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ギベオン



 犯人も捕まえ、聖獣も戻ってきて一件落着。めでたしめでたし。……とは簡単に行かなかった。


 なにせ筆頭貴族の側室と娘が、聖獣誘拐だけでなく前回の聖獣毒殺事件にも絡んでいたというのだから、その影響は計り知れない。

 今後モルガ家は微妙な立場に立たされることだろう。


 まあ、そこは他国の者である瑠璃達には関係のないことだ。


 霊王もあまり詳しくは内情を説明してはくれなかったが、そこは風の最高位精霊であるコタロウがいる。


 コタロウが集めた情報によると、スピネル親子は捕らえられた後で尋問を受けた。

 母親の方は掴まってもなお悪びれる様子もなくぎゃあぎゃあ騒いでいたようだが、スピネルの方は大人しく答えているらしい。

 少々虐めすぎたかと瑠璃は思ったが、やって良いことと悪いことがあるので後悔はない。



 スピネル親子の証言により、だいたいの事件のあらましが分かった。



 始まりは前回の聖獣毒殺事件。

 これは母親が娘をジェイドに嫁がせようとしたのが発端だった。


 親の目から見ても美しい娘を地位の高い相手に嫁がせて、モルガ家の中での発言力を強くしたいと考えた。

 そこで目を付けたのがラピスだ。

 惚れっぽいラピスのこと、娘と会わせればすぐに飛び付くと考えた。

 約束を交わしてしまえばこっちのもの。

 まだスピネルは幼かったが、モルガ家の娘である。

 そんなモルガ家の娘と一度でも交わした約束を反故になどできないと考え、そのまま正妻の座に座ってしまえばいいと母親は企んだ。

 しかし、ラピスはまだ子供のスピネルには一切興味を惹かれることはなく、あまりに強引すぎた母親の押し売りに逃げ回るようになった。



 このままではどうしようもないと考えた母親の次の標的がジェイドだった。


 スピネルにありもしない約束を教えてジェイドに好意を持たせた。それはもう洗脳と言って良かったかもしれない。

 そして、ジェイドにスピネルを会わせようとしたが中々ジェイドに会わせるのは難しかった。


 なにせ当時からアゲット達の嫁攻撃に辟易としていたジェイドは、未婚や未婚の子がいる女性を側に寄せ付けなかったのだ。

 このままでは夢と消える野望に歯噛みする母親は、ひょんなことから聖獣の秘薬を知る。


 滅多に帰ってこない当主の部屋を漁り、秘薬の作り方を知った母親は、スピネルを使って世話係を籠絡させた。 

 真面目だった青年はスピネルに呆気なく傾倒し、スピネルの言うままに動いた。


 そうして殺された聖獣は、手に入れる前にコタロウに捧げられる。

 世話係も捕らえられてしまい、彼の口からバレることを恐れた母親は、殺し屋を雇い彼を殺した。



 よく樹の精霊の目を掻い潜って殺せたものと不思議だったが、コタロウが懸念した通り、その殺し屋は呪術を使えたようだ。


 よくもまあ、都合良くそんな者を見つけられたものだ。

 それに関しては本当にたまたまだったようだ。

 残念ながらその殺し屋を見つけることはできなかったが、その殺し屋と取引した契約書が見つかった。

 そこにはご丁寧に呪術での殺害依頼と書かれ、血判までされていた。


 そうして証拠を隠滅した母親は、最近聖獣に子供が産まれたことを知り、小さな聖獣ならより捕まえやすいのではないかと、犯行に及んだ。


 その誘拐を依頼されたのが、ギベオンである。


 瑠璃達は聖獣を誘拐したギベオンから話を聞くことになった。

 ギベオンに関してはどうやら光の精霊が関与していると本人からの訴えで、ジェイドと瑠璃も尋問の場に同席が許された。


 未だ縄でグルグル巻きにされているギベオンは、不貞腐れたように床であぐらを掻いている。

 瑠璃達は椅子に座って尋問が始まった。



「お前のその服装。それはアイオライト国のものだな?」



 アウェインの問い掛けに、ギベオンはツーンと顔を背ける。

 それを見てラピスが精霊達に願う。



「やっちまえ」


『はーい』



 精霊達は嬉しそうにギベオンを囲み、全身くまなくくすぐり始めた。



「ぎゃあぁぁ!」



 ギベオンが苦しんでいる間に瑠璃はジェイドに質問する。



「ジェイド様、アイオライト国って?」


「霊王国からほど近い所にあって、少し前に滅んだ国のことだ」

「彼はその国の人ってこと?」


「どうなんだ?」



 ジェイドが問い掛ければ、息も絶え絶えのギベオンが「そうだよ……」と答える。



「お前はモルガ家の側室とその娘の依頼により立ち入り禁止区域に侵入し聖獣を誘拐した。以上のことに相違ないな?」



 アウェインは書類を片手につらつらとそこに書かれていることを読み上げて最後に確認する。



「…………」


「答えないならまたやるぞ」



 ラピスの脅しにギベオンはびくりと体を震わせる。



「本当ならもっときちんとした拷問をしても良かったが、ここには女性がいるからこれで許してやるんだ。ちゃんとした拷問がお望みならそうしてやるが?」



 にやぁと笑ったアウェインとラピスは、その目つきの怖さも相まってさらに怖さが増している。

 顔面凶器親子のコンビにギベオンの顔が青ざめる。



「そうだよ、その通りだよ! これで文句ないだろ!」


「聞きたいことはそれだけではない。いったいどうやって聖獣をさらった? この城と森は樹の精霊により守られている。そんな樹の精霊すら気付かせずにお前は聖獣をさらってみせた。どうやったんだ!?」



 鋭い眼光を飛ばすアウェイン。

 その問いにギベオンが答える前に光の精霊が口を挟んだ。



「その件に関しては私が説明する。どうやら私が関係しているようだからな」


『そういえばそんなこと言ってたわね。どういうこと?』



 リンはパタパタと光の精霊の周りをくるりと飛ぶ。



「あれは二十数年前だったか。私は滅びる前のアイオライト国にいた。当時セラフィの生まれ変わりを探していたクォーツについてその国を訪れた時、その国の王妃に少し世話になってな。礼に何が良いかと問うたら、王妃は自分の子供に祝福が欲しいと言った。王妃はお腹に子を宿していたようでな。まあ、それ位ならばとお腹の子に祝福をしてやったのだよ」



 それがギベオンに繋がるのか分からない瑠璃は首を傾げるが、察しの良いジェイドやアウェインは驚いたようにギベオンに視線を移した。



「まさか、その時の子というのが?」


「ああ、そこにいる男だ」



 そこまでくれば瑠璃も理解する。



「えっ。ということは、彼はアイオライト国の王子様ってこと?」



 全員の視線を一身に浴びるギベオンは「はーい。そうでーす」と、場違いなほどに明るく答えた。



「まさか祝福を与えた子がそれを悪用しているとは思いもしなくてな。実際に会うまですっかりそのことを忘れていた」



 光の精霊は少し困ったように息を吐いた。



「えっと、祝福って何? 私がコタロウやリンとしている契約とは違うの?」



 瑠璃の素朴な疑問にリンが答える。



『契約は今さら話さなくても分かっているでしょう? 祝福は契約とは違ってその精霊の力の一部を貸し与えるのよ。祝福を受けた者はその力を使うことができるの。他にもその属性の力を使いやすくしたりメリットはたくさんあるわ』


「へぇ」


『けど、なるほどね。どうりで樹のどころかコタロウの力でも見つけられないはずよ。光のの力で張った結界なら、精霊にすら察知されずに姿を消して侵入することができるもの』


「すごいだろう」



 得意げに胸を張るギベオンの頭を、ラピスは苛立たしげにベシッとはたいた。

 それはきっと全員の気持ちを代弁していたことだろう。

 アウェインは頭痛がするようにこめかみを押さえた。



「なるほど、どうやったかは分かった。だが、アイオライト国の王子がどうしてこんなことをしている?」



 滅んだ国とは言え、元王子がこんな犯罪を犯すなど、彼に何があったのか。



「だいぶ前に母国が滅んでさ、王族は両親含め隣国に処刑された。けど、俺だけはなんとか逃げ出すことができたんだが、それまで大事に育てられた箱入りの坊ちゃんだ。生きて行くにはそれなりに手を汚さなくちゃならなかった。何でもしたよ、生きていくためにさ。少し前までは海賊にいたなぁ。でもその海賊もつい最近竜族の船に返り討ちに遭ったとか言ってたっけか。俺ってむっちゃ運が良いよな」



 それは霊王国に来る時に遭遇した海賊ではなかろうか。

 瑠璃はジェイドと顔を見合わせたが、定かではない。



「仮にも王子だった者が海賊とは……」



 アウェインも呆れている様子。



「行き当たりばったりなのは俺も承知さ。でもさ、他にどんな生き方がある? 王になるための勉強は教えられたが、庶民としての生き方までは教えられなかった。どうしたら俺は正解だったんだ?」



 どこまでも澄んだ瞳がアウェインを見据える。



「そうだな。少し軽率な発言だった」



 アウェインにも、ここにいる誰にも、ギベオンの苦しみは分からない。

 手を汚さなければ生きていけないほどに追い詰められていた者の気持ちを理解できるものはここにいない。


 犯罪なんていけないのは当然だ。

 だが、ギベオンにとったらそんな言葉は偽善でしかない。

 衣食住に困らない生活をおくってきた者に何を言われても、ギベオンは微塵も心動かされないだろう。


 しかしだ。

 確かにギベオンの境遇は同情すべき点はある。

 だが、聖獣を誘拐したという事実が消えるわけではない。

 アウェインは少し迷っているようだ。



「我が国において、聖獣は精霊と同じぐらいに大事な象徴だ。その聖獣を誘拐した罪は重い。故に、お前には国外追放とし、二度と霊王国の地に足を踏み入れることは許さない」



 その罰にはギベオンも驚いたようだ。



「本気か? それって俺にはおとがめなしみたいなものだぞ?」



 ギベオンは元々この国の人間ではないのだ。



「追って正式な沙汰を出す。それまでは牢にて反省していろ。連れて行け」


「はっ!」



 ギベオンは信じられないような顔で兵士に連れて行かれた。

 ギベオンがいなくなると、アウェインは疲れたように深い溜息を吐く。



「良かったのか?」



 ジェイドが問い掛ける。



「今回は誰一人怪我人が出ていなかったからな。彼が前回の聖獣毒殺に関わっていたり、今回被害が出ていたら話は変わっていた。だが誘拐されてた聖獣も丁寧に扱われていたようで、また彼と遊びたいと乞われた時にはどうしたものかと頭が痛くなったぞ。それに、アイオライト国の王子というならなおさら下手に処罰はできない。今はなくなったとは言え、アイオライトの国民は健在だ。霊王国がアイオライト国の王子を厳しく罰したら元アイオライト国民の反発が起こるかもしれない。ただでさえあの国は隣国に虐げられていて鬱憤が溜まっているからな。国外追放ぐらいが落としどころだろう」


「そうか」


「今回は色々とこの国の問題に巻き込んでしまってすまないな。特にルリには迷惑を掛けた」



 謝るアウェインに、瑠璃は手を振る。



「いえいえ、ちょっと噂が立ったぐらいで私は問題ありませんよ」


「そう言ってもらえて助かる。今日は詫びも兼ねてたくさんの料理と酒でもてなしをさせてもらう」


「嬉しいですけど、できればセレスティンさんにはあんまりお酒を勧めないでください」



 セレスティンの酒癖の悪さを知る面々はクスクスと笑った。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] かなりの被害を受けてるのに誰も祝福を取り上げろと言わないこと 主人公の周りだけ犯罪者に対して甘くなること 呪術に対して精霊の最上位でも対応できないこと [一言] 精霊が万能だと事件が…
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