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帝国からの要請


 側近達が集まるジェイドの執務室では、帝国から戻ってきたばかりのルチルがジェイドに帝国から持ってきた手紙を渡していた。


 差出人は皇配であるコランダムだ。


 その内容はアデュラリアが病に倒れたということ。

 どんな薬も効かず、それ故に竜の血を使った薬をもらえないかという願いが切々と書かれていた。


 読み終えた手紙を、ジェイドは隣にいるクォーツへと渡す。

 先代の竜王であるクォーツはアデュラリアとは数度しか顔を合わせたことがない。

 アデュラリアが皇帝となったのは、クォーツが竜王を辞して国を出た後のことなのでそれは仕方がないことだ。

 けれど、戻ってきてからはジェイドの代理を任せることもあるので、その内容は知っていてもらいたかった。

 クォーツが手紙に目を通している間に、ジェイドはルチルに問う。



「アデュラリアの状態はそんなに悪いのか?」


「そのようです。私は直接お会いすることは叶いませんでしたが、皇配殿下のお話ですと、ベッドから起き上がれない状態だと」



 ジェイドの顔が険しくなる。



「どの薬も効かないのか」


「はい。帝国の医療は竜王国と比べても遅れてはおりません。きっと竜王国の医師を連れて行ったとしても同じことになるでしょう。そのため、どんな傷や病にも効くとされる竜の血を使った薬に頼りたいと願うのは致し方ないかと」


「それもそうだな」



 竜の血を使った薬は竜族しか加工方法を知らず、それ故にとても貴重なものだ。

 国のトップといえどおいそれとは手にできない希少品だが、同盟国であり親しい者からの願いとあれば聞かぬわけにもいくまい。

 それに時期も悪かった。



「現在、帝国では第一皇子と第三皇子により静かに後継者争いが起こっております。皇帝陛下はまだ皇太子を指名しておりませんので、今あの方に何かあっては大きな争いが起こる可能性があります」



 ルチルはしばらく帝国にいたので、その辺りのことには詳しいのだ。



「他の皇子はどうした?」


「第二皇子は隣国の姫との縁談が決まっており、婿入りする予定ですので皇帝の座を望んではおられないかと。政略的なものではなく、第二皇子自らが婿入りを望んだようですから」


「第四皇子は?」


「末の皇子である第四皇子は、他の皇子と比べて優しく大人しい気弱な性格の方のようですので、貴族の間では皇帝には相応しくないと判断されています。それ故、後ろ盾となる貴族も少ないとか。後継者争いは第一皇子と第三皇子の一騎打ちとなるかと思われます」


「なるほど」



 ジェイドは頭が痛いというように、こめかみを押さえる。



「今アデュラリアにいなくなられるのは周辺国にも大きな影響を与えてしまうことになるな」


「私もそう思います」



 ジェイドが他の側近達一人一人に目を向けても、全員が同意するように頷いた。



「急ぎ帝国に竜の薬を渡すことにしよう」



 側近達の反応も見て、そう決断をしたジェイドだったが、横からクォーツが口を挟む。



「待ってくれ。この皇帝の病だが、ルチルは症状を詳しく聞いていないかい?」


「い、いえ、私は医学の知識には疎いので聞いておりません。しかし、問い合わせればすぐに詳細を教えていただけるかと思います。……何か気になることでもありましたか?」


「クォーツ様?」



 困惑した顔のジェイドがクォーツを窺う。



「症状については簡単にその手紙に書いてあったはずですが、それでは足りませんか?」


「似ているんだよね」


「似ているとは?」



 クォーツの強張った表情が、ジェイドや周囲に不安を与える。



「セラフィが死んだ時の症状に」



 息をのんだのは誰だったか。


 セラフィはクォーツと番いであったにもかかわらず病気になった。

 竜族の番いとなれば丈夫になり、病気などにはかかりにくくなるはずなのにだ。

 そればかりか、その病気の原因は判明せず、竜の血をもってしても治すことができなかった。


 結局、そのままセラフィが死に至ったことは、この場にいる誰もが知っていること。

 それ故に、部屋の中に緊張感をもたらす。



「いや、気にしすぎならいいんだ。けれど、もし竜の血を使っても治らなかったら……」



 竜の血で治らなかったらという考えはなかった。もしそうなら、打つ手がなくなる。

 竜族にとっても、竜の血から作られる薬は最後の手段なのだ。


 クォーツは今何を思っているのだろう。

 硬い表情と、その目に映る悲しみと痛み。

 最愛の人を亡くした時のことを考えているだろうことは、この場にいる全員に伝わった。


 すると、クォーツの指輪からふわりと姿を見せたセラフィがクォーツを抱き締める。

 肉体をなくし、温もりを失ってしまったその腕でクォーツを包み込む。



「クォーツ、私はここにいるわ。ずっと一緒よ」


「……ああ、そうだね。ちゃんといる」



 クォーツはセラフィに優しい微笑みを向けてから、前を向いた。



「すまない。少し私情が入ってしまったね」


「いいえ、仕方のないことです。念のため状況は随時報告をするように頼んでおきましょう」


「そうだね。そうしてくれると安心だ。それに、ただの病と決まったわけではないしね」



 そう言って、クォーツは手紙の最後の部分を指で叩くと、ジェイドも真剣な顔で頷いた。



「死神のことですね」



 コランダムからの手紙には、アデュラリアの病気のこと以外に気になる情報が書かれていたのだ。



「アデュラリアの寝室に死神の痕跡が残っていたとか」



 ジェイドも眉をひそめる。


 暗殺集団、死神。

 お金さえ払えばどんな依頼も受ける。そして受けた依頼は失敗なし。死神に標的にされたら確実に命を落とすと言われている。

 ずいぶん前瑠璃が狙われたことがあったが、あれは死神の名を語った偽物だった。


 果たして今回はどうなのか、偽物の存在はコランダムも知るところだったので、判断がつかないと困っているという。



「寝室に、死神の存在を示す証が置かれていたそうだね」



 死神は依頼を受けると、その対象者の元に黒い鎌が描かれた紙を必ず置いていくそうで、今回アデュラリアの枕元でそれが見つかったようなのだ。

 死神が本物か偽物かは置いておいて、厳重な警備の中、誰かが皇帝の部屋に入ったことは間違いなく、コランダムや側近達はさぞ背筋が冷えたことだろう。



「クォーツ様はその死神が何かしらの毒を盛ったとお考えですか?」


「さあ、それは分からないけれど。そうだとしたら、むしろその方が都合が良い。毒なら竜の血で治すことができるからね」


「確かにそうですね」



 そうであってくれと、ジェイドは静かに祈った。

 そしてすぐさま帝国へ竜の血を使った薬を送ったのだった。


 


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