贈り物
そんなある日、精霊達とまったりのんびり過ごしていた瑠璃の部屋を誰かがノックした。
「はーい、どうぞ」
コタロウのモフモフの毛に顔を埋めながら返事をすると、ルチルが部屋の扉を開け、ぞろぞろと侍女が入ってきた。
その手にはそれぞれ大きな箱を持っており、瑠璃はぎょっとする。
「えっ、何ごと!?」
「お届け物ですよ、愛し子様に」
そう侍女がにっこりと微笑みながら答える。
「届け物って、誰から?」
「陛下からでございます」
「ジェイド様?」
朝一緒にいた時には何も言っていなかったが、いったい何を贈ってきたのか、まだまだ侍女の列は途切れない。
その荷物の多さには、さすがに瑠璃の頬も引き攣る。
「いやいや、どんだけあるの?」
「どうやら陛下が調子に乗ってしまい、ここぞとばかりにあれこれ注文してしまったようです」
苦笑い浮かべるルチル。彼女もこの荷物の多さはどうかと思っているようだ。
「そもそも何をこんなに贈ってきたのやら」
瑠璃は運ばれてきた箱の一つを開けて中を確かめる。
そこには、綺麗なワンピースが入っていた。
「わあ、可愛い」
別の箱を開けると、そっちには靴が。そしてまた別の箱にはアクセサリーと、瑠璃を着飾る装飾品が入っていた。
部屋を埋め尽くす勢いで運ばれてきた荷物のその中で、特に念入りに包装されていた箱がある。
それを開ければ、レースの華やかなドレスが入っていた。それに合わせた靴とアクセサリーも一緒に。
「うわっ、綺麗だけど高そう……」
すぐに値段を気にしてしまうのは庶民感覚が抜けない瑠璃らしい。
だが、愛し子でありながらあまり贅沢をしていない瑠璃から見て分かるほど、そのドレスは生地からして高級品と分かる物だった。
まさか他もそうかなのではないかと、次々開けていくと、どちらかというと普段使いできる服や装飾品が大半だった。
それ故に、なおさらそのドレスが輝いて見える。
いったいジェイドはどういうつもりで突然これだけの贈り物をしてきたのか、瑠璃にはさっぱり分からない。
「誕生日はまだだったはずだけどなぁ」
ジェイドが勘違いしたのか? その可能性はある。
どうしたものかと困っていると、そこへ元凶であるジェイドが姿を見せた。
「どうやら届いたようだな」
「ジェイド様ぁ。これいったいなんです?」
「ルリへのプレゼントだが?」
「いや、それは分かるんですけど、なんでまた? 記念日でもなんでもないはずですけど」
もしかして自分が気付いていないだけで何かの記念日だったろうかと考えたが、やはり心当たりはない。
「城で行われるパーティーのためのドレスだ。いつもパーティーとか着飾る時、ルリは私ではなくユークレースに相談するだろう? だから今回は私が選んだドレスを着て欲しかったんだ」
そう言って、瑠璃の髪をひと房手に取りキスを落とす。
「着てくれるか?」
「も、もちろんです……」
色気たっぷりの流し目で懇願されて、否を言えるはずもない。
瑠璃は顔を赤くして頷いた。
しかし、そこで疑問が一つ。
「パーティーなんてあるんですか?」
「聞いていないのか?」
「まったく」
部屋にいたルチルや侍女に視線を向けると、お互いがお互いを見合っている。
どうやら誰かから話しているだろうと全員が思っていたようだ。
「フーリエルの来訪に賑わう町に行っていたから、てっきりルチルから話を聞いていたと思っていたんだが」
「申し訳ございません、陛下。私も誰かが話をしていると思っていました」
ルチルは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「いや、私が最初に話しておけばすむことだった」
ジェイドは瑠璃に向き直り説明する。
「フーリエルがやって来ると、王都の町が祭り状態になるように、城でも幸せの象徴であるフーリエルが再びやって来ることを願ってパーティーが行われるんだ」
「そんなのがあるんですか」
瑠璃には初耳である。
「まあ、フーリエルを理由にした、いつものどんちゃん騒ぎだ。しかし、せっかくのパーティーなのだから、着飾った方がルリも楽しいだろう?」
「なるほど、それでこの贈り物の数々というわけですか」
「そういうことだ。ついでに普段着も注文しておいた。ユークレースから、もう少し愛し子のために組んでいる予算を使えと言われていてな。経済を回すのはもちろんだが、瑠璃の生活が質素すぎて他国に示しが付かないと叱られた」
「あはは……そう言われましても……」
元々瑠璃は散財するタイプではなく、チェルシーと一緒に暮らしていた時と変わらず、必要最小限のものがあれば満足する。
着飾ったところで、城の外に出かけることなど滅多にない瑠璃に、宝飾品や綺麗なドレスなど不要だった。
結婚してからはさらに行動範囲が狭まったので、なおさら着ていく場所がない。
しかし、ユークレースからすると、愛し子が質素倹約な生活を送っていては、蔑ろにしていると他国から思われてしまうと懸念しているのだろう。
たとえ大国だろうと愛し子の行動を制限することはできず、よりよい待遇を提示されれば移動する愛し子も中にはいるらしい。
瑠璃はジェイドと結婚して、この竜王国に骨を埋めるつもりでいるのでそんな心配は必要ないが、他国がそう思ってくれるとは限らない。
ある程度贅沢はしてもらわなければ、他国への示しが付かないというユークレースの言い分は間違ってはいないのだ。
愛し子の贅沢は必要経費なのだ。周囲にこれだけ大事にしてますよと見せるための。
それに、愛し子により受ける恩恵は、そんな必要経費を差し引いてもあまりある。
以前にユークレースから、瑠璃が来てから竜王国内の収益が上がったと、それはもうご機嫌で頭を撫でられた。
宰相というのもいろいろと気を遣うようだ。
瑠璃は何もしていないが、いるだけで役に立っているというなら瑠璃としても喜ばしい。
「まあ、これだけ買えば、しばらくはユークレースも満足するだろう」
「でしょうね。多すぎますよ、これ」
瑠璃は贈り物で埋め尽くされた部屋を見回して困ったように笑う。
「ルリに似合うと思って選んだものだから、使ってくれると嬉しいよ。特に、パーティーのために用意したものは着てくれ」
「はい。ありがとうございます。すごく綺麗なので楽しみです」
その言葉に違わず、嬉しそうに微笑みかければ、ジェイドは愛おしげに頬を緩ませ、瑠璃の頬をそっと撫でた。
そんなイチャつく二人に申し訳なさそうに声をかける人物が。
「陛下、失礼いたします」
「クラウスか。どうした?」
「実はちょっと問題が発生いたしました」
「なんだ?」
クラウスが視線で合図すると、部屋の中にいた侍女達が頭を下げて部屋を出ていく。
それにより、部屋の中には瑠璃とジェイドとルチルとクラウスだけに。
「なにがあった?」
「それが、今、例の娘の保護者と名乗る者が、娘を返せと押しかけておりまして……」
「例の娘?」
「自分は愛し子だと押しかけてきた娘です。確か、名前はサンゴでしたか?」
「あー、私と同じ世界から来た子ですね。あれ? 帰るところはないって話じゃなかったでした? 保護者なんていたんですか?」
「どうやらそのようなのです」
これはいったいどういうことなのか。
保護者がいるということは、異世界から来たというのも嘘なのかと疑問が湧いたが、珊瑚の話はとても嘘を言っているようには思えない。
ならばどういうことなのか。
瑠璃は素早く腕輪を装着して猫になると、ジェイドに抱っこをせがむ。
『ジェイド様、私も話を聞きに行きます』
ジェイドはやれやれと仕方なさそうにしながら瑠璃を抱きあげた。