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愛し子

 ーー近々ルリという子をそちらに送る。暫く面倒をみておくれーー


 そんな、経緯も理由も省略された一行だけの文がクラウスの元に水鏡から送られてきたのは、瑠璃が訪れる数日前の事。

 


 息子達が自活出来るようになったとみるや、直ぐに家を子供達に譲り、自分は森の奥でのんびり老後生活を始めてしまった母。

 元々他の種族から見れば放任主義な竜族ではあるが、一応城で働くようにはなったが、まだ立派な大人とは言い難い子供を置いて去っていく母に、クラウス達子供が物申す事もあった。


 だが、「私とあいつの子供であるお前達が、そんなやわなわけないだろう」という言葉が返ってきて、事実そうなのだから、何も言えない。


 これで母親の愛情を感じなければ、ぐれていたところだが、その点は抜かりは無く、愛情を疑う事はなかった。


 元々すこし変わっており、きちんと定期的な連絡はするという事なので、そういう人だとクラウス達は諦め見送る事となった。


 そんな母から、珍しく定期連絡以外の便りが届いたかと思えばこれだ。


 クラウスは記憶を手繰っていくが、ルリという名の者に覚えはない。

 森へ移住してから知り合ったのだろうが、母が頼み事とは珍しいなと思っただけで、あまり深くは考えなかった。


 それから数日後、クラウスが城へ登城しようと思い門を出ると、そこには綺麗な真っ白な毛の猫と精霊。

 その組み合わせに驚いたクラウスには、その後も怒濤のような驚きが続く。


 母からの手紙で、てっきり人だと思っていたクラウスは呆気に取られた。

 更に渡された手紙の中には、確かに目の前の猫が母の使いであるという事と、決して見逃せない一文………いや、注意事項が書かれていた。



 ーー使いにやったルリは、愛し子だ。掠り傷一つ付けるんじゃ無いよ。

 ルリは愛し子の事もこの世界の事も何一つ知らない、だから、この世界の常識を教えてあげとくれ。ーー


 愛し子…………。


 その言葉にクラウスは戦慄した。

 だが、クラウスの前に居るのは精霊が一人だけ。

 精霊に好かれる者なら二、三人程度なら連れている事はままある。それでは愛し子とは言えない。

 だが、確認をしてみれば、クラウスが生まれてこの方見たことも無い数の精霊が集まった。


 何て者を押し付けてくれたんだと、母親へ不満が脳内で木霊する。


 自分の手には余ると判断したクラウスの行動は早かった。

 家の者へは決してルリの居る部屋には近付かないように厳命し、これまでの最速記録で登城した。



 普段の落ち着いたクラウスからは考えられない慌ただしさと、乱暴な扉の開け方に、執務室にいた竜王を始め署名を求める官達は目を丸くした。



「人払いをお願い致します」



 開口一番のそのクラウスの言葉に、竜王は眉をひそめたが、無駄な事は聞かず、中でも特に信頼の置ける側近数人を除き退出させた。


 執務室に残ったのは、竜王とクラウス、アゲットとフィン、そして宰相のユークレース。



「いったいどうした、クラウス。お前らしくもない」


「愛し子が現れました」



 愛し子という言葉に、最初誰もが理解できなかったが、一拍の後大きく目を見開いた。



「な、何だと………」


「それはまことか!?」

 


 冷静に見えつつも、その声は僅かに震えていた竜王。

 片や、くわっと目を血走らせ、今にも掴み掛からんばかりに身を乗り出し興奮するアゲット。

 態度に温度差はあれど、二人ともこの上なく驚愕していた。勿論他の側近達も。



 愛し子。精霊から特別愛される者のこと。

 竜王国の初代国王もその愛し子だったと伝わっている。


 この世界に時折現れるその者は、恩恵と同時に争いと混乱を呼び起こす。


 愛し子の元には精霊が集まり、その精霊の力によりその土地は豊かになる。

 この世界に置いて精霊に好かれ守られるという事は世界を牛耳っているのと同義だ。


 それ故にその愛し子を手にしようと目論む国や権力者が争い、多くの血が流れた事は一度や二度では無い。

 また、争いの中で愛し子が傷付き、精霊達が怒りにまかせ制裁を加えるという事態も起きた。



 そんな争いが幾度か続き、四カ国同盟の中で、愛し子の所在は愛し子自身が決めるという事で合意され、最も力ある四カ国が決めた方針に他国も沿うようにしている。

 が、愛し子の力を得たいという者が居なくなったわけではない。


 愛し子を見つければ、他国に介入される前にその国が早急に保護するのが基本だ。



「陛下、大至急城で保護しなくては!それで種族は!?」


「………猫です」


「なんと、猫族か」



 猫族は亜人の中ではあまり魔力が多くなく、愛し子が現れる事例は少なかった為、アゲットは僅かに意気消沈した。


 それというのも、愛し子には、愛し子としての能力に差がある。


 どれだけ精霊の好みの魔力をしているかで、どれだけの精霊の協力を得られるかが決まり。

 それと同時に、魔力が多くなければ、強い魔法は行使出来ない。

 魔力の少ない猫族では、精霊の力を使いこなすことが出来ないのではと、落胆したのだ。


 それでも、精霊が集まるだけで竜王国には恩恵があるのだから、直ぐにそんな気持ちは吹き飛ぶ。


 しかしクラウスは言い辛そうにアゲットの勘違いを訂正する。



「あの……いいえ、猫族ではなく猫です………ただの猫」

 

「……………猫?猫族ではなく?」


「はい」


「間違いないのか?」



 ポカンと言葉も出ないアゲットに代わり、竜王の再度の問い掛けに、クラウスはしっかりと頷いた。



「はい、尻尾は一本しかありませんでしたから」



 猫族とただの猫との違いはその尻尾。

 ただの猫が一本であるのに対して、猫族は二本以上ある事だ。



「ただ、普通の猫とは言い難いものがあります。

 猫の名はルリと申しておりましたが、恐らくルリは陛下と同等の魔力を持っているかと………」



 すると、それまで聞き役に徹していた宰相のユークレースが激しく反論する。



「猫如きが崇高なる竜族の王と同等の力を持っているわけがないでしょう。

 きっとあなたの勘違いよ!」


「私も最初は側に居た精霊から感じるものかと思いましたが、間違いは無いでしょう。

 それに念話も出来、私と会話するのに支障の無い知能もあります」


「猫が念話!?」



 クラウスはチェルシーから手紙を貰ってから今日までのやり取りを、全員に説明した。



「チェルシーめ………」



 唸るようにチェルシーの名を呼ぶアゲットの中に含まれた気持ちは、恐らく先程クラウスが感じたものと同じなのだろう。



「チェルシーがどういう経緯で愛し子を見つけたかは分からないが、恐らくその猫は魔獣の類いだろうな。

 魔獣の中には時折知能の高いものが生まれるから」



 竜王の言葉にクラウスも同意を示す。



「はい、確か以前母から森に魔力の強い魔獣が生息していると聞きましたから、その魔獣の事でしょう」



 盛大な勘違いに気付かないまま、一同納得した所で、次に考えるのは愛し子の今後。



「まあ、意思の疎通が出来るのは助かる。

 今その愛し子はどうしている?」


「我が家にて滞在を。

 家の者にも近付かぬよう言い置いております。万が一粗相があって精霊を怒らせる事態は避けたいですから」


「正しい判断だ。愛し子は城で面倒を見よう」



 クラウスはほっと安堵し、表情を緩める。



「助かります。

 愛し子はこの国の常識を全く分からないようなので、常識を教えて欲しいとも母から言われております」


「分かった。会ってみてから判断しよう」


「常識を知らないのならば、むしろ御しやすいではありませんか」



 はははっとアゲットが笑う。

 その時、ぞくりとするような強烈な悪寒が走り、竜王を始め、全員が周囲に警戒を向ける。

 すると窓の近くに、数人の精霊がふよふよと浮かんでいるのが視界に入ってきた。



「精霊………?」


『警告しに来た』


『警告、警告』



 一様に目をつり上げ、警告という言葉を繰り返す精霊達。

 これまで精霊がこのような行動を取るなど聞いたことが無い竜王達は、自然と表情が引き締まる。



『警告その一!』


『そのいち~』



 怒りを露わにしている精霊達なのだが、どうにもその話し方のせいで緊張感が薄れる。

 いけないと思いつつ、気が抜けていく。



『ルリを傷付けたら駄目ぇ!』


『傷付ける奴は万死に値する~』



 ルリという名で、精霊達が何を警告に来たのかを誰もが理解した。



『警告その二!』


『にい~』


『ルリの意志を無視する事も駄目ぇ』


『そんな奴は皆で成敗じゃあ』



 そこへユークレースが口を挟む。



「その子を説得して、同意してもらえれば良いって事かしら?」



 精霊達は顔を寄せごにょごにょと話を始める。

 そして結論が出たのか、再び向き直る。



『ルリが良いなら良いけど、嫌々は良くないの』


『何も知らないのを良いことに利用しちゃ駄目って事なの』


『次、警告そのさーん』


『ルリを悲しませたりしたら……』


『火攻め~』

『水攻め~』



 言葉が被った火と水の精霊がそれぞれ『こっちの方が良い』と言い合いを始めてしまった。


 竜王達としては、どっちにしろ国の存亡の危機なのでどちらも断固拒否したいが、まるで今日の夕食を決めるようなノリで言い合いは続いている。



『両方しちゃえば?』



 見かねた一人の精霊がそんな提案を打ち出すと、名案だと言わんばかりに表情を明るくした。



『うん、火で燃やし尽くした後、水で全部流しちゃお』


『王都以外にいる精霊達も呼んじゃおうよ』


『おー!!』



 拳を突き上げ、今にも飛び出していかんばかりの精霊達に、ユークレースは青ざめながら必死に叫んだ。



「ちょっと待ちなさい!私達はまだその子に何もしていないわ!!」



 すっかり目的を忘れ去っていた精霊達は、ユークレースの言葉で『あっ』と声を上げ、恥ずかしそうにはにかむ。



『えへへへ、そうだった』


『失敗、失敗~』



 ユークレースが止めなければ、危うくノリで王都を消されるところだった事に、全員背筋が寒くなった。

 


『取りあえずそれを守る事』


『ルリを苛めたら僕達が許さないって忘れないように。それじゃあねー』



 嵐のように精霊が去っていった部屋の中では、各々考えに耽っており、沈黙が続く。

 少しして、竜王が最初に口を開いた。



「クラウス、その愛し子は感情を制御出来るのか?

 なりふり構わず赤子のように少しでも自分の意に添わない嫌な事があれば、騒ぎ立てるようなものではないだろうな」



 これはとても重要な質問だった。

 ルリの意志一つで王都が攻撃される可能性がある。

 些細なことで気に食わないと騒ぎ、精霊に攻撃を仕掛けられてはたまったものではない。

 子供のように我慢の出来ないものだと、今後の被害は甚大だ。



「いえ、そうは見えませんでした。

 私と話している時も落ち着いていて、礼儀正しくしておられましたから。

 あっ、そう言えば騒ぐ精霊達を諫めてもおりましたね」


「精霊達は従ったのか?」


「はい、静かにするよう言えば静かにしておりましたよ」



 竜王は再び考え込んでから、当初と同じ結論に至った。



「やはり実際会って確かめるのが一番だな。

 愛し子は城に来ることに了承しているのか?」


「あまり乗り気ではなかったかと思います………」



 今先程、精霊達に意思を無視する行いは駄目だと警告を受けたところだ。

 自然とクラウスの声が小さくなる。



「なら、先に意思確認をして、もし来たくないというなら無理強いしなくて良い。

 フィン、お前も行け。

 行きたくないと言う場合は、そのまま愛し子の警護に当たれ」


「はっ」


「御意」



 クラウスとフィンは恭しく頭を下げ、瑠璃を迎えに行く為執務室を退出した。


 面倒な事になったと言わんばかりの深いため息が竜王から洩れる。



「竜王国には暫く愛し子はいないが、他国の愛し子もこうなのか?」



 残ったアゲットとユークレースに問い掛けるが、二人共分からないと首を振る。



「現在、霊王国と獣王国にそれぞれ愛し子がおられますが、精霊が直々に警告に現れるなど聞いたことはありませんな」


「恐らく愛し子として能力の違いじゃないかしら?

 そうなると、かなり精霊好みの魔力を持った子のようね」


「それだけ恩恵を受けるが、同等の混乱を呼びそうだな」


「愛し子が現れたのがナダーシャでなくて良かったですなあ」


「全くだ」



 竜王は手元にある資料に視線を落として、再び重いため息を吐いた。





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― 新着の感想 ―
いえいえそれがねぇ…?危うくナダーシャだったんですよぉ~
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