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死神とは


『ねぇ、ルリ、だめぇ?』


『ちょっとだけ~』


『ほんのちょっとだから、お願い』



 精霊達が可愛らしくお願いしてくるが、その内容が全然可愛いものでないことを分かっている瑠璃はほだされなかった。



「絶対駄目!」


『えー!』


『でもでも、ルリにひどいこと言ったんだよ?』


『お仕置きしないとぉ』



 精霊達が不満を訴えているのは、珊瑚のことである。

 精霊は独自の伝達能力を持っており、珊瑚が瑠璃にしたことはあっという間に精霊達に伝わることとなった。

 最初から最後まで知った精霊達は、大好きな瑠璃に喧嘩を売った珊瑚に激怒し、お礼参りをしようとしているのだ。

 それを止めている最中だった。



「くくっ」



 ここはジェイドの執務室。

 この場にはクォーツもおり、大変そうだねと言いたげな顔で仕事をしている。

 そして少し離れた場所から聞こえてくる押し殺した笑い声に瑠璃はじとっとした眼差しを向けた。



「ジェイド様、何笑ってるんですか」


「ルリも大変だな」


「そう思うならジェイド様も手伝ってくださいよ」


「それは無理だ。私も気持ちは精霊達と同じだからな」



 鼻を鳴らすジェイドもまだ怒りが収まっていないことを知って、瑠璃は溜息を吐く。



『指の一本ぐらいだめ?』 


「だぁめぇぇ!」



 可愛い顔でなんという怖ろしいことを言うのか。

 しかも指一本をどうするつもりだ! 怖くて聞けない。


 部屋をノックしてクラウスが入ってきたのをこれ幸いと、「ほらほら、外で遊んでおいで」と精霊達を部屋から出す。

 不満そうにしながらも、出ていった精霊達にほっとしつつクラウスに視線を向ければ、なにやら手紙をジェイドに渡していた。

 中を開けて読んでいくに従いジェイドの眉間のしわが濃くなっていく。



「何かあったんですか?」



 その険しい表情から、思わず声をかける瑠璃に、手紙を読み終えたジェイドが顔をあげた。



「帝国からだ。アデュラリアの症状がさらに悪くなった」


「えっ、でも帝国には竜の血で作った薬を渡したんですよね?」


「それが効かなかったようだ」


「それって、かなりマズい状況ですか?」



 恐る恐る問う瑠璃に、ジェイドは真剣な顔で頷いた。

 顔が強張る瑠璃。それは瑠璃だけでなく、この部屋にいるクォーツやクラウスも同じだ。



「本来竜の血で作った薬はどんな病や傷にも効く。死んでさえいなければな。そんな薬が効かない病など私は知らない。ただ……」



 ジェイドは沈痛な面持ちでクォーツを見た。



「クォーツ様の番いであるセラフィ殿は、竜の薬が効かず亡くなっている」


「あっ」



 ぱっとクォーツに視線を向ければ、指輪からセラフィが姿を見せた。



「皇帝の病が、私と同じ病だという可能性があるということかしら?」


「それは私には分かりません。当時の状況はあなたとクォーツ様と、ほんの一握りの者しか知らないので」



 知っている者が少ないのは、クォーツがセラフィを人前に出すことがほとんどなかったからだ。

 クォーツに視線が集まる中で、クォーツは先程までジェイドが読んでいた手紙に目を通していた。

 読み終わると、静かに目を閉じてからゆっくりと目を開ける。



「残念ながらセラフィの時と状況が似ている。最悪のことを考えた方がいいかもしれない」


「それって……」


「このまま死ぬ可能性が高い」



 息をのんだのは瑠璃だけではない。

 ジェイドもクラウスも、アデュラリアを知る者なら同じ反応をしただろう。



「コランダムになんと言ったらいいのだ……」



 苦しげなジェイドの言葉が、瑠璃にも刺さる。

 皇帝と会ったのは数えるほどだが、皇帝とは思えないとても気さくな人だった。

 前回霊王国で会った時は元気に笑っていたのに。それがほんの少し経っただけで命の危機にあるとはあまり実感が持てなかった。



「クラウス、私はすぐに帝国へ行く。準備と私がいない間のことを頼む」



 ジェイドは早口で告げると、その場で手紙をしたためた。



「これを急いでコランダムに送ってくれ」


「ジェイド様、私も行っていいですか?」



 行って何ができるわけではないが、竜王国でじっとなどしていられなかった。

 ジェイドは少し黙った後、「分かった」と頷いた。

 すると、クォーツまでもが。



「ジェイド、私も一緒に行くよ。本当にセラフィと同じ病かこの目で確かめたい」


「お願いします」



 竜王国のことは宰相であるユークレースに任せることとなり、瑠璃達は大急ぎで準備をしていた。

 そこへひょっこり顔を出したギベオンは「俺も行きたい~」と邪魔をする。



「ギベオン、邪魔をするならたたっ切るぞ」


「え~。竜王さんのいけずぅ」



 目をつり上げるジェイドを前にしても、怯まぬその根性は天晴れだ。



「行くなら竜王さんだけ行けばいいじゃんか。ルリは俺と留守番してようよ」


「お前がいるから置いていけないんだ!」



 くわっと目をむくジェイドに、それまで見守っていたルチルが口を挟む。



「ですが、陛下。ギベオンに賛成するわけではありませんが、ルリを連れていくのは危険ではないでしょうか? 話によると死神が動いている可能性があるというのに」


「死神か……。確かにその懸念はあるが……」


「ん、なになに? 死神ってなんの話?」



 空気を読まないギベオンに呆れながら瑠璃は説明する。



「帝国の皇帝の部屋で死神の痕跡が見つかったんだって。もしかしたら死神が動いてるかもしれないって、皆ピリピリしてるの」


「えー、それはないない」



 笑い交じりで否定するギベオンに「どうして断言できるのよ?」と問うと、驚きの回答が返ってきた。



「だって、死神は何年も前に頭領が死んじゃって解散してるんだもん。だから、今死神って名乗ってるやつらは皆偽物なんだよねー」


「は?」



 何故そんなことをギベオンが知っているのか。不審に思ったのは瑠璃だけでなく……。

 ジェイドはすかさずギベオンの頭をわしづかんだ。



「ぎゃあぁぁ! 痛い痛い痛い!!」


「貴様、もう一度言ってみろ」


「わぁぁ、ジェイド様! 竜族の力で掴んだら、ギベオンの頭が潰れたトマトみたいになっちゃいますよ!!」



 ミシミシと音が聞こえてきそうなギベオンの頭をなんとか救出する。



「もげるかと思った……」



 あまりに突然のことで、ギベオンも結界を張るのを忘れていたようだ。

 あのままだったら本当にヤバかったかもしれない。

 床に座り込むギベオンに、ジェイドは容赦なく質問攻めにする。



「不明なことが多い死神のことを何故お前が知っているんだ」


「その前に謝ってくれないとしゃべんない」



 ぷいっと顔を逸らすギベオンは命が惜しくはないのか? それでもここはジェイドが折れた。



「悪かったな」


「いや、全然悪いと思ってる顔してないんだけど」



 むしろ視線だけでギベオンを殺せそうなほどの目つきをしている。



「お前の言うようにしたのだから早く話せ」


「分かったよ~。死神のことを知ってるのは、俺が昔死神に所属してたからだよ」


「なんだと!」


「国を追われた後、死神の頭領に拾われて、頭領が死ぬまで死神にいたんだよ。けどさ、俺は周りにもの申したいわけだよ。死神は暗殺集団なんかじゃなかったんだから」


「どういうことだ?」



 死神に狙われた者は確実に殺されると言われている。実際に殺された者もいるというのだから、ギベオンの言葉は相反する。



「頭領はほんとにお人好しの人でさ、困ってる人がいたら放っておけない性分だったの。それで、のっぴきならない事情で逃げたいやつや命を狙われてるやつのことを助けるために、殺人現場を偽装してそいつらを逃がしてたわけ。そんなことしてたらいつの間にか噂だけが一人歩きして、死神っていう暗殺集団のできあがりだ。けど、死神の人達は居場所をなくした俺を助けるようなお人好しの集団なんだぜ。当然、一人だって殺したことはないよ。それは俺が保証する」


「……その言葉に偽りはないか?」


「俺の命かけてもいいよ。その気になればルリの力で調べられるんだろうし」



 確かにコタロウの力を借りれば事実は明るみになる。

 ここでギベオンが嘘を吐く理由もない。



「ということは、皇帝の部屋で見つかった鎌の絵が描かれた紙は……」


「偽物か、いたずらか。あるいは、死神に罪を押しつけたい誰かの犯行か、じゃねえの?」



 ジェイドはしばらく考え込んだ後、苛立たしげに髪を掻き上げた。



「やはりこんな離れたところから考えていても意味はないか」


「ですが、死神が偽物という疑惑が強まりましたね」



 ルチルの言葉にジェイドは頷き、「すまないが、いない間のことは頼んだぞ」と声をかける。

 ルチルは今回竜王国に居残りだ。



 そして、瑠璃とジェイドを始めとした少数精鋭の竜族が旅立った。





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