到着
ようやく霊王国の港へと到着した瑠璃達。
「着いたー」
揺れない陸に数日ぶりに足をついた瑠璃は元気よく伸びをし、異国の空気をたっぷり吸い込んだ。
その横では小さな精霊達も同じ動きを真似している。
「精霊だ」
「本当だ。あんなにたくさん」
「愛し子様だ」
「あの旗は竜王国ね」
瑠璃が船から下りた瞬間、周囲はたくさんの精霊を侍らせた瑠璃を見てすぐに愛し子だと察する。
かなり注目されていたが、瑠璃も愛し子と言われ続けて随分経つ。
視線を向けられるのにはだいぶ慣れた。
それに嫌な視線というわけではなく、好意的な眼差しばかりだからなお問題ない。
それに、霊王国の国民は他国に比べて愛し子に慣れている。
愛し子がこの国にいるからというだけでなく、霊王国の愛し子であるラピスは護衛も付けずにフラフラと町を散策しているようなのだ。
これが獣王国ならとんでもないことだが、霊王国では日常茶飯事だったりする。
比較的親しげと思っていた竜王国より、さらに霊王国の人々はラピスを町の日常として受け入れていた。
それは霊王国のおおらかな国民性がそうさせるのかもしれない。
現に、最初は瑠璃の登場を驚きと好奇心で見ていた人達も、次々に興味をなくし各々自分達のすべきことへ戻っていった。
瑠璃達も、霊王のいる城へと向かうべく準備を始めている。
霊王国から使者が来ていたが、ジェイドやクラウス達は、途中で捕まえた海賊達の引き渡しなどで話し合っている。
暇を持て余した瑠璃は、港で行われている市場に向けてふらふらと歩き出した。
すると、それに気付いたジェイドが声を掛けてくる。
「ルリ、あまり遠くへ行くな」
「はーい、分かってます」
「ユアン、ルリの護衛を」
「かしこまりました」
船に散々酔ったユアンは未だ青い顔をしていたが、陸に着いたことで若干酔いもましになったようだ。
とは言え、あんなヘロヘロで護衛になるのか甚だ疑問である。
まあ、瑠璃には最高位精霊であるコタロウとリンが側にいるので心配はない。
何か起きるとしたら迷子になるくらいだろう。
だが、瑠璃も愛し子としての自覚も出てきたので、心配させないためにもジェイドの見えない所まで行くつもりはない。
場所が違うからか、並ぶ魚貝類もどこか竜王国とは違う。
これ食べられるのかと疑うような奇抜な色の魚貝類が売られていたりして、瑠璃の興味を誘う。
市場の店の人はラピスで慣れているのか、瑠璃が来ても動じることはなく、むしろご近所さんのように積極的に声を掛けてくる。
それには、霊王国の聖獣の体を使っているコタロウも大きく貢献していた。
「愛し子様、こっちで味見をしていってください。美味しいですよ。ラピス様も大好きな果物なんです」
「へぇ」
「聖獣様もどうですか?」
『我は聖獣ではなく、風の精霊だ』
「あらまあ。でも、私達にとったら似たようなものですよ。で、どうです?」
『うむ。もらおう』
などと言って、一つの店で足を止めたら、隣の店からも声を掛けられそこでも味見し、完全に餌付けされていた。
「ユアンも食べる?」
「……いらない」
どうやらユアンはまだ船酔いから回復してない様子で、ハンカチで口と鼻を覆っている。
今食べ物の匂いはきついようだ。
なのでユアンを放置して、片っ端からお店を見ていく。
竜王国の王都も港があり、多種多様な物が集まってくるが、霊王国は竜王国とはまた違った珍しい食材などが集まっているようだ。
竜王国へのお土産にと、気になった物を片っ端から買っていく。
すると商売人はがぜんやる気を出して瑠璃を呼び込もうと躍起になる。
味見しては買い、味見しては買い、としていると、突然ドンと人とぶつかった。
「あっ、すみません!」
食に集中していて周りに気を配っていなかった瑠璃はすぐに謝罪する。
ぶつかった相手は、褐色の肌に金色の髪をした、瑠璃より少し年下に見える青年で、この霊王国の人とは少し違った服装をしていた。
霊王国の人はアジアっぽい日本と中華を足して割ったような服装をしているが、目の前にいる青年はアラビアンな雰囲気の服装だったため、すぐに霊王国の人間でないことが分かる。
瑠璃はすぐに謝ったにも関わらず、相手は謝るでも返事をするでもなく瑠璃の顔をじっと見つめてくる。
「あの……なにか?」
瑠璃は怪訝そうにすると、青年は白い歯を見せて人懐っこい笑みを浮かべた。
その可愛らしさを含んだ笑みに思わずドキリとしてしまった瑠璃。
そんな瑠璃の手を青年はぎゅっと両手で握り締める。
「えっ、あの……」
「君、名前は?」
「えっと……」
「俺はギベオン。綺麗な君の名前は?」
困惑する瑠璃にぐいぐい迫るギベオンなる青年におされて、瑠璃は思わず答えてしまう。
「る、瑠璃です」
「ルリ! なんて可愛い名前なんだ。まるで君のためにあるような名前じゃないか。本当に可愛いよ」
大袈裟なほどに褒め倒すギベオンに瑠璃もまんざらではない。
かなり怪しいが、褒められれば嬉しくなってしまうものだ。
思わず照れる瑠璃に、ギベオンの猛攻は絶えない。
「こんな異国の地でこんなに素敵な人に出会えるなんて俺は運が良い。どうだろう、これから俺と食事にでもいかないか?」
「ごめんなさい、人が待ってるから」
瑠璃がチラリとユアンを見ると、ギベオンも視線を向ける。
が、一瞥しただけで再び瑠璃を見つめる。
「あんなつまらなさそうな男より俺の方が君を楽しませられるよ」
さすがに近すぎる距離に瑠璃は抵抗を見せギベオンから離れたが、すぐに距離を詰められる。
「それとも俺じゃあ、君みたいな可愛い人には眼中にないかな?」
途端に悲しそうにしょんぼりとするギベオンに瑠璃は慌てる。
「えっ、いや、そんなことは……」
思わず否定してしまうと、ギベオンは嬉しそうに表情を明るくした。
「本当か? 嬉しいよ」
表情がクルクルと変わり、まるで感情と共に動く耳と尻尾が見えそうなギベオンに、瑠璃はなんとも表現しがたい感情が浮かんでくる。
すると、瑠璃の意識を戻すかのように、リンが大きな声を発する。
『王様、ルリが浮気してるわよ~』
「なんだと!?」
ジェイドの目の届くところにいるとは言え、かなりの距離があったのだが、ジェイドは地獄耳のごとくその言葉を聞き逃すことはなかった。
目から殺人光線を発しそうな目つきでやって来たジェイドは、ギベオンに射殺しそうな目を向けた。
「おっと、君の恋人はこっちじゃなくてあっちだったか」
分が悪いと思ったのか、ギベオンは瑠璃の手を取り手の甲に口付けを落として去って行った。
「またね、可愛いルリちゃん」
そう言い残して。
「ルリ!」
ジェイドは瑠璃の手の甲をハンカチでゴシゴシとこすった。
「ユアン、側にいながら何をしていた!」
「えっ? 申し訳ありません!」
船酔いの余韻と匂いに苦しんでいたユアンを怒るのは少し可哀想だったが、それがユアンの役目だったのだから仕方がない。
次にジェイドの怒りの矛先は瑠璃へと。
「ルリも、どうしてもっと抵抗しなかったんだ!?」
「あはは……すみません……」
だが、どうしようもなかったのだ……。
「私、どうやらわんこ系男子がタイプみたいです。今発覚しました」
「わんこ系?」
「なんて言うか、こう母性本能をくすぐられるような可愛い男性?」
まさに、先程の青年のような雰囲気の。
よくよく考えると確かに瑠璃は周囲にいる精霊達に甘い。悲しそうにされると強く出られなかったりする。
「……なるほど、分かった」
「分かったって何がです?」
「要は早く子供が欲しいということだろう、私に任せろ」
そう言って腰に腕を回し引き寄せる。
「いやいや、全然任せられないんですけど。どうしてそうなるんです!?」
「母性を感じたいのだろう。子供ができればすぐに解決だ」
「そんなことひとっことも言ってませんよ」
「二度と他の男など目に入らぬようにするから、安心して身を任せるんだ」
「わぁぁ。すみません、すみません! もう言いませんから。ちょっと血迷っただけです」
ジタバタと暴れたがジェイドは離してはくれず、それからジェイドと行動を共にさせられた。
市場を見回るのはおあずけである。
自分が口にしたこととは言え、番い至上主義の竜族の前で言うには軽率すぎた。
軽い冗談のつもりだったのだが、ジェイドには通じなかったようだ。
二度とこういう冗談は言うまいと、瑠璃は反省した。
そして、そんな冗談は抜きにして、瑠璃は先程の青年が少し気になっていた。
ジェイドに言うとまた勘違いされそうなので、側にいるリンとコタロウにコソコソと話す。
「ねぇ、さっきの人、なんか変じゃなかった?」
『あら、ルリもそう思う?』
「リンも? コタロウは?」
『うむ。我も何か気になる』
「なんて言うのかな、気配がないっていうか。ぶつかるまで側に人がいるの気が付かなかったのよね。それに、ユアンや他にも護衛の人いたのに誰も助けに来なかったし」
側にいながら瑠璃に不審な人物が近付いていたにも関わらず、誰も間に入ってこなかった。
ユアンは確かに体調が悪そうだったが、それでも見逃すほど無能ではない。
ユアンの様子を見ていると、ジェイドが側に来てからようやくギベオンの存在に気付いたというような顔をしていた。
『私達は気付いてたけど、他は誰もあの男の存在を意識してなかったわよ。それが、私が王様に声を掛けてから、ようやく意識が向いたって感じで。なんか前に似たようなことがあったような……』
リンは思い出せないのか首を傾げるが、分からないようだ。
コタロウもそれは同じのようで……。
『我も分からぬ。念のため気を付けておいた方が良いかもしれぬな。まあ、我らもルリに敵意を感じなかったから最初は放置していたのだが、少し気になる』
すると、コタロウは近くにいた数人の精霊に、後を追うようにと命じていた。
言われた通りに後を追っていった精霊達だったが、数分もしない内に帰ってきた。
「どうしたの?」
『見失っちゃったー』
『どっか行ったの~』
「えっ」
精霊が見失うなどあるのかと、コタロウに視線を向けると、コタロウもリンも難しい顔をしている。
『あら、ますます怪しいわね』
『風の精霊の目から逃れるなどただ者ではないぞ』
『ちょっと本格的に調べた方が良さそうじゃない?』
『うむ。ルリに何かあってからでは遅いからな』
「別に私にはコタロウが常時結界を張ってるから大丈夫じゃない?」
しかし、ジェイド並に心配性なのがコタロウである。
『いや、何かあってからでは遅いからな。霊王国の王都中の精霊を動かそう』
「えっ、そんな大がかりにして大丈夫?」
ここは竜王国ではなく霊王国だ。
人様の土地で勝手をしていいのかと思ったが、そもそも精霊に人が決めた国境など関係あるはずもなく、瑠璃が止める前にコタロウは指示を出した後だった。
「コタロウは過保護だよね」
『神光教の時のように後手に回ってルリを危険な目に合わせるわけにはいかないからな。ルリは我が守る』
忠犬であると同時に、なんともイケメンなことだ。
ジェイドという旦那様がいなかったら、あやうくときめいていたかもしれない。
お礼の代わりに、力いっぱいそのモフモフな体に抱き付いた。