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帝国の皇子達 2



 号泣する父の後ろで、どうしようもない喪失感に襲われる中でも、頭の中はこれからの後継者争いのことを考えている自分に嫌気がした。


 父のように泣いてすがるべきだったのかもしれない。

 けれど、何故か涙が出てこなかった。


 一番目の兄も、心ここにあらずと言う様子で、同じく涙は一切浮かんでいない。

 まあ、それは他の兄弟も同じだが。


 きっと信じられないのだと思う。あの母がこんなに簡単に逝ってしまうなんて。



 その日の夜、サマダンの部屋を、なんと一番目の兄が訪れた。その手にワイン瓶をもって。

 兄は部屋に押し入ると、勝手に椅子に座りグラスを要求するという傍若無人っぷり。


 なんの用だと思いつつも、言われるままに何故か五つのグラスを用意させられた。

 そのグラスにとくとくとワインを注いでいく。



「これはな、母上が皇帝を辞める時になったら、家族みんなで一緒に飲もうと寝かしておいたものなんだ……」



 はっと息をのむサマダン。



「十代の時からこの国を支えてきた母上には、早く次のを立てて、皇帝という重責から降りてもらいたかった。だからお疲れ様という思いを込めて、作らせた特別品だったんだが……。結局飲ませて差し上げることができなかったな……」



 すると、ノックの後返事をする間もなく二番目の兄が入ってきた。



「遅いぞ、マリアノ」


「申しわけありません、兄様。オリオの説得に時間がかかってしまって」


「それで、オリオはどうした?」



 二番目の兄は何も言わず首を横に振った。



「そうか、なら仕方ない。私達だけで飲もう。サマダンも座れ」


「はい」



 一番目の兄はそれぞれの前にグラスを置いていき、最後に空いた席の前にもグラスを一つ置いた。

 そして自分のグラスを持つと、空いた席に向かって話しかけた。



「母上、あなたは偉大な君主だった。次に皇帝になるのが私かサマダンか分からないが、あなたに恥じない君主でありたいと思います」



 サマダンはそれを聞きながら目頭が熱くなってきた。

 母の遺体の前では決して涙など出なかったのに。

 一番目の兄が今度はグラスを掲げる。



「母上に」



 すると、二番目の兄もグラスを持って、一番目の兄のグラスにコツンと当てた。



「母上に」



 サマダンも倣うようにグラスを持ち上げ兄達のグラスに当てた。

 それを一気に飲み干して、次のワインを注ごうとしている一番目の兄を見てサマダンは手を止めてしまった。

 兄が静かに涙を流していたから。



「にい、さま……」


「お前も飲め、サマダン。マリアノ、お前もだ」



 にこりと微笑んだ二番目の兄の目にも、涙が浮かんでいた。

 それに引きずられるようにして、サマダンの目からも雫が流れる。



「泣くのは今日だけだ。明日からは手加減はしないからな、サマダン。皇帝になるのは俺だ!」



 泣きながら言っても説得力は皆無だ。

 それでも、負けられないと強く思う。



「それはこちらのセリフですよ、兄様」


「私はどっちでも良いから、兄弟で殺し合うのだけやめてくださいよ?」


「分かってる」


「それは困りました。兄様を暗殺した方が早いんですけどね」


「おい、サマダン」


「冗談ですよ」


「冗談に聞こえん!」



 などと、サマダンもその日だけは軽口を叩いて、継承争いのことは忘れることができた。

 翌日からは再び、皇帝の椅子を争って動き出す。今度は遠慮など一切なく。



 けれど、少しして、一番目の兄が母と同じ病に倒れたと知らされた。

 そんな。まさか。そんな思いがサマダンの心を駆け巡る。


 二番目の兄は、例のごとく巻き込まれないためにさっさと隣国へと行ってしまったので帝国にはいない。

 それ故に相談できる相手がいないのだ。


 母もいなくなり、兄まで……。

 その事実はサマダンにとてつもないストレスを与えた。

 自分を支持する貴族に相談などできるはずもない。憎しみ合ってはいないが、一番目の兄は皇帝の椅子を争う敵でもあるのだから。

 むしろ好機だと叫ぶだろう。


 実際に兄が倒れたことを喜ぶ支持者は少なくなかった。

 そんな貴族を見て、サマダンは強い憤りを感じる。

 兄なのだ。私の血を分けた兄が倒れたのに、何故喜んでいるんだと。


 そうなって初めて、自分には自分の利益のことしか考えていない、表面上だけの味方しかいないのだと気が付かされた。


 だが、本当に心許せる者がいるはずがないのは当然だった。

 サマダンに付いた者達は皆新興貴族。

 比較的新しい浅い歴史しか持たない貴族達は、どこか皇族への忠誠心が弱かった。

 侮っているわけではない。それよりも、自分の益の方が大事なのだ。



 一方の兄はどうだろう。

 一番目の兄に付いているのは歴史のある貴族の家が多い。

 古くから皇族に忠誠を誓い仕えてきた彼らは、それを誇りとしており、時には自分の不利益になろうと守ろうとする。

 たとえ自分の身を犠牲にしても兄を守ることを躊躇わない者がたくさん兄の側にはいる。


 サマダンは自分の周囲を見渡して、そんな者が自分にいるのか疑問に思った。

 けれどもう後には引けない。

 一番目の兄が母と同じ病に倒れた以上、母と同じ運命を辿ってしまう。


 そうしたらどうなる?


 新興貴族が幅をきかせ、忠誠心の高い古くからの貴族達が皇家から距離を置いてしまうことになる。

 それは帝国という国の根幹を崩すことになり得る。

 サマダンは急いで兄の派閥の貴族に繋ぎを取って、どうにかこちらへ取り込めないかと動くしかなかった。


 けれど、新しいものを積極的に取り入れようとするサマダンは、古きを重んじる貴族からは嫌われている。

 そう簡単にこちら側に寝返ってくれるはずもない。

 だが、一番目の兄がどうにかなってしまう前に、貴族のバランスを取っておかねば大変なことになってしまう。


 兄の見舞いに行くことすらなく、サマダンは奔走した。

 それはすべて、母が守り続けた帝国のため。

 そんなサマダンにさらなる災難が降りかかる。



 部屋から母と一番目の兄を暗殺する取引をした契約書が見つかったというのだ。

 そんなことあるはずがないのに。


 確かにそりは合わなくとも、殺したいと思ったことなどない。

 誰かが自分を陥れようとしていることを悟ったが、それを証明するものがない。



 とりあえず自室で謹慎しているようにと父から言われたが、兄の容態のこと、貴族のこと、次の皇帝のことを考えると、気は焦るばかり。

 日を追うごとに苛立ちが募っていく。




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