浮気発覚?
愛し子同士でお茶を楽しんでいたら、四カ国のトップが続々と入ってきて加わった。
どうやら王同士の話は終わったようだ。
当然のように瑠璃の隣に座り、瑠璃の口に一口サイズのお菓子を食べさせようと持ってくるジェイドに、セレスティンの目が据わった。
恨めしそうな目を見なかったことにして、瑠璃は竜族が番いに行う給餌行動を受け入れる。
「ジェイド、この後には夕食を用意している。あまり食べさせすぎるなよ」
そんなアウェインの忠告を聞いているのかいないのか、ジェイドは甲斐甲斐しく瑠璃の口に食べ物を持ってくる。
ジェイドに呆れて忠告を諦めて、アウェインは瑠璃へ声を掛ける。
「明日王と愛し子を歓迎してパーティーを開く。その時の服装だが、良ければこちらの衣装を用意するがどうする?」
「それって、城で働いている女性達が着ているような服ですか?」
「あれはあくまで使用人のものだ。パーティーなどで着る正装の服はもっと華やかだ。きっとルリにも似合うだろう」
霊王国の女性の衣装は前で布を合わせて帯で締める着物のようなもので、まるで天女が着るような服と言えばいいだろうか。
ヒラヒラとした柔らかな生地が使われており、瑠璃の好奇心を誘う。
「わあ、着たいです。セレスティンさんも着ますよね?」
「えっ、私もですか?」
予想外というように目を丸くするセレスティンに、瑠璃は期待に満ちた目を向ける。
「そうですね、どうしましょうか……」
迷いを見せるセレスティンに、ジェイドが一言。
「セレスティンならば綺麗に着こなせるはずだと思うぞ」
「では、そういたします!」
まさに鶴の一声。
ジェイドにそう言われてセレスティンが否やを言うはずがなかった。
ジェイドもそれを分かった上で言っているのか、満足そうに笑みを浮かべる。
「セレスティンが我が国の服を着るのは初めてではないか? 早速用意させよう。二人の愛し子が我が国の衣装を着てくれれば他の者も喜ぶだろう」
「楽しみにしてます!」
そうして話も終わり、夕食まで一旦各々の部屋へと戻ろうとしたのだが、部屋の外に待機していた兵士が部屋に入ってきた。
「お話中のところ失礼致します。筆頭貴族のスピネル様が竜王陛下にご面会を望んでおられますが、いかがなさいますか?」
兵士の言葉を聞いたアウェインはジェイドに視線を向ける。
「ジェイド、知り合いだったか?」
「いや。スピネルとは誰だ?」
ジェイドは誰だか分からない様子。
「霊王国には竜王国と違って貴族がいるが、その貴族達を取りまとめている筆頭貴族のモルガ家の娘だ。ジェイドとは知り合いではないのか。まあ、確か体が弱いようで社交の場に出てくることはほとんどなかったから当然か。私も朧気にしか顔を覚えていないほどだ。しかし、では何故ジェイドに面会など……」
「分からないな。とりあえず会ってみるか。ここに入れても?」
ジェイドが許可を得ようと皇帝や獣王、瑠璃達愛し子に視線を向ければ、了承するようにそれぞれが一つ頷いた。
四カ国のトップが集まる歓談を中断させてまで面会を求めてくるのだ。
それ相応の理由があるのだろうと誰もが考え、それが何か好奇心が負けたようだ。
皆が了承したのを見て、霊王はスピネルを部屋へ入れるように兵士に告げる。
すぐに入ってきたスピネルは瑠璃やセレスティンより少し年下と思われる少女で、緩くウエーブした髪をハーフアップにした、まるで綿あめのように柔らかさと甘さを含んだ可愛らしい少女だった。
垂れ目気味の目が庇護欲を誘う。
スピネルは、四カ国のトップ達を前にして、両膝をつくと胸の前で両手を組んで頭を下げる。
これが霊王国での最上位の礼の仕方だ。
その礼はまるで流れるように優雅で、筆頭貴族の娘というのも頷ける所作だった。
「モルガ家の娘、スピネルでございます。ご歓談中のところ失礼致しました」
「その通りだ。王と愛し子達が許したからいいものを、お前のしていることがいかに無礼なことか分かっているな?」
「はい。申し訳ありません……」
静かに叱責するアウェインは、子供ならギャン泣きするような鋭い目つきでスピネルを見る。
しかし、そんなアウェインを前にしたスピネルは怯えることはなく、しゅんと落ち込んだ表情を浮かべる。
その様子は女である瑠璃ですら庇護欲を誘うもので、可哀想に思ったのかアルマンが仲裁する。
「まあ、いいじゃねえか。年寄りがこんな子供を怖がらせるもんじゃねぇぞ」
「アルマン、私を年寄り扱いするな」
「実際に、ここにいる誰より生きてるだろうが。俺の親父より年上のくせに何言ってやがる」
アルマンの横ではアデュラリアがこくこくと頷いていた。
アウェインが言葉を失っている間に、それていた話をジェイドが戻す。
「それより、なに用で私に会いに来たのだ?」
ジェイドが声を掛けると、スピネルはぱあっと花が咲いたように表情を明るくした。
そして、ジェイドを見つめ頬を染める。
「なんの用事かなどと冷たいお言葉。決まっているではありませんか。ジェイド様にお会いしに来たのです」
スピネルの言葉は、まるでジェイドを知っているかのよう。
いや、勿論、霊王国に住んでいて同盟国の竜王を知らぬはずがないが、ただ知っているというだけでなく、それ以上の関係を感じさせる。
だが、ジェイドは知らないと言うし、この食い違いに誰もが不思議に思い始めた。
「私、やっと成人いたしましたの」
「そうか」
だから何? と言いたげなジェイドは、根気よく言葉を待った。
他人の成人などジェイドに関係があるはずがない。
しかし、次に続いた言葉に、ジェイドだけでない者達も目を丸くする。
「私が成人したら結婚してくれるというお約束でしたでしょう。ようやく成人したので、これでジェイド様の妻になれます。いつ迎えに来て下さるかと今か今かと待っていたら、ジェイド様が城にいると聞いて急いで登城しましたのよ」
誰もが言葉を発しない中、瑠璃はじとっとした眼差しを向ける。
「ジェイド様……」
「ま、待て、違う! そんな約束をした覚えはない!」
瑠璃からの軽蔑の眼差しを感じ取ったのだろう。
ジェイドは必死で否定するが、追い打ちを掛けるようにスピネルが言葉を重ねる。
「ずっとお待ちしていました。ジェイド様の絵を毎夜見ては声を掛けておりましたの。もう婚姻のための衣装も用意しておりますのよ」
スピネルはとても嘘を言っているようには見えなかった。
それ故に、四方から疑惑の目が向けられる。
「待て! 私にはルリだけだ。そもそも会ったこともないのにっ」
「本当ですか?」
「本当だ!」
疑う瑠璃を逃がすまいとぎゅっと手を握る。
「例えばですよ。まだ子供だった彼女に、子供だからと安易な口約束をしたことは?」
「そんな覚えはない!」
必死なジェイドを面白そうに見ていたアデュラリアがスピネルに問う。
「本当にジェイドと約束したのか?」
「はい、本当です」
「いつそう言われた?」
「子供の頃に、私が成人したら迎えに来ると」
再び視線がジェイドに集まる。
「ち、違う!」
慌てふためくジェイドに疑惑の目が向けられる中、セレスティンが立ち上がった。
「あなたスピネルと言ったかしら?」
「はい。あなたは?」
「私は獣王国の愛し子です」
セレスティンは名前を名乗らなかった。
そもそも呼ばせる気がないからだろう。
「ジェイド様には、もう私というものがいるのです。子供のおままごとか知りませんが、諦めてお家へ帰りなさいな」
「いやいや、お前も違うだろ!」
アルマンのツッコミもセレスティンは意に介さない。
「あなたがジェイド様の伴侶となることは絶対にありません」
そう言うと、スピネルはムッとしたような表情をする。
「あなたにそんなことを言われる筋合いはありません!」
そしてハッとしたような顔をした後、憐れみを含んだ眼差しをセレスティンに向ける。
「ああ……。あなたはジェイド様に遊ばれてしまわれたのね。だってジェイド様には私という者がいるんですもの。きっと私の成人を待ちきれなくて代わりで私のいない穴を埋められたのでしょう。なんて可哀想な方」
「まあ!」
そのスピネルの言葉に驚いたのはなにもセレスティンだけではない。
きっとスピネル以外の全員が驚いただろう。
愛し子を相手にそんな言葉をぶつけたのだから。
しかも、何気にジェイドに対しても失礼だ。
これに青ざめたのはアウェインだったに違いない。自国の者がそんな言葉を愛し子と他国の王に向けたのだから。
「スピネル!」
反射的にスピネルを怒鳴りつけるアウェイン。
スピネルは意味が分かっていないようできょとんとしている。
「はい。なんでございましょうか?」
「今の言葉は愛し子に対してもジェイドに対しても無礼だ。すぐに謝罪を」
「えっ?」
「それに、ジェイドにはすでに婚姻の儀をあげた伴侶がいる。お前がジェイドの伴侶になることはありえない」
「何をおっしゃっているのですか? ジェイド様の伴侶は私です」
「ジェイド……」
アウェインはジェイドへと視線を向ける。
理解しないスピネルにはジェイドからしっかりと分からせるのが良いと言っているのだろう。
ジェイドは瑠璃の手を取ってスピネルの前に立った。
スピネルは嬉しそうにジェイドへと手を伸ばすが、その手がジェイドに辿り着く前にジェイドは瑠璃を抱き寄せた。
ジェイドを見て瑠璃を見て、またジェイドを見る。困惑した表情を浮かべるスピネルに、ジェイドは言い放った。
「私の生涯の伴侶はここにいるルリだけだ。なにか行き違いがあったようだが、私がそなたを伴侶に迎えることはない」
目を大きく見開くスピネルは手で口を押さえ、「嘘、嘘……」と呟く。
よほど信じられないようだ。
「分かったならもう行くんだ。今回のことはモルガ家当主に話をしておく」
アウェインは控えていた兵士に目で合図をすると、兵士はすぐに動いてスピネルを外に連れ出した。
途端に気が緩んだ空気が流れる。
「すまない、ジェイド、ルリ。それにセレスティンも」
アウェインは霊王として自国の貴族の無礼を詫びる。
「私のことはいいが、愛し子と知りながらセレスティンにあの態度は危険だと思うが」
「そうだな。さすがに今のは私でも肝が冷えた。セレスティン、申し訳なかった」
再度アウェインがセレスティンに謝るが、セレスティンはアウェインには怒っていない。
「アウェイン様が謝る必要はありません。あのような言い方をされたことがないものですから、怒りというより驚きました」
それは他の者も同じだろう。
「社交の場に顔を出さないので世間知らずなのかもしれない。一応モルガ家には抗議しておく」
「そうして下さい」
モルガ家への抗議ということでその話は終わったのだが、もう一つの問題をアルマンが引っ張り出す。
「それにしても、ジェイドもやるなぁ。あんな娘にまで手を出していたとは」
ニヤリと笑うアルマンは、完全に面白がっている。
「出してない! そんな記憶などないのだから」
「だが、あの娘が子供の時なのだろう? 昔のことでお前が忘れただけじゃないのか? 可哀想に。健気にお前が迎えに来るのを待っていたってさ。どうするよ、ルリ?」
話を振られた瑠璃は両手で顔を覆った。
「ジェイド様がまさか浮気をしてたなんてっ! いえ、私の方が後なので私が浮気ですか!?」
「待て! そんなことはない!」
「結婚を約束したのに忘れるなんて不義理なことをジェイド様がしていたなんてっ!」
瑠璃の肩が小さく震える
「だから、違うと言っているだろう!? 私にはルリだけだ!」
あたふたするジェイドを、指の隙間から覗き込む。
あまりにも動揺しているジェイドに、瑠璃は思わず小さく吹き出してしまった。
それを聞いて、ジェイドの顔が不機嫌そうに変わる。
「ルリ……」
瑠璃は観念して両手を離すとそこには涙一つなく、クスクスと笑う。
「こんなことでからかうのは性格が悪いぞ」
「だって、あまりにもジェイド様が動揺してるから、楽しくなっちゃって。それで、本当に覚えはないんですか?」
ジェイドも今度は冷静になって考え込んだ後、やはり「ない」と言って首を横に振った。
「じゃあ、どうしてあんな話になったんでしょうね?」
「あの娘の勘違いではないのか。 私には子供にそんなことを言ったことはないし、言うような性格に見えるか?」
「まあ、正直見えませんよね。獣王様やラピスならともかく」
そう言いながら瑠璃はチラリとアルマンとラピスを見る。
「おい、それはどう言うことだ、ルリ?」
「ご自分がよくお分かりでしょうに。日頃の行いですよ、アルマン様」
自分の名前が出てアルマンが反応したが、すげなくセレスティンに言い負かされている。
「俺なら成人後と言わずすぐに嫁にする!」
なんの自慢か分からないラピスの主張を全員が無視した。
「明日の歓迎パーティーではモルガ家も出席することになっているから、念のため気を付けておいた方がよさそうだな。あれで納得していたのならいいんだが……」
「霊王様、そういうの私の生まれ育った国ではフラグって言うんですよ」
一抹の不安を覚える瑠璃だった。
そしてそれは現実のものとなる。