事情聴取
部屋を移し、改めて話し合いの席を設けた。
ジェイドとクォーツが向かい合うようにして座り、クォーツの隣には光の精霊が座り、少し離れたソファーにはひー様が尊大に座っている。
瑠璃はと言うと、まだ酒が抜けきっていないようで、カーペットに横になっているコタロウにもたれかかりぐったりとしていた。
『ルリ大丈夫なの?』
「なんとか~」
のほほんとした空気の瑠璃達を置いて、ジェイドは真剣な眼差しをクォーツに向ける。
けれど、その相手のクォーツは、瑠璃に負けず劣らず真剣味は皆無で、チェルシーが用意したお茶を優雅に飲んでいる。
ティータイムを楽しむつもりではないジェイドが、いい加減しびれを切らせて口を開きかけたその前に、カップをようやくテーブルの上に置いた。
「さて、どこから話そうか」
ようやく話し始めたと思ったが、その口調はどこまでも軽く、これまでの問題にクォーツが関わっているのではないかと気を揉んでいたジェイドのこめかみに青筋が浮かぶ。
「最初っからです!!
どうしてヤダカインの女王と協力関係になって、どこまで関わっていたのか、最初から最後までです!」
「はいはい、分かった分かった」
あまりのジェイドの剣幕に、クォーツも両手を挙げる。
そして、空気を変えるように息を一度吐くと、ゆっくりと話し始めた。
「そもそもはセラフィが死んだことから始まる」
そう話し始めたクォーツの隣で、寂しそうな目をした光の精霊に気が付いたのは同胞である精霊達だけだった。
「死んだ者は再び転生し生を受ける。なら生まれ変わった者を見つけることは不可能ではない。そう言ったのは光の精霊だ」
光の精霊はこくりと頷き、ひー様もそれには同意を示した。
「まあ、可能性は0ではないな」
「そこで私は全てを捨ててセラフィを探す旅に出た。獣王国にも帝国にも霊王国にも、その他たくさんの国々を見て回ったよ。セラフィ只一人を求めて。
けれど数十年が経ち、セラフィを見つけられないことに焦燥感を抱き始めていた頃、もしかしたらと思い私はヤダカインを訪れた」
「何故ヤダカインに?」
「セラフィは元々ヤダカインの魔女だった。だからもしかしたら産まれた場所に帰ってくるんじゃないかと淡い期待を抱いて向かったけれど、やはりそこでも見つけることは出来なかった。
そんな時だよ、ヤダカインの女王と会ったのは。
彼女も大事な婚約者を亡くし悲嘆に暮れていて、同じ痛みを抱く者同士話が合った」
クォーツは一つ息を吐き、また口を開いた。
「女王は魔女の力で婚約者を生き返らせられないかと考えていた。それを聞いた私は目から鱗が落ちたかのようだったよ。セラフィを生き返らせることが出来る。なんて甘美な誘惑だろうかと。これは大切な者を亡くした者にしか分からないだろうね」
愁いを帯びた目をするクォーツにジェイドは何も言えない。
「セラフィを生き返らせることが出来るならと、その手伝いを申し出た。必要だと言われたので私の血も提供した」
「なるほど。女王が持っていた血はその時のものですか」
そして、その血は闇の精霊により神光教に渡った。
「しばらくは女王の所で手伝いをしていたんだ。死者の遺体を使って実験もした。倫理に反する行いだったが、私も少し感覚が麻痺していたのだろうね。セラフィがこれで生き返るならと女王に手を貸した。その結果生き返らせることが出来たと思ったが、それは中身のない抜け殻でしかなかった。絶望したよ、ほんと」
はははっと、笑うクォーツは笑っているのに泣いているように見えた。
「それでも諦めようとしない女王に、私ももう少し希望を捨てないでいようと思ったが、光の精霊は優しくはなくてね」
光の精霊はふんっと鼻を鳴らす。
「現実を突きつけられてしまったよ。そんなことをしても死者は生き返らないと。本当に容赦がないよ。セラフィには優しいのに」
「セラフィは私の契約者なのだから当然だ。それにセラフィからお前をちゃんと見ているように頼まれたからな」
不遜にドヤ顔する光の精霊を見て、クォーツは苦笑する。
「まあ、それにより私は死者蘇生の実験に関わることを止めることにしたんだが、女王はまだ諦めていなかったからね。気持ちは分かるから血だけ多めに渡した後は、ヤダカインを出て、また諸国を放浪した。その後はヤダカインとも女王とも関わりはないよ」
「では、ナダーシャとも神光教とも関わってはいないのですね?」
「全くね。国に戻ってからその話を聞いて驚いたぐらいだよ」
クォーツ自身から否定の言葉を聞いて、ジェイドは安堵することができた。
「良かった……」
ほっと息を吐くジェイドだが、どうもクォーツの様子がおかしい。
「いや、それがジェイド的にはあんまり良くないかもしれないよ」
「えっ?」
「ルリにね、その話をしたらどうもルリの琴線に触れたらしく、急に、飲みましょう!とか言い出してね」
「ルリ……」
「飲んで憂さを晴らし、気分を変えましょうって言ってさ。まあ、ルリなりにセラフィのことで落ち込む私を励ましてくれようとしたんだろうけど、そのためにジェイドの部屋から酒瓶をたくさん持ってきて……」
ジェイドは顔色を変えた。
「まさかっ!」
急に立ち上がったジェイドは慌てたように部屋を飛び出していった。しばらくしてまたバタバタと部屋に舞い戻ってきたかと思うと、瑠璃を叱った。
「ルリ!私の部屋にあった酒を飲んだのか!?」
「うー、ジェイド様、大声は頭に響く……。お酒は美味しかったですよ~」
がっくりと肩を落とすジェイド。
「ここぞと言う時のために取って置いた秘蔵の酒まで……」
意気消沈するジェイドに、クォーツは苦笑するしかない。
「いや、私は止めたんだよ。だけど、たくさんあるからちょっとぐらい飲んでも怒られないから大丈夫って言って次々開けていくものだからさ」
「酷い……」
「いや、うん、美味しかったよ」
落ち込むジェイドに、クォーツは他にかける言葉がなかった。
「ああ、ほら、代わりに私の持ってるお酒、好きなの持っていっていいから」
「ルリと結婚した時に開けようと思っていたとっておきだったんです……」
今度こそ、クォーツはかける言葉をなくした。
精霊達はお酒ぐらいでとあまり親身になってはくれない。
そんなジェイドに光の精霊が口を開く。
「良いであろう。クォーツとの戦いには勝ったのだし、王がそんな細かいことを気にするな」
その言葉にジェイドが顔を上げる。
「そう言えば、全く関係ないのでしたらどうしてあんな意味深なことを言って私と戦ったのですか?あえて私を煽っていたように思うのですが?」
「うん?ああ、それはね……」
クォーツは手を伸ばしてジェイドの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「気にしていたのだろう?私に勝たずに王でいることに。けれど、どうもジェイドは私を前にすると本気で剣を向けられないようだったからね。ルリをだしに使えば本気で向かってくると思ったんだよ」
思ってもいなかったその理由に、ジェイドは目を見開く。
「君は勝ち、私は負けた。間違いなく王は君だよ。何も遠慮することはない」
「クォーツ様……」
自分の心情を慮るクォーツの配慮に、ジェイドは顔をくしゃりと歪めた。
「やはり王であるべきはあなたなのに……」
「いや、私はもう過去でしかない。今の王はジェイドだ。私を気にするなら、私以上の王になれ」
「……はい」
ジェイドはクォーツの大きさを再確認した。