新しい護衛
霊王国から竜王国に帰ってきてしばらく。
霊王国から連れ帰ったギベオンはその人懐っこい性格も相まってか、すぐに城での生活に慣れたようだ。
特にひー様を尊敬するようになってしまい、ちょくちょく城下に降りてはひー様のいる瑠璃の母親、リシアの店へ足を運んでいるようだ。
尊敬する相手が悪いと何度思ったことか。というより、ひー様のどこに尊敬する部分があるのか問いたい。
女好き同士、共鳴し合っているのだろう。
他人に迷惑をかけないか瑠璃だけでなく、ギベオンをこの国に連れ帰ることを決めたジェイドも心配しているようだが、店ではリシアが目を光らせているおかげでとても大人しいようだ。
ギベオンのことを聞いて、「とっても良い子よ~」と言ってのけるリシアは調教師の才能があるのかもしれない。
ギベオンだけでなくひー様ですら、リシアの前では借りてきた猫のように大人しいのだ。
我が母ながら怖ろしい。
ぜひとも秘訣を聞きたいが、笑って答えてくれない。代わりにひー様とギベオンがそろって後ろで怯えていた。
そういう状態なので、最初こそギベオンが城の外に出る時にはヨシュアをこっそり付けていたようだが、ユークレースの仕事の手伝いもちゃんとするので、今では監視も外されている。
霊王国でやらかしたことがこと故に問題を起こさないかと警戒していたが、監視を外す程度にはジェイドも信用してきたようだ。
四六時中ギベオンを監視していたヨシュアが、ようやく自由になったと晴れやかな顔で喜んでいたのは余談である。
けれど、リシアのいない時のギベオンは相変わらずところ構わず女の人を口説いている。
今日も今日とて、瑠璃を見つけるや大きく手を広げて走ってくる。
「ああ、そこにいるのは俺の愛しのル~リ~。君の愛人ギベオンだよーん」
隣にいるジェイドの機嫌が急激に下がっていくのが分かる。
ギベオンには見えないのか、あえて無視しているのか、そのまま走ってきてジェイドの蹴りをボディに受けていた。
「ぐふっ……」
「私のルリだ! お前のものになったことなど一秒とてない。近付くな」
まるで虫けらでも見るようなジェイドの眼差し。
それは構わないが、自分のものと主張するようにぎゅうぎゅうと自分を抱き締めるのはやめてもらいたいと瑠璃は思う。
何気に苦しい……。
「わーん、ルリ~。竜王さんがいじめるよぉ」
ジェイドはうずくまりながら手を差し伸べるギベオンの手を容赦なく踏みつけ、グリグリする。
「ぎゃあぁ! それまじ痛い! 冗談じゃなく痛いっ」
「ならば失せろ、二度と姿を見せるな」
こんなやり取りが何度繰り返されたことか。
こりないギベオンは、この状況を楽しんでいるのではないかとすら思える。
城内で密かに囁かれるギベオンのドM疑惑。
そしてなんだかんだで相手をするジェイドもジェイドだ。
「ははは……はぁ……」
もはや日常の一部と化した光景に、乾いた笑い声が瑠璃から漏れ、それは溜息へと変化した。
「やられるの分かってるんだからいい加減やめればいいのに……」
ようやく立ち上がったギベオンへ、瑠璃の呆れた眼差しが向かう。
「ルリの公認愛人として、この程度の障害に負けるわけにはいかないから」
ギベオンはしたり顔でそう言うが、それはただジェイドの機嫌を悪くさせるだけだ。
「公認なんぞしてない!」
「ジェイド様、どうどう」
いつか血管がぶち切れないかと心配な瑠璃はなんとか落ち着かせようとする。
「ギベオンはこういう性格なんですから、一々怒ってたらきりがないですよ」
「分かっている。分かっているが……」
ジェイドも必死に抑えようとしているのだろう。けれど、それをあっさり捨てさせるギベオンの恐ろしさ。
「そんな怒ってばっかりだとルリに愛想尽かされちゃうよ~。あっ、でもそうしたらそれを優しく慰めるのが愛人である俺の役目ってことか。いつでも歓迎するからね~」
無言で剣を手にするジェイドに、ぎょっとする瑠璃。
「あっ、こらヤバい」
ギベオンもやりすぎたとようやく理解したのか、顔を強張らせてすたこらさっさと逃げ出す。
そんなギベオンの背に向けてぶん投げたジェイドの剣は、ギベオンの張った結界によって弾かれた。
今の攻撃は光の精霊の祝福を持つギベオンでなければ串刺しにされていただろう。
「ちっ、外したか」
ジェイドは酷く残念そうに舌打ちする。それに顔を青ざめさせたのはもちろんギベオンだ。
「いやいやいや、今のマジで殺す気で投げたでしょう!?」
「当たり前だ」
「竜王がそんなんでいいのかぁ! そんな狭量じゃ国民の支持率下がるぞぉ!」
かなり遠く離れた所からぎゃあぎゃあと騒ぐギベオンは、ジェイドが次の剣を取り出したのを見て、慌てて逃げていった。
再び舌打ちするジェイドに、瑠璃は苦笑する。
そして瑠璃をじっと見つめると、人目もはばからずぎゅうっと抱き締める。
今瑠璃達がいる場所を通り過ぎるのは竜族ばかりなので、往来でイチャついていようとも誰も気にしていない。
竜族ならよくあることなのだ。
「あの者を連れてきたのは失敗だった。今から送り返すか……。いや……」
ジェイドはふいに側にいたコタロウに目を向ける。
「コタロウ殿、暗殺は得意ですか?」
ジェイドから聞こえてはいけない不穏な言葉が……。
『うむ、我は風の精霊故に、そういうのは得意だ。ルリのため必要ならば協力しよう』
ジェイドは静かにこくりと頷いたが、もちろん瑠璃が待ったをかける。
「ジェイド様もコタロウも、何をしようとしてるんですか!」
「ルリ、あれはルリの害にしかならない。今のうちに消しておくべきだとは思わないか?」
『我もそう思う』
「思いません! 絶対駄目だからね、コタロウ! 分かった?」
強めに言い聞かせれば、コタロウは尻尾を下げてしょぼんとする。
『むう。ルリがそういうなら……』
不承不承という感じだ。
「ジェイド様もですよ!」
「……分かった」
激しい葛藤があったようで、たっぷりの沈黙の後、仕方なさそうに頷いた。
けれど、何もしないわけではないようで、ジェイドは突然ひらめいたように口を開く。
「そうだな、よし、ルリに専属の護衛を付けよう」
「へ?」
「前々から付けようとは思っていたんだ。ルリは無駄に行動的だから、制御できる者を置いてくれとユアンからも進言があったからな」
「ユアンめ……」
霊王国で瑠璃が考えなしに動き回ったことを根に持っていたようだ。
ユアンの言いたいことは分かるが、護衛など始終付けられたら息が詰まる。
「ジェイド様、私にはコタロウ達がいるからいりませんよ」
「いや、精霊と人では見ているものが違う。最高位精霊が付いていることは頼もしいが、やはり同性の護衛も必要だろう」
「女性の護衛? 竜族のですか?」
「ああ、そうだ」
瑠璃が記憶する限り、女性の兵士は見たことがなかった。
身の回りの世話をしてくれる幾人もの竜族の侍女に女性はいる。兵士も他の種族ではいるが、竜族の兵士は会ったことがない。
竜族の訓練場がある五区には頻繁に顔を出しているのに、見るのは男性ばかりだった。
「そんな人いるんですか? 竜族で女性の兵士の方は見たことないんですけど」
「竜族の女性はもちろん強いのだが、やはり竜族の男性に比べると力の差が歴然とある。それに、男達と違って戦いが好きではない穏やかな性格をしている者がほとんどで、戦い大好きな男達と同じ訓練をするのは苦痛なようだ。それ故、女性は大抵文官か侍女になるのがほとんどなんだが、いないわけではない。訓練場には滅多に顔を出さないがちゃんといる」
「へぇ、そうなんですか」
「ちょうど今度、帝国から帰って来る予定の実力も申し分ない女性兵士がいるから、彼女をルリの護衛につけるとしよう」
「そんな勢いで決めちゃっていいんですか? その人の希望も聞いてくださいね。嫌々私の護衛にしたら申し訳ないので」
「その点は大丈夫だろう。ルリとも気が合うはずだ。帰ってきたら顔合わせをして互いの意思を確認すれば良い」