番外編 結婚式
結婚式のご要望が多かったので、追加で番外編です。
本日の城内は異常なほど浮き足立ち、そして慌ただしい。
それというのも、今日は竜王と愛し子の結婚式があるからだ。
朝から城の者はその準備に大忙し。
主役の瑠璃も、夜も明け切らぬ時間に叩き起こされ、数人がかりで全身マッサージ。
寝ぼけ眼のままだが、肌はウルウルツヤツヤだ。
そのまま朝食を……といきたいところだが、そんな暇はなく、メイクを施され髪を結い上げられ、コルセットで体を締め上げられた。
「うっ、吐く、吐く!これ以上締めたら内臓出る!」
「今日の主役がそんな泣き言言ってはいけませんわ!」
「そうですよ。本日は誰よりも美しくならなければ!」
必死の瑠璃だが、準備を手伝う者達もまた必死だった。
朝食を食べなくて良かったと心から思った。
何とかコルセットを着けて、この日のためにオーダーメイドされた真っ白なドレスを着て鏡の前に立つと、その綺麗な仕上がりに苦しさも忘れて見惚れた。
「うわー、綺麗」
さらに、頭の上にティアラとベールを乗せられたら完成だ。
「おおー。お姫様みたい」
『ルリ、きれーい』
『キラキラ~』
「愛し子様、今のうちに何か口に入れておいて下さい。この後は食べる暇はありませんから」
「はーい」
用意されたサンドイッチを食べながら、一息吐く。
少しすると、アゲットが入ってきた。
「ルリ、準備は良いか?」
「はい」
「うむうむ、晴れ舞台に相応しい仕上がりだ」
瑠璃の姿を見てアゲットは満足そうだ。
「この後の手順は教えておいたが、頭に入っておるな?」
「式が始まったら、ジェイド様と一緒に入場して、竜心の交換、続いて指輪の交換をして、誓いの言葉、そして退場、ですよね?」
「まあ、簡単に言うとそんな感じだ。陛下の竜心はどうしておる?」
「ここにありますよ」
ドレスを着るために外しておいた竜心の入ったネックレスをアゲットに見せる。
「そちらは預かっておこう。これは式の時に陛下から渡されることになるからな」
「じゃあ、お願いします」
竜心をアゲットに渡す。
「では、時間になったら呼びに来るのでな」
「はい」
出て行ったアゲットと入れ替わるようにして入ってきたのは、今日正式に旦那様になるジェイド。
瑠璃に合わせて白い衣装を着たジェイドはいつも以上に格好よく、見慣れた瑠璃も思わず見蕩れてしまった。
近付いてきたジェイドが、瑠璃の頬に触れる。
「綺麗だ、ルリ」
はにかむように笑みを浮かべるジェイドは、いつもより破壊力がある。
あまりにもジェイドがじっと見てくるので、見られていることに恥ずかしさを感じてきた。
「そんなにじっと見ないで下さい。恥ずかしいので」
「今日の特別なルリを目に焼き付けておかなければならないからな」
ちゅっと頬にキスが落とされ、二人の間に甘い空気が流れる。
今日本当に結婚してしまうのだと実感してくると、段々緊張してきた。
「失敗したらどうしよう……」
口に出したら余計に心配になってきた。
今日は多くの招待客が来ている。そんな人達の前でやらかしたらと思うと緊張を通り越して恐怖だ。
「大丈夫だ。ちゃんと側にいるから」
「はい……」
ここはもうジェイドに任せるしかない。
こちらでの式の仕方はそんなに難しいことはない。
なので、受けた説明も簡単なものだったので、本当にそれだけで良いの?と心配になったほどだ。
まあ、裏ではユークレースやアゲットが準備に駆けずり回っているのだろうが……。
瑠璃が出来るのは、言われた通り動くことと、ドレスの裾を踏まないことだ。
しばらくすると、アゲットが呼びに来た。
城内には、竜族が結婚式を行うための教会のような場所がある。
瑠璃も式をするにあたり、一度見学したが、日の光が天井から降り注ぎ、ステンドグラスがキラキラと輝く、とても綺麗な場所だった。
今日は精霊の力もあり、空は晴天。
きっと祝福するように空から光が降り注ぐことだろう。
ジェイドと共に扉の前に立つ。
この先には招待客が二人を待ち受けていると思うと、緊張で顔が強張る。
そんな瑠璃を見かねて、ジェイドが瑠璃の手を取るとその手の甲に唇を寄せる。
「大丈夫だ、ルリ。私が付いている」
「はい」
きゅっと手に力を入れ、前を向く。
そして、扉が開かれると、ジェイドにエスコートされながら足を踏み入れた。
ステンドグラスがキラキラと輝くその場所。
左右には椅子があり招待客が座っている。
招待客の間をゆっくりと進んでいくと正面に台座があり、その上に先程アゲットに渡したジェイドの竜心が乗っている。
向かい合うようにして立つと、ジェイドが瑠璃のベールを上げる。
そして、台座の竜心を手にする。
「私の心を生涯の伴侶に捧げる」
そう言って瑠璃の口に持ってくるそれを、瑠璃は口を開け口の中に入れた。
最初竜心を飲み込むと言われた時は食べるの!?と驚いたが、竜心は口の中に入れた瞬間、すっと溶けるように口の中からなくなった。
それと同時に、温かい何かが体の中を巡ったのが分かった。
続いて行われたのは、この国にはない習慣である指輪の交換。
瑠璃の産まれた国のやり方に合わせて組み込んでくれたこの儀式が、これから流行っていくかはまだ分からない。
アゲットが箱に入った二つの指輪を持ってくる。
先にジェイドが、一つを取り瑠璃の左手の薬指につけ、次に瑠璃がジェイドの指に付けた。
「私は生涯を掛けてルリを愛し守ることを精霊に誓う」
「私も誓います」
誓いの言葉を述べた瞬間……。
「おめでとうございます!」
一人が口にしたのを皮切りに、一斉に祝いの言葉が掛けられる。
「おめでとう!」
「幸せに!」
天井からは花の精霊により、花がシャワーのように降り注ぐ。
この日のために、周辺から花の精霊を呼んできたらしい。
祝福の言葉と花の雨が降る中、ジェイドと共に退場した。
式は問題なく終わり、ほっとした。
しかし、これで終わったわけではない。
次はパーティーだ。
人々が好きなように動けるように立食式のパーティーになっている。
たくさんのお酒や美味しそうな料理が並んでいるが、瑠璃にそれを味わっている暇はない。
お披露目も兼ねた挨拶回りが待っていた。
特に同盟国である、他三国の獣王、霊王、皇帝への挨拶は最優先だ。
まず先に挨拶に向かったのは最も年長者である霊王。
霊王はかなり目つきが悪く何か悪いことをしただろうかと謝りたくなるような鋭さで見られるが、ただ単に目つきが悪いだけで、本人はむしろ温厚な人だと話せば分かる。
一緒に皇帝もいた。
とてもその年齢には見えない妖艶なアジアンビューティな美魔女で、瑠璃の母親のリシアとは気が合ったようだ。
霊王と皇帝とは、ジェイドの大会優勝パーティーの時に一度挨拶をしている。
二人共、王という地位にありながら気さくな人達だった。
二人に挨拶をと思ったら、霊王の側には霊王によく似た目つきの悪い男性がいる。
近くには精霊がたくさんいることから、霊王国の愛し子だと分かった。
霊王国の愛し子は霊王の息子なのだ。
目つきの悪さが似ているのですぐに血縁者だと分かる。
「アウェイン。アデュラリア」
ジェイドが声を掛けると、二人は持っていたグラスを掲げ祝いを述べる。
「おめでとう、ジェイド」
「やっとお主も結婚か。目出度いことだ」
「ありがとう。ルリ、アウェインとアデュラリアは知っているな。アウェインの隣にいるのが愛し子のラピスだ」
「はじめまして、瑠璃です」
にこりと微笑み掛けると、ラピスはじーっと瑠璃を見つめたと思ったら、おもむろに瑠璃の手を両手で握ると……。
「惚れた。俺の嫁になれ」
次の瞬間、ゴスッと音を立てて、アウェインの拳骨がラピスの脳天に振り下ろされた。
「何すんだ、親父!」
「何ではないわ!今日結婚したばかりの人妻に言う言葉ではないだろう、この馬鹿息子!」
「仕方ないだろう、惚れたんだ。これはきっと運命だ」
「お前はここに来る前にも侍女に同じことを言っていただろうが!お前の運命の相手は何人いるんだ。その惚れっぽさを何とかしろ!!」
アウェインの雷が落ちたが、ラピスはあまり聞いていないようだ。
「ルリと言ったな、今からでも遅くないから俺のものになれ」
「えーと……」
なんと返したものか悩んでいると、ジェイドが瑠璃を腕に抱き締めラピスから距離を取った。
「ルリは私のだ」
「俺にくれ!」
「ルリはものではない!くれと言われてやるわけがなかろう!」
「運命なんだからしかたないだろ……ぎゃっ」
再びアウェインの拳骨が炸裂し、ラピスは痛みに蹲った。
「すまないな、不肖の息子が。ここは良いからアルマンの所に挨拶に行ってきてくれ」
「……そうさせてもらう」
瑠璃の腰に手を回し、きびすを返すジェイドについて歩く。
「えーと、ジェイド様。今のは……」
「ほっておけばいい。いつもの病気だ。明日には別の女に運命を感じているから問題ない」
「そ、そうですか……」
愛し子というのはどうも個性が強いようだ。
アルマンの所に挨拶に行くと、セレスティンもいる。
セレスティンからの視線が痛い。
じとっとした眼差しで見てくるので、瑠璃も苦笑を浮かべるしかない。
「よくも、よくも、私のジェイド様をぉぉぉ!」
ガクガクと瑠璃を揺するセレスティンからは強いお酒の匂いが。
目も据わっているし、かなり酔っているようだ。
「わー、ごめんなさい!」
謝る理由などないのだが、あまりの迫力に思わず謝ってしまった。
「どうどう、落ち着け、セレスティン」
アルマンが抑えてくれるが、セレスティンの興奮は冷めやらない。
まあ、片思いの相手が結婚してしまったのだから、荒れるのは仕方がないのだろう。
式の間大人しくしていただけでも奇跡に等しい。
荒れ狂うセレスティンをアルマンに任せ、他の招待客への挨拶回りに向かう。
一通り回ると、瑠璃の下に侍女がやってくる。
「愛し子様、そろそろご準備を」
そう囁かれて、瑠璃はジェイドを見上げるとにっこりと微笑みかけられ、頬が赤くなる。
ジェイドも分かっているのだ。
この後の準備の意味が。
ジェイドの顔を直視できなくて、視線をそらしたまま侍女と共にパーティー会場を後にした。
***
頬を染めて恥ずかしそうに去って行く瑠璃を、姿が見えなくなるまで惜しむように見送った。
しばらく間を置いて、ジェイドも会場を後にする。
この後もパーティーは夜通し続く。
理由を作っては飲みたがる竜族達に付き合っていては、日が明けてしまうので、出席者も適当に切り上げるのだ。
ジェイドはこの後に重大イベントが待ち受けているので、最後まで付き合う気はない。
周りもそれを分かっているので引き止めようとする者はいなかった。
やっと……。そうやっとだ。
瑠璃と出会い、竜心を渡し、番いであると心通わせ、今日ようやく伴侶となった。
そしてこの後に待っているのは、新婚誰にも訪れる初夜。
これまで手を出さずに我慢して我慢し続けた日々。
ようやく報われると、ジェイドは浮き足立っていた。
番いへの愛情が深い竜族は、結婚したらそのまま蜜月に入り、数日は番い以外誰とも会わず部屋に籠もる。
長い者では数ヶ月間蜜月を過ごす者もいるというのだから、竜族の愛情深さが分かるというもの。
数ヶ月も邪魔されずに瑠璃と二人だけで過ごすのは嬉しい限りだが、残念ながら王としての執務があるジェイドにそれだけの時間を取ることは出来ない。
時間が取れたのは三日間だけ。
短いと不満を漏らしたが、王である以上我慢するほかない。
この時ばかりは王であることが嫌になったとか。
部屋に戻り、夜着に着替える。
そして、瑠璃が待ち受けているだろう寝室の扉の前に立ち、一つ深呼吸をしてから扉を開けた。
大会の決勝戦より緊張しながら、部屋の中に入ると、瑠璃がいた。
この日のために用意されたのだろう。
普段着たのを見たことがない、大人っぽくゆったりとしたワンピースのような夜着は、ジェイドの心を鷲づかんだ。
これから迎える蜜月を想像して、ジェイドの心は高揚していた。
しかし、どうも瑠璃の様子がおかしい。
ベッドの前で立ち尽くす瑠璃がジェイドの存在に気付いて困ったように眉を下げた。
「ジェイド様……」
「どうした……あっ……」
瑠璃の近くまで歩いてきてようやく瑠璃が困っている理由が分かった。
ベッドには蜜月の新婚を迎えるために、花びらが蒔かれていたのだが、その花びらの上には、本来それを使うはずの新婚二人より先に酒瓶と酔っ払い二人が居座っていた。
「セレスティン……。ラピス……」
酒の匂いをさせた真っ赤な顔で酒をあおる二人を呆然と見ていたジェイドは、我に返ると怒りを爆発させた。
「お前達、何をしているんだ!?」
怒髪天を突くジェイドの怒声に、二人は据わった目を向けた。
「お酒を飲んでいるんです。悪いですか!?」
「悪いに決まってるだろう!ここは私達の寝室だ。これから蜜月だというのは分かっているだろう!?」
「だから、邪魔しに来たに決まっているではありませんか!」
「お前達の結婚なんて認めないぞー!」
「その通りです!ジェイド様と結婚するのは私です!」
完全に酔っている。
愛し子二人の酒癖の悪さは誰もが知ることだが、まさか寝室まで邪魔しに来るとは……。
「アルマンとアウェインは何しているんだ……」
ジェイドは頭が痛くなった。
保護者二人は何をしているのか。
きっと目を離した隙をついてきたのだろうが、ここまでするとは思いもしなかったのだろう。
「出て行け!!」
「嫌です!」
「やだよー!」
愛し子なので、万が一傷付けたらと考えれば無理矢理追い出すことも出来ない。
頭を抱えるジェイドのところへ、第三者の声が聞こえてきた。
「何をなさっておられるのですか、お二方!」
騒ぎを聞きつけたのか、アゲットが入ってきた。
「ほら、ここから退出して下され。陛下はこれから大事な用があるのです」
「私は今日はここから一歩も動きません!」
「そうだ、そうだ!」
酔っ払いは始末に負えない。
あーだ、こーだ騒いでいると、保護者二人も中に入ってきた。
それでも帰ろうとしない愛し子二人と、連れて帰ろうとする保護者二人の攻防。
そして、散らかる酒瓶。
「頼むから出てってくれ……」
疲れたように呟くジェイドの肩を、慰めるようにぽんぽんと精霊が叩いた。
いつの間にか精霊まで見に来てるではないか。
もう蜜月どころではない。
結局初夜はおあずけとなってしまい、ジェイドを大いに落ち込ませたが、ジェイドの苦難は続く。
二人が自国へ帰るまで毎夜寝室を占拠したために、ジェイドの本願が成就したのは少し先のことだった。