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三人の愛し子



 霊王国からの迎えの者が用意した馬車に乗り瑠璃達は城を目指した。



 湖の上に浮かぶようにしてある霊王国の城は、相も変わらず見惚れるほどの美しさ。

 二度目となる瑠璃だが、何度見てもその美しさに感動してしまう。



「獣王国と帝国の方々も少し前に着き、皆様お揃いです」


「そうか。早めに出たつもりだったが少しゆっくりしすぎたか」



 霊王国の人とジェイドが話をしている側で、城の入口に立つ瑠璃は口を半開きにしてそこに置いていたある物に目が釘付けだった。



「コタロウがいる……」



 そう、城の入口にはコタロウが飾られていた。

 勿論、今のコタロウではない。

 コタロウがこの国の聖獣の体を得る前に使っていた大きな猪のような魔獣の体だ。

 それがどーんと鎮座している。



「なんで、こんなものが……」



 不思議がる瑠璃に、霊王国の者が説明してくれる。



「そちらは以前に風の精霊様が置いて行かれたものです。どう処理すべきかと悩んだのですが、魔獣とは言え、元々は風の精霊様が使われていた特別な体。それを他の獣のように処理するのは忍びなく、それならば剥製にして多くの者に見てもらおうとこうして飾らせていただいているのです。勿論、樹の精霊様にも許可を得ておりますよ」


「はぁ、そうですか……」



 以前の体は邪魔だからと置いてきたと言ったコタロウ。

 瑠璃はその体が食卓に上がらないかと心配したものだが、まさか剥製となって再び目にするとは思ってもいなかった。

 少し複雑な気持ちだが、オブジェとして大切にしてくれているならまあ良いかと思い直す。



「皆様長旅でお疲れでしょう。お部屋へご案内致します」



 霊王や他の国の人達に会うのは明日ということで、その日は部屋に案内され疲れを癒すことに。

 瑠璃に用意された部屋は、当然という感じでジェイドと同室だった。

 まあ、夫婦となったのだから問題はない。


 というか、そもそも結婚以前から一緒の部屋で寝ていたのだ。

 最初が猫としての出逢いだったから違和感はなかったが、人間と分かってからも一緒の部屋で寝起きしていたのは今から考えるとおかしかった。


 だが、誰も疑問を持たなかったのだから、あの頃から瑠璃が竜妃となるのは臣下一同望んだ当然の流れだった。

 知らぬは瑠璃だけだったのだ。


 瑠璃がジェイドを受け入れたからいいものを、他の誰かを選んでいたらどうなったのか。

 今の瑠璃にべったりのジェイドを見ると、恐ろしくて想像できない。

 相手を闇に葬るぐらいはしそうである。


 何せ竜王。権力も権限もある。

 一人ぐらいはどうにでもなるだろう。

 両思いになって本当に良かったと思っているのは瑠璃だけではないはずだ。



 部屋でジェイドとまったりしていると、コタロウとリンが入ってきた。

 どうやら樹の精霊に挨拶をしに行っていたようだ。



「おかえり」


『うむ』


『ただいまー』



 コタロウとリンは、瑠璃とジェイドの向かいのソファーに乗る。



『ルリ、やはり市場で会った男は行方がつかめぬようだ』


「コタロウでも?」


『うむ』


「えー」



 最高位精霊であるコタロウでも見つけられないとは、ますます何者か気になる。

 けれど、瑠璃の脳裏に嫌なものがよぎる。



「まさか精霊殺しが使われてるってわけじゃないよね?」


『いや、それならば奴に会った時に、我かリンが気付いている。それとは別だ』


「じゃあ、どうしてだろ?」


『分からぬ。一応引き続き捜索してみるが』


「うん」



 瑠璃達の話を聞いていたジェイドは不思議そうにする。



「なんの話だ?」


「今日会った男の人のことです」  



 瑠璃はジェイドに、今日会ったギベオンという青年の不審さを説明する。



「なるほど、確かに怪しいな。……そう言えば、あの服装はアイオライト国の民族衣装のようだったな」


「アイオライト国?」


「少し前に滅んだ国だ。今は攻め込んできた隣国に吸収されてその名はなくなっている。あの服装を見るに、アイオライト国と深い関係がある者だろう」


「へぇ」


「まあ、だからと言って何が分かるということでもないが」



 瑠璃はコタロウに視線を向ける。



「もうほっといたら?」


『いや、ここまできたら何者か調べねば我の気がすまぬ』



 どうやら意地になっているようだ。

 リンはやれやれという様子で止める気はないようで、瑠璃は苦笑を浮かべ好きにさせることにした。



 翌日、四カ国の王と愛し子が揃う。

 瑠璃はいつもより綺麗に身繕いし、ジェイドにエスコートされながら共に一同が集まる部屋へと足を踏み入れた。

 そこにはすでに他の者は集まっている。


 瑠璃もよく知る獣王国の愛し子セレスティンは、ジェイドが入ってくるや嬉しそうに駆け寄ってくる。



「ジェイド様!」



 そのままジェイドの腕にしがみ付こうとしたセレスティンとジェイドの前に瑠璃は自身の体を滑り込ませる。

 大きく手を広げて通せんぼをする瑠璃に、セレスティンは眉をひそめる。



「ルリさん、邪魔ですよ!」


「当然です。邪魔してるんですから。もうジェイド様は私の旦那様なんですから、あんまりべたべたしないで下さい!」


「そんなこと私はまだ認めていません!」


「ちゃんと結婚式にも出席しておいて何言ってるんですか!」


「あーあー、聞こえません」



 セレスティンは耳を塞いで聞くことを拒否した。



「何を子供みたいなことをしてるんです!」


「私は認めないと言ったら認めないのです。あれはきっと幻覚です。そうに違いありません」


「往生際が悪いですよ。もう諦めて受け入れたらどうですか」


「嫌です!」



 瑠璃とセレスティンが言い合いをしているのを、ジェイドと獣王アルマンはやれやれという様子で見ているしかできず、代わりに声を掛けたのは帝国の皇帝アデュラリアだ。



「そこのお二人、仲が良いのは結構だが、そろそろ座ってはどうか?」


「アデュラリア様、私達は決して仲が良いわけではありませんのよ」



 そうセレスティンは訂正するが、端から見たら仲良くじゃれているようにしか見えないのを二人だけが分かっていない。

 だが、言い合いはとりあえず収まり、各々席に着いていく。

 が、しかし、ジェイドの隣の席を巡って無言の攻防が始まり、仕方なくジェイドを真ん中に両隣に瑠璃とセレスティンが座ることとなった。



「では、始めるか」



 霊王アウェインの言葉を合図に、次々に食事が運び込まれてくる。

 霊王国の食事は獣王国のように濃い味付けではなく、瑠璃も馴染みのある魚や海藻などからとった出汁をメインに使ったあっさり目の味付け。


 瑠璃には竜王国の食事以上に口に合ったが、濃い味付けの食事が多い獣王国の二人には少し物足りないのではないかと思った。

 だが、よくよく見てみると、セレスティンとアルマンの料理は瑠璃より濃い色をしている。

 恐らく二人に合わせた味にしているのだろう。



 まるで懐石料理のような食事を堪能しながら話し合うが、内容はほぼ世間話だ。

 政治のことなどまったく分からない瑠璃にも付いていける話題ばかりだった。


 一番食いついたのはジェイドが自信満々にしていた、船の魔法具だった。

 これまでにないスピードを出せる船は、海軍を持つアウェインとアデュラリアからの受けが良かった。

 そして、それを見計らったようにジェイドが例のことについて話し始めた。



「現在竜王国にはルリとルリの家族を含んだ三人の愛し子がいる状態だった。それで帝国の貴族が色々と言ってきていたが、それを知ったルリの祖父が迷惑を掛けまいと旅に出てしまった。最高位精霊の地の精霊を連れて」



 ジェイドがアデュラリアに厳しい視線を向けると、アデュラリアは頭を押さえ、深い溜息を吐いた。



「なんてことだ」



 その声には苦悩が感じられ、瑠璃は思わず助け船を出す。



「あっ、あんまり気にしないで下さい。おじいちゃんは元々一つの所にじっとしてるタイプじゃないので」


「いや、こちらの責任は大きい。貴族の馬鹿共には厳しく叱責したのだが、少し遅かったようだ」


「これにより、我が国は愛し子を一人失った。いくら愛し子を縛ることはできないとは言え、帝国貴族がことの発端なのは明らかだ」


「そうだな。だが、私も頭が痛いのだよ。予想以上に馬鹿が多くてな。これでも抑えた方なのだ」


「そこでだ。その馬鹿共に船の交渉をさせてくれ」



 ジェイドの提案に、アデュラリアは目を丸くする。



「なんでまた?」 


「魔法具の船だ。それなりに希少で価値があることは理解してもらいたい。そう簡単に渡せるものではない」



 アデュラリアはこくりと頷く。

 最初は不思議そうにしていたアデュラリアだが、すぐに何か察したようで、不敵な笑みを浮かべた。



「ふむ、なるほど。船を餌に貴族を黙らせるか。良かろう。これは国の威信をかけた取引だ。なにがなんでも竜王国から船の取引を成功させるようにプレッシャーをかけておこう」


「話が早くて助かる」



 ジェイドとアデュラリアは互いにニヤリとした笑みを浮かべる。

 話がまとまったところで、アウェインが口を挟む。



「だが、その愛し子は大丈夫なのか? 人間なのであろう? 何かあっては大変だ。護衛は付けていた方が良いのではないか?」


「……それが、アンダルが一緒にいるようだ」



 ジェイドはチラリとアルマンを見る。

 すると、苦虫をかみつぶしたような顔のアルマンがいた。



「あのくそじじいも一緒なのかよ」


「まあ、なんだ。だからというか、心配は必要ないだろう。旅慣れしているアンダルがいるのだし。それに地の精霊もいるから」


「なるほど。アンダルが一緒なら問題ないか」



 アルマンと違い、アウェインは納得したようだ。

 食事が終わり、後はデザートかなと瑠璃が楽しみにしていると、アルマンがセレスティンに視線を向ける。



「セレスティン」



 そして、アウェインも「ラピス」と名を呼ぶ。

 二人は心得たとばかりに何も聞かず席を立った。

 不思議そうにしている瑠璃にジェイドが告げる。



「ルリ、アウェインが別室に食後のお茶を用意してくれているようだ。セレスティン達と行ってくるといい」



 瑠璃はすぐに察した。

 つまりはこれから国のトップ達の込み入った話が始まるんだと。

 つまり、政治に口出させない愛し子はここで退出して欲しいということだ。



「分かりました」



 瑠璃も他の愛し子に習って席を立ち、二人の後についていく、その背に向かってジェイドの地を這うような声が掛けられる。



「ラピス。ルリに手を出したら、分かっているな」


「ひっ!」



 ラピスは怯えたように何度も頷いてから急いで部屋を後にした。

 瑠璃もまた苦笑を浮かべ後に付いていく。


 案内された部屋では、食べきれないほどのお菓子が用意されており、瑠璃達が椅子に座るとお茶が用意される。

 見た目は鮮やかなピンク色だというのに緑茶のような味のするお茶は、脳が混乱しそうになる。


 しかし、味は美味しく、渋いお茶は甘いお菓子によく合った。

 調子に乗ってパクパク食べていると横から「太りますよ」とチクリとセレスティンが言ってくる。



「ぐっ」



 確かに最近、ジェイドと執務室にいることが多く、運動していないので肉が付いてきたと気になっていたのだ。

 じとっとした眼差しを向ければ、そこにはスタイル抜群のセレスティンが目に入り、瑠璃は持っていたお菓子を静かに皿に戻した。



「あら、気にせず食べたらいいですよ。醜い姿となってジェイド様に捨てられればよいのです」


「ジェイド様はそんなことで私を捨てたりしません!」



 胸を張って言うと、なにやらセレスティンは瑠璃をじろじろと観察したかと思うとほぉっと息を吐いた。



「ああ……。何故ジェイド様は私ではなく、こんな小娘をお選びになったのでしょうか。理解に苦しみます」


「すっごく失礼ですよ。よく本人の目の前で言えますね」



 セレスティンは何故か瑠璃には容赦がない。

 恋敵もあるのだろうが、同じ愛し子ということで気を許してくれている感じもある。



「ところで、同調はすみましたの?」


「いえ、まだです」


「そう……。まだですか」



 じっと意味深に見つめてくるセレスティンに瑠璃は警戒する。



「な、なんですか?」


「いえ、同調する前ならなんとかなるかもしれないかもと思いまして」


「なりません!」



 どこまでもジェイドへの愛が冷めないセレスティンに、怒りを通り越して尊敬すらしてくる。

 そんな話をしていると、新しくお茶を持って部屋に入ってきた女性を見つけたラピスが、女性の前で膝をつき……。



「一目惚れした。俺の嫁になれ」



 などと言っている。

 それを呆れた目で見る瑠璃とセレスティン。



「あれと同じ愛し子だと思うと頭が痛くなりますね」


「あれは病気です。不治の病なので竜の血をもってしても治すのは不可能でしょう。放置が一番です」


「セレスティンさんも、一度ラピスの餌食になったんですか?」


「ええ、初めてお会いした時に。すぐに私の全てはジェイド様のものだとお断りしましたよ」


「セレスティンさんも、しつこいですね」


「ええ、当然です。万が一ということもありますからね」



 にっこりと微笑んだセレスティンに、諦めるという文字は見つけられなかった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 竜心を剥がした竜族にまだなんとかなるかも、と言うセレスティンにどうしても違和感が拭えません…。 内心では判っててもすぐには諦めきれない乙女心と、ある意味瑠璃への好意と信頼があるから故…
[良い点] 新展開の匂い [気になる点] セレスティン流石にちょっとしつこすぎr(()
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