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フィンの婚約者



 その後、訓練場に行くというルチルに瑠璃も同行することに。



「本当にほんとにフィンさんと婚約してるんですか?」



 疑り深い瑠璃は何度もそう問うが、返ってくるのは肯定のみ。



「ええ。そんなに信じられないですか?」


「信じられないというか、これまでフィンさんから女っ気のある話を聞いたことがなかったので」


「それは仕方ないでしょう。フィンには番犬が付いていますからね。私の話をすると機嫌が悪くなるんですよ」



 そう言ってクスクス笑うルチル。

 瑠璃には番犬が誰のことを指すかすぐに分かった。



「あ~、ユアンはブラコンですからね」



 ブラコンと言われて気を悪くするどころか、むしろ喜ぶような男である。フィンが女性の話をしないのも頷ける。

 なにせ、当初フィンが護衛していた瑠璃が人間の女性だと知って食ってかかってきたぐらいだ。

 愛し子相手になんと命知らずなことか。獣王国なら首が跳んでいるところだ。



「ルリのその様子ですと、ユアンは相変わらずですか?」


「はい。いつでもどこでもフィンさん命です」


「それは会うのが楽しみですね」


「楽しみなんですか?」


「ええ」



 むしろ面倒くさいのではないのだろうか。

 フィンの婚約者としたらあんなうるさい小舅嫌だろうに。

 自分なら嫌だぞ。あんなオプションがついてくるなんて。

 友人としてなら付き合えるが、義弟としてはとても付き合えないと断言できる。

 キャンキャン騒ぐユアンの姿しか想像ができないのだ。



 そんな話をしているうちに、五区の訓練場へやって来た。

 今日も今日とて血しぶき上がる訓練場に何も思わなくなってきている自分に、慣れって怖いと瑠璃は思った。


 周囲を見渡せばすぐにフィンは見つかった。

 厳しい表情で訓練をしている兵士達に声をかけていたが、兵士の一人が瑠璃に……正確にはルチルに気が付き驚いた顔をすると、大騒ぎでフィンに合図している。

 それに促されて視線を動かしたフィンは、ルチルの姿を見て大きく目を見開く。



「フィン」



 柔らかな笑みを浮かべて一直線にフィンに向かっていくルチルの姿に、恋人同士の感動の再会だと、瑠璃は興奮するのを隠しきれず両手で頬を隠す。


 ドキドキしながら様子を窺っていると、足を速めたルチルが腰に差した剣を振り上げそのままフィンに振り下ろした。

 それはフィンに当たる前にフィンが自分の剣で防いだが、ガキンっという強い金属がぶつかる音に瑠璃は呆気にとられた。



「へっ?」



 瑠璃が硬直している間も、とても恋人同士の感動の再会とはほど遠い逢瀬を二人は楽しんでいる。

 いや、フィンの必死な表情を見るに、楽しんでいるのはルチルだけかもしれない。

 何故そうなったか、理解できずにいると、やんややんやと兵士達が集まってきた。



「ルチルさんが帰ってきてるってほんとだったんだな」


「あんなに嬉しそうにして、フィンさん良かったなぁ」


「婚約者が帰ってきたんだから嬉しいに決まってるじゃんか」



 いやいや、どう見ても殺り合っているようにしか見えない。

 あれのどこをどうしたら嬉しそうに見えるのか、自分の感覚がおかしいのかと瑠璃は己を疑ってしまう。


 そうこうしていると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。



「何してるんだぁぁぁ!」



 ユアンである。彼は犬のような嗅覚で大好きな兄の危機を感じたのか、こちらへ爆走してくる。



「兄さんに剣を向けるアホはどいつ……だ……」



 剣の打ち合いを止めて振り返ったルチルを見て、ユアンの勢いが急激に萎んでいく。



「ル、ルチル姉さん……。なんで!?」



 顔を青ざめさせるユアンとは反対に、ルチルは清々しいほどの爽やかな笑みを浮かべる。



「久しぶりですね、ユアン。相変わらずフィンの金魚のフンをしているんですか?」



 ルチルの矛先がユアンへと向いて、フィンはやれやれという様子で剣を収めた。

 瑠璃はそんなフィンに近付いていく。



「あの、フィンさん大丈夫ですか?」


「ああ、ルリか。気にするな、あれはいつものことだ」


「いつも……」



 頬を引き攣らせる瑠璃に、フィンも苦笑いを浮かべている。



「ルチルは竜族の女性の中では好戦的な方でな。まあ、だからこそ兵士としてやっていけるんだが、ルチルにとったら今のはただの挨拶代わりだ」



 恋人同士の再会としては色々と間違っている気がするのだが、あまりフィンが気にしていないようなので、これはこれでいいのか?

 瑠璃では判断できない。



「ぎゃあぁ!」



 突然ユアンの悲鳴が聞こえてきて振り返ると、ユアンがルチルに蹴り飛ばされて反対側の壁まで吹っ飛ばされている瞬間だった。


 壁にぶつかったユアンはそのまま壁にめり込んで目を回している。聞こえてはいけないヤバそうな音がユアンの体から聞こえてきたが大丈夫なのだろうか。


 だらだらと冷や汗をかく瑠璃には何が起こったのか分からない。



「えっ、えっ?」



 一方のフィンは、不出来な弟を見るような眼差しをユアンに送っていた。



「またユアンがやらかしたか」


「えっと、フィンさん……。今何が……」


「ユアンがまたルチルに噛みついてお仕置きされたんだろう。ユアンは俺が絡むと向こう見ずなところがあるから。なに、よくあることだ。ルリは気にしなくていい」


「気にしなくって……」



 そう言われても、ルチルがめり込んだユアンの胸ぐらを掴んで引きずり出すと、そのままぶん回し始める。

 ユアンの悲鳴が訓練場にこだまし、気にせずにいられる状況ではない。


 なにより最初の綺麗なお姉様のルチルの印象がガラガラと崩れていく。


 そうしている間も瀕死に近付きつつあるユアンはぼろ雑巾のように空を舞った。



「うううっ……」



 訓練場にユアンの呻き声が虚しく響く。



「さすが容赦ねぇ」


「ユアン的にはルチルさん帰ってこない方が平和だったんじゃね?」


「ユアンのやつ、ルチルさんを苦手にしてるくせに突っかかるよな。いつもああなるのに」


「ルチルさんはフィンさんの次に強いって言われてるんだぜ、当然の結果だろう。ユアンがアホなだけだ」



 見ている外野は言いたい放題だ。

 誰も助けに入る気がない。というか、間に入る勇気がないのか。

 地面に伏すユアンにゆっくりとルチルが近付くと、片手でユアンを持ち上げた。

 そして瑠璃も見惚れた微笑みを浮かべ口を開く。



「フィンが大好きなのは良いことだし、他の女避けになっているのは褒めてあげますが、そこに私を入れてはいけませんよ?」


「……うぅっ」


「返事は?」


「……はい、ルチル姉さん」



 その答えに満足したルチルはにっこりとしながら、ユアンをゴミのようにその場に捨て……降ろした。

 もう動く力はないというようにユアンはピクリともしない。


 それを放置して颯爽と戻ってきたルチルは「お待たせしました」とフィンに笑いかける。



「あ、あの、ルチルさん。ユアンは……」


「あれならば大丈夫です。ちょっとお仕置きしただけなので」


「お仕置き……」



 そんなレベルではないだろうに、誰もそれにツッコまない。

 それだけで、このようなことは日常茶飯事なのだと瑠璃は察した。

 かわいそうなので、誰にも助けられないユアンを瑠璃が回収してあげた。






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