帝国の皇子達 1
帝国の第三皇子として生まれたサマダン。
国民からも人気が高く、愛された賢い皇帝である母と、そんな母を陰日向に支える父。
忙しい両親に代わり乳母に育てられるも、ちゃんと深い愛情を感じさせてくれる両親の元、衣食住に困ることなく過ごせている自分は誰よりも恵まれていることを知っていた。
不満などあろうはずがない。
そのはずだった……。
最初に疑問を抱いたのはいつだったか。
同じ皇帝の元に生まれた皇子だというのに、先に生まれたからという理由だけで、自分は皇帝になると信じて疑わない一番目の兄の存在。
確かに兄は優秀だった。自分より遙か先のことを学んでいる兄は自慢でもあったのに。
けれど、自分だって同じ年で生まれていたら同じように学んでいたはずだと、反抗心を抱いたのが始まりだったかもしれないし、そうでないかもしれない。
皇帝になるのは自分でも良いはずじゃないのか? そうでなければ不公平だ。
実際に、必ず長子が皇帝になったわけではない。例外というのは常に存在するのだ。
竜王国のように、優秀な皇子が皇帝になるべきではないか? その方が国のためになる。
いつかなんて明確な時はなく、空っぽのグラスに少しずつ水が注がれていくように、不満が溜まっていった。
元々一番目の兄とは、兄弟の中ではあまり仲が良い方ではなかった。
それは、一番目の兄とは考え方からしてサマダンとは正反対だったのもあるのだろう。
古い慣習を重んじる一番目の兄と、新しいものを好む自分。
他の兄弟のことはこんな風に敵対心を持ったりはしないのに、何故一番目の兄とだけはそりが合わないのか。
きっと一番目の兄とて自分のことを同じように感じているだろうとサマダンは思っていた。
自分に対する視線や言動からそれが嫌でも分かるのだ。
しかし、皇子としての教育から、それを表に出すことは互いにない。
特に尊敬する両親の前で、いがみ合う無様な姿を見せることなどしたくなく、表面上は弟として兄を敬った。
けれど、これまでの古きを重んじる一番目の兄のことは、歴史のある古参の貴族が支持した。
そして、これからの帝国には新しいものを取り入れるべきだと考える自分には、新興の貴族が支持するようになっていった。
そこからあからさまな対立関係ができたと言っていいかもしれない。
皇帝である母は、まだまだ若いこともあるのだろう。次の皇帝を指名していなかった。
それに焦っていたのは兄の勢力であり、一番目の兄では皇帝として立つには不足だから指名されていないのではないかと考え、それならば皇帝として相応しいのはサマダンだと声を上げるのは、サマダンの勢力。
二番目の兄は争いごとが嫌いな性格だったので、水面下で後継者争いが起こっていると分かるや、巻き込まれないようにと、さっさと隣国への婿入りを決めてしまった。
その国は帝国と違い男性が君主となるために、ちゃっかり恋い焦がれていた姫と共に、その国の次期国王という地位を手に入れたあたり、やはり兄弟であることを感じさせられる。
けれど、特に仲が悪いわけでもなかった二番目の兄と、敵対せずにすんだことを喜んでいる自分がいた。
ちゃんと自分にも兄弟愛が多少なりともあることにしみじみとしながら、何故こんなにも一番目の兄には対抗心を燃やしてしまうのか分からなかった。
それを二番目の兄に相談したら、笑われてしまった。
そして、「そういうのを同族嫌悪って言うんだよ」と、嬉しくもない言葉を返される。
不機嫌がるサマダンを、二番目の兄はさらに声を大きくして笑った。
「鏡を見てご覧。ふて腐れた時の兄様と同じ顔をしているよ」
そう付け加えて。
二番目の兄は隣国の姫との婚約が正式に整うや、帝国を留守にすることが多くなった。
名目は、次期国王として、隣国のことを学ぶため。
けれど、その真意を知っているのは恐らく自分だけだろう。
「私がいると、今度は私を皇帝にと言い出す愚か者が出て来てしまうかもしれない。そんなことがないように、皇帝になる意思がないことを貴族達に知らしめるため、私は帝国にいない方がいいんだ。ただでさえ兄様とお前のことで頭を悩ませているのに、これ以上母上に心労をかけたくないからね。私ができるせめてもの親孝行かな。だからお前もほどほどにしておきなさい。母上がいつまでも守ってくれると思ったら後悔することになるよ」
くしくも、その二番目の兄の言葉は現実のものとなってしまう。
母であるアデュラリアが病に倒れたのだ。
それは本当に突然のことで、すぐに頭が働かなかった。
なにせ母は、常に強く、美しく、毅然としていて、当然のように自分達皇子を導いてくれる大きな存在であったから。
この時ばかりは一番目の兄が激しく動揺しているのがすぐに分かった。
取り繕っていてもサマダンには分かる。なにせ、自分も同じなのだから。
けれど、きっと心労が祟ったのだろうとそう思った。思うことで冷静さをとり戻そうとした。
しかし、竜の薬をもってしても治らず、これ以上はただ死ぬのを待つしかないと聞くや、本格的に一番目の兄が動き出した。
こんな時にと思うかもしれない。
母が倒れたのをこれ幸いと皇帝の椅子を狙う親不孝者と周りは言うかもしれない。
けれど、分かってしまった。
二番目の兄が言った『同族嫌悪』という言葉を理解してしまうほどに、一番目の兄の気持ちが分かってしまう。
きっと、母を安心させたいのだ。
早く次の皇帝を決めて、もう大丈夫だと。後のことは自分に任せろと、そう言って安心させてやりたいのだ。
サマダンは迷った。
早急に後継者問題を解決させるためには、自分が兄の支持に回ればそれで解決する。
だが、どうしても一番目の兄のやり方と考え方は、自分と相反すると、サマダンは受け入れられなかった。
ならば、戦うしかない。
一刻も早く決着を付け、母に報告をしたらいい。
こうして、本格的に一番目の兄との対立関係ができあがってしまった。
二番目の兄は母の病を聞いて一度は帰ってきたが、またすぐに隣国へと行ってしまった。
一番目の兄にも、サマダンにも支持することなく様子見をしていた者達が、出遅れたことを嘆き、このままではどちらの覚えも悪くなってしまうから、二番目の兄を自分達で擁立しようと画策しているという話を耳にしたらしい。
このままでは三つ巴の内戦に突入してしまうので、母に万が一のことがない限りは自分はここにいてはいけないと判断したようだ。
二番目の兄の判断は正しかった。
二番目の兄がいなくなったことで、その貴族達はどうすることもできずに大人しくなってしまったのだから。
ならば、そのあぶれた貴族達を取り込むべきだと動くも、一番目の兄とて考えていることは同じだった。
勢力でいえば両者同じぐらい。
ただ、歴史も古い貴族の支持者が多い一番目の兄の方がどちらかと言えば優勢だった。
この状況を逆転させる何か良い方法がないかと考えていた時に、帝国に竜王と愛し子がやって来た。
もし、その二人の支持を得ることができたなら……。
盤上は一気にひっくり返せるとサマダンは考える。
サマダンは強くはないが多少の魔力を持っているので精霊を見ることができたが、一番目の兄は魔力がないので、見えない精霊をあまり信じていない。
魔法は見たことがあるので確かにいる存在することは知っているが、あまり信仰心は強くないのだ。
それ故か、愛し子の支持を得たいとは思っていないようだったが、自分の支持に回られると厄介なことになるのは分かっていたので、同じように繋ぎを取ろうとしていたが、ものの見事に門前払いをくらった。
どうしたものかと頭を悩ませている間に、とうとう母が死んでしまう。