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登城

 クラウスの家に取り残された瑠璃は、あまりの暇さに欠伸を噛み殺していた。


 その時、少し前から出掛けていた精霊達が戻ってきた。



『ルリただいま~』


『おかえり、どこに行ってたの?』


『リディア様に、お使い頼まれたのー』


『私の代わりに、ガンを飛ばしてきてって』


『頑張ってガン飛ばしてきたよ』


『ああ、そう……。

 ガンって、リディアってばどこでそんな言葉を………しかも誰に飛ばしてきたのよ』



 時々口が悪いリディア。

 どうも先代の契約者の影響を受けてしまったらしく、あまり女の子らしくない言葉が時折飛び出す事がある。



『ところで、ルリはいつまで白にゃんこでいるの?』


『うーん、本当は直ぐにでも戻りたいんだけど、クラウスさんが戻ってきた時に猫じゃなく人間だったらびっくりするでしょう?

 だから、戻ってきてからにしようと思って』



 精霊が戻ってきてから程無くして、部屋の扉が開き、クラウスが入ってきた。

 そして後ろからもう一人。藍色の短髪に翠色の瞳を持つ男性が入ってきた。

 側に居るクラウスと比べると、その体格の良さが目立つ。

 見るからに武人といった雰囲気を持つ男性は、凪いだ穏やかな波を思わせる静かな瞳を瑠璃に向けていた。



『そちらの人は?』


「彼は、竜王陛下の護衛も務めるフィンといいます」



 クラウスに紹介されると、フィンは無言で瑠璃に頭を下げる。



(なんか凄い人来たー!)



 瑠璃が驚愕していると、クラウスがソファーに座る瑠璃の前に膝をつき視線を合わせる。



「陛下にお話したところ、君を城へ招待したいとの事です。

 嫌でなければ、ご一緒に来て貰えますか?」

 

『もし嫌だと言った場合は、どうなるんですか?』



 気のせいか最初より言葉使いが丁寧になったクラウスに首を傾げつつ、瑠璃は問う。



「その場合はこちらに滞在していただき、フィンがこちらで君の護衛を務めます」


『えっ、でも竜王様の護衛なんですよね?』


「城での生活が嫌ならば無理強いするつもりは無いとの陛下のご命令ですから」



 つまり、王の護衛を瑠璃に付けるという事だ。

 そんな人を自分に付ける意味が今一理解出来ない。

 為政者は利用しようとするかもしれない、というチェルシーの言葉を思い出し、瑠璃は警戒心を滲ませる。



『城に行って、私はどうしたら良いんですか?

 何かをしたりとか……』


「何も。君がしたいことをしてもらえれば良い。

 生活する場所をここから城に移動するだけで、君の行動を制限する事はありませんよ。

 母からも君の事は頼まれていますから」



 尊大に出られれば、瑠璃としても反抗する気持ちにもなるが、ここまで下手に出られると嫌とも言い辛い。

 そもそも瑠璃はお世話になろうかという身なのだから、あまり我が儘を言ってクラウスを困らせるのも申し訳ない。


 信頼するチェルシーがクラウスに頼み、そのクラウスが城へ行くことを望むのだから大丈夫だろうと、瑠璃はクラウスに従うことにした。



『分かりました』


「ありがとうございます」



 瑠璃から色好い返事が出ると、ほっと安堵を露わにするクラウス。

 それを見て、チェルシーと王の間に挟まる形になり、大変だなっと見当違いな事を思いながら、瑠璃は憐憫を含んだ眼差しでクラウスを見た。


 クラウスの安堵の表情の意味が、精霊を怒らせる事なく瑠璃を城へ呼べた事への緊張からの解放故とも知らず。



「では行きましょうか」



 馬車を用意され、瑠璃、クラウス、フィンが乗り込み城まで移動する。

 因みに精霊は馬車の外を思い思いに飛んで付いてくる。

 狭い所に押し込められるのはあまり好きでは無いようだ。



「その……一つ聞いておきたいのだが、精霊はどこまで君の願いを聞くのかな?」


『これまで生活してきた中では、断られた事はないですね』


「例えば、君が誰かに怪我をさせられてしまったとしよう。故意ではなくだ。

 精霊達は相手を攻撃するとする、君が止めれば止まってくれるのかな?」


『あー、やばい時はありましたけど、私が止めれば渋々だけど止めてくれますよ』



 馬車の中で、取り留めのない話をする。主に精霊の事を。

 瑠璃からすれば、軽い世間話であったが、クラウスとフィンの思いは違う。

 この後竜王と会わせるに当たり、瑠璃がどういう性格か把握しておきたかった。


 竜王がまかり間違って精霊の標的とならないように、どの程度で気分を害するのか、どこまで無礼な態度を許容出来るのか。

 今後瑠璃を城で預かるのにも、とても重要な事だ。命がけと言っても良い。


 だが、そんな会話で分かったのは、極々一般常識を兼ね備えた猫だということだ。

 恐らくチェルシーが教育していたのだろうと、クラウスとフィンは見当を付けた。



 どこかほっとしたような表情をして視線を合わせる二人を見ながら、腕輪の事を思い出した瑠璃は説明しようとした。


 だが、次のクラウスの言葉で瑠璃は固まる。



「君が人間ではなくて本当に良かったよ」



 思わず零れてしまったという感じの言い方。

 無言ではあるが、クラウスの隣にいるフィンも同意を示す雰囲気を感じる。



『………人間だと何かあるんですか?』



 瑠璃はこの時念話で良かったと心から思った。

 口を使って話していたら、きちんと声が出ていたか定かで無い。



「人間というものは直ぐに力に溺れる。そして欲深い。

 今あるもので満足せず次、また次と欲しがり、その為なら力尽くで手に入れようとする」


「過去にも、愛し子の力を振りかざして、やりたい放題だった人間の愛し子がいたな」


「ええ。君ほど力を持った愛し子が人間だったらと思うと、本当に恐ろしいよ」



 初めて饒舌に語るフィン。

 愛し子というものの説明は、先程聞いたところだ。


 その言葉の端々から滲み出る人間への嫌悪と不快感に、瑠璃の背筋に冷たいものが流れる。

 猫で分かりづらいが、人間の姿であったら瑠璃の顔は分かりやすいほど強張っているだろう。



(あれ?竜王国って人間も暮らしている多種族国家だったんじゃあ………)



 それにしては、二人共人間に対して良く思っていないような言動をしている。

 人間だと言おうとしていた瑠璃は、言葉に詰まった。



(と、当分猫の振りしていた方が良いかも……)



 幸いクラウス達は猫であることを疑ってもいない。

 今のままでは人間と知らせた後の待遇がどう変わるのか不安でしかない。

 二人の真意は分からないが、少し様子を見ようと口を閉ざす事を決めた。





 城へ到着すると、一息付く間もなく王の執務室へと案内される。


 途中で多くの人と擦れ違ったが、その度に相手は足を止め、幾人もの精霊を連れた瑠璃を凝視しては、目をこすり白昼夢でない事を確認している。


 ただ、王の側近であるクラウスとフィンが盾になるように瑠璃の前後を歩き、目を光らせている為、誰も近付いてこようとはしない。



 王の執務室に近付いた時、執務室の扉の前ではアゲットがうろうろと歩き回っていた。

 誰かが瑠璃の機嫌を損ねたりしないか、気が気ではなく、じっとしていられなかったようだ。

 クラウス達に気付いたアゲットは、眉間に寄せていた皺を緩ませる。



「おお、そちらが愛し子か。

 私はアゲット、陛下の相談役を務めている」


『は、初めまして瑠璃です……っ』



 チェルシーより少し年上に見える老人のアゲット。


 紅い瞳に、年故か毛根の死滅した頭と、それに反して仙人のように長く真っ白な髭。

 そしてその長くたっぷりした髭は、あご下あたりで一つに結ばれていた。そうリボンで………。

 しかも、ピンクと白の水玉模様という、何とも可愛らしいチョイス。


 そのアンバランスさに、瑠璃は笑いを堪えるのに必死だった。

 初対面で笑うのは失礼に当たると、瑠璃は人生の中で一番腹筋を使って堪えた。



 猫である瑠璃の表情には気付かず、アゲットは瑠璃を執務室の中へ通す。


 部屋の奥には、大量の書類が積み重なった机と、そこで一生懸命仕事に励む竜王。

 書類に視線を落としていた竜王は、せわしなく動くペンを持つ手を止め、視線を上げ瑠璃へと向ける。


 竜王と視線が合わさった瞬間、瑠璃は呆気に取られた。



(うわっ、超絶美形)



 切れ長の目に通った鼻筋。

 漆黒の髪は、肩に掛かる程の長さはなく、後ろで一つに纏められていた。

 吸い込まれるようなその深い緑の瞳に、瑠璃は僅かな既視感を覚えたが、神が精巧に作り上げたかのような竜王の容姿の前に霧散してしまう。

 あまりに整い過ぎて人間味を感じさせなかった。



 だが、クラウスやフィンも容姿は整っている。

 さすがにチェルシーとアゲットは年寄りなのでどうとは言い辛いが、竜族は総じて容姿が整っていると言われており、若い頃は負けず劣らずの容姿を持っていたのだろう。

 その彼等の王なのだと思えば、その美しさも肯ける。


 母親のモデルという職業柄、男女問わず美人な人と沢山関わってきた瑠璃でも、見惚れて声がでなかった。


 ぽかんと口を開けた、かなり間抜けな顔をしていたが、猫の顔では分かりづらく、じっと見つめたまま動かない瑠璃に、竜王は訝しげに眉をひそめた。



「私の顔に何か付いているか?」



 そこで我に返った瑠璃は、首を横に振る。



『いいえ、何も』


「ならば良い」



 竜王は大量の書類が乗った机から執務室内にある、向かい合うようにして置かれたソファーへと移動する。

 そして瑠璃に向かいへ座るよう促す。



 最初はその容姿にばかり目が行ったが、こうして改めて竜王を目にすると、王者の品格というか、ただそこにいるだけで感じる圧倒的な存在感と威圧感がひしひしと身に刺さる。

 作り物のような美しい顔がさらに効果を倍増させているようにも感じる。


 そんな最高権力者と向かい合い、それを控えているクラウス達が見ている。

 だが、見守られているというより、取り調べを受けているかのような視線を三人から向けられ、瑠璃は非常に居心地悪く感じた。



 瑠璃の機微を察した精霊達が、すかさず瑠璃の左右を固めるようにくっつき、うちの子虐めてんじゃねえぞ、とでも言うかのような鋭い視線を飛ばす。


 クラウス達は精霊達の怒りを感じ取り、視線を彷徨わせ狼狽える。

 すると、竜王が瑠璃ではなくクラウス達へ言葉を掛ける。



「お前達は外へ出ていろ」


「えっ、いやしかし………」



 まだ瑠璃が安全か判断の付いていない現状で二人にする事にアゲットが否を言おうとしたが、竜王は視線で黙らせ、全員を退出させる。



「すまなかった、あの者達も緊張しているんだ。

 何せ竜王国はここ何代も愛し子がいなかったからな」



 二人と精霊だけとなった部屋で、思っていたより遙かに優しい声色で竜王から話しかけられ、緊張していた瑠璃の体の強張りが解けていく。



『いいえ、突然私みたいなのが来れば警戒するのも仕方が無いと思いますので』


「そう言ってもらえて助かる。

 それで、今後のお前の処遇だが、お前はこの王都で何がしたい?

 チェルシーからクラウスへ預かるようにと話があったそうだが、何かしらの目的があるのだろう?」


『目的って程の事では無いんですけど………。

 ただ、私はこの世界の事を知らなくて。常識を学びつつ、この国の人がどういう暮らしをしているのか見に来ただけです。

 それで、今後私がどうやって生きていくか考えた方が良いって、チェルシーさんから言われて』


「あまり乗り気では無さそうだな」


『……………』



 まだ瑠璃は、あちらの世界に帰るつもりでいるので、この世界の暮らしを知ったところで意味は無い。

 チェルシーが言ったから仕方なく………。そんな瑠璃の心の片隅にくすぶる僅かな不満に気付いた竜王。


 言い当てられた瑠璃は答えることも出来ず俯く。

 竜王はそれ以上追求はしなかった。



「まあいい、深く追求するつもりは無い。

 クラウスの所ではなく城に来て欲しいと頼んだのはこちらだ。衣食住は全てこちらで用意する。

 必要な物があったら言ってくれ」


『ありがとうございます』


「この国の常識を知りたいなら教師も付けよう。

 お前の行動を制限するつもりはないが、城外へ出る際は誰かに一言言ってもらえると助かる」


『はい』



 至れり尽くせりだ。伝言を残すぐらい何てことない。



「その代わり頼みがある。万が一この国の者がお前に危害なり失礼な態度なりした時は、まず私に言って欲しい。

 こちらで相応の対処をする。

 だから、精霊達が暴走した時は止めてもらいたいのだ」



 竜王はちらりと瑠璃の側に居る精霊達へ視線を向けた。


 いかに竜王とて、精霊の怒りを止めることなど出来ない。今も精霊から絶対的な庇護対象として庇われている瑠璃が唯一の頼り。

 長く愛し子がいなかった竜王国では、愛し子との関係は探り探りだ。

 自然と声にも必死さが滲み出る。



『精霊達には勝手に動かないようにお願いしておきます。

 私が攻撃されても、不用意に攻撃しちゃ駄目よ?』



 竜王から精霊に視線を移し、瑠璃が精霊達に向かってそう言えば、元気の良い返事が返ってくる。



『はーい』


『分かったー』



 友好的な瑠璃の態度と、本当に分かっているのか定かではないが瑠璃に従う精霊達を見て、竜王も安堵から表情が柔らかくなる。



「………最後にもう一つ頼みがある」


『何でしょう?』


「その……頭を撫でても良いだろうか」


『はっ?』



 目を丸め反射的に聞き返す瑠璃。

 竜王はというと、自分の発言を恥ずかしそうにして瑠璃から顔を背ける。

 その顔は僅かに紅らんでいた。



「いや、その、竜族というのはとても強い種族でな。特に力で選ばれる竜王は尚更だ。

 私は猫とか犬とかが好きで、幼い頃に何度も動物を飼おうとしたが、動物達にとっては本能的に恐怖の対象らしく半狂乱になって逃げられてしまうのだ。

 だから、これまで小動物に触れたことが無くてだな……」



 まさかのもふもふ好きが判明。

 クールな見た目とのギャップがあり過ぎる。



「いや、無理にとは言わないんだ」


『良いですよ』



 衣食住をお世話になるのだから、頭を撫でられるぐらい安いものだ。

 

 瑠璃がそう言うと、ぱっと嬉しそうに破顔し、恐る恐る瑠璃の頭に手を乗せる。


 瑠璃が恐がっていないか心配そうに見ていたが、瑠璃が逃げないのを感じ、そっと撫で始めた。

 壊れ物を扱うような優しい触れ方に、瑠璃も気持ち良さそうに目を細める。



 初の猫との戯れを経験した竜王は、中々瑠璃の頭を撫でるのを止めなかったが、追い出されたまま全く呼ばれない事に焦れたアゲット達が執務室に突入。



 至福の時間を邪魔された竜王は、不機嫌そうにアゲット達を睨み付けたのだった。






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