閑話
ヨシュアは竜王国で諜報員をしている。
不穏な情報を聞きつけナダーシャを調べ始めたヨシュアが最初に思ったのは「この国大丈夫か?」であった。
そして繁栄を導くとされる巫女姫なる存在が召喚されてから思ったのは「この国終わったな……」であった。
元々いつ終わってもおかしくないような国であった。
力量の差も分からず何度も竜王国に戦争を仕掛け、その度にこてんぱんにやられているというのに学習せず、何度王が代替わりしようと幾度となく戦争を仕掛けてくるのだ。
そのしわ寄せが来るのはナダーシャの国民だ。
過度な税と強制的な徴兵制度。ナダーシャは森に囲まれているので土は農業にはもってこいだが、働く者がいなければ収穫はない。
それでも徴兵を止めない為、困窮していくばかりだ。
だと言うのに、王子はこの度召喚された巫女姫にデレデレと鼻の下を伸ばし、大量の貢ぎ物を与えていた。
そして、この国の終わりを決定付ける事態がヨシュアの前で起こった。
「おいおい、そっちじゃねえだろ」
木の上から窓を覗き込み、部屋の中の行いを観察していたヨシュアは思わず呆れたような声が出た。
眼下には王や兵士に囲まれ、巫女姫の殺人未遂の罪で地べたに這いつくばらされた一人の少女。
亜人と違い魔力は低く、感覚も鈍い人間は誰も気付いていないようだが、ヨシュアには見えていた。
酷い扱いを受ける少女の周りに数え切れない精霊達が集まっているのを。
しかも全員怒りを露わにしており、窓の外にいるヨシュアにもぴりぴりとした魔力が伝わってくる。
「アホかあいつら、愛し子になにしてやがんだ。………あっ、あの兵士蹴りやがった、終わったな」
その場にいる人間には見えていないと分かっていても、呆れと苛立ちが混じった声が出る。
兵士が少女を蹴った瞬間、精霊達が憤怒の形相で兵士を睨み付ける。
何故これほどの怒気に気付かないんだと疑問に思うが、その方が幸せかもなとヨシュアは思い直す。
「どうしたもんかな………」
愛し子を見捨てるわけにはいかないが、そうするとこの国で諜報活動が出来なくなる。
ヨシュアには、まだ少し気になることがあった。
考え込んでいる内に少女は馬車に乗せられ城外へ。
方向からナダーシャの者が魔の森と呼ぶ所に連れて行くのだろうと予想した。
そこはヨシュアの祖母チェルシーがいる森でもある。
「ここは、ばあちゃんに頼むか」
ヨシュアは少女を追い掛けていく精霊を呼び止める。
「森に俺のばあちゃんがいるから、そこにあの子を連れて行ってやってくれ。
面倒見てくれるはずだから」
『ルリを傷付けない?』
「ああ、竜族には愛し子を傷付ける馬鹿はいないから安心してくれ。
その代わり、この国を潰すのだけは勘弁してくれないか?」
軽い物言いだがヨシュアの内心は真逆だ。精霊達は愛し子に危害を加えられたら国ぐらい簡単に壊してしまう力と影響力を持っている。
過去にもそうやって消えていった国は片手の指では足りないほどあるのだ。
しかも、ヨシュアの目から見て、今回の愛し子はかなりの数の精霊から加護を受けているようだった。
『えー、ルリを苛めるからいらなーい』
不満を訴える精霊に、どうしたものかと頭を掻くヨシュアは、閃いた。
「ほら、愛し子には一緒に召喚された友達がいただろ?あの巫女姫とかって言われている奴。
勝手に友達がいる国潰したら愛し子が悲しむと思うけどなぁ」
『ルリ悲しむ?』
「そうそう」
適当ではあったが、精霊は悩んだ末、渋々納得しナダーシャには何もせず少女の後を追っていった。
…………ほっとしたのも束の間、今度は巫女姫と祭り上げられた少女が愛し子の不在に気付き大騒ぎ。
自分達の行いを隠す為、竜王国に誘拐されたと罪をでっち上げた。
やっぱり精霊を止めなきゃ良かったとヨシュアが怒り心頭になるのは当然だった。
だが、その翌日、ナダーシャの神官達が魔法を使えなくなった。
理由は言わずもがな精霊達がボイコットしたからだ。
どうやら愛し子がナダーシャの行いに怒りの言葉を口にしたのを耳聡く聞いた精霊達が勝手に動いたようだ。
精霊達の行いに、ばあちゃん早く回収してくれと嘆くべきか、精霊達よ良くやった!っと応援すべきか迷う所である。
その数日後、無事愛し子を回収した旨と、ナダーシャの情報を求めるチェルシーの手紙が水鏡から届いた。
その中には愛し子の存在をまだ竜王国には知らせないようにとも書かれていた。
知らせてしまうとアゲット辺りが保護を理由に連れて行こうとしかねないので、愛し子がこの世界に慣れるまではチェルシーの所で預かるという。
特に反対する理由も無いので、今現在分かっている事だけをまとめ手紙を送ると、少ししてナダーシャで魔法が使えるようになった。
元々が魔力の少ない人間なので、亜人ほど大きな魔法は使えない。しかもほんの数日間の事だったので元から生活に魔法を使用していない国民の生活に然程大きな影響はなかったが、神官の権威と巫女姫への不信は大打撃だった。
魔法が使えなくなってからというもの、魔法が使える事で崇められ、ナダーシャで絶大な権力でやりたい放題している神官が、魔法が使えなければただの人以下の力しか持っていないと気付いた者。
戦争を仕掛けようと息巻く王を嗜める者。
繁栄を導く巫女姫がいながら、突然魔法が使えなくなった事で、巫女姫ではないのではと不信感を抱く者。
その火消しに王や神官が躍起になっている間、巫女姫は呑気そのものだった。
大騒ぎして探している自分の友人が、殺人未遂という嘘の罪状で追放されたのに、竜王国の行いだとでっち上げられた嘘を信じ込んでいる姿は、ヨシュアから見て滑稽そのものだった。
自分が良いように使われている事にも気付かない。
そしてその巫女姫の、たいして強くもない魅了に掛かり、言いなりの王子もまた、ヨシュアは嘲りで見ていた。
こんな国さっさと竜王国に取り込んだ方が国民の為だろうとヨシュアは思ったが、そう簡単にはいかない。
竜王国を始めとした四カ国同盟の取り決めの中には、他国への侵攻による領土拡大は固く禁じられている。
ナダーシャの方が竜王国に与するというのなら問題は無い。
実際に竜王国の周囲にあった国の中には、強い竜王の庇護を得ようと自ら竜王国の一部となった国もある。
だが、己を省みる事を知らないナダーシャの王や神官には無理な話だった。
竜王国が出来るのは、ナダーシャが侵攻した場合に返り討ちにする事だけ。
しかし、ヨシュアはよくよく考えてみる。
現在のナダーシャの国内状況を不安視している貴族は少なくない。
争いより国の平定に力を注ぐべきではと直接王に進言している者もいる。
そんな貴族達を黙らせたのが、繁栄を導くとされる巫女姫の存在だ。
巫女姫自身は友人を取り返すためではあるが、竜王国との戦争に乗り気のようだった。
繁栄を導く巫女姫が戦争を望んでいるのなら勝てるのでは無いか、と考えを改める者も出始めている。
だが、精霊により魔法が使えなくなった事で国内の分裂は加速し始めている。
ならば、旗頭となっている巫女姫がいなくなれば、王も多くの貴族が反対する中で戦争を仕掛けられないのではないか。
そんな考えがヨシュアの頭に過ぎる。
殺すまでいかずとも、巫女姫を動かしてナダーシャから出すことも可能だ。
そう、何も魅了が使えるのは巫女姫だけではないのだ。
ヨシュアも魅了が使える。それもヨシュアが特に得意とする魔法だった。
竜族で魔力の強いヨシュアなら魔力の弱い人間一人、簡単に操れる。
旗頭となっている存在を潰すのが一番簡単だが、その前にヨシュアには気になることがある。
一つの可能性を頭の隅に置き、ヨシュアは人が寝静まった夜中の神殿に侵入していた。
目指すのは巫女姫について書かれている予言書。
報告のため竜王国とを行き来しながら丹念に調べていった所、予言書は神官長が部屋で管理しているという事が分かった。
闇に紛れ、見回りの兵をかわしながら神官長の部屋へ忍び込むと、神官長が眠る寝室に風で眠り薬をまき、物音で起きてこないようにする。
探すのに骨が折れるかと思いきや、無造作に書斎の本棚に入れられており直ぐに見つかった。
その場で予言書に目を通したヨシュアは、重い溜め息を吐いた。
「やっぱりか………」
ヨシュアはずっと疑問を感じていた。
金色の髪と青い瞳。その珍しい色彩で選ばれた筈の巫女姫だったが、それが偽りだったと分かったのだ。
事実としてはカラーコンタクトの手持ちが無くなり、染められていない地毛が生えてきただけなのだが、嘘だと気付いた者が慌てて王へと進言したが、黒目黒髪もまた珍しいと王は一蹴した。
確かに目と髪の両方が黒というのはこの世界では珍しくはあるが、巫女姫はナダーシャに取って重要な位置付けにある。巫女姫たらしめる容姿が違っていると分かって即断できるものだろうか。
しかも、黒目黒髪の女は召喚された者達の中にもう一人いたのだ。
同じ色彩ならばもう一人の可能性もあるのに王は動じる事も無く巫女姫が巫女姫であると言い切った。
何故………?そんなヨシュアの疑問の答えは手にある予言書に全て書かれていた。
「どこまで腐ってやがんだ。これじゃあ下手に巫女を連れ出せねえ。
しかも、もしこれを愛し子が知ったらぶち切れるんじゃねえのか………?」
そうなった場合の被害を想像して、ヨシュアの背に冷たいものが流れる。
「やべぇ、まじやべぇ。これはばあちゃんに要相談だな、うん」
その後神殿から抜け出し、こつこつと日々ナダーシャの情報を集めていると、竜王都から帰還命令と共に次の仕事が舞い込んだ。
「ああ!?陛下の未来のお后を探してこいだって?しかも白金色の髪と瑠璃色の瞳を持つ人間って……」
ナダーシャにいる巫女姫と似た色彩だが、ナダーシャから出ていない事はヨシュアがよく分かっている。
「俺は諜報員であって陛下の女探しは仕事内容に入ってねえんだけどな」
とは言え従わないわけにもいかない。
それにこれだけ珍しい色彩ならば直ぐに見つかるだろうとヨシュアは思った。
「まさか巫女みたいに色を変えたりしてねぇだろうな」
色彩どころか種族を変えていたと知るのは、まだ先の事。




