動機
そして、結果から言うと、第三皇子は地獄のツアーには参加せずにすんだようだ。
どこかパールが残念そうにしているように見えたが、そこは無視しておく。
そして、捕らえられた第四皇子は、暴れることもなく、事情聴取にも素直に受け答えしているらしい。
元々は兄達への不満だったそう。
上には優秀な兄が三人もいるということで、比較的自由に育てられたオリオ。
兄達のように厳しい教育はされず、いつか臣下に下ることを願われているような教育方針に疑問を抱いていたそうだ。
自分にも皇帝になる資格があるのに、一番目の兄は誰よりも皇帝に近い位置におり、三番目の兄はそれに続くように名乗りを上げた。
二番目の兄は皇帝でなくとも、次期国王の地位を約束されており、三人の兄達皆が周囲から期待されていた。
一方の自分はどうなのか。
特に目をかけられることもなく、期待されることもなく、ただ皇子という地位だけがある。
誰も自分を見ない。貴族達も、自分だっているのに、一番目と三番目の兄のことばかり。
まるで蔑ろにされているような気になったらしい。
そしていつしか、兄達がいなければと思うようになっていった。
だからと言って、都合良くいなくなってくれるはずもない。
そんな時に出会ったのが、過去に宮殿で筆頭医師をしていた男だ。
その医者は、小さな医院で、安い治療費で患者を診ながら、不治の病とされるものを研究していた。
宮殿にいたからか、毒物にも精通しており、色んな地域の色んな毒を知っていた。
それが何かの役に立つのではないかと考えたオリオは、支援を餌にその医者から教えを請うことにした。
知る者が少なく、解毒できない、治療法もない、そんな毒物をオリオは求めていた。
そんな時に出会ったのが光毒虫に感染し、亡くなった男の血だった。
一滴でもその効果を発揮し、どんな薬も効かない恐るべき毒。
オリオ自身は、光毒虫について知らなかったが、そんなことはどうでも良かった。
お茶に入れれば無味無臭で、発症までに少しの時間があり、犯人を特定するのは難しい。
何より、筆頭医師をしていた医者ですら知らぬ、未知の毒。
すべてにおいて、オリオが求める最高のものであった。
保管している棚から血液をわずかに盗む。
どうやら医者は魔力を持たなかったようで、それ故に空間を使えなかった。
だからこそ、オリオでも盗むことができたのだ。
後は、簡単だ。
アデュラリアのお茶に一滴入れて、数日に分けて飲ませる。
症状が出てきたのは何日もしてからだ。
それ故に誰もオリオのお茶に毒が入っていたなんて気付かない。
後はアデュラリアが死ぬのを待つだけだった。
そして、願っていたようにアデュラリアは死んだ。
次のターゲットは、二人の兄。
順番はどちらが先でも良かった。
ただ、一番目の兄が、部屋に籠もったままのオリオを心配して部屋を訪れたので、飲ませるチャンスがあったから。ただそれだけ。
兄達は、オリオが母の死にショックを受けて部屋に籠もっていると思っていたようだが、周囲にそう見せたかっただけだ。
ショックなど受けるはずがない。そうしたのはオリオなのだから。
母の枕元や、三番目の兄の部屋に死神の痕跡を残したのは、撹乱させるため。
それにより、三番目の兄に疑いの目が向けられたが、それで彼が皇帝の椅子から遠ざかるとは思っていない。
最終的には両方殺すつもりで、一番目の兄が病に倒れたのを知り、もう間もなくと思ったので、次の狙いを定めたに過ぎない。
うまくいったかに思った犯行は、すんでのところで脆くも崩れ去ってしまった。
恐らく瑠璃がいなかったら、クォーツがいなかったら、パールがいなかったら、きっと真実は闇に葬られたまま、オリオが皇帝に立っていたことだろう。
コランダムからことの経緯を聞いた瑠璃は、その残虐性と非情さに戦慄するのだった。
殺すことになんのためらいも持っていない。
第四皇子は気弱で優しいなど、誰が言ったのか。真逆ではないか。
「それで、第四皇子はどうなるんですか?」
瑠璃は彼のその後が気になった。
「皇子が皇帝を殺したなどというスキャンダルをおおっぴらにするわけにはいきません。毒杯を与え、表向きには病死したことにします」
「そうですか……」
皇帝を暗殺したのだ。やはりそれ相応の罰が与えられるのは当然だった。
「しかし、それはとりあえず第二皇子が戻ってきてからになるでしょう。至急隣国から呼び戻すよう取り計らっているところです」
最後に会わせたいと、そういう想いからなのかもしれない。
「この度はご迷惑をおかけし申し訳ございません。また、協力に心から感謝いたします」
コランダムは深々と、瑠璃達に向かって頭を下げた。
特に、第一皇子を救ったパールに対しては、それはもう丁寧にお礼の言葉を口にしていた。
「かまわん。人体に使ったのは初めてだったからな。いい研究材料になった。本当はもう一人分ぐらいの資料が欲しかったが、まあよしとするか」
満足そうにニヤリと笑ったパールに、コランダムは口元を引き攣らせた。
治療薬を人に使ったのは初めてだったのか……。と、ある意味こちらも非情さでは負けていない。
失敗していたらどうするつもりだったのか。
非難を含んだ眼差しが、パールを連れてきたクォーツに向けられる。
「まあ、治ったからいいじゃないか」
そんな言葉でクォーツは逃げた。
「だがまあ、これで問題は解決したし、竜王国へ戻ろうか」
ジェイドはどこかほっとしたような顔で瑠璃の頭を撫でた。
「はい。そうですね。いい加減帰らないと、ユークレースさんが怒鳴り込んできそうですから」
もうずいぶんと長いこと帝国に滞在しているような気がする。
王の代わりに国を任せられている宰相様は、きっとジェイドが帰ってくることを今か今かと待ち望んでいることだろう。
帰国を決めた竜王国の一同は、準備が整うと帝国を後にした。
竜王国が近くなると、クォーツはパールとその女官を送り届けるべく、ヤダカインへと向かった。
送り届けたらすぐ戻るかと思ったが、セラフィの時のようなことが起こることを考え、光毒虫の治療薬の作り方をあちらで学んでくるそう。
覚えたら竜王国へ持ち帰り、竜王国の医者に伝えようと考えているようだ。
そこから他の同盟国とも情報を共有して、他の国々にも広めていきたいらしい。
あの地獄のまずさを世界に広めていいものか、瑠璃はちょっと不安だったが、あれしか治す方法がないなら仕方ない。
世界の誰かが改善してくれることを願うばかりだ。