思い出の歌
クォーツの関わりがないことが分かり、これにて一件落着。……と言うわけにはいかなかった。
闇の精霊が関わったことによる神光教の事件については、獣王国も当事者である。
実際に獣王国内で、闇の精霊がもたらしたクォーツの血によりゾンビ騒動が起こり、セレスティンも神光教により命を狙われた。
説明をする必要があるだろう。
ジェイドはアルマンとセレスティンに事情を説明。
どう対応するのか話し合うことになったが、獣王国は精霊至上主義の国。
諸悪の根源が闇の精霊と聞いては、二の足を踏んでしまう。
第一、精霊に対して人が事態の責任を取れと言っても、精霊とは自由な存在。
人が罰することなど出来る相手ではないのだ。
結局、ヤダカインに対して抗議するだけに留まることになった。
ヤダカインでは精霊殺しが使えないようにしたので、ある程度の罰は受けたということで矛を下ろすことにしたようだ。
本当はアルマンも腸が煮えくりかえるぐらいの怒りは感じていただろうが、暗躍していたのが闇の精霊ではさすがのアルマンもそれ以上を求めることはできなかった。
しかも、光の精霊が、同胞が申し訳ないことをしたと頭を下げ謝罪してきたので、逆に恐縮することになった。
精霊至上主義の獣王国の者が、精霊に頭を下げられたら、追求するなどできないだろう。
逆に、精霊様に頭を下げさせるなど何を考えているのかと、セレスティンが怒り、悪くないのに責められたアルマンは不憫であった。
そんなこんなで、一連の事件は不完全燃焼な部分はあれども、これで解決と言って良いだろう。
穏やかな日常が戻ってきた。
一番喜んでいたのはヨシュアだったろう。
念願の休みがやっと手に入ったと、涙を流して喜びを噛み締めていた。
その姿はさすがに憐憫を誘い、ジェイドもちょっと働かせ過ぎたかと反省していた。
瑠璃はというと、全員無事に戻ってきて、問題も解決し、クラーケンも手に入って上機嫌だ。
頭の中にあるのは、いつたこ焼きパーティーをしようかということ。
ヤダカインの問題でまだ、大会で勝ったジェイドのお祝いパーティーができていない。
ついでに戦勝祝いも兼ねるようだ。
披露するならその時か、と計画を練りながら廊下を歩いていると、どこからか歌が聞こえてきた。
一瞬足を止め、声のする方へと向かうと、クォーツが外の景色を見ながら歌っていた。
どこか愁いを帯びた表情。
悲しそうに聞こえるその歌は、どこかで聞いたような気がしたが、どこだったか思い出せない。
ぼーっと聞き入っていると、ふいにクォーツが歌を止め瑠璃の方を向いた。
「なんだ、ルリ。どうしたんだい、そんなところに突っ立って」
「すみません。お邪魔したみたいで」
「いや、いいよ」
「……綺麗な歌ですね」
「ありがとう」
「どこかで聞いたことがある気がするんですけど、この国の歌ですか?」
「聞いたことがあるというのはルリの気のせいだろう。この歌はセラフィが作った歌だからね。知っているのは私とセラフィだけだ」
「とても大事な歌なんですね」
「うん」
歌のことに限らず、クォーツがセラフィの話をする時はとても大切なものを見る表情を浮かべている。
本当にクォーツにとってセラフィという存在はなくてはならない人だったのだろう。
「……ねえ、ルリ。私の懺悔を聞いてくれないか?」
「私で良いんですか?」
「ああ、ルリでなくては駄目だと思ったんだ」
クォーツの懺悔。
瑠璃には想像もつかない。
クォーツは晴れ渡った青空を見上げながらぽつりぽつりと話し始めた。
「セラフィが死んで、再びセラフィと会うために、私は王位も国も捨てた。本当に情けない王だったよ。後を継いだジェイドには申し訳ないことをしてしまった」
「でも、後悔はないのでしょう?」
「ああ、ないよ。セラフィに会えるなら何を捨てたって躊躇いなんてなかった。全てはセラフィのため。あの時の私の頭の中はセラフィのことしか考えていなかった」
竜族は番いにはことさら愛情深い。
それを考えれば仕方がないことだったのかもしれない。
「セラフィを探して世界を放浪して数十年だ。最初は絶対見つけると意気込んでいたが、時が経つにしたがって焦燥感が私の心を占めた。セラフィのいない世界は寂しくて、真っ暗な闇の中を一人で歩いているようだった。ヤダカインの女王が生き返らせる研究をしていると聞いた時は飛びついたさ。けれどそれが無駄なことだと知らされて、きっとその時私の心は折れてしまったんだ。あれだけセラフィと約束したのに、私はもう終わらせたいと思うようになってしまった」
瑠璃にはクォーツの心を測ることはできない。
「この国に戻ってきたのはね、ジェイドの番いを見に来たというのは建前だった。本当の理由はジェイドに私を殺して欲しかったんだよ」
「っ……」
瑠璃は息をのんだ。
「セラフィとの約束があるから自分では死ねない。けれど、セラフィのいない世界で生きるのは苦しい……。なら、最後は誰かに……できるならジェイドに終わらせてもらえたらと……。そんな馬鹿なことを考えていたんだよ」
笑みを浮かべるクォーツの笑顔が痛々しい。
「……考えていたって、過去形ってことは、今は考えていないってことですよね?」
そうあって欲しいと瑠璃は思った。
「国も何もかも捨てた私を、皆は温かく迎え入れてくれた。国を友を一族を裏切ったに等しい行いをした私を、誰一人責めなかった。当時の側近達には号泣されるし、ジェイドはそれはもう嬉しそうな顔でさ。そんなジェイドを前にしたら殺してくれなんて言えなかった」
「当たり前です!!ジェイド様がクォーツ様のことをどれだけ好きか、当時を知らない私にだって見ていたら分かります!そんなジェイド様がクォーツ様を殺せるわけがないでしょう!!」
「……うん。そうだね。そうしなくて良かったと今は思うよ。優しいジェイドにそんなことをさせなくて本当に良かった……。けれど思うんだ。ここはとても居心地が良くて、皆が何もなかったかのように私を受け入れてくれる。けれどそれが、セラフィに申し訳ないんだ……。何故私はこんな所にいるのかって……。セラフィを探しに行かなければならないのに……」
瑠璃は目をつり上げてクォーツの前に立つと、胸倉を掴んで引き寄せ、渾身の頭突きをおみまいした。
正直、人間が竜族に頭突きをしたところでたいしたダメージは与えられない。
ちょっとクォーツの顎の辺りが赤くなったぐらいで、むしろ頭突きをした瑠璃のダメージの方が大きかったが、怒りのあまり痛みを後回しにした。
「アホですか、クォーツ様は!セラフィさんが大事なのは分かりますけどね、きっとセラフィさんはクォーツ様を苦しめたくて生きろなんて言ったんじゃないと思います」
「ルリはセラフィと会ったことがないじゃないか。それなのに……」
「分かりますよ!私も同じ女です。好きな人をわざわざ苦しめる遺言なんか残すはずないでしょう!クォーツ様にはクォーツ様を大事に思ってる人がたくさんいるんですよ、それを忘れないで下さい。ここに戻ってきて居心地が良いと思ったのは、そんな大事に思う人達がいたからでしょう?クォーツ様にはセラフィさんだけじゃないんです」
「けど……」
「クォーツ様がセラフィさんを大事なのは分かってます。だからって、そんな追い詰められるまで探す必要あるんですか?セラフィさんはそれを望んでるんですか?」
「……だったら、どうしろというんだい。セラフィを諦めるなんてできない。でもいつ会えるか分からないセラフィを探し続けるのは辛いんだ」
「ここにいれば良いんですよ!」
至極当然とばかりに声を上げる瑠璃に、クォーツは目を見開く。
「ここにはクォーツ様のことを大好きな人がたくさんいます。ここに戻ってきてから楽しかったんでしょう?だから居心地が良いと思ったんでしょう?ここはあなたの帰る場所です。辛いならここにいて疲れた心を休めれば良い。……そして、疲れが癒えたらまたセラフィさんを探しに行けば良いんです!」
「…………っっ」
クォーツはしばし唖然とした後、今にも泣きそうにくしゃりと顔を歪めた。
「そんな都合の良いこと、許されるだろうか……?」
「帰ってきた時の皆の顔を思い出せば答えは出てるはずです」
ジェイドはユアンがフィンに対するようにそれはもう嬉しそうなのが見て分かったし、兵達も相手をしてくれるクォーツを尊敬の眼差しで見ている。
当時の側近達は号泣するほど帰りを待っていた。
クォーツが帰ってきたことに喜ぶ者はいても、逆の声は瑠璃には届いていない。
きっとそれが答えだ。
「……やっぱり、ルリに話して良かったよ」
先程まであった憂いがなくなった、いつもの穏やかな笑みを浮かべたクォーツに、瑠璃はほっとした。
「今の話、ジェイド様にはしない方が良いですよ。殴られるか泣かれるか、もしくは両方もあり得ます」
「うーん。殴られるのは構わないけど、泣かれるのは困るなぁ」
何だかんだで、クォーツはジェイドに甘いのだ。
その甘さがクォーツを引き止めたのかもしれない。
その絆が少し羨ましくもあった。
残り2話。
もう少しで終わります。