新婚生活
瑠璃がジェイドと結婚して少しの時が過ぎた。
婚姻の儀……いわゆる結婚式を行った後には、新婚旅行で樹の精霊に会いに霊王国にも赴いた。
霊王国の愛し子であるラピスと一騒動ありつつも、樹の精霊とも話ができ、霊王国の王都をジェイドと二人で歩き、新婚旅行を満喫して瑠璃は大満足だった。
そして帰ってきてからはジェイドとの甘ーいと叫びたくなるような新婚生活。
そしてそれを邪魔するお邪魔虫もいたりする。
「ル~リ~」
今日も来たかと、白猫の姿でジェイドの膝の上に乗っていた瑠璃はげんなりとした。
『また来た……』
ジェイドも呆れるようにしながら瑠璃の頭を撫でる。
「騒々しいぞ、アゲット」
やって来たのはアゲット。
「ルリ、調子はどうだ? 子はできそうか?」
ほぼ毎日の日課と言ってもいい質問に、いい加減瑠璃の堪忍袋の緒も切れる。
『だ~か~ら~。毎日毎日言いますけど、昨日の今日でできるはずがないでしょうが!』
アゲットがどれだけ瑠璃とジェイドの子供を心待ちにしているのかは分かるが、無神経がすぎる。
毛を逆立てて怒ると、アゲットはしょんぼりとする。
「なんだ、まだなのか……。ちょっと遅すぎやしないか? 陛下、もっと二人の時間を増やして専念してはどうですか?」
カッと瑠璃の顔に熱が集まる。
無神経を通り越してセクハラである。
「お前も私の仕事が忙しいのは分かっているだろう。ルリと二人だけの時間も中々取れないしそうすぐには無理だ」
平然と答えるジェイドもどうかしている。
瑠璃は羞恥に震えた。
『ジェイド様!』
「ん? なんだ?」
瑠璃に対しては途端に甘い声に変わるジェイドに、瑠璃も反論の言葉をなくした。
『くぅ、なんでもないです……』
「そうか?」
モフモフの頭を撫でられて、瑠璃は顔を隠してアゲットが去るのをひたすら待った。
「ならば、もう少し二人がゆっくりできる時間を増やすしかないか。よし、対策を練るぞ!」
そうして、嵐のように去って行った。
瑠璃はまだまだ現役バリバリに元気なアゲットに、深い溜息を吐くのだった。
しばらくすると、ジェイドがペンを置いた。
休憩かと顔を上げると、ジェイドはおもむろに瑠璃の腕輪を外して机の上に置く。
瞬く間に人間の姿に戻った瑠璃を横抱きにして、触れるだけのキスを落とした。
頬を染める瑠璃をジェイドは愛おしそうに見つめる。
ジェイドとの新婚生活は真綿で包まれるように大切にされ、時々竜族故の独占欲に困ったりもするが、瑠璃はジェイドに愛されその穏やかな幸せに胸がいっぱいになる毎日だ。
頬を包まれ、幾度となく唇を合わせる。
最初にした軽いものではない深いそれに、瑠璃はいっぱいいっぱいだったが、ジェイドが止める様子は一切ない。
王の仕事に忙しいジェイドは、できるだけ瑠璃を側に置き、執務の合間の休憩を見計らっては飽きもせずいつまでもキスをし続ける。
突然誰か入ってきやしないかと内心冷や冷やしつつも、嫌ではない瑠璃は、恥ずかしがりつつもジェイドを受け入れる。
だが、あまりにも頻繁かつ、一度始まると中々離してくれないジェイドに、瑠璃の方が限界になる。
腕に力を込めて強制的にジェイドと距離を取った。
不満そうなジェイドの表情が目に入ったが、構ってなどいられない。
「もう無理です……」
息も絶え絶えに瑠璃がそう言うと仕方なさげに顔を離した。
と言っても、瑠璃自身を離す気はさらさらないようでジェイドの腕から逃れられない。
まあ、逃れる気はないのでそこはかまわないのだが、ジェイドのスキンシップの多さに瑠璃はあっぷあっぷしてしまう。
当初は人の姿でジェイドの膝に座るだけで顔を赤らめていた瑠璃も、そんなことを一々気にしている余裕がないほどのジェイドのスキンシップに、ようやく普通に体を預けることができるようになってきたところだ。
だが、やはりまだ濃密な触れ合いを何度もされると、慣れてきた瑠璃でもまだ修行が足りない。
まさかこれほどにジェイドがキス魔だったとは、結婚してから知ったことだ。
いや、前から兆候はあったかもしれない。
新婚だからそんなものだと言われたらそうなのかもしれないが、瑠璃の経験値がジェイドに追い付かない。
「あのジェイド様、もう少しキスの頻度を少なくしませんか? い、いや、別に嫌だって言っているわけではありませんよ!」
これがずっと続くのは身が持たないと感じた瑠璃が恐る恐る提案してみるが、ジェイドから冷たい視線を感じて慌てて嫌ではないという言葉を付け加えた。
「嫌ではないなら問題ないだろう」
しれっと答えるジェイドに、負けるな自分と己を奮い立たせ瑠璃は食い下がってみる。
「いえ、嫌ではないですけど、これが毎日じゃあ身が持ちませんよ。体力的にも精神的にも!」
主に心臓への負荷が心配だ。
竜族は番への愛情が強いと聞いてはいたが、瑠璃の予想以上だった。最近では瑠璃の姿が見えないと機嫌が悪くなるほどだ。
最初はしばらくすれば落ち着くだろうと人間の瑠璃は思っていたが、竜族というのを舐めていた。
日が経つほどに独占欲がひどくなっていっている。
元々猫の姿でジェイドの側にいることが多かったので、特に瑠璃自身が不便を感じていないから問題ないが、瑠璃は人間だということを念頭に置き、もう少しお手柔らかに頼みたい。
「だが、ルリの為でもあるんだぞ」
「どこがですか!?」
キスをすることのなにが瑠璃のためになるのかと、瑠璃は顔を赤くする。
「なんだ忘れたのか?」
「なにがです?」
意外そうな顔をしたジェイドに、瑠璃も首を傾げる。
「前にも言ったような気がするんだが」
「なんのことか分かりませんけど?」
瑠璃は首を傾げる。
「竜族の男は、竜心を与えた番との間にしか子を持てないということは聞いているな?」
「はい」
婚姻の儀式の大まかなことは式の前にアゲットから一通り聞いていた。
男性からもらった竜心を番いの女性が飲み込み、それをもって伴侶となる契約とされるのだ。
竜族同士ならお互いに竜心を交換し飲み込むが、別に違う種族でも伴侶となるのに問題はない。
ただ、女性が竜族で相手が異種族の場合は竜心の交換がなくても子を望めるが、男性が竜族の場合は男性の竜心を飲み込まなくては相手の女性は妊娠することができない。
それは強い種である竜族をお腹の中で育てるために必要なことらしい。
「ただ単に婚姻の儀で竜心を番いに渡すだけでは終わりじゃない。本来異物である竜心を体に馴染ませるために、番いへと魔力を送り同調させるんだ」
「同調? あー、そう言えばそんなこと前に言っていたような……」
「忘れていたようだな」
「はい。すっかり……」
そんなこと思い出しているほど瑠璃に余裕はなかったのだから仕方がない。
「こうして私の魔力を流すことで、ルリの中にある竜心をルリと同調させて準備をしなくては子ができるようにはならない」
「だったら、アゲットさんはなんであんなにも毎日聞きに来るんですか? 準備がまだなら子供なんてできないのを分かってるでしょうに」
「アゲットは、子ができたというより、同調できたかを聞きに来ているんだ。それに、同調することができれば、竜族ほどとまではいかずとも、体を強くすることができる。少々の怪我や病気はしなくなるようにな。人間は弱い。すぐに病気や怪我で亡くなってしまう脆弱な種族だ。だからアゲットはルリを心配して、同調を終えたか毎日気にしているんだろう」
まさかはた迷惑なあれが瑠璃を心配しての問いかけだったとは驚きである。
ハラスメントじじいと思っていたことを申し訳なく思った。
「同調するにはどれぐらいかかるんでしたっけ?」
「竜族は普通、婚姻の儀の後、蜜月の休暇をとって一ヶ月は番いと寝食を共にする。最低でも三日だ」
「げっ、そんなに……?」
瑠璃は顔を引き攣らせた。聞いただけで気が遠くなりそうだ。
「いや、それはあくまで竜族同士の場合だ。ルリのように人間だと竜心が馴染むのにも時間が掛かる。それ以上の時間が必要だ」
「えぇー」
「それに、私も王の執務があるから時間はもっと掛かるだろうな。まあ、アゲットがなんとかしようと動き出したから、今よりルリに魔力を与える時間も取れるようになるだろう。本当だったら、とっくに同調を終えているはずだったのだが、何だかんだで魔力を送る機会が少なかったからな」
獣王国に行ったり、ヤダカインとのいざこざがあったりと、二人でいる時間が取れない時もあった。
決して瑠璃のせいではないが、それにより同調が遅れているのは事実だ。
「ううっ」
理由があると聞いた以上、瑠璃も嫌だと言えなくなった。
でも、流石に今日は終わっただろうと安心した所へ。
「……ところで、大分元気になったようだな」
途端に色気を発する妖しげな笑みを浮かべるジェイドに気付き、瑠璃は心の中で声なき声をあげ、逃走を図る。
……が、すかさずジェイドに抱き込まれ、逃亡は失敗する。
恐る恐る見上げると、にっこりと笑むジェイドの顔があった。
「早く同調してしまえば、アゲットもなにも言わなくなるぞ?」
ゆっくりと近付いてくるジェイドの顔を前に、瑠璃には観念して目を閉じるしか道は残されていなかった。
そして、クラウスがやって来るまで瑠璃はヘロヘロにされるのだった。