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モフモフ禁止令



 クッキーとお茶を食しながらなんやかんやと世間話で盛り上がる。

 セラフィは幽霊なのでクッキーもお茶も口にしないが、その代わりにたくさんの話題を提供してくれた。



 元はヤダカインの魔女だったというセラフィは、瑠璃の知らぬヤダカインの歴史や、魔女や呪術のことを教えてくれる。



「ヤダカインの魔女はね、元は竜王国にいたらしいの。魔女は精霊に力を借りない独自の魔法を使うのだけど、それを人々は呪術と言って恐れたの。実際は人を呪うことなんて高度すぎてできる者はほとんどいないんだけどね。だけどできるというだけで迫害を受けて竜王国に流れ着いたんだけど、そこでも折り合いが悪くて、海を渡り今のヤダカインで国を興したの。初代女王はかなり若かったけれど、魔女としてはすごい力を持っていたらしいわ。でも病気で若くして亡くなったみたい」



 と、初代女王の話をしていたセラフィの言葉をリディアが止める。



『あら、それは違うわよ』


「え?」


『ヤダカインの初代女王は病死ではなく殺されたのよ』


「そうなの?」


『ええ。ヴァイトは初代女王と仲が良かったからよく知ってるわ。その時のヴァイトは怒髪天をつく勢いでヤダカインに怒鳴り込みに行ったから』


「誰が殺したか分かってたの?」


『次の女王に立った者よ』


「それってかなりヤバイんじゃあ?」



 竜王がヤダカインに怒鳴り込むとか戦争をおっぱじめる発端になりかねない。



『実際は追い返されたみたいだけどね。私の所にもグチグチ文句を言いに来てたわ』


「何故二代目が初代を殺すようなことを?」



 自分が知っているものとは違う、始めて聞く自国の歴史にセラフィは興味津々に問う。



『精霊殺しが発端なのよ。精霊殺しの魔法を一人の魔女が作り出した。けど、初代はそれの危険性を理解して使わせなかった。それが気に食わなかったその魔女が初代を殺し、自分が女王になった。簡単に言うとそんなところよ』


「へぇ」

 


 ポリポリとクッキーを頬張りながら感心する瑠璃は完全に他人ごとだ。



『他人ごとだけと、彼女はルリとも縁があるのよ』


「どこに?」


『ルリがいつも使ってる猫になる腕輪。あれは初代女王がヴァイトに作って渡した物よ。ルリは散々お世話になってるでしょう?』


「確かに」



 猫になる腕輪に何度助けられたか。

 そして、どれだけのモフモフに飢えた竜族を癒してきたか分からない。


 すると、セラフィがしみじみと言った。



「ルリのその猫になる腕輪って本当にすごい物よ。それだけ完全に猫に変身できる魔法具を作れる者は過去にいたかどうか」



 魔法具とは魔法の力を込められた道具のことだ。

 使用者の魔力をエネルギーに発動する物から、魔石という魔力が固まってできた石のようなものを使って発動する物とがあると教えられた。



「ルリの腕輪のように半永久的に使える物となるとさらに作るのは難しいのに」



 以前に瑠璃を襲った賊が持っていたネズミになった腕輪は、回数制限のあるものだった。

 それは魔力のない人間でも使える代わりに、魔石の中にある魔力を使い切ってしまえば使えなくなる。

 瑠璃の持つ回数制限のない腕輪と比べれば比較的作れる者はいるらしい。


 セラフィも、それ位なら作れると言っていた。


 瑠璃の腕輪は魔石ではなく使用者の魔力を使って発動するもののようで、魔力のない者が付けてもただの腕輪だが、魔力さえあればずっと使い続けられる。


 その分作るのが難しいようだが、どう作るのかは説明されても瑠璃にはちんぷんかんぷんだった。



「セラフィさんでも難しいですか?」



 セラフィも優秀な魔女だった。

 魂を指輪の中に封じ込めるという荒技をやってのけるほどに。

 だが……。



「うーん。私でもちょっと無理かしら。回数制限があって、見た目だけ変化させる位のものならギリギリ作れそうだけど」


「……それ、売っちゃったら人気爆発しませんかね?」



 世の中には、特に亜人と人間が差別なく暮らしている竜王国には、亜人のように動物に変化したい願望を持つ人間や、他の種族になりたい亜人がけっこういたりする。


 たまに城で働く竜族が、「俺も猫になりてぇ」とか、「モフモフ憧れるよなぁ」なんてことを言っているのを耳にする。



 瑠璃とセラフィは顔を見合わせると、ニヤリとあくどい笑みを浮かべた。



「がっぽり儲けられるかも」


「まずは竜族に売りつけてみますか?」



 が、ここで問題が。



「あーっ、駄目だわ」


「どうしてですか?」


「魔石がないのよ。簡単な魔法具なら、魔法を刻む媒体は魔石でなくても良いんだけどね。それだけ高度な魔法を刻むとなると魔石を使わないと私の力量じゃ無理だわ」


「簡単なのは魔石じゃなくてもいいんですか?」


「ええ。まあ、ルリの腕輪を作った初代様ぐらいの力と知識を持った魔女なら魔石じゃなくても作れるかもしれないけれど、私では駄目だわ。ヤダカインでは多少採れたけれど、魔石なんてそうそう落ちてるものじゃないし……」



 と、考えるように視線をうろうろさせていたセラフィが目を止めて「あっ」と言った。


 瑠璃が視線を追うと、そこには床に山積みとなった宝石があった。

 なんの宝石かは分からなかったが、部屋の中にたくさん散らばっており、透明でキラキラと輝いていて綺麗だったのでまとめて置いておいた物だ。

 集めてみたら、瑠璃の身長を優に超える山ができあがった。

 それらはヴァイトの遺産の中にあった物である。



「あれ魔石だわ」


「えっ、マジですか!?」


「ええ、落ちてたわね……。なんて都合が良すぎる」



 セラフィによると、魔石は自然界の魔力が多く集まる場所で何年も掛けて石の形になる。

 その場所を見つけるのはかなり難しいのだという。


 何故ヴァイトがこんなにも魔石を持っていたのかという理由はリディアが知っていた。



『昔のヤダカインは魔石が豊富にできる場所で、それこそそこら中に魔石がゴロゴロ落ちていたほどなのよ。それをヴァイトが拾って集めていたわけ。けれど、精霊殺しによってヤダカインの地の魔力は吸収され魔石は数を減らしていったの。けれど、ヤダカインから精霊殺しは排除されたから、次第に魔石がたくさん採れるようになるでしょうね』


「精霊殺しってほんとろくなことしないわね」


「そう言われると、なんだか罪悪感だわ」



 セラフィはヤダカイン出身。

 クォーツに連れられヤダカインを出るまでは、精霊殺しの恩恵を受けていた者の一人だ。

 色々と思うことはあるのだろう。



「けど、これで作りたい放題ね!」


「リディア、これ使っても良いの?」


『かまわないわよ。ここにある物はルリの物ですもの。好きに使ってちょうだい。そもそも、魔石なんて使い方を知らない者にとったらガラクタと変わらないから』



 ヴァイトも集めるはいいものの、扱いに困ってほったらかしだったようだ。



「それなら遠慮なく」


「んふふ、これだけあれば億万長者も夢じゃないわね」

 


 セラフィは笑いが止まらないという様子だ。



「私もお手伝いしますよー」



 がっぽりがっぽり。

 瑠璃の頭の中はお金のことでいっぱいだ。

 そんな瑠璃を見てリディアは言った。



『ルリ、あなたそんなことをしているより、王のそばにいた方がいいのではないの? まだ竜心の同調を終えていないでしょう?』



 リディアの言葉に瑠璃の頬が一気に熱を持つ。



「な、な、な、なんでそんなこと分かるの!?」



 あたふたする瑠璃に、リディアはきょとんとした顔をして首を傾げる。



『そんな動揺するようなこと言ったかしら? これでも精霊ですもの、それ位は聞かなくても分かるわ。ルリの中にある別の魔力を感じるから』


「そ、そうなの?」


『早く同調させた方が良いわよ。人間は体が弱いから。同調すれば今よりは頑丈になるから私も安心だもの』



 なんてないことのように言うが、そのためにはジェイドとキスをしなければならないということで……。

 それを考えると、意図せずして頬が紅くなるのが分かる。

 そんな瑠璃に先輩でもあるセラフィが口を出す。



「あら、ルリはまだだったの? まあ、人間が相手だと時間が掛かるらしいから仕方がないかしら。私の時も時間が掛かったもの。まあ、それで体が丈夫になったのに病気で死んじゃったんだけど」



 あははっと軽快に笑うセラフィは、死人なのに陰鬱としたものが一切感じられない。

 なんとも元気で明るい幽霊である。

 そんな番いの先輩であるセラフィに瑠璃は聞きたかった。



「あの、やっぱりセラフィさんも、同調する時は、その……」


「キスしたかって?」



 ド直球を投げてくるセラフィに瑠璃は両手で顔を覆って頷いた。

 


「はい……」


「私も最初に聞いた時はびっくりしたわ。同調するのにキスする必要があるなんて」


「私、耐えられそうにないんですけど……」



 恥ずかしさで死にそうだ。



「耐えるしかないわ。他に方法はないらしいから。私も死ぬほど恥ずかしかったけど頑張ったもの。竜族を伴侶に持った者の運命よ」



 達観した顔をするセラフィに尊敬の念すら浮かぶ。

 色々と諦めているとも言うが……。



「同調するのにキスするとか、誰得ですか!?」


「ははは……。クォーツは上機嫌だったけれどね……。もうこれは諦めるしかないわ」


「う~」



 瑠璃とセラフィが同調のことで話し込んでいると、リディアが困惑した顔でおずおずと話し出した。



『えっと……。同調するのにキスする必要はないわよ』


「えっ!」


「えっ!?」



 勢い良く瑠璃とセラフィはリディアに顔を向けた。



『魔力を相手に譲渡すれば同調できるの。それは相手のどこかに触れているだけで良いのよ』


「えっ、つまり?」


『手を繋ぐだけで事足りるわ』


「はあ!?」


「なんですってぇ!?」



 二人は揃って驚愕する。

 


「だって、ジェイド様は必要だって!」


「クォーツだってそう言ってたわ!」


『た、多分、騙されたのね二人共』



 沸々と湧き上がる感情は勿論怒りである。



「セラフィさん!」


「ええ、ルリ!」



 二人は顔を見合わせると、出口に向かって歩き出した。



「リディア、また来るわ。たった今野暮用ができたから」


「時の精霊様、お邪魔致しました」


『あらあら』



 後には困ったように苦笑するリディアが残されたのだった。




***




 空間から出た瑠璃は一目散に執務室に向かった。

 勿論セラフィも一緒である。


 叩き壊しかねない勢いでノックしてから執務室に入ると、びっくりしたように目を丸くするジェイドがいた。


 都合よく、クォーツまでいるではないか。



「どうしたんだ、ルリ? なにか怒っているようだが」



 瑠璃はジェイドの前に立つと、怖いほどの笑顔を浮かべた。



「ジェイド様、同調するには手を繋ぐだけでいいんですってね!」



 そう問うすぐ側では、セラフィがクォーツに詰め寄っている。



「時の精霊様から聞いたのよ。あなた同調にはキスが必要だって言ったわよね。騙してたの!?」



 ジェイドとクォーツは一瞬無言になった後、そろって視線を外し、舌打ちした。



「ちっ、バレたか」


「余計なことを」



 それは小さな呟きだったが、しっかりと瑠璃とセラフィの耳に届いた。



「ジェイド様ぁぁ」


「クォーツぅぅ」



 二人の女性の顔が怒りに彩られると、男達はそろって焦り始める。



「いや、待て、ルリ。これはだなぁ……。えーと……」


「落ち着くんだ、セラフィ。愛ゆえなんだよ」



 なんとかこの場を乗り切ろうと考えを巡らす男達を見て、瑠璃とセラフィは踵を返した。



「ル、ルリ?」


「セラフィ?」



 伸ばした手は悲しく空を切る。



「ジェイド様はしばらく、モフモフ禁止です!!」



 がーんという言葉が当てはまるほど、ジェイドは衝撃を受けた顔をした。



「そんな、待ってくれ。それだけは……」



 モフモフはジェイドのなによりの癒し。

 それを奪われるなどこれ以上の苦行はない。

 しかし、瑠璃は非情な宣告をする。



「駄目です! 嘘つきのジェイド様の前で猫になるのは止めます」 


「クォーツもよ。私はしばらくあなたの前から姿を消すから」



 慌てたのはクォーツもだ。

 


「何を言ってるんだい、セラフィ!?」


「あなたにはこのお仕置きが一番効果的でしょ」


「ちょっと、待ってくれ!」



 クォーツがセラフィの元へ駆け寄ると、セラフィはすっと体が透けていき空気に溶けるように姿を消した。


 恐らく、魂を閉じ込めていた指輪の中に入ってしまったのだろう。

 指輪はクォーツが持っているが、そうなってしまってはクォーツでも手が出せない。

 


「セラフィ! セラフィ!」



 クォーツが必死に指輪に呼び掛けていたが、指輪はうんともすんとも言わない。



「ジェイド様も、クォーツ様も、しばらく反省して下さい!」



 そう言い捨てて、瑠璃は執務室を後にした。







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― 新着の感想 ―
ルリとセラフィは義姉妹みたいなもんだよね 仲良きことは善きかな~
[一言] 好きな人に、騙してでもいちゃいちゃしたい沢山キスしたいって思われるの、羨ましいなあ
[一言] だから四六時中膝に乗せたりしてる瑠璃ならとっくに同調が終わってもいいと思われて、毎日聞かれてたんですね… 素直に教えてれば一日中手をつないだり、1週間くらい離れずにお膝に乗せてモフモフしっ…
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