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最初の患者


 閑静な住宅街にある一軒家にやって来た瑠璃達は、扉をノックする。

 少しして扉を開け女性が出てきた。



「はい、どなた?」



 相手が女性ということで、同じ女性の方が警戒心を持たれないだろうと瑠璃が話しかける。



「突然すみません。少し前にこちらで亡くなった方のことで話を聞きたくて来たんです」


「夫のことですか?」


「旦那様だったんですか?」


「ええ。……立ち話もなんですから、どうぞ中へ入ってください」


「ありがとうございます。お邪魔します」



 そうして中へ入った瑠璃だったが、入ったことをすぐに後悔した。



「ひぃ!」



 思わずジェイドに抱きついてしまった瑠璃が目にしたのは、たくさんの虫の標本だ。



『あらぁ、いっぱいあるわ。人間ってほんと残酷ね~』


「ジェイド様、先行ってください! 私、虫は無理なんです!」



 ジェイドはおかしそうにクスクスと笑っているが、瑠璃にとったらとても笑えない。

 すると、女性が申し訳なさそうに謝罪する。



「ごめんなさいね。夫は昆虫を専門にした研究者だったの。私はさすがに慣れたんだけど、最初はあなた以上に大騒ぎしてたわ。ちょっと待ってね」



 女性は、瑠璃達が通された部屋の標本を片付けてくれた。

 それでようやくほっとした瑠璃は、女性が淹れてくれたお茶を飲む。



「お手数おかけしました」


「ふふふ、いいのよ。夫が亡くなって私一人だからお客様は大歓迎よ」


「小耳に挟んだんですが、旦那様は原因不明でお亡くなりになったとか」


「ええそうなの。本当に突然のことでね。昔から風邪一つしたことのない丈夫な人だったのに……。なんだったかしら、遠くの国にとても珍しい虫がいるって話を聞いて飛んでいってしまって。まあ、よくあることだから気にもしなかったんだけど、帰ってきてすぐに様子がおかしくなって、そこからはあっという間に。優秀な先生に診てもらったんだけど結局分からなくて」


「昔宮殿の医師をされてた方の病院ですよね?」


「ええそう。先生は奇病を研究されている方だから、研究のために検体として、血液なんかを提供することに同意したの。でも、夫の病がなんだったかは分からないままで……」



 悲しげに目を伏せる女性を前に言葉を失っていると、ジェイドが問いかけた。



「その珍しい虫というのはなんだったのだ?」


「あ、えっと、確か夫が一匹見つけて標本にしていたわ。ちょっと待ってね」



 待ってねと言われた瑠璃は内心で悲鳴を上げた。

 待ってねということは、それを持ってくるということだ。



「私は見たくないので、ジェイド様に確認お願いします」



 そう言うや、ジェイドの腕に抱きつくようにして、肩で顔を隠した。

 女性はすぐに戻ってきて、ジェイドの前に小さな箱に入った標本を見せると、瑠璃のポケットに入っていたリンが叫んだ。



『あー! それが光毒虫よ!』


「なに!」


「えっ、ほんと!?」



 顔を背けていた瑠璃はそんなことも忘れて標本にされた虫を見る。

 それは小さな小さな虫で、見た目はテントウムシを一回り小さくしたような姿だった。

 これなら自分でもまだ大丈夫だと、目を覆うことなくじっくり見る。



「リン、本当なの?」


『ええ、間違いないわね。きっとその旦那は採取する時にでも噛まれたんじゃないかしら。そして、国に戻ってきてから亡くなったって感じかしら?』


「だとしたら、研究のために渡したという血液は危険だな。回収しておいた方が良い」



 表情を険しくするジェイドのは女性に目を向ける。



「遺体はどうしたのだ?」


「それなら、普通に火葬してお墓に……」


「リン、火葬したなら、そっちの方は問題ない?」


『ええ、骨になってるならね。怖いのは汚染された体液だから。でも、その標本は焼き払った方がいいかも』


「すみません。ありがとうございます。それで勝手なお願いなのですが、この虫の標本をいただくことはできませんか?」


「えっ、でも……」



 女性は困惑しているようだ。

 旦那が最後に採ってきたものなのだから、手元に置いておきたいと思うのは当然のこと。

 けれどこの虫はとても危険なものなのだ。放置しておけない。



「お願いします! どうしても必要なんです」



 瑠璃は深く頭を下げた。それにジェイドも倣う。



「頼む。この通りだ」



 了承を得るまで頭を上げないつもりで頭を下げていると、小さな溜息と共に標本の入った小さな箱を瑠璃の手に乗せた。



「分かりました。どうぞ、持っていってください」


「ありがとうございます!」



 瑠璃は再び深く頭を下げた。


***



 女性の家を後にすると、医院へと戻ってきた。

 そろそろ診療時間が終わる頃合だったので、フィンと合流して外で待ち、最後の患者が出ていくのを見てから中へ入っていく。

 今度は診察室ではなく、応接室のような場所に通された。



「さて、詳しくお話しをお伺いいたしましょう」


「皇帝が亡くなる少し前に、原因不明で亡くなった者の血液を採取したようだな? 虫の研究をしていた者だ」


「ええ、その方のことなら覚えています。その方から採った血液を調べると血液自体がまるで毒のように変化していた。動物で実験したら、それを口にしただけで同じ症状を発症し、じわじわと侵蝕されるように死んでしまいました。さらには、その動物の血液もまた毒となり、他の生き物が口にすれば感染するという負の連鎖を引き起こし、私はあまりの感染力の強さに身が震えました」


「単刀直入に言う。その者の血液を皇帝や第一皇子に盛ったか?」


「はっ?」



 医者は思ってもみないことを言われたようにぽかんとした顔をした。



「どうなんだ?」


「そ、そんなことするはずがありません! これの感染力は調べた私が誰よりよく分かっています。治療薬はまだなく、そんなことをしたら死んでしま……っ」



 そこまで言って、医者は口を閉じた。

 皇帝の死の真相を悟ってしまったのだろう。

 そして、自分が疑われていることを。



「わわ、私は何もしておりません! 本当です。信じてくだされ!!」



 唇を震わせ、顔を蒼白にしながら必死で弁明する。

 その恐れおののく姿は、皇帝暗殺などという大それたことをしたようには見えない。



「だが、お前は元宮殿の医師だったのだろう? 宮殿に知り合いも多い。その血を皇帝のところまでたどり着かせることはできたのではないか?」


「私はとうに宮殿を去った人間です。今はそんな力などありはしません! 本当です。調べてくださればきっと無実だと分かるはずです!」


「では、他に血液を持ち出し、皇帝に盛ることが可能だった者はいないのか?」


「た、確かに、私の所には私の研究を学びに来る医師はたくさんいます。ですが……」



 その時、医者が何かに気付いたようにはっとしたのを、ジェイドは見逃さなかった。



「なんだ?」


「い、いえ……」



 視線を逸らすその仕草。



「気付いたことがあるならば、話しておいた方が身のためだぞ」


「ですが、そんなはずがありません。あの方はとても心根の優しい方で、そんな大それたことをするような方では……」


「誰だ?」



 ジェイドは医者を見据えて威圧する。



「い……以前から私の研究を支援してくださっている方です。ご自身も医療の知識を付けたいと、幾度もここへ通い、恐れ多くも私の研究の手伝いをしてくださることもあって。その血液のことも、あの方は興味深く聞き入っておりました」


「それは誰なのだ?」


「それは……」



 医者の口から飛び出した名前に、瑠璃達は驚愕するのだった。



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