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聖獣誘拐事件



 瑠璃はコタロウとリンと精霊達だけを連れて、城の裏手にある聖獣が暮らす森に来ていた。


 護衛は連れて来ていない。

 聖獣の暮らす森は神聖な場所で、決められた者以外はそもそも立ち入り禁止の場所なのだ。


 しかし、コタロウが聖獣の体をもらったということで、是非ともお礼をしたいと瑠璃が言ったため、愛し子の願いならば聞かないわけにはいかないと、アウェインの許可が出た。



 本当ならば前回新婚旅行で霊王国へ来た時に訪れるべきだったのだが、その時はすっかり忘れてしまっていた。

 帰る時になって思い出し、次に霊王国に行く機会があれば絶対に聖獣に会いに行くと決めていたのだ。



 念願叶って森へ行く許可を得た瑠璃は、ご機嫌でコタロウ達を引き連れて森へ向かう。

 出掛ける前にジェイドが護衛もなしに行かせるのは……と難色を示したが、そこはコタロウとリンが守ってくれるからとごり押しした。

 ジェイドも、最高位精霊というこれ以上にない護衛を出されては反論もできず泣く泣く瑠璃を送り出してくれた。


 そうして意気揚々とやって来た森。そこにはもふもふパラダイスがあった。



「大っきなコタロウがたくさんいる」



 コタロウよりも一回りも二回りも大きなコタロウがそこかしこにいる。

 木陰で寝ていたり、複数でじゃれあったりと、まさにもふもふの天国。

 ジェイドも連れてくるべきだったかもしれないと思ったが、ジェイドは猫のような小動物が好きなのであって、同じもふもふでもコタロウのように大きな生き物にはそれほど惹かれないらしい。

 もったいないと瑠璃は思った。

 瑠璃は大きさなど関係なく、もふもふなら大歓迎だ。



 飛び付きたい衝動を抑えてゆっくりと近付く。

 アウェインによると聖獣は知能が高く、人の言葉をちゃんと理解できるほどに賢いのだという。

 そこらの獣とは違うようだ。

 なので瑠璃も動物に対すると言うよりは、対等な存在としてきちんと礼を尽くす。



「はじめまして。瑠璃です!」



 お辞儀をすると、周辺にいた聖獣が瑠璃に注目してぞろぞろと集まってきた。

 大人しい生き物だと聞いてはいたが、あまりの迫力に後ずさりしそうになるのをグッとこらえた。

 集まってきた聖獣の中で、一際大きな聖獣が瑠璃の前でお座りをし瑠璃の手に鼻を押し付けた。

 スンスンと匂いを嗅いだかと思うと、突然空に向けて咆哮すると、それにつられるように他の聖獣も遠吠えをする。



「えっ、えっ?」



 何が起こったか分からない瑠璃は戸惑うが、コタロウが横に来て説明する。



『ルリを歓迎すると言っている』



 自分が何かやらかしたわけではないと知ってほっとする瑠璃は、鳴き声が止んだところで聖獣達にお礼を言う。



「コタロウに体を譲ってくれてありがとうございます。まだ子供だったのに……。大切にするから安心してください」



 一番大きな聖獣は、瑠璃の目をじっと見つめたかと思うと、鼻先を瑠璃に擦り付ける。

 甘えるようなその仕草に、瑠璃は恐る恐るその聖獣の頭を撫でた。

 コタロウよりも若干しっかりとした毛の質をしており、その毛量は手が埋まりそうなほど。



「もふもふ……」



 自然と表情が緩む。



『どうやら、ルリは認められたようね』


『う、うむ……』



 コタロウは自分以外をもふもふして喜ぶ瑠璃の姿がなんとなく気に食わない様子。

 瑠璃はそれに気付いていなかったが、リンは小さく笑っていた。


 それからは代わる代わる聖獣が瑠璃に挨拶代わりに鼻先を擦り付けていく。

 その度に頭を撫でる瑠璃は、あることに気が付く。



「皆コタロウより大きくて、小さな子はいないのね?」


『いや、どうやら最近産まれた赤子がいるらしいが、森のどこかで遊んでいるらしい』


「赤ちゃんを放っておいて大丈夫なの?」


『赤子と言っても野生の生き物だ。人間の子のように歩くのに大人の手を必要とするわけでもない。それにこの森には聖獣を捕食するような天敵となる生き物はいない。自由に動き回っていても危険はないだろう。それにどうやら樹のが目を行き渡らせているようだ。以前来た時はそんなことなかったのだが、何かあったようだな』


「何かって?」


『そもそも我のこの体は子供だ。なのに死んだ。天敵のいないはずのこの森でだ。きっとその辺りのことで問題が起きたのだろう。だが、それは我には関係のないことだ』


「まあ、確かにそうだけど……」



 精霊達の、このドライさは未だに付いていけない時がある。

 瑠璃のことになると過保護なほどに守ろうとするくせに、他のことに対したら途端に冷たいほどに興味をなくす。

 それが精霊であり、そんな精霊に興味を抱かせるのが愛し子だ。

 そう考えると、愛し子というのはかなり特異な体質だと思う。


 帝国の貴族というのが、愛し子を欲しがるのも無理はないのかもしれないが、幸いなことに帝国の貴族とは鉢合わせていない。

 どうやら、ずっと姿が見えないフィンとクラウスが裏で色々と動いているからのようだ。

 全てが終わったらお礼を言わなければなと思いながら、つかの間の時間を過ごした。




***




 翌朝、朝食を終えて城内をジェイドや精霊達と散歩していると、なにやら兵士が慌ただしく行き交っており騒々しい。



「なんでしょうね?」


「何かあったのか?」



 不思議に思いつつ歩いていると、アウェインとラピスの姿を見つけた。

 アウェインは怒鳴るように兵士に指示を出している。



「念のため城外も探すんだ! 森ももう一度くまなく探せ! もしかしたらどこかの穴の中にいるかもしれない。ラピスの方はどうだ?」


「今、探してもらってる。けどまだ見つかってない」



 険しい顔をするアウェインとラピス。

 並んで同じような表情をしていると、二人が親子であることがよく分かる。

 だが、それは今は置いておいて、どうやら問題が起こったらしい。

 ジェイドと共にアウェインに声を掛ける。



「アウェイン、どうかしたのか?」



 ジェイドに気付いた兵士が道を開ける。



「ああ、ジェイドか。いや、少しな……」



 曖昧に誤魔化すアウェインは、瑠璃の隣にいるコタロウに気付くとじっと見つめる。

 そして、コタロウの前に膝をつく。



「風の精霊殿、どうか手を貸してはいただけないだろうか?」


『我は手を貸す理由はない』



 素っ気なく断るコタロウに、アウェインは残念そうにしながらもそれ以上言葉を重ねることはなかった。

 精霊が、興味のないことには何を言っても無駄だと分かっているのだろう。

 しかし、困っていそうなアウェインを見て、瑠璃が知らぬふりをするはずがなく……。



「霊王様、何があったんですか? コタロウで力になれること?」



 アウェインは迷っている様子だったが、瑠璃を見て、コタロウを見てから、重い口を開いた。



「実は、聖獣の子供の姿が見当たらないのだ。それで聖獣達が騒いでいてな」


「えっ、大変じゃないですか! あっ、それでコタロウに探してもらおうと?」


「その通りだ」



 瑠璃はコタロウに視線を向けた。



「コタロウ」



 懇願するような瑠璃の眼差し。

 瑠璃ならばその選択をするだろうなと悟った眼差しで、しかしコタロウはすぐに了承しなかった。



『樹のはどうした? あそこにはあれの力の気配があった。樹ののならばわざわざ我に探させなくとも分かるのではないのか?』


「それが、樹の精霊にも分からないようなのだ」


『なんだと?』



 その時、どこからともなく声が降ってきた。



『風の、私からも頼もう。聖獣の子を探してくれ』



 周囲から「樹の精霊様だ」という声が聞こえてくる。



『お前では分からないのか?』


『分からない。聖獣は決して森からは出ない。つまり、どうやったのか、私の目を掻い潜って聖獣をさらった者がいるようだ』


『樹のの目を掻い潜るなど不可能に近いぞ』


『分かっておる。だが、現に聖獣はもう森にはいない。探すには風の力が必要だ』


『……仕方ない』



 溜息を吐くようにコタロウが了承した。



『助かる』



 その言葉を最後に、樹の精霊の声は聞こえなくなった。

 そして、コタロウを中心に風が巻き起こり、周囲へ霧散する。



『範囲が広い。少し時間が掛かる』


「感謝いたします」



 アウェインはコタロウに最上位の礼をした。



「それにしても、いつから聖獣の子はいなくなったんですか?」 



 昨日瑠璃が森に行った時には見ていないのでなんとも言えない。



「気が付いたのは今朝のようだ。聖獣達も、森は安全だからと子供を好きにさせていたようだが、今朝世話係の者が食事を持っていったが姿を現さなかった。それで樹の精霊に場所を探してもらったが分からずじまいでな」



 仲間意識が高い他の聖獣も騒いでいて、抑えるのに大変だとアウェインは疲れたように息を吐く。

 そんな時。



「私、昨日竜王国の愛し子が森へ行くのを見ましたわ」



 突然の声の発生源は、いつの間にいたのか分からないスピネルだ。

 どうやら瑠璃達の話を聞いていたようだ。



「森は一部の者以外立ち入り禁止の場所。ならば子を誘拐する機会があったのは愛し子だけではありませんか?」



 スピネルの言葉に動揺が走る。



「だって、部外者で森に入ったのは竜王国の愛し子だけですもの。それに愛し子にはすでに聖獣を側に侍らせています。他にもまた欲しかったのではないですか?」



 このままでは犯人にされかねないと思った瑠璃は慌てて否定する。



「昨日、私が行った時には聖獣の子供とは会ってないわ」


「そんなこと、何とでも言えます。だって、森には他に護衛を連れて行かなかったのでしょう? 誰も見てないんですから」


「精霊が一緒よ」


「精霊なんて、目に見えないものなんて証人になりませんわ」


「それはあなたが見えないだけで、ちゃんと側にいたわ」



 精霊を認めようとしないスピネルに、段々瑠璃は苛立ってきた。



「精霊なんて……」


「それまでだ!」



 まだ言い募ろうとするスピネルの言葉をアウェインが遮った。

 もし、あのまま続けさせていたら、スピネルは取り返しの付かないことを口にしていたかもしれない。

 アウェインに助けられたことにも気付かず、スピネルは眉を寄せて不機嫌そうにしている。



 最初は礼儀のちゃんとしたご令嬢だなと思っていたが、とんでもない地雷娘だ。

 瑠璃を犯人扱いするスピネルに、コタロウを始めとした精霊達が今にも怒りを爆発させようとしている。


 どうやらこの場にいる者の中でそれが見えていないのはスピネルだけのようで、周囲の兵士などは顔面蒼白になっている。



「スピネルは自分の言葉に気を付けろ。彼女は愛し子であり、竜王国の竜妃だ」



 さすがに肉体を持つコタロウの姿は見えているはずなのだが、スピネルには目に入っていないのか。

 そして、目に見えるコタロウという精霊が目の前にいて、それでも精霊を否定するのは、霊王国の筆頭貴族の娘としてかなりの問題発言であることに気付いているのか。


 スピネルの様子を見ると分かっていないかもしれない。

 自分の何が悪くて霊王に叱られたか理解できていないように見える。



「精霊達に問いたい。ルリは聖獣の子をさらったか?」


『それはありえない』


『ええ、ないわね。私達が証言するわ』


「ということだ。他の者も馬鹿な発言に惑わされぬように」



 アウェインはわざわざコタロウとリンの口から瑠璃が犯人でないことを証言させた。

 精霊は嘘をつかない。

 たとえ、愛し子のためだとしてもだ。

 それを分かっているスピネル以外の者は納得し、それぞれの仕事に向かっていった。

 そして、それに紛れるようにしてスピネルはいつの間にか姿を消していた。

 その後大変だったのは瑠璃だ。



『あいつむかつく~』


『再起不能にしちゃう?』


『ルリに近付けないようにしちゃおうよ~』


「駄目駄目、駄目だからね」


『え~』



 精霊達は何故止めるのかといっせいに不満の声を上げる。

 ここはコタロウとリンに助けを求めようとしたが……。



『ルリ、やってしまおう』


『そうそう。ひと思いにぐしゃっと』



 そう、真剣な顔で言う二精霊に、瑠璃はがっくりとした。



「申し訳ない。あれは私の国の者。できれば我が国で解決させてもらいたい」



 相手は最高位精霊。

 アウェインは下手に出つつ、最悪の事態は回避しようと必死だ。



『けど、ムカつくわ、あの女』


『同感だ』



 リンはコタロウの周りをクルクルと周りながら不満そうにしている。



『精霊を信じていないのは仕方ないけれど、それを理由にルリに喧嘩売るって馬鹿なの? この国にだって愛し子がいるでしょうに。ちゃんと教育してるのかしら?』


「返す言葉もない」



 アウェインが申し訳なさそうにするが、ラピスの話によれば、悪いのはモルガ家の教育方針のせいだろう。



「モルガ家には再度警告をしておく」


『それで改善するとは思えないけどね。まっ、またルリが犯人扱いされるのは癪だから私達も犯人捜し手伝ってあげる』


『頑張るー』


『やるぞー』


『おー』



 盛り上がる精霊達を見たジェイドはものすごく不安そうな顔をした。 



「ルリ、ストッパー役を頼んだ」


「止められる自信がないんですけど、頑張ります……」



 このままだと精霊の暴走で霊王国に迷惑を掛けかねないと思った瑠璃は、自信なさげに捜査に加わることにした。






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― 新着の感想 ―
主人公を解決役にしたり寛大な優しいキャラにしようとすると愚かなボンクラだらけになる…という典型ですねぇ…
[一言] 流石に侮辱が過ぎるので、しかも他国からの賓客なのに 罰が無いのはおかしい
[良い点] 更新再開してからも、楽しく読ませて戴いてます。 [気になる点] う~ん、霊王国で処罰するはずだったのでは? また普通に瑠璃達の元に来て、再び問題発言を繰り返してる。 いくら筆頭貴族家とは言…
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