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出兵


 闇の精霊の思惑も、ヤダカインの目的もまだはっきりしないまま、王達の会談が行われ、捕らわれた竜族を取り戻すためヤダカインへの出兵が決定した。



 出兵の準備は速やかに行われた。


 出兵には多くの竜族が参加している。

 同族意識の高い竜族。仲間が連れ去られ憤っている者は多く、彼らを助けるためにと、我も我もと出願したためだ。


 ヤダカインは完全に竜族の怒りをかったようだ。

 ご愁傷様としか言いようがないが、闇の精霊がいることが一つの心配事だ。


 多数の志願者がいたが、全員を連れて行くと国内の守りが薄くなるのでできない。そこで、くじ引き大会が行われたらしい。

 そこにはいつもなら戦いに準じない兵以外の職業を持つ者も加わったために、お前兵士じゃないだろと、一部の兵の間で拳での話し合いがあったとか。


 しかし相手に対し怒っているのは同じ。


 それに兵じゃなくても、そこは竜族。非戦闘員でも戦闘力が並外れているのは分かっているので、結局くじ引きの参加が許可されたとか。



 準備は怒濤の勢いで進んでいる。残る問題があるとすればひー様だ。


 瑠璃は嫌々ながらひー様の元を訪れた。


 これから戦争が起ころうかと言うのに女性を侍らせているひー様に、ことのあらましを説明して協力を願う。

 以前には女性百人を集めた宴会や、娼館へ行きたいと言ったりと、ひー様を釣り上げるためには何かと女性関係で問題を解決している。


 今度もいったいどんな条件を突きつけてくるのか。

 ある程度を予想して多少の準備はしてある。女性百人くらいなら集められるだろう。

 さあ、どんとこいと身構える。しかし……。



「分かった。協力してやろう」



 返ってきたのは予想外の言葉。



「へ?」



 呆気にとられるとはまさにこのこと。ひー様が素直に瑠璃の申し出を引き受けるなんて。

 空から槍でも降ってくるのではないだろうか。



「行ってくれるの?」


「だからそう言っているだろう。耳が遠いのか、小娘」


「いや、だっていつもならなんだかんだと条件付けるじゃない。どっか具合でも悪いの?

 お医者さん呼ぶ?」



 そう尋ねる瑠璃は冗談混じりなどではなく本気だった。



「小娘、私を何だと思ってる」



 節操のない女好きと口を出そうになってすんでで飲み込んだ。

 しかし言いたいことは何となく分かったのだろう、不快そうにふんっと鼻を鳴らす。



「私とて精霊。それも最高位のだ。

 下々の精霊が危機となるというのであれば、私が動かないわけにはいかないだろう。

 そもそもあの精霊殺しというのは前から気に食わなかった。

 それに協力しているというのなら、闇の精霊もなんとかせねばな」


『わー、格好いいー』


『さすがー』



 小さな精霊達がノリ良くひー様を持ち上げる。

 それに気をよくしてひー様は胸を張る。



「ふふん、当然のことだ。私は最高位精霊だからな」


「ひー様釣るのに必要かと思って、せっかく城の女の人達に声掛けたのに不要になっちゃったね」



 耳聡くそれを聞いたひー様の目が光る。



「なんだ用意がいいな。そういうことなら帰ってきたら宴会をするぞ、準備しておけ」


「やっぱり必要なのね……」



 そこはそんなもの必要ないと言うと格好いいのに、ひー様の女好きは直りそうにない。



***



 連れ去られた仲間救出のためということで、あまり時間を掛けていられない準備は、寝る間も惜しんで進められた。

 その甲斐あって予定より早く準備が完了し、この度出陣となった。


 王都の港には海軍の船がずらりと並び壮観な光景ができあがっている。

 こんな時でなければはしゃいでいただろうが、瑠璃の胸の中に渦巻くのは心配と不安。

 闇の精霊が関わっていることで一筋縄ではいかないことが予想される。

 今回の出兵には、ジェイドが共に向かい陣頭指揮をとることになった。


 ジェイドの強い希望でそうなったが、そのことがさらに瑠璃の心配な気持ちを膨らませていた。

 リンとカイとひー様も共に向かう。

 そして何故か、ちゃっかり我先に船に乗っている祖父の姿が。



 これから出発しようかとするジェイドを見送りに瑠璃も港へとやってきた。

 出発はもう間もなく。方々に指示を出しているジェイドへ別れの挨拶をする。

 ジェイドの前に立つ瑠璃の顔は酷く心配そうで表情が冴えない。そんな瑠璃の顔を見てジェイドは苦笑を浮かべる。

 ジェイドは瑠璃の頬に手を伸ばし、頬を親指で撫でる。



「そんな心配することはない。少し行ってくるだけだ。すぐに帰ってくる」


「ほんとに、本当に気を付けて下さいね」



 平和で安全な国で生まれ育った瑠璃。

 生まれた国と違ったこの世界では戦争や争いは身近だとは言え、やはり慣れるものではない。


 親しい人がその渦中に向かうというならなおさらだ。

 心配するなと言われても心配してしまう。


 しかしこれから戦いに向かうジェイドからはそういった緊張や不安といった感情は感じられず、表情もいつも通りだ。これが経験の差なのか。



「大丈夫だ。私は大会でも優勝した竜王だぞ、リン殿と火の精霊殿もいるし大きな不安はないだろう。それよりやる気満々の他の竜族をどう制御するか考える方が不安だ」



 ヤダカインでは精霊殺しの魔法によって魔法が使えないだろうからと、大量の武器が準備されている。


 武器を振り回し殺気立った竜族が周囲にごろごろといた。

 仲間が捕まったのだからそうなるのも無理はないが、彼らを見ていると彼らに蹂躙されるヤダカインの未来しか想像できない。

 彼らを抑えるのはかなりの苦労を必要とするだろう。


 ヤダカインとの戦いより彼らがやり過ぎないようにと目を光らせている方がジェイドには大変かもしれないなと思う。

 今回ジェイドが参加するのもそんな彼らを抑える者が必要だからというのもあるのかもしれない。



「陛下、準備が整いました」



 兵がジェイドを呼びに来ると、ジェイドの顔も引き締まる。



「分かった」



 兵から瑠璃に再び視線を戻すと、瑠璃を引き寄せ腕の中に閉じこめる。

 だがそれもほんのわずかな時間のこと。すぐに体を離す。



「行ってくる。コタロウ殿が一緒にいるから大丈夫だと思うが、万が一ヤダカインが何かしてくるかもしれないことも考えて身の回りには気を付けておいてくれ」


「分かりました」



 こくりと頷く瑠璃の肩に後ろから手を乗せる者がいた。



「大丈夫だよ、私もいるしね」



 クォーツはジェイドに向かい、安心させるような微笑みを浮かべた。



「クォーツ様、ルリのことをよろしくお願いします」


「ああ、ルリのことは私に任せておいて」 



 クォーツがいるから大丈夫。ジェイドの顔にはクォーツへの揺るぎない信頼が見えた。

 ジェイドは瑠璃達に背を向け船へと乗り込んでいく。

 全ての人が乗り込んだのを確認すると、船はゆっくりと進み始めた。



『行ってきまーす』



 船に乗り込んだリンが船の上から羽をぱたぱたさせる。



「気を付けてね、リン! ひー様、カイ、皆のことお願いね」



 瑠璃は精一杯声を張り上げた。

 全員無事で帰ってきますように。

 瑠璃はそんな願いを胸に抱きながら、海へ進み出す船を見えなくなるまで見送った。





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― 新着の感想 ―
クォーツの番は亡くなってる…クォーツはヤンデレ…ヤダカインと神光教と蘇り儀式…瑠璃のそばにクォーツ…
せっかく要求なく協力することになったんだから、余計なこと言うなよ。 本当は侍るの嫌な女性もいるかもなのに。 早くこのセクハラ精霊の出番無くならないかな。
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