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探検

 ぽてぽてという効果音が付きそうな足取りで、現在城の中を探検中の瑠璃。


 この城は、竜王が住まう建物のある岩山の山頂付近を第一区とし、段々地上に近付いていくにつれ第二区、第三区と区分けされており、全部で十二の区域に分類されている。


 ならば完全制覇だと意気込んだ瑠璃はまず第一区を探検中。

 探検し始めて数日経つというのに、まだ全て見回りきれてはいない。

 猫の歩幅の上、勉強の合間にしている事だと差し引きしても、時間が掛かりすぎだ。


 一つの区域だけでこれとは、どれだけ広いのか。


 とは言え、第一区で見ていないのはもはや、ただ一つを残すのみとなった。

 それは宝物庫!

 歴代の竜王に献上された数々の宝飾品が納められた宝物庫は、探検するには必須の場所だ。



 さすがに愛し子と言えども宝物庫に立ち入らせる事に難色を示した側近だったが、そこは猫の大きな瞳を潤ませて上目遣い。

 更に!甘えるようにのどをごろごろと鳴らしすり寄るという猫の魅力を最大限に生かした連続攻撃により陥落したジェイドの一声で許可が下りた。

 

 しかし一人というわけにはいかず、フィンの同行を義務付けられた。

 その時、ジェイドが行きたそうにしていたが、釣った魚に餌はやらないとばかりに瑠璃はさっさとフィンを連れて部屋を出てきた。



 ご機嫌で宝物庫に足を踏み入れた瑠璃だったが、あれっ?っと思わず首を傾げた。


 確かに一般庶民から考えれば目も眩む財宝の数々なのだが、思っていたより少ないというのが瑠璃の素直な感想だった。

 むしろリディアの前契約者から譲り受けた遺産の方が多いのではと感じてしまう。


 それというのも、竜王は血で継がれるわけではなく力によって継がれる為、竜王としての資産と個人の資産とは分けられているそうだ。


 そうはいっても歴代の竜王へと贈られてきた数々の宝。

 それが、一個人の遺産が大国の王に匹敵するだけ持っているのは少し疑問だ。


 いくらリディアの所からいくらかちょろまかしていたとは言え、一般庶民があれ程多くの価値ある品を集められたと思えない。



(リディアの前の契約者ってどんな人だったんだろう)



 その疑問は予想以上に早く答えが見つかった。


 宝物庫の一番奥。そこにひっそりと壁に飾られている古い二つの肖像画。

 その一つを目にした瑠璃はぎょっと目を剥いた。



(リディア~!?)



 その容姿は間違いなく瑠璃の知るリディアだった。

 瑠璃は慌ててフィンを呼ぶ。



『フィンさん!フィンさん!あの肖像画の女の人って誰!?』


「ああ、この女性か?それは全く分からない。

 初代竜王陛下が描かせたと言われているが、当時竜王陛下の周囲にそのような女性はいなかったそうだ。

 初代竜王陛下は、この女性がいるからと言って結婚もせず生涯を終えられたとか」


『その初代竜王って隣の男の人の事!?』


「ああ、そうだ。だが何をそんなに興奮しているんだ、ルリ?」



 リディアの肖像画に寄り添うようにして飾られている肖像画の人物にも瑠璃は見覚えがあった。


 リディアの前契約者と統合された部屋の壁に飾ってあった肖像画の人物その人だったから。

 暇があればその肖像画を眺めているリディアを目にしていたので、記憶していたのだ。



(リディアの前契約者って、初代竜王だったのね……)



 思わぬ所で真実を知り驚きはしたが、同時に納得もした。

 初代竜王というなら、リディアと契約出来るだけの魔力があった事も、あの大量の遺産も納得がいく。



 妙にすっきりした気持ちで宝物庫を後にする。

 この後はどうしようかと瑠璃が悩んでいると、フィンから提案がされる。



「ルリ、他に用事が無いなら第五区へ行ってみないか?」


『はい、構いませんけど、第五区には何があるんですか?』


「第五区は兵達の詰め所だ。訓練場もあって今頃兵達が訓練をしているはずだ。

 兵達がルリに会ってみたいらしい」



 ………と言う事で、初めて第一区から出て第五区へと向かう。


 竜王の住まう第一区と違い、第五区には人が多いようですれ違う人の数も多い。

 そしてフィンと同じように兵士の服を着ている者がほとんどだ。


 竜王の護衛をしているだけあり、フィンは地位が高いのか、すれ違う人々は必ず端により礼を取る。

 そして足下にいる瑠璃を目にしては驚きの表情を浮かべるのだ。



 そうして訪れた訓練場では、平和な国で育った瑠璃には直視出来ない凄惨な光景が広がっていた。


 至る所で兵士達が向き合い剣を合わせている姿は瑠璃にも想像していたものだが、その本気度があまりにも違いすぎる。


 殺る気満々だろう!っと突っ込みを入れたくなる気迫と、訓練を感じさせない、やるかやられるかの攻防。


 そうなると当然手加減など出来ていないのか、怪我人続出。

 それも軽いものではなく、これ絶対死んだ!っというやばそうなものばかり。


 戦場さながらに血飛沫が飛ぶ現場に瑠璃が声なき声を上げたのは言うまでも無い。



『フィンさん、何ですかここはぁ!?』


「何って訓練だが?」


『どこが訓練ですか!!』



 尻尾を逆立てて瑠璃が抗議するが、フィンは表情も変えずいたって冷静そのもの。



「竜族の訓練はいつもこんな感じだ。

 ルリには少し刺激が強すぎたか?」


『少しどころじゃありませんよ!』


「竜族は体が丈夫だから、あの程度棘が刺さったようなものだからすぐに治る。

 腹に穴が開いていたって、一週間もあれば傷跡も無く完治するから気にしなくて良い」



 とかげ並みの再生能力だ。

 だが、決してそれを口にしてはならない。竜族にとってそれは禁句も禁句。だから瑠璃も思いはしても口には出さなかった。


 そんな話をしていると、訓練をしていた兵士の一人が瑠璃とフィンに気が付いた。



「あっ、隊長いらしてたんですか?

 …………わあ、もしかしてその方が愛し子様ですか!?」



 そう嬉しそうに話す兵士の背中には深々と槍が刺さっている。

 とてもじゃないが、そんな和やかに世間話を始める状況ではないはずなのだが、本人もフィンも周囲も全く意に介していない。


 その兵士の声で気付いた他の兵士達も訓練を止めわらわらと集まってくるが、先に治療してこいと言いたくなる惨状だ。



 あっという間に血塗れの兵士に囲まれ、瑠璃は急いでフィンの後ろに逃げ込んだ。

 それを大勢に囲まれたからだと勘違いしたフィンが一喝。



「お前達、そんなに大勢で取り囲んだらルリが恐がるだろう。整列!!」



 フィンの一言で、兵士達は弾かれたように即座に整列する。

 瑠璃が怖がると聞いたからなのか、一定の距離を保ちつつ、瑠璃を凝視する。



「むちゃくちゃ可愛いな、おい」


「見ろよあの真っ白な毛。触りてえ………」


「触らしてくれないかな?駄目かな?」



 触りたい、触らしてくれないかなあ?といった期待に満ちた多くの眼差しに負け、撫でる許可を出すと、兵士達は瑠璃が引くほど喜びを爆発させた。


 こんな戦闘狂のような人達に撫でられたら首がもげるのではないかと、びくびくだったが、兵士達も同じような不安を抱いていたようで、瑠璃の不安を払拭するほど慎重に触る姿に瑠璃は内心で笑った。


 どうやらこの兵士達もジェイドと同じく、猫などの小動物には忌避されるらしく、意外にもふもふに餓えている者が多くいた。


 瑠璃を撫でると幸せそうに顔をほころばしていく姿に、それがあらわれている。



 一通り撫でられ、そろそろ帰ろうかと思ったその時。



「兄さん!!」



 尻尾があれば振っているのではないかと思うほど喜色を浮かべフィンの元へ駆けてくるのはブラコン。

 そう、ブラコンだ。

 もしくは、王城に来てからの生贄第一号とも言う。


 フィンと同じ翠色の大きな目と黄みがかった茶髪がくるくるとした癖っ毛の男の子。


 彼はフィンの従兄弟のユアン。従兄弟ではあるが、ユアンの両親が早くに亡くなった為にフィンの家に養子として引き取られ兄弟として育った。


 ユアンは兄の足下に瑠璃がいるのを目に留めると、親の敵かというほどの嫌悪を顕わにした。

 途端に瑠璃の周囲の精霊達が臨戦態勢を取った為、瑠璃はやれやれというように小さく溜め息を吐く。



 ユアンは竜族と人の間に生まれた。

 異種族の両親を持つ場合は、強い種族の血が現れるためユアンは人間ではなく竜族だ。

 その為魔力の強い竜族として生まれ魔力は強いのだが、どうにも魔力が精霊と合わなかった。


 それはつまり精霊魔法が使えないという事だ。


 それとは逆にフィンは竜王の警護を務める近衛騎士隊の隊長を務め、その力は竜王に次ぐとすら言われている。

 そしてそんなフィンはユアンにとって自慢の兄であり誰よりも尊敬していた。


 だがしかし、ここ最近フィンはジェイドに命じられ瑠璃の護衛としていることが多くなった。


 それは力によって王となったジェイドより、精霊がついていて怪我でもしようものなら大事になる瑠璃の護衛の方が優先順位が高い為なのだが、近衛騎士隊長でありながら竜王ではなく一匹の猫を守らされている事がユアンには許せなかった。


 そしてその苛立ちを瑠璃へとぶつけてしまった為、精霊の怒りを買ってしまった。


 例の如く精霊達がボイコットをしたわけだが、元々適正が弱く精霊魔法をほとんど使わないユアンは日常生活に支障は無く、彼は亜人には珍しく精霊の姿が見えていなかった為、精霊の怒りの形相は目に映っていなかった。


 むしろ周りの方が恐怖に戦いていた。


 精霊達の制裁がユアンには全然効いていないとみるや、それ以上の事を実行しようとしたのだが、さすがにそれは瑠璃が止め、事なきを得た。


 しかし精霊の怒りを買ったユアンを瑠璃の近くにはおけないと、フィンの補佐官としてそれまで許可されていた第一区へ入る許可を取り消され、降格処分になった。

 

 フィンからもきついお説教をもらったようだが、ユアンの瑠璃を見る目を見る限り反省の色は見られない。



「お前、また兄さんの手を煩わせているのか」


「ユアン、止めろ」


「兄さんは陛下をお守りする近衛なのに、どうしてこんな猫を守るのですか!?

 陛下も陛下です、愛し子だと言ってもただの猫なんかに兄さんを……」


「ユアン!!それ以上は陛下に対しても、精霊に対しても不敬だ。口を慎め!」



 本気のフィンの怒声にユアンは押し黙る。


 ユアンは見えていないから良いが、瑠璃の周囲の精霊が見えているフィンや周囲の兵士は戦々恐々だった。


 瑠璃を軽く見られ、今にも攻撃を仕掛けそうなほど憤怒の表情を浮かべていたから。


 そんな緊迫した雰囲気を霧散するような明るい声が耳に入る。



「おおっと、何か修羅場ってる?」



 声の方を向くと、朱色の短髪に鳶色の瞳。日に焼けた肌をしたユアンより少し年上に見える少年がいた。


 誰だ?と瑠璃は首を傾げるが、フィンは知っている人物のようで親しげに話し掛ける。



「ヨシュアか。やっと帰ってきたのか」


「そう、やっとだよ。ほんとあのじじいは人使い荒いよな。過労死したらどうしてくれるんだっての。

 ………で?温厚なフィンさんを怒らせるなんてユアンは何したんだ?」


「うるさい……」



 大好きな兄に怒られ意気消沈のユアンはぶっきらぼうに答える。

 聞いておきながらヨシュアは興味は無さそうである。



「まっ、どうでもいいんだけどさ。

 そうそう、じっちゃんがフィンさんの事呼んでたぜ」


「アゲット殿が?

 承知した。悪いがヨシュア、ルリを第一区まで連れて帰ってくれないか」


「ルリ………?」



 そこで初めてヨシュアはフィンの足下にいた瑠璃へと視線が行く。

 そしてもう一度周囲に聞こえないほど小さく「……ルリ?」と確認するように呟き、瑠璃の近くにふよふよと浮かぶ精霊に視線を走らせた後、零れそうなほど目を大きく見開いた。


 その反応の意味が分からず、瑠璃は首を傾げる。



「ルリ、すまないが私は先に戻らせて貰う。

 ヨシュアはチェルシー殿の孫だから安心してくれ」


『チェルシーさんのお孫さん?』



 そう言えば聞いた名前だなあと瑠璃は思った。



「頼んだぞ、ヨシュア」


「あ、ああ」



 足早に去って行くフィン。

 一方のヨシュアはどこか戸惑っているようだ。

 それはただ猫だからだろうと思い気にも止めなかった。



「また来て下さいね-!」


(ごめんなさい。怖くて訓練場にはもう来られないかもです)



 大きく手を振る兵士達を背にしながらそんなことを思いつつ、ヨシュアの後に付いていく。



 第一区へ帰る道すがら、一言も発しないヨシュアに気まずさを感じていた瑠璃。

 チェルシーの孫という事で話も弾むかと思っていたのだが、全く違った。


 ヨシュアは時々瑠璃を窺い見てはぶつぶつと何か呟いている。


 変な人だなという印象を持った頃、人気のなくなった廊下で、突然ヨシュアは足を止め瑠璃の正面に向かい合うと、口を開いた。




「なあ、なんで猫になってるんだ?あんた人間のはずだろ?」






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