幽霊の正体
瑠璃は唸っていた。
いつものようにリディアの所で空間を消す手伝いをしていたのだが、ずっと頭の中にあることが引っかかるのだ。
「うーん……」
そんな瑠璃を見て、リディアが首を傾げる。
『どうしたの、ルリ?』
「いや、それがね……。うーん、思い出せそうで思い出せないのよ」
『何が?』
「クォーツ様が歌ってた歌。絶対にどこかで聞いたことがあるはずなんだけど、クォーツ様はそんなはずないって言うし」
『似たような歌を聞いたことがあるだけじゃないの?』
「そうなのかな?」
『どんな歌なの?』
「えーとね……」
歌詞までは覚えていなかったので、鼻歌でメロディーだけ伝えると、リディアが頬に手を当て小首をかしげた。
『あら、なんだか私も聞いたことがあるような……』
「本当?けど、コタロウやリンは聞いたことがないって」
コタロウやリンが知らず、リディアが知っているというのもおかしな話だ。
外にいるコタロウ達と違い、リディアの行動範囲はこの空間の中だけ。
たまに他の精霊から外の話を知ることもあるが、情報量はそう多くはない。
またしても謎が増えた。
とりあえずそのことは後に回して、リディアの手伝いに集中していると、何処からともなく声が聞こえてくる。
疑問に思ったが、すぐに例の幽霊が出るあの部屋の近くだと思い至り納得した。
また件の幽霊が歌を歌っているのだろう。
そう思って別の部屋に入ろうとした瑠璃とリディアははたっと手を止めると、互いに顔を見合わせた。
「これっ!」
『ルリが言っていたのよね?』
幽霊のいる部屋から聞こえてきたのは、クォーツが歌っていたあの歌だった。
急いでその部屋の前に来ると、確かに聞き覚えのある歌が聞こえてくる。
どこかで聞いたことがあると思っていたのは、この部屋の幽霊の歌を聞いていたからだったのだ。
瑠璃は思いきってドアノブを掴む。
『えっ、開けるの?』
「だって確かめないと、なんか気持ち悪いじゃない」
『でもでも、幽霊が……。取り憑かれたりしたら~』
「最高位精霊がなに弱気なこと言ってるの」
『それとこれとは別問題よー』
泣きそうな顔で瑠璃を引き止めようとするが、瑠璃は構わず部屋を開けた。
そろーっと外から中を窺う。
すると、体の透けた女性が歌っていた。
怖いという感情が浮かぶより綺麗な声に耳を奪われていると、幽霊と目が合った。
「あ、あの、どうも……」
果たして会話が成立するか分からなかったが、とりあえず挨拶をすると、幽霊は目を見開いた。
そして、幽霊は悲鳴を上げた。
いや、そこは普通悲鳴を上げるのは瑠璃の方のような気がするが、その悲鳴は怖いとか驚いたというより歓喜の悲鳴のようだった。
幽霊は目をキラキラさせて一気に瑠璃との距離を詰める。
思わずビビる瑠璃だったが、幽霊は構わず喜びを全力で表現する。
『きゃぁぁ、嬉しい!やっと現れた人間だわ!!人間?亜人?いえ、そんなことどうでも良いわ。ここに閉じこめられて数十年、やっと出会えた人だもの!そんなこと些末なことよね!ね!?」
やけにテンションの高い幽霊に呆気にとられる瑠璃とリディア。
幽霊なので実体はないようだが、あれば迷わず瑠璃にハグをしてきそうなぐらい興奮している。
少し想像していた幽霊と違う。
生気のないおどろおどろしい幽霊をイメージしていたが、やけに気力に満ちあふれている。
「えーと、幽霊さん?」
『そう、幽霊よ。不本意極まりないけれど、病気で死んでしまったの』
「どうして、死んだ人がこんな所に?」
『話せば長いのよ。聞いてくれる!?まあ、嫌だと言っても聞いてもらうけど』
「できれば手短にお願いします」
『えぇー。やっと人と話せると思って興奮してるのに。こんな所に閉じこめられて鬱憤が溜まって溜まって、ストレスMAXだったのよ!』
押しの強い幽霊に瑠璃はちょっと引き気味だ。
「分かりました、分かりました。話は聞くのでちょっと落ち着いて」
冷静になるように促すと、幽霊は少し冷静さを取り戻したようだ。
『ごめんなさいね。あまりにも嬉しくてちょっとはっちゃけたわ』
「うーん、なんか幽霊って感じしない」
『ほんとね』
最初は怖がっていたリディアも、想像と違う幽霊に怖さも吹っ飛んだようだ。
あらためて、幽霊から話を聞く。
『私はね、元々ヤダカイン出身の魔女なの。けれど、ある日竜族の男性に見そめられて彼の番いになって竜王国で暮らすことになったのよ。彼ったらとっても嫉妬深くて独占欲が強くて、私も最初は戸惑ったけど、愛されてるんだって凄く幸せな日々だったわ』
惚気が始めた幽霊の話を静かに聞きながら、瑠璃は引っかかるものを感じた。
『とっても幸せだったけど、私が不治の病になってしまってね。竜族の血をもってしても治すことは無理だった。それを知った彼ったら今にも死にそうな顔をしていて、あまりにも憔悴なさるから自分が死ぬことより彼を置いていくことの方が心配で心配で。けど、どうすることも出来なくて、呆気なく死んでしまったわ』
「そんなあなたがどうしてこんな空間の中に?」
『問題はそこよ!死を間近に感じ始めた時に彼に言い残したの。絶対に後を追わないでって。でないとあの人後追い自殺しそうな感じだったのだもの。でもそれでもきっとあの人私がいなかったら駄目になると思ったの。それで、ヤダカインに古くからある術を使って、どうにか死んだ後もこの世に残れないか考えたのよ』
「そんなこと出来るんですか?」
『物に魂を宿らせて現世へ留める術なんだけど、それは一か八かの賭けだったわ。成功するかは半々。確証が持てなかったから、ぬか喜びさせないために誰にも内緒にして死の間際術を行ったの。いつも身に付けていた指輪に魂を移した。結果はご覧の通り成功よ』
「ならなんで、ここに?」
最もな疑問だ。
その問い掛けに、幽霊は顔を両手で覆って嘆き始めた。
『魂を移したのは私のお気に入りの指輪だったから、彼は遺品として大事に取っておくと思ったのよ。けれど、彼ったら私の遺体と共に土の中に埋めてしまったのよぉぉ!!』
「あー」
これは運が悪かったとしか言いようがない。
『さらに運の悪いことに墓荒らしによって私の宿っている指輪が盗まれてしまって』
「でも、今みたいにあなたが姿を見せれば良かったんじゃないですか?墓荒らしも怖がって逃げていきそうですけど」
『その時はまだ魂が定着していなくて、今のように姿を作ることも話し掛けることも出来なかったのよ。だから彼も、墓荒らしも、私をただの指輪としか思っていなかったはずよ』
「うーん」
フォローの言葉も出て来なかった。
『しかも、私の指輪を巡って争いを始めちゃって、墓荒らしの一人が自分の空間の中に私を放り込んだのよ。それから数十年この空間が開いたことはなくて。一触即発の感じだったし、きっとこの空間の持ち主は死んだんだろうと思ったら、もう残されたのは絶望よ。だって空間を開けるのは本人だけってことは子供でも知ってることだもの。一生ここで暮らすのかと思ったら発狂しそうだったわ。……けど、そんな時に現れた救世主があなたよ!』
びしっと指をさされた瑠璃。
『お願いよ、私を外に連れ出して、彼の所に連れていって。お願いします!お礼は必ずするわ……彼が』
「まあ、それは構わないけど……」
先程からどこぞで聞いたことのあるような話。
幽霊の言う彼は竜族で、この幽霊はヤダカインの魔女。
いやいや、そんな都合の良いことがあるはずがないと、瑠璃は己にツッコミをいれつつ、念のために聞くことにした。
「ちなみに、あなたの名前は?」
『ああ、ごめんなさい。まだ名乗っていなかったわね。私はセラフィよ』
ひくりと瑠璃の頬が引き攣る。
「もしかして、その番いの彼の名前はクォーツだったりします?」
『あら、よく分かったわね』
やっぱりか!!
瑠璃は奇跡のような偶然に開いた口が塞がらなかった。
***
「クォーツ様~」
空間から戻ってきた瑠璃は、その足でクォーツの部屋へと向かった。
部屋ではクォーツが椅子に座りお茶を飲んでいた。
側には光の精霊の姿もある。
「なんだい、ルリ?」
「今日はクォーツ様にびっくりなプレゼントがあるんですよ」
「へぇ、嬉しいな。でもこれでも元王様だよ。私をびっくりさせる物はハードルが高いよ?」
「それは大丈夫です。きっと心臓が止まりそうなほどびっくりしますから」
「はははっ、それは楽しみだ」
「手を出して下さい」
瑠璃に言われるまま差し出したクォーツの手のひらの上に、瑠璃は例の物を乗せた。
コロンと手のひらに乗った指輪を見たクォーツは、最初不思議そうな顔をしていたが、じっくりと見てそれが何か分かったのだろう。
驚愕した表情を浮かべ瑠璃を見上げた。
「ルリ……これはまさかセラフィの……」
「それだけじゃありませんよ」
クォーツの正面に立っていた瑠璃がそっと横に移動すると、クォーツの目の前にふわりと透けた体の女性が現れ、クォーツだけでなく光の精霊までもが目を大きく見開いた。
ガタンと椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったクォーツに、セラフィはニコリと笑う。
『久しぶりね。私の愛しいあなた』
クォーツは目の前に存在しているものが信じられないのか、呆然とした顔で手で頭を押さえた。
「……私は夢を見ているんじゃないだろうか」
『ふふっ。夢の方が良かった?』
「本当に……?本当にセラフィなのかい?」
『そうよ。ずっと会いたかったわ』
「…………つっ」
込み上げてくるものを押さえるように唇を噛み締めるクォーツの目から涙が頬を伝い溢れ落ちる。
そんなクォーツを慈愛に満ちた笑みで見つめるセラフィ。
『待たせてごめんなさい』
「……いいんだ。君とまた会うことができたなら」
実体のない幽霊のセラフィはクォーツに触れることは出来ない。
それでも優しく包むようにクォーツを抱き締めた。
「……でも、どうして。それにその姿は……」
『全部あなたのせいです!』
当然ながら全く理解できないクォーツは何故急に怒られるのかと呆気にとられる。
『あなたのせいで無駄な数十年を過ごしたじゃない!どうして指輪を埋めちゃったりしたのよ!』
「えっ?」
困惑するクォーツに、さすがにそれはクォーツが不憫だと瑠璃は救いの手を差し伸べる。
「セラフィさん、さすがにそれは八つ当たりかと……。いや、勿論セラフィさんの状況を知ったら八つ当たりもしたくなると思いますけど」
『そうでしょ!?』
話についていけないクォーツ。
「どういうことか説明してくれないか?」
ということで、これまであったことをセラフィが説明すると、クォーツは何とも言えない顔をした。
「この指輪にセラフィの魂が?」
『そうよ、それなのにあなたったら。まさか遺体と一緒に埋めちゃうなんて思わないじゃない。あの時は焦ったわよ。勿論、墓荒らしに空間の中に入れられた時はそれ以上に慌てたけど』
「ご、ごめん。まさかそんな大事なことになっているとは思わなくて」
いや、そもそもクォーツは普通の指輪と思っていたのだから、クォーツを責めるのはお門違いだ。
しかし、セラフィも怒りの矛先をどこに向けて良いか分からないのだろう。
クォーツが悪くないことはセラフィも分かっているはずだ。
「まあ、なんにせよ、こうして二人が会えたんですから良いじゃないですか」
これ以上責められるのは可哀想だと思った瑠璃がフォローを入れ、ようやくセラフィも溜飲を下げたようだ。
「ありがとう、ルリ。本当に」
「良かったですね、クォーツ様」
クォーツの長年の憂いが晴れ、心から良かったと瑠璃は思った。
すると、それまで見守っていた光の精霊がトコトコとセラフィの所へ歩いてきた。
「セラフィ」
契約者であったという二人にとっても感動の再会だろう。
セラフィは嬉しそうに微笑む。
「馬鹿者。こいつに言えずとも私には言えたはずだ」
『あなたにもぬか喜びさせたくなかったのよ。成功するか分からなかったから。でも言っておけば良かったわね、ごめんなさい。また会えて嬉しいわ』
「私もだ」
そう言って光の精霊はセラフィに抱き付いた。
それを見て驚愕したのはクォーツだ。
「どういうことだ。幽霊のセラフィには触れないはずだろう?」
「私は精霊だぞ。今はこの世の体を使っているが、元は肉体のない存在。魔力を帯びているなら私でも触れられる」
ふふんっとドヤ顔でクォーツを見上げる。
「私もセラフィに触れられないのか!?」
「さーて、どうだろうかな」
小憎たらしく焦らす光の精霊に、けれど光の精霊の機嫌を悪くすると後が悪くなるので文句も言えない。
「くっ……」
見せつけるようにセラフィにすり寄る光の精霊に、クォーツは悔しげな顔を見せた。
見かねたセラフィが苦笑を浮かべ光の精霊の頭を撫でる。
『あんまりクォーツで遊ばないであげて』
「ふむ、まあ、仕方がない。今回はこのくらいにしてやろう」
そう言うと、光の精霊はセラフィの手を握る。
光がセラフィの体を駆け巡るように流れると、あっという間に消えた。
そして手を離した光の精霊は、クォーツの後ろに回り背を思いっ切り押す。
「ほら。長くは続かんぞ」
たたらを踏んで前に出たクォーツはセラフィにぶつかる。
先程のようにすり抜けることもなく、確かに触れるのを感じた。
「っっ」
一瞬躊躇いを見せたが、すぐにそんなものはなかったかのようにセラフィの体をかき抱く。
「セラフィ、セラフィ……セラフィ」
『クォーツ』
邪魔をしないように、瑠璃はそっとその場を後にした。
次で最終回です!