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新しい住人



 四カ国の王と三人の愛し子で行われた食事会。

 霊王国の問題も片付き、当初の目的である会談も終わったので、後は帰るだけだ。

 それ故に多少羽目を外すことは予想されたのだが、瑠璃の嫌な面での予想は当たり、酔ったセレスティンに絡まれていた。



「今からでも遅くありません。私にジェイド様の竜心を渡しなさい!」


「いや、無理ですって。もう飲み込んじゃいましたから」


「吐くのです!」


「そんな無茶な」



 グビッと持っていたグラスの酒を流し込み、次の酒を注ごうとしているセレスティンを見て、瑠璃は止めに入る。



「ほらほら、飲み過ぎですよ、セレスティンさん」



 無理矢理酒瓶を奪うと、さらにセレスティンは絡んでくる。



「返しなさい! 私からジェイド様だけでなくお酒まで奪うのですかぁ!」


「目が据わってるー! はい、これ!」



 差し出したお水をセレスティンは素直に受け取ってちょっとずつ飲み始めた。



「このお酒味がないです」


「最近流行りの新しいお酒ですよー」



 そう言って誤魔化したら納得して飲み続けた。

 少し大人しくなったのでホッとしていと、瑠璃達のやり取りを笑って見ている二人がいる。



「ジェイド様も獣王様も止めてくださいよ」


「俺は普段散々面倒見てるんだから今日ぐらい許せ」


「私が入ったら余計にセレスティンは騒ぐだろう?」



 そう言って助けようとはしない。

 他を見ると、アデュラリアは大人らしく静かにお酒を嗜んでいる。


 その一方、セレスティンと同じように酒に酔ったラピスは気分が良くなって裸になろうと服を脱ぎ始めているのを、父親であるアウェインが叱りながら止めているところだ。



「脱がせろ~!」


「止めんか、馬鹿息子!」



 あちらも大変そうで、瑠璃はアウェインの気持ちがよく分かる。



「ルリは飲まなくてもいいのか?」


「今日は止めときます。明日朝早く町へ出る予定なので」


「聞いてないぞ」



 ジェイドは眉をひそめた。



「そうでしたっけ? 竜王国でお留守番の皆にお土産買いに行くんですよ。ちゃんとユアンが付いてきてくれるので大丈夫です」


「そこは普通、旦那である私を連れて行かないか?」


「だってジェイド様は色々と忙しそうだし。まだ船についての交渉が残ってるんでしょう?」



 セラフィが作った魔法具の船。

 獣王国と帝国の交渉が明日に控えていた。

 瑠璃としては気を使ったつもりなのだが、ジェイドは不服そうだ。



「ちゃんとジェイド様のお土産も買ってきますから」


「そういうことではない」


「ルリさん! またジェイド様とイチャイチャとぉぉ!」


「あー、はいはい。新しいお酒ですよ~」



 お酒と言いつつ水を渡す。

 そしてまたちょびちょび飲み始めるセレスティン。

 瑠璃はジェイドの機嫌を取りつつ、セレスティンの世話をしながら夜は更けていった。



 翌日、瑠璃は精霊とユアンと数名の護衛を連れて町に出た。

 城を出る時に一応セレスティンとラピスに声を掛けたが、二人とも二日酔いでベッドから起き上がれないもよう。

 やはり昨日お酒を飲まなくて良かったと瑠璃は思った。


 たくさんの店を見て回り、お土産をたくさん買い込んだ瑠璃は満足げに城へ戻ると、これまた満足そうなジェイドとクラウスとフィンが待っていた。

 ユアンは一目散にフィンに駆け寄り、先程購入したお土産を渡している。

 相も変わらずブラコンなユアンである。



「ご機嫌ですね、お二人とも」


「おかえり。ルリ」


「ただいまです。その様子だと交渉は上手くいったのですか?」


「ああ。とりあえず、獣王国と帝国に十隻の船の依頼を受けた」


「へぇ、すごいですね」



 感心する瑠璃に、クラウスが話す。



「それだけではなく、当初の予定通り、帝国の貴族からは値段を下げる代わりに竜王国の愛し子への接触禁止を求めて了承させました。今後瑠璃に近付いては来なくなるでしょう」


「それは助かります。貴族の人から色々とねだられても私じゃあどうすることもできませんし、貴族相手にどんな対応したらいいかとか分からないですから」


「ちゃんと苦情も言っておきましたよ。そちらのせいで一人の愛し子が行方不明になったと」



 決してベリルは行方不明ではないのだが、そう言った方が苦情も言いやすいのだろう。

 貴族の申し入れが切っ掛けでベリルが出て行ったのは事実なので嘘は言っていない。

 けれど、どこかすっきりとしたジェイドとクラウスを見るに、かなりの勢いで責め立てたことだろう。

 少し相手を不憫に思った。



 そうして、霊王国ですべきことを全て終わらせた竜王国一行は、行きと同じく船で帰途につくことになった。

 港から見える大樹を目に焼き付けてから、瑠璃は船に乗り込んだ。

 帰りは海賊も現れなく平和そのもの。しかし……。



「また会えるなんてもうこれは運命だね。君もそう思うだろう。きっと、俺達は前世から巡り会うべくして出会った運命の相手なんだ」



 そう言って瑠璃の手を握るギベオンに瑠璃は現実逃避をしたくなった。



「どうしているの?」


「それは勿論、俺達が運命で繋がっているからさ」


「そうじゃなくて、国外追放は?」


「うん、だから現在進行形で国から出てるじゃんか」


「いや、まあ、確かに」



 竜王国に向かっているのだから、確かに霊王国国外には出ている。



「まさか竜王国に来るの? なんでまた」


「竜王さんが俺に一緒に国に来ないかって誘われてさ。俺も特に行くとこなかったから。それにあんなに熱烈に口説かれたら俺も悪い気しないし、竜王国にはルリがいるって気が付いたんだ。つまり、旦那公認の君の愛人ってことだよな」


「違ーう!」



 瑠璃の手を握っていたギベオンの手を手刀で叩き落としたのは、ギベオンを誘ったジェイドだ。

 ジェイドはギベオンを射殺しそうな目で睨み付けた。



「私は行くところがないならば、うちに来たらどうかと提案しただけだ。熱烈に口説いてもいないし、断じてルリに触れることを許した覚えはない!」


「いいんだよ、恥ずかしがらなくて。竜王さんの気持ちはじゅうぶん受け取ったから。けど、俺は女の子が好きなんだ。ごめんな」


「ちょっと待て。お前はどんな勘違いを起こしているんだ! 私はルリという妻がいるんだぞ」


「安心してくれ。ルリの愛人として立派にルリを癒すから」


「ふざけるな!」



 堪忍袋の緒が切れたジェイドがとうとう剣を取り出してしまった。

 ジェイドが振り下ろした剣をギベオンがひょいっと避ける。



「ルリだけじゃなくて竜王さんも相手して欲しいの? 俺ってば男にも惚れられちゃって、罪な男だよ、ほんと」



 おちょくるように鏡を取り出して自分をうっとり見つめるギベオンを見て、ジェイドのこめかみに青すじが浮かぶ。



「……殺す」



 そこからは「落ち着いてください、陛下!」とフィンが止め、「からかうのは止めなさい、ギベオン!」とクラウスがギベオンを叱り付ける。

 揉み合いになっていると、ジェイドの剣がギベオンに向かって飛んでいった。



「あっ、危ない!」



 大怪我ではすまないと瑠璃は焦ったが、剣はギベオンに当たると弾き飛ばされた。

 呆気にとられる一同に、ギベオンはひょうひょうと言う。



「俺には光の精霊の祝福があるから、結界張ればこれぐらいじゃ怪我しないんだよねぇ」



 陽気に答えるギベオンを見て、ジェイドは凶悪な笑顔を浮かべる。



「なるほど。では存分に遊んでやるとしよう。死ぬなよ」



 落ちた剣を拾ったジェイドは剣を構えると、飛び掛かった。



「えー、無理無理。やだー!」



 顔を引き攣らせて逃げるギベオンと、追うジェイド。

 フィンとクラウスは止めることを諦めたようだ。

 と、そんな感じで、なんとも賑やかな帰り道だった。

 竜王国の城に戻ってきた瑠璃は、ジェイドとギベオンと共にユークレースの執務室を訪れた。



「おかえりなさいませ、陛下。ルリもおかえり」


「ただいま帰りました。はい、ユークレースさんにお土産です」



 霊王国で人気の口紅を渡すと、ユークレースは嬉しそうに受け取った。



「ありがとう」



 にっこりと微笑むユークレースは、眩しいほどに美人だ。

 そんな美人を前に、ギベオンが心動かされぬはずがなかった。

 ユークレースの前で跪き、キリッとした顔でユークレースの手を取る。



「はじめまして、綺麗なお姉さん。竜王さん公認のルリの愛人ギベオンです。でも、お姉さんなら俺は恋の奴隷になってもいいです」


「……ルリ、あなたまた変なの持って帰ってきたわね」



 呆れた眼差しを向けられるが、そんな目を向けられても瑠璃も困る。



「今回は私じゃなくてジェイド様ですよ」



 文句ならジェイドにと指を差す。



「陛下が?」



 ジェイドは苦虫をかみつぶしたような顔をする。



「少し血迷ったようだ。できれば返品したいが、この者は霊王国を国外追放になっていてそれもできない」


「国外追放って彼は何をしたんですか?」



 そこから、霊王国での事件のあらましを説明して、どうして国外追放になったかの経緯と、ジェイドが同情して勧誘したことを話した。



「陛下、いくら元王子とは言え、犯罪者を連れてくるのは軽率だったのでは?」


「ああ。今心の底から後悔している」



 散々な言われようにギベオンは手で顔を覆い嘆いた。



「ひっでぇ。俺だってそんな生き方したかったわけじゃないのに」



 泣いているように見えるが、涙が出ていないのは全員が分かっている。

 だが、確かに同情すべき点はなくはない。



「まあ、本人は反省しているようなので、城で雇ってあげてくれませんか?」



 城でと言ったのは、外に出して問題を起こされては困るからである。

 決してギベオンを信用してではない。

 しかし、ギベオンは瑠璃の言葉に大袈裟に喜ぶ。



「ルリ! やっぱり俺の運命の人。しっかりルリの愛人として頑張るから任せてくれ」



 そう両手を広げて瑠璃を抱き締めようとしたのを、すんでのところでジェイドが阻止する。



「私がいながらルリに愛人など必要ない。そんなもの許すはずがないだろう! お前はユークレースのところで雑用でもしていろ!」


「えー。俺はルリの愛人がいい~」


「駄目だ! ルリは私のものだ」


「独占欲の強い男って嫌われるって。愛人の一人ぐらい許す甲斐性がないとさ」


「そんなものいらん!」



 ジェイドがここまで他人に敵意むき出しなのも珍しい。

 基本穏やかで平和主義なのだが、番いへまとわりつく虫にはその平和主義は適用されないらしい。

 とりあえず離して欲しいなと、ジェイドにぎゅうぎゅうと抱き締められている瑠璃は思った。


 結局、ギベオンはユークレースのところで引き取られることに決まった。

 ギベオンは最後まで文句を言っていたが、綺麗なお姉さんと一緒に働けるのでまんざらでもない様子。

 その綺麗なお姉さんが、実は男だということはしばらく黙っておこうと瑠璃は決めた。

 知ったら一気にやる気をなくしかねない。


 そうして半ば押し付ける形でユークレースにギベオンを託した瑠璃は、ジェイドの執務室に移動した。

 そこにはクォーツが代わりに座って王の仕事をしていた。



「おかえり、ジェイドにルリ」


「留守の間ありがとうございました、クォーツ様」


「光の精霊が突然霊王国に行くって言うからびっくりしたけど、そちらは大丈夫だったのかい?」


「ええ。おかげで解決しました」


「それは良かった。だけど、ルリは愛人を連れ帰ってきたんだって?」



 その顔はからかう気満々の笑顔だ。 

 一方のジェイドの機嫌は下降していく。

 誰から聞いたんだと思ったが、部屋にはすでに戻ってきていたらしい光の精霊がソファーでお茶を飲んでいる。

 どうやら瑠璃達がユークレースのところで話をしている間に、クォーツは光の精霊からある程度のことを聞いていたようだ。



「面白い拾いものをしたね。私も後で挨拶に行こうかな」


「全然面白くありませんよ」


「けど、ルリはまんざらでもなかったりしてね」



 はははと冗談で笑うクォーツだが、ジェイドは違う。



「そう言えばルリはああいうのがタイプだと最初に言ってたな」



 じとっとした眼差しは瑠璃を責めているよう。



「ああ、それはいけないね。ちゃんとそういう時はじっくり話し合った方がいい。寝室で」



 クォーツのアドバイスに、ジェイドは頷く。



「なるほど。話し合いですか……」



 何故か身の危険を感じ、じりじりと後ろに下がる。



「いやいや、ジェイド様。同調が終わるまで触るの以外なしですよ」


「そうだな……」



 逃がさぬように瑠璃の手をジェイドが握ると、温かいものが流れてくるのが分かる。

 これは同調のために魔力を流しているんだなと分かったが、なにやら今回は様子が違う。

 胸の奥が熱く熱を持ち、ぎゅっと一カ所に集まるような感覚がする。

 思わずうずくまる瑠璃に、ジェイドが焦る。



「ルリ、どうしたんだ?」


「おや、これはもしかして……」



 クォーツだけは知った顔で落ち着いている。

 すると、瑠璃を襲う熱は急に冷めていった。

 まるでなにごともなかったかのようにケロリとする瑠璃にジェイドは安堵の顔を見せ、瑠璃も何が何だか分からない顔をする。

 そんな中でクォーツは突然の拍手をする。

 キョトンとする二人にクォーツは言った。



「おめでとう、ルリ、ジェイド。どうやら同調が終わったようだね」


「今のがそうなんですか?」


「体のどこかに証が出ているはずだよ」


「どこか?」



 瑠璃は手や顔をペタペタと触っていると、ジェイドが瑠璃の首筋を指で触れた。



「ルリ、ここだ」



 瑠璃が触れると、固い感触がする。

 空間から手鏡を出して見てみると、ジェイドの瞳の色と同じ、鱗が瑠璃の首にくっついていた。



「竜心と同じ鱗が体のどこかに浮かび上がることが同調が完了した証だ」


「へぇ、これがそうなんですか」



 感心して見ていると、瑠璃は急にジェイドに抱き上げられる。

 驚き目を丸くする瑠璃に、ジェイドはそれはもういい笑顔を浮かべる。



「確か、同調が終わればキスしてもよかったんだったな?」



 瑠璃はとてつもなく嫌な予感がして顔を引き攣らせた。



「クォーツ様。もうしばらく王の代行をお願いします」


「いいよ。任された」



 クォーツはグッと親指を立てて満面の笑顔。

 ジェイドもそれに応えるような笑顔で、瑠璃を抱きかかえたまま私室へと消えていった。

 後日解放された瑠璃は、ジェイドにヤキモチは焼かせまいと心に刻んだのだった。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] 作品全体を通して犯罪者に甘すぎるなぁ
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