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フーリエル



 瑠璃の髪と目の色はそのままではすぐに愛し子とバレてしまうので、茶色のカツラで髪を隠す。


 準備万端で部屋を出れば、男装したルチルの姿が。


 中性的な顔立ちが男性とも女性とも見て取れ、ルチルの魅力を最大限に引き出している。

 簡単に言えば、すごく格好いい。


 廊下でずっと瑠璃を待っていたルチルには、周囲から熱い眼差しが向けられている。

 主に女性達からの視線だが、その気持ちは大いに分かった。

 瑠璃も思わず見とれてしまったのだから。



「準備はできましたか、ルリ?」


「は、はい!」


「では行きましょうか」


「はい!」



 思わずときめいてしまっていることを心の中でジェイドに謝りながら、ルチルの後に付いていこうとして、強い視線を感じた瑠璃は足を止めた。

 振り返れば、じとーっとこちらを見つめるコタロウ。



『我も行きたい……』



 大きな体のコタロウを連れていればすぐに瑠璃だと分かってしまうので、今回はお留守番を言い渡していた。

 なので、連れていくのはポケットに収まるリンだけだ。

 瑠璃は眉尻を下げながら申し訳なさそうにコタロウの頭を撫でる。



「ごめんね、コタロウ。コタロウを連れていくと目立つから……」


『もし何かあったらどうするのだ?』



 ここにもいた、過保護な保護者が。



「リンが一緒だから大丈夫よ。ルチルさんもいるし。ねっ、リン?」


『そうそう。ルリのことは私に任せなさい』



 パタパタとコタロウの周囲をぐるりと飛んでから、リンはルリの胸ポケットに収まった。



「じゃあ、行ってくるね。お土産買ってくるからね」


『むー』



 不満そうなコタロウを残して瑠璃は先を急ぐと、今度は別の声が瑠璃の足を止めた。



「あっ、俺の愛しのルリ~。変装してどこ行くんだ?」



 ユークレースの雑用中と思われるギベオンが通りかかった。



「今から王都の町に行くの」


「えっ、何それ楽しそう。俺も行く!」


「仕事中じゃないの?」



 その手にはたくさんの書類があった。



「全然問題なし! ルリとのデートの方が大事だから」



 そう言って、ギベオンは書類を空間の中に放り込んでしまった。



「後でユークレースさんに怒られても知らないわよ」


「大丈夫、大丈夫。さあ、行こう!」



 さりげなく瑠璃の肩を抱いて歩き出したギベオン。その肩にある手をすかさず叩き落としたのはリンである。



『ルリに馴れ馴れしく触ってるんじゃないわよ。私はまだあなたがルリに武器を向けたことを許してないんだから』



 それは聖獣誘拐の時のことを言っているのだろう。

 そう言われてみれば、リンだけでなくコタロウや他の精霊もギベオンには厳しい視線を向けていた気がする。

 きっとリンと同じく瑠璃を人質に取ったことを怒っているのだ。



「いやいや、むしろ酷い目にあったの俺の方なんですけど! 光の精霊にぶん殴られたの見てたよね!?」


『自業自得でしょ』


「はいはい、言い合いはそのくらいにして行きましょう」



 リンをポケットに入れ、少し離れたところから瑠璃を待っているルチルの元へ急ぐ。

 王都の町はいつも以上の活気を見せており、何やらお祭りでもあるような賑わいだった。



「なんか観光客もいつもより多い気がする」



 気がするではなく、間違いなく他国の者と思われる服装の人達が多くいた。



「お祭りがある時期じゃないはずなんだけどなぁ。何があるんですか?」



 今の王都は特別だと言っていたルチル。その答えを瑠璃はまだ聞いていない。



「あぁ、もしかしてフーリエルが来るのか」


「フーリエル?」



 ギベオンは聞かずとも察したようだが、瑠璃にはまったくなんのことか分からない。

 ルチルを見れば楽しそうに笑っている。



「ルリはこの世界の人間ではないと聞いていたんですが、本当なんですね。フーリエルを知らないとは」


「えっ、ルリってフーリエルのこと知らないの?」


「そんな有名なの?」



 ギベオンが信じられないという顔をしている。

 それだけ誰もが知っていておかしくないものということのようだ。



「それじゃあ、俺が手取り足取り教えてあげるよう」



 そう言って手を握ってきたギベオンに、瑠璃は懲りないなと苦笑いを浮かべていると、横からルチルの足が伸びてきてギベオンのすねを強かに蹴る。



「っ!」



 声も出せずに涙目になって座り込むギベオンは、何をするんだという眼差しでルチルを見上げたが、ルチルは何事もなかったかのように微笑みを浮かべていた。



「陛下より、虫の排除は徹底しろと命を受けていますから」


「虫……」


「ジェイド様、とうとう虫呼ばわり……」


「竜王さん、酷い!」



 両手で顔を覆って嘆くギベオンだが、嘘泣きなのは瑠璃にも分かる。



「そんなことよりフーリエルって何?」


「そんなことって。竜族の蹴りを受けた俺に心配の言葉はないの!? 大事な愛人が蹴られたんだよ?」


「はいはい、それだけ元気なら大丈夫よ。それよりフーリエルのこと教えてよ」


「フーリエルとはその辺で飾られている魔獣のことですよ」



 一向に答えてくれないギベオンの代わりにルチルが説明してくれる。



「魔獣?」



 確かに周囲の店を見渡してみると、水色のクジラを使った商品がたくさん並べられていて、先程から気になってはいたのだ。

 一カ所二カ所どころではなく、どの店舗も屋台も水色のクジラの商品を全面に出して売り出している。

 クジラのクッキーやら、クジラのケーキ、クジラのぬいぐるみ、クジラの刺繍が入ったバッグ。

 とりあえず、そこら中クジラまみれだ。



「あの水色のクジラがフーリエルですか?」


「クジラ? というのは何のことか分かりませんが、その水色の生き物がフーリエルです」


「なにかブームでも起きてるんですか?」


「ブームというか、フーリエルがもうすぐ王都に来るのですよ」



 よく分かっていない瑠璃は首をかしげる。



「フーリエルは世界を回っていて、五十年周期でこの竜王国の王都にやってくるんです。その五十年目がもうすぐということで、他国からもひと目フーリエルを見ようと観光客がやって来ているから、こんなに賑やかなのですよ」


「へえ。それって私も見られますか?」


「ええ。ルリならば城の第一区という特等席から見られると思いますよ」


「遠くないですか?」



 城の第一区ともなると雲の上だ。

 そんな高い所から果たして海を泳ぐクジラ……フーリエルを見られるものなのか疑問だったが、「大丈夫ですよ」とルチルがはっきりと言うので信じることにした。

 まあ、第一区から海が見えなくもないので、見づらかったらコタロウに乗って見に行けばいい。



 多くの店がこの時期のみのフーリエルグッズを売っているとあって、瑠璃は留守番のコタロウや仕事で来られなかったジェイドへのお土産を選んでいく。


 瑠璃が乗れそうなほどの大きなフーリエルのぬいぐるみは、空間の中にいるリディアへと送った。

 きっと喜ぶだろう。リディアは結構可愛いもの好きなのだと瑠璃は知っていたから。


 ふかふかとした触り心地がかなり気持ちよかったので自分の分も買ってしまった。抱き枕にしようと自然と頬も緩む。

 あまり触りすぎてジェイドが嫉妬しないか心配であるが。

 コタロウも瑠璃がモフモフするのを自慢げにしているので、ぬいぐるみばかり抱き締めていたらやきもちを焼いてしまうかもしれない。


 代わりにコタロウにはフーリエルの形をしたクッキーをたくさん買っておいた。

 結婚してからはジェイドが離してくれないため、王都にもほとんど出かけられなかったので、ここぞとばかりに買い物を堪能する。



 気になったものを片っ端から大人買いしていくと、見慣れた人物を見つける。


 以前に作った温泉施設を任せているアマルナである。

 屋台でフーリエルと名の付いたキャンディーを売っているではないか。もはやフーリエル感はどこにもないただのキャンディーである。

 こんなところで商売をして、温泉施設はどうしているのか。



「アマルナさん」


「これはこれは、愛し……ルリ様ー」



 愛し子と言いそうになって、瑠璃が変装していることに気付いてすぐに言い直した。

 察しが良いのは助かるが、何をしているのか。



「こんなところで商売ですか? アマルナさんには温泉施設を任せてたはずですけど、あっちは放っておいて大丈夫なんですか?」


「それはご心配なくー。従業員に任せていますから。もうスラムの子供なんて誰にも馬鹿にさせないぐらいに立派に勤めていますよー」


「それは頼もしいですね」



 瑠璃も自分で作っておいて温泉施設を放置しているのは申し訳なく思っていたのだ。

 しかし、瑠璃の予想以上にスラムの子供達はたくましく育っていたようで安心する。



「そっちは従業員に任せられるようになったので、私は自分の本業でがっぽり稼がせてもらってますぅー」



 うふふふっと笑うアマルナの目は欲にまみれている。

 ふとその視線が瑠璃の後ろにいるギベオンへ向くと、アマルナは目を大きくした。

 そして、それはギベオンも同じで、二人はお化けでも見たかのような顔で口をパクパクと開閉している。



「お、お前、アマルナかぁぁ!」


「ギベオン!!」



 お互いを指差して驚く二人に瑠璃は首をかしげる。



「二人って知り合い?」


「…………」



 しばしの沈黙が流れる。そして、アマルナは何事もなかったようににっこりとお客様用の笑みを浮かべた。



「いえいえ、こんなくそ生意気なガキ知りませんよー」


「俺だってこんな守銭奴知らねぇもん」


「いや、さっきお互いの名前呼んでたじゃない」



 しっかりはっきり発音しておいて知らないとは無理がある。



「知らないったら知らないんです! 分かりましたか!?」


「は、はい……」



 瑠璃の肩を掴むアマルナのあまりの迫力に押し負け、瑠璃は頷いた。

 ここで頷かなければ、掴まれた肩を壊されそうな勢いである。

 どうやら知り合いでも、あまり仲は良くないらしい。



「さあさあ、商売の邪魔ですからルリ様は他のところで遊んでくださいねー」



 愛し子相手に邪魔とはとんでもない暴言であるが、すかさずギベオンが瑠璃の肩を抱いて別の店へと誘導を始めた。



「こんなとこよりあっちに面白そうなもの売ってるからそっちに行こう」



 一秒でも早くこの場から逃げ出したいと言わんばかりだ。

 ギベオンは一度振り返り、怖い顔でアマルナとの間にバチバチと火花を散らした後、いつものヘラヘラとした顔に戻ってその場を後にする。


 触れて欲しくなさそうなので口をつぐむことにし、瑠璃は母であるリシアの店へと足を向けた。




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