ルチル
そうしてしばらく経ったある日、ジェイドが部屋にやって来たと思ったら、その後ろにはスラリとした長身の女性を伴っていた。
彼女がジェイドの言っていた女性兵士なのだろう。
男装の麗人のようにパンツスタイルの軍服がよく似合っている。
長く艶やかな赤い髪を高い位置でポニーテールにしているのだが、それがまた似合っていて、彼女の品のある凛々しさを際立たせていた。
思わず瑠璃が見とれてしまうほどに格好よく美しい。
「ジェイド様、その方は?」
「以前にルリに話していたルリの護衛だ。彼女はルチル。数年ほど帝国に行っていたんだが、今日戻ってきたところだ。だからルリも会ったのは初めてだろう」
ルチルはにっこりと女性も見惚れるような笑みを浮かべ、瑠璃の前で頭を下げた。
それを見て瑠璃も慌てて椅子から立ち上がる。
「初めてお目にかかります、愛し子様。ルチルと申します」
「瑠璃です。皆ルリって呼ぶのでルチルさんもそう呼んでください。愛し子様って呼ばれるより名前の方が好きなので」
さすがに愛し子と呼ばれるのには慣れたが、やはり名前の方がしっくりくる。
親しい人は様付けしたりしないので、護衛として側にいるならルチルにもそうしてもらいたかった。
「かしこまりました」
「あっ、できれば堅苦しい口調もなしで。セレスティンさんとこの獣王国と違って、ここの城の人達は気さくに話してくれるので気楽にお願いします」
ルチルはじっと瑠璃の顔を見つめたかと思うと、次の瞬間には華やいだような笑みを浮かべた。
「では、そうさせてもらいます。ルリ」
ルチルの微笑みに、同性であるはずの瑠璃ですら頬を染める。
「ふわぁ、美人……」
ユークレースとはまた違った美しさにくらりとする。
思わずお姉様と呼んでしまいたくなる衝動に駆られた。
そんな瑠璃の反応に眉をひそめるジェイドは、ルチルに対して眼差しを強くする。
「ルチル、私のルリを誘惑するな」
きょとんとしたルチルは次の瞬間には声を出して笑い出した。
「ふふっ。私は女ですよ、陛下。やきもちを焼く相手が違います」
「お前は女達に人気がありすぎるだろう。ルリと気が合うかと思って護衛を頼んだが、人選ミスだったか?」
本気で悩み出したジェイドに慌てたのは瑠璃である。
「いえ、ルチルさんがいいです! 絶対の絶対!」
ルチルという人がどんな人物かも分からずに、瑠璃は必死で懇願した。
瑠璃の直感が告げているのだ、ルチルは絶対逃がすなと。
「ルリがそこまで言うならルチルを護衛にするが、気を付けるんだぞ。ルチルはとんでもない人たらしだからな」
「私をなんだと思っているのですか、陛下は」
苦笑するルチルだが、瑠璃はなんとなく分かる気がする。
ルチルに微笑みかけられてしまったら、それだけで思考を放棄して「はい」と頷きたくなる魅力があった。
「まあ、いい。帰ってきたところで疲れているだろう。護衛を始めるのは数日休んでからでいいから、フィンに会いに行ったらどうだ?」
ルチルは少し考え込んだ末に頷いた。
「そうですね、そうします。今の時間だとフィンは訓練場に?」
「ああ」
そのやり取りを聞いていた瑠璃に疑問が浮かぶ。
「ルチルさんはフィンさんと仲が良いんですか?」
真っ先にフィンの名が挙がるのだからそうなのだろうと思ったら、予想外な答えが返ってきた。
「フィンは私の婚約者なのですよ」
一瞬脳が理解しようとしなかったが、しばしの沈黙の後、瑠璃は大きな声を上げた。
「はあ!?」