霊王の悩み
連載再開します。
よろしくお願いします。
湖の上に浮かぶようにある白亜の城。
ここは霊王国、霊王が住まう城。
そうであると共に大樹の体を持つ樹の最高位精霊が住まう場所でもある。
城の中心から天を覆うほどにそびえ立つ大樹は、この霊王国建国以来ずっとそこにあり、霊王国を見守っている。
獣王国ほどではないが信心深く、国民の気性は穏やかで、長く争い事とは無縁の国である。
国の歴史は長く、世界の中で最も古い歴史と記録が残っている。
そんな霊王国の霊王アウェインの執務室では、難しい顔で話し合いが行われていた。
海の底のような青い瞳と、肩までの長さの真っ直ぐな青銀の髪。
子供なら一目でギャン泣きする凶悪な目つきをした人相をしているが、国民からの支持率が高いのは幸いだった。
アウェインはその人相に反して心はとても繊細なのだ。
子供好きであるにも関わらず子供からは怖がられるので、こっそり落ち込んでいるところを度々目撃されている。
その姿は、モフモフな小動物に逃げられた時のジェイドの姿と被るものがある。
アウェインは麒麟という種族。
麒麟は高い知性と竜族以上の強い魔力を持つが子ができづらく、それ故に数を減らしていき、今やアウェインはこの世界で只一人となった純粋な麒麟の血を持つ生き残りだ。
愛し子である息子のラピスはいるが、彼に麒麟の性質は受け継がれなかった。
アウェインは亡くした妻を今も愛していたので、今後も後妻を迎える気はさらさらない。
故に、麒麟という種族はアウェインで絶えることになるだろう。
しかし、当の本人であるアウェインはそういうことはあまり気にしてはいなかった。
彼が気にしているのは、この国の現在であり未来だ。
そんなアウェインが今最も気に掛けているのは、この霊王国の聖獣のことである。
「まだ犯人は見つからないのか?」
「申し訳ございません。人手を割き調べておりますが、未だ何も……」
「そうか……」
アウェインの眉間の皺が深く刻まれ、それにより凶悪な顔がさらに凶悪になっているが、ここにいる者達はアウェインが信頼する側近達。
アウェインの凶器とも言える顔にも免疫を持つ者達だ。
これ位では動じない。
そんな彼らが今話題としているのはこの国の聖獣のことによる問題だ。
しばらく前、霊王国では神聖な存在とされている聖獣が毒殺される事件が起きた。
まだ子供の聖獣だった。
警戒心もなく好奇心旺盛だったのが悪かったのだろう。
与えられた食べ物を警戒もなく口にしてしまったのだ。
それにより命を落としてしまった聖獣の子はなんの因果か、後に風の最高位精霊が肉体として求めた。
そのままにしておくよりはと、誰も否を唱えなかった。
この国の守護者である樹の精霊がそれを認めたというのもあるだろう。
そもそも精霊のすることを人が止めることなどできない。
だが、結果的にそれで良かったと思ったのはアウェインだけではなかった。
多くの者には知られてはいないが、ごく一握りの者だけが知る聖獣の秘密があった。
それは、聖獣は死するとその体からとある物が採れるということ。
それはとても強力な秘薬を作り出す材料となり、遠い昔にはその薬を求めて聖獣が乱獲された過去があった。
それを保護したのが、霊王国を作ったアウェインと樹の最高位精霊だ。
彼らを守るため、聖獣として国の大事な生き物として周知させた。
城に保護したことで聖獣が人の目に触れる機会が少なくなるにしたがい、秘薬のことは時と共に忘れられるようになっていった。
城で守られることにより聖獣が数を減らしていくことはなくなったが、繁殖力の弱い聖獣が未だ絶滅の危機にあるのは変わりなかった。
それでも、霊王国建国から今に至るまでその種を守り続けていられているのは、霊王と城を守護する樹の精霊の目が行き届いていたからだ。
樹の精霊の守りの中で罪を犯そうなどという愚者はこれまで現れなかった。
それなのにだ。
今回、聖獣の子を死なせるという事態を許してしまったのは、アウェインに限らず城で働く者達にとってショックが大きかった。
聖獣の子に毒を与えたのは、普段から聖獣の世話をしていた世話係の一人で、とても勤勉で仕事にも真面目。
誰もがその者がそんなことをするとは思わなかった。
事実を知った後ですら、彼を知る者は信じられないと口々に言ったほどだ。
その世話係がなんの目的で聖獣の子を毒殺したのかは分かっていない。
それを聞き出す前に、世話係は牢の中で不審な死を遂げてしまったからだ。
もがき苦しむように胸元を引っ掻いていた跡があることから、彼も毒で死んだことが分かったが、牢に入れる前に彼の持ち物検査は徹底的にされていたのだ。
なので、どこからか毒が持ち込まれたと予想されたが、誰がかは分かっていない。
恐らく口封じだろうと思うのは、アウェインのただの勘である。
この事件の裏には黒幕がいる。
その目的は判明しないが、聖獣の死体から採れる材料を手にするためではないのかと、アウェインは危惧していた。
しかし、そのことを知るのは霊王国でもごく一部の者だけなのだ。
その誰もが古くから霊王国に仕えている者達ばかりだった。
疑いたくはない。
けれど、王としてアウェインは務めを果たさなくてはならない。
中でも信頼できる者に極秘に調査させていたが、黒幕も、そして聖獣を狙った理由もはっきりとしなかった。
まだ聖獣のそれを狙ったとは限らず、あらゆる方向から可能性を考えるが、それ以外に聖獣を狙う理由が分からないのだ。
事件があって以降、これまで以上に聖獣の警備は厚くしてある。
次の犠牲が出ないことを祈っているが、早急な犯人の捜査が急がれた。
「しかし、陛下。そのことばかりに気を向けてはいられません」
「分かっている」
聖獣が大事であることは間違いないが、大事なことはそれだけではない。
いくら霊王国が平和で、国民の気性が穏やかだとしても、何一つ問題がないわけでないのだ。
長く続く国だからこそ、それを維持し続けるのは難しいのだ。
霊王アウェインの仕事は一つだけではない。
聖獣だけに構っていることは許されない。
「アイオライト国の問題もあります」
「はぁ……。そうだったな。頭が痛い……」
そう言うとアウェインはこめかみを押さえた。
アイオライト国は、霊王国からほど近い国だった。
過去形なのは、数年前に隣国に滅ぼされたからだ。
王族はことごとく処刑され、国は隣国に吸収され今やその名は地図上から消えた。
そこまではよくあることだ。
同盟国でない限り、霊王国はどこの味方もしない。
みずから争いに首を突っ込まないことが、樹の精霊との盟約だからだ。
それ故、霊王国は傍観者に徹した。
しかし、アイオライト国を吸収した国は、元アイオライト国民に対して過度な重税を課して、虐げていると聞く。
それにより、税を払えなくなった者達が、野盗となり霊王国へ繋がる街道で出没したり、海賊となって霊王国の船を襲ったりと、霊王国も他人ごとではなくなってきたのだ。
「もう少しすれば四カ国同盟の会談もあるというのに、問題が山積みだ……」
いっそ投げ出して逃げたくなるアウェインだったが、真面目な性格のアウェインにそれができるはずもない。
「今回は獣王国のセレスティン様だけでなく、竜王国の愛し子もいらっしゃるとか。いつも以上の警戒が必要ですな」
「竜王国の愛し子は最高位精霊の内三精霊と契約しているからな。万が一にも機嫌を損ねないように」
「そのことなのですが、やはり最高位精霊様方もお越しになるのでしょうか?」
側近としてそこは一番の気がかりだった。
なにせ最高位精霊とは、一生掛かってもお目にかかれない至高の存在。
そんな最高位精霊と契約しているばかりか、名前を与えて従属させている瑠璃には驚きを通り越してドン引きである。
しかも、契約している精霊の他にも今の竜王国には半数の最高位精霊が集まっていると聞く。
完全に四カ国の力のバランスは崩れていた。
幸いなのは、以前に霊王国にやって来た瑠璃を見る限りでは、その力を悪用するような悪人ではないことだ。
むしろ友人のように精霊と接している姿は好感が持てた。
が、それは瑠璃に対してであって、他の最高位精霊は別である。
霊王国には樹の精霊がいて城の者も慣れているとは言え、複数の最高位精霊への対応の仕方など習ってきていない。
もし、ひんしゅくを買ってしまったら……。
そう考えるだけで側近達は胃がキリキリする。
「樹の精霊によると、理不尽な方々ではないようだ。いざとなれば樹の精霊が取りなしてくれるからそう気をもむな」
「そうであれば良いのですが……」
「まあ、いつも通りでいい。歓迎の宴の準備もしっかり頼む」
「かしこまりました」
話は終わったと退出していった後に残されたアウェインは、窓の外に視線を向ける。
そこには大樹が空高くそびえ立っていた。
「次の犠牲が出る前になんとかしなくては。いざとなれば樹の精霊に協力を頼まねばならなくなる」
それはできれば避けたいとアウェインは思っていた。
精霊は基本的に契約でもしていない限り誰かに肩入れしたりしない。
樹の精霊がここを守っているのは樹の精霊自身の個人的な想いがあるからだ。
決して、アウェインに、そして霊王国に味方しているわけではない。
だから今回の聖獣の件も、アウェインは樹の精霊に何かを求めることはせず、ただ事実の報告だけに留めていた。
けれど、もしこれ以上の被害が出るのであれば、アウェインはなんとか樹の精霊に協力してもらえるように頼むしかない。
「頭の痛い話だ……」
現在連載中の別の作品「視線から始まる」もよろしくお願いします。。
この作品の外伝的な作品である「裏切られた黒猫は幸せな魔法具ライフを目指したい」も、この作品と重なる部分があったりするので、気になりましたら読んでみて下さい。