のファンクラブの会員が持つ同志の証よ」


「ファンクラブ?」


「そうよ。お姉様の素晴らしさを知る同志達の同志達によるお姉様のための会よ。現在会員受付中なんだけど、この刺繍のバッジの生産が追いついてないのよねぇ。話を聞いた人から人へ伝わって、城で働く女性の半数以上が入会を希望しているのよ。さすがお姉様だわ。ちなみに私が会長ね。もちろん番号は一番よ。こればかりは誰にも譲らないわ」


「うーん。良いのか悪いのか、予想外の方向に突き抜けちゃったわね」



 ユアンとは気が合いそうだ。

 いや、フィンを好きなユアンと、ルチルを好きな珊瑚。ある意味、水と油。

 混ぜるな危険、となるかもしれない。



「瑠璃様もファンクラブに入る? ふふふふ。一応、仲直りを込めて、あなたのために二番のバッジをおいてあるわ」



 瑠璃の前に差し出されたそのバッジ。

 瑠璃はありがたくちょうだいした。



「会長の座はたとえあなたでも渡せないから、あなたは副会長ね。一緒に同志を増やしましょう!」



 瑠璃はこくりと頷き、珊瑚としっかり握手を交わした。





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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 城の女性陣にルチルさん大人気ですね。いつか珊瑚ちゃんか瑠璃のどちらかと一緒に··· 「お姉様!アレを使うわ!」 「えぇ、良くってよ」 ···な合体技を期待したいですねww …
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