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保護者とは


 そして、珊瑚の保護者が待つという部屋へ行く。

 思ったよりも年のいった男女が待っていた。

 珊瑚のいた村の村長夫婦という二人は、瑠璃を抱いたジェイドが入ってくるや、床に膝をつき懇願する。



「どうか私共の娘をお返しください」



 なんだかその言い方では、まるで人さらいをしたかのようではないか。

 こちらは好意で職を斡旋したというのに、気分が悪い。

 自然と瑠璃とジェイドの顔が険しくなる。



「どういうことだ? そもそもあの娘はこの世界の人間ではなく、この世界に血の繋がった親はいないはずだが?」


「そ、それは……」



 言葉を詰まらせる村長に代わってその妻が声を大きくする。



「我が子同然に大切に育ててきたということです!」


「そ、そうです!」


「娘がこの世界に来たのは数カ月前の話だ。それで育ててきたと?」



 冷静なジェイドの返しに、夫婦は必死で言葉を探しているようだった。



「それに、ここへ来たのはその娘の意思だ。帰る場所を聞いてもないと答えたのだが、それはどう説明する?」


「あ……それは、ここに来る前に少し喧嘩をしたんです。ええ、それで腹を立てて家出のような真似をしただけ。若い子にはよくあることです」


「その通りです!」



 何か怪しい。

 確かに珊瑚は村にいたと言っていたが、彼女自身に村の人への情など微塵も感じられなかった。

 もしそんなものがあったなら、帰る場所はないとは答えなかっただろう。

 どうにも、彼らには必死で珊瑚を取り戻さねばならない何かがあるように感じる。


 ジェイドはどうするのかと抱っこされたままの瑠璃が見上げると、ジェイドはきびすを返した。



「娘を連れてくる。何やら行き違いがあるかもしれないから三人でゆっくり話すといい」



 そう言い残して部屋を出たジェイドは、近くにいた兵士に珊瑚を連れてくるように頼む。



「会わせても大丈夫でしょうか? 何か様子がおかしいように感じます」



 心配そうにするクラウスに、ジェイドも同じ気持ちだというように頷いた。



「違和感があるのは私も同じだ。だからこそ三人だけにしてあの夫婦の真意を聞きたい。隣の部屋は空いてるな?」


「はい。念のためにとあの部屋に通していて正解でしたね」



 首をかしげる瑠璃だけが、話に置いて行かれている。

 夫婦のいた隣の部屋は似た作りになっており、夫婦側の壁には扉があった。

 そこへ入ると、隣の部屋がこっそり覗けるようになってるではないか。



『おー、隠し部屋』


「ルリ、静かにな」


『あっ、そうですね。分かりました』



 口を閉じたまましばらくすると、部屋に珊瑚が入ってきた。

 珊瑚は村長夫婦が来たことに驚いている様子。



「なんでいるの?」


「お前を迎えに来たんだ」


「さあ、帰るわよ」



 そう言って村長の妻が珊瑚の腕を掴んだが、珊瑚は嫌そうな顔をしながら振り払った。



「触らないでよ!」


「わがまま言うんじゃない! お前のせいで村がどうなってると思ってる!?」


「はあ? どういうこと?」


「お前が泉の精霊様と村を出てから、村の水源である泉が枯れてしまったんだ! お前が精霊様を連れて行ってしまったせいに違いない」


「……それチビが関係あるの?」



 珊瑚は肩に乗っていたリスに問いかける。



「チビって……まさか精霊様のことじゃないだろうな!」


「そうよ。私が付けたの。可愛いでしょ」



 村長は顔を青ざめさせて口をパクパクさせているが、珊瑚はその理由を分かっていない。


 精霊に名前を付けた。それはつまり、その精霊が珊瑚に従属しているということを意味している。

 精霊がリンに助けを求めないところを見るに、珊瑚が無理矢理名前を付けたわけではないのは明白。



『えーと、精霊を従属させているってことは、珊瑚って子はあの精霊に命令できるってことよね? その場合リンの命令とどっちが優先されるの?』



 ヒソヒソと話す瑠璃は、側にいるリンに問う。



『その辺りはちょっと難しいのよね。下級精霊なら問題なく最高位精霊である私の命令を優先させるだろうけど、高位の精霊になればなるほど自我が強くなって、私より従属させた契約者を優先する場合もあるわ。だからそれは契約者との繋がりの深さによるかしらね』


『なるほど』



 リンの説明で理解できたが、高位の精霊を従属させているなら、なおのこと瑠璃の目の届かないところにやるのは後が怖い。

 そして、珊瑚自身も城から離れることをよしとしていないようだ。



「とりあえず、私は帰らないから、もう二度と来ないでちょうだいよ」


「勝手なことを言うんじゃない! お前が帰らないのはどうでもいいが、精霊様は泉に戻せ!」


「そっちこそ勝手なことを言わないでよ。チビは私と一緒にいたいから付いてきたの。ねえ、チビ?」



 すると、リスはこくこくと何度も頷いた。珊瑚と離れないと告げるように珊瑚の頬に体を寄せる。

 そこからは珊瑚への好意しか見受けられない。



「精霊様は何百年も前からあの村を護ってこられたんだ。それを突然現れたお前にめちゃくちゃにされてたまるか!」



 顔を真っ赤にして怒鳴る村長の言葉を聞いて、リンとコタロウはそろって『アホだな』と呟く。

 その目は非常に冷めていた。


 それはジェイドも同じだ。

 ジェイドは瑠璃をコタロウの背に乗せると、無言で部屋を出て隣の部屋へ入っていく。

 突然ジェイドが入ってきたことに戸惑っている村長達に向けて、ジェイドは厳しい眼差しを向ける。



「話は聞かせてもらった。その上で、この娘をそなた達に渡すことはできないと私は判断する」


「そんな!」


「この子が村に戻らなかったら村は立ちゆかなくなってしまいます。陛下からもこの子に戻るよう説得してください!」



 ジェイドは珊瑚へと視線を向ける。



「そなたは村へ帰りたいか?」



 珊瑚の答えははっきりとしていた。



「絶対嫌!」


「だそうだ。それが変えようのない答えなら、私は彼女を護ろう。すでに彼女はこの城で働いているのだから、私の庇護下にある以上、知らぬふりはできない」


「で、でしたら精霊様だけでも元の場所に戻してください」


「精霊がどこに行くも精霊の意思一つ。人がそれに口を出すことなど許されない。たとえ大国の王であろうともな。諦めろ。精霊は人の都合には左右されない」


「そんな……」



 最後通牒をつきつけられて、村長はその場に力なくがっくりと崩れ落ちて座り込み、その妻は隣で顔面蒼白になりながら唇を震わせた。



「話は終わりだ。そなたは仕事に戻れ」


「は、はい」



 ぽうとジェイドに見とれる珊瑚には、きっとジェイドは危機を助けてくれたヒーローのように映っているのだろう。

 頼る者のいないこの地にて、自分を護ってくれるジェイドの姿はなんと頼もしく見えたことだろうか。



『うーん、ジェイド様、罪な男だ……』


『そのせいでルリが巻き込まれないか心配だわ』


『うむ。念入りに結界を張っておこう』



 心配性なリンとコタロウは、どこまでいっても瑠璃を中心に物事を捉える。



『いや、もうじゅうぶんだって』



 すでに張られているコタロウの結界は、竜族ですらびくともしない頑丈なものだというのに、これ以上どう念入りにするのか。

 相手は普通の人間の少女だろうに。

 しかし、精霊を従属させていることから、精霊が瑠璃に危害を加えないか心配をしているのかもしれない。


 すぐにジェイドが戻ってきて瑠璃を抱きあげると、瑠璃と一緒にいたクラウスに話しかける。



「クラウス、あの娘がいた村を調べておいてくれ。もし生活が立ちゆかぬ状況であれば、対処しなければならないからな」


「かしこまりました」



 自分達の都合を優先する村長達は許しがたいが、竜王としては竜王国で起こっていることの対処はしなくてはならないのだ。

 あの村長夫婦が言うように、泉が枯れて人が住めなくなる状況に陥っているなら、知らぬふりはできない。

 竜王というのも難儀な仕事である。



『早く面倒な王様業なんて辞めて二人で隠居したいですねぇ』


「まったくだ」



 溜息を吐きながら同意するジェイド。

 しかし、それにムッとした顔をするコタロウとリン。



『二人で隠居なんて許さないわ。私達も付いていくわよ!』


『当然だ! ルリの行くところには我も行く』


『あはは、他の子達もたくさん付いてきそうね。それならチェルシーさん家の隣に皆が入れる大きな家を建てなきゃね』



 きっと賑やかな生活が待っているだろう。

 まあ、それがずっと先のことだというのは瑠璃にも分かっている。

 ジェイドは竜族の中ではまだまだ若く、働き盛り。隠居するなどと言っても周囲が許してくれないだろう。

 特にアゲット達お年寄りが。

 だから、あくまで願望の域だ。


 ジェイドもそれはよく分かっていて、瑠璃に話を合わせているに過ぎない。

 けれど、いつかは……。そう思いをはせてしまう瑠璃だった。




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