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お宅訪問

 破落戸(ごろつき)二人を倒し、不審な男から逃げだし、宿屋にたどり着いた瑠璃は、倒れ込むようにベッドで休みについた。


 その翌日、チェルシーの息子のクラウスという人の所へ向かう。

 だがしかし、昨日の二人とばったりと会ってしまった。

 この王都は、これまで瑠璃が買い物をしていた町のような、ほとんど全員顔見知り。といった町とは訳が違う。

 王都の人混みの中、翌日にもまた出会うとは、奇遇にも程がある。


 硬直し顔を引き攣らせる瑠璃に、あちらの二人も気付いた。



「げっ!」


「へへへ、奇遇だな、お嬢ちゃん」


「昨日はよくもやってくれたなあ」



 二人はあくどい笑みを浮かべたかと思うと、昨日の仕返しとばかりに鬼の形相で瑠璃の方へ駆け出してくる。

 瑠璃は弾かれたように反対の方向へ逃げた。


 時折、人にぶつかっては文句を言われ、叫ぶように謝罪の言葉を述べ、早朝でも人通りの多い王都の街中を全力疾走する。

 昨日と同じような状況に陥ってしまったが、予想外にも瑠璃は平静だった。

 瑠璃は自分から人通りの少ない路地に入り込んだ。


 この先は一本道で、横に逸れる道はない。

 それを知る、瑠璃の後ろを追い掛ける男達は、しめしめと内心ほくそ笑んたが、瑠璃が曲がり角を曲がり、その後に続いて曲がった瞬間、男達は瑠璃を見失った。



「ああ?何処行きやがった!?」


「直ぐ後ろを走ってたのに、見失うわけねぇだろ、探せ!」



 男達はそのまま一本道の路地を爆走してゆく。

 その様子を小さな木箱の陰から見送る瑠璃色の瞳があった。



(やっばい、やっばい)



 曲がり角を曲がった瞬間、曰く付きの腕輪を身に付けて白猫となり、物陰で小さくなっていた瑠璃。

 声が聞こえなくなったのを確認し、物陰から姿を見せ、木箱の上に跳び乗り胸をなで下ろした。



 亜人と人間とでは、個々ではなく全体的に僅かに匂いに違いがあり、亜人にはそれが分かるという。


 それ故に亜人である男達は、会った時から瑠璃が人間であると判別出来ていたはず。

 それを考慮した上で、瑠璃は腕輪を取り出しやすいよう服に忍ばせていたのだ。

 まさか人間が小さな木箱の陰に隠れている猫とは思わないだろう。


 腕輪には、嗅覚が優れていると言われる狼族にすら気付かれない隠匿の魔法が掛かっており、姿だけで無く猫そのものになれる。

 その辺は製作者の執念を感じてしまうが、体臭まで変えてしまうその変態的なまでの猫好きのおかげで、瑠璃は身を守る事が出来た。


 もし再び追い掛けられた時の為にと考えていた作戦だったが、予想以上に使うのが早かった。



(また会うかもしれないから、王都で出歩く時は極力猫の方が良いかもしれない)



 そう思い、瑠璃は猫のままクラウスの家へと向かった。

 ただ、猫のままでは精霊をローブの中に隠せないので、少し離れて付いていく事になった。



 クラウスの家は、想像していた一般的な民家ではなく、まさに大豪邸。

 重厚な門に、そこから遠くに玄関らしきものが見えるが、ぱっと見だけでは家の全体像は確認出来ない。

 いったいどれだけの広さがあるのか………。


 森の中でひっそりと自給自足のチェルシーの暮らしからは想像出来ない息子の暮らしに呆気にとられる。


 それ以上に驚いたのは、重厚な門の前に居る、虎。

 ………そう、虎だ。どこからどう見ても虎だ。


 大きな体躯と全身を覆う黄褐色の毛並み。獰猛な猫目と殴られたら一発昇天しそうな肉厚のある手の平。


 ただ違うのは服を着て、人間のように背筋を伸ばして立っている事だろうか。

 獣人は一部の部族を除き、比較的温厚である事を知らなければ、直ぐにでも回れ右をして逃げ出しているだろう。


 門前で睨みをきかせる虎は、恐らく門番の役割をしているようだ。


 分かっていても迫力のある虎に近付いて行こうとしたが、瑠璃は今の自分の姿を思い出し、どうしようか悩む。

 瑠璃は元に戻れないという事実に漸く気が付いてしまった。


 猫になったは良いものの、元に戻るには、ぴったりとはまった腕輪を外す必要があるのたが、肉球のついた猫の手では到底外せそうにない。


 精霊は自然界のものや魔力には触れられる為、魔力を持つ人や物には触れられるが、こんな道のど真ん中では精霊に頼めない。

 瑠璃の頼み事なら喜んで引き受けようとする精霊に頼んでしまうと、一人を呼ぶつもりがわらわらと大勢来てしまう。



 目の前の虎に頼んで外してもらう術はあるが、瑠璃は絶対にしたくなかった。

 あの、岩でも砕きそうな筋骨隆々の腕と手の平の前に、虎の指よりも細い猫の小さな小さなか弱い腕を差し出す勇気が無かった。


 絶対に腕輪諸々砕かれてしまう………。


 念話は使えるので意思の疎通に苦は無いので元に戻るのは後回しにしても良いが、はたして猫の姿の怪しい者と家主は会ってくれるだろうか。



(私なら絶対に会わないなあ。

 話せる猫………いや、でも、猫の亜人がいるんだし話す猫は珍しくないような)



 そんな事を考えていると、目的地が目の前にあるのに動こうとしない瑠璃に焦れた精霊が瑠璃に近付いてきた。

 さすがに集団では良くないと思ったのか、代表で一人だけだ。



『ルリ、入らないの~?』


『入るよ、ちょっと考え事してたの。ねぇ腕輪を………あっ、誰か出て来た』



 丁度良いところに精霊が一人だけやって来たので外してもらおうかと思った時、門の中から明らかに身なりの良い男性が出て来た。

 門番らしき虎も、男性が出てくると頭を下げて丁寧に挨拶をしている。

 家主かどうかは分からないが、この家の住人である事は間違いなさそうだ。



 朱色の真っ直ぐな髪と、鳶色の瞳。

 年齢は三十代くらいで、知的な印象を受ける。

 だが、亜人は人間とは見た目と年齢が違うので、予想より遙かに若かったり年寄りだったりするので、実際は分からない。


 その人を見た瞬間、瑠璃は何故だか、この人がチェルシーの息子だと思った。

 特に容姿が似ているという程では無いのに。


 何故だろうと不思議に思いながら視線を向けていると、瑠璃の視線に気付いた男性が瑠璃へ向かってくる。


 だが、瑠璃をというよりは、瑠璃の側に居る精霊に興味を引かれたようだ。



「精霊と猫とは珍しい組み合わせだな。

 君はこんな所で何をしているのかな?」



 瑠璃ではなく、精霊に向かって問い掛けた為、瑠璃が口を挟む。



『あっ、用があるのはこの子じゃなくて私です』



 猫が念話で意志を伝えてきた事に、男性は僅かに目を見開いたが、直ぐに笑みを浮かべ、視線を少しでも近付けるようにしゃがみ込み、幼い子供に聞くように優しく話し掛ける。

 やはり、猫が意志を伝えてくること自体は珍しくとも、この世界ではさほど仰天するほどではないらしい。

 


「何か用かな?」


『チェルシーさんの息子のクラウスさんはあなたですか?

 私、瑠璃って言います。

 チェルシーさんから、お使いを頼まれてクラウスさんに会いに来たんです』


「ああ私がクラウスだが、君がかい?

 いや、確かに母から使いをやると聞いてはいたんだが………」



 クラウスは信じられないといった顔で瑠璃を凝視する。


 瑠璃は真実であると告げる為、クラウスの頭上辺りに空間を開く。

 するとそこから、ひらひらと一通の手紙が落ち、受け取ったクラウスは手紙の表に書かれた筆跡を見て納得する。



「確かに母の字のようだ。

 これは失礼したね。歓迎するよ、さあ家の中へどうぞ」



 それより先に腕輪を外して欲しかったのだが、完全に言う機会を見失ってしまった瑠璃は、仕方なく猫のままクラウスの後に付いて大きな屋敷の中に入っていく。



 部屋に通された瑠璃は、どこに座るか迷ったが、クラウスに勧められソファーの上に跳び乗り、大きなソファーの真ん中にちょこんと座る。


 直後に使用人と思われる人が入って来ると、瑠璃の前にあるテーブルの上に、平皿にたっぷり注がれたミルクが置かれ、瑠璃は何とも言えない気持ちになる。


 やはり早く人間に戻っておけば良かったと後悔した。


 その間にもクラウスは瑠璃が持ってきたチェルシーの手紙に目を通している。

 読み進めていくに従い、クラウスの眉間に皺が寄っていくのは、きっと瑠璃の気のせいでは無いだろう。


 時間を掛けて読み終わると、クラウスはこめかみを揉みほぐし、深い溜め息を一つ吐き瑠璃に向き直る。



「幾つか質問があるのだけれど、いいかな?」


『ええ、どうぞ』


「母とはいつ位からの知り合いなのかな?」


『大体二年ほどですかね』



 その後も幾つか質問を受け、それに返す。

 ほとんどが森での生活やチェルシーの様子で、その話の途中でチェルシーから渡すよう頼まれた薬草を渡す。



「最後に、君は精霊に好かれる魔力を持っていると母の手紙に書かれていたが、一人しかいないようだね?」


『今は離れていてもらっているんです。街中だと騒ぎになるかもしれないので。

 必要ならば呼びましょうか?』



 今は一人を除き離れているが、窓の外から今か今かと呼ばれるのを待っている気配がする。

 クラウスは興味があるようで、了承の元、もう来ても良いと精霊を呼べば、精霊達が次々と部屋を埋め尽くした。


 突如部屋を占拠した精霊の大軍に、クラウスは体を仰け反らせ顔を引き攣らせる。

 そして瑠璃もまた、予想以上の数に口元が引き攣り、猫のひげがぴくぴくと動く。


 森から一緒に付いてきた精霊達に加え、元々王都にいた精霊達も興味と野次馬根性で様子を見に来てしまった為、部屋の中は大変な騒ぎとなっている。



『わぁ、この子がルリ?初めまして』


『白いにゃんこだー』


『噂よりちっちゃくない?』


『凄く気持ち良い魔力だね』



 そして、そんな大勢が思い思いの事を喋っているので、かなりやかましい。

 しかも、精霊は念話と同じで頭に直接入ってくるような声なので、いかに耳を押さえても強制的に入ってきてしまう。


 瑠璃は肉球で必死に耳を押さえ、向かいに座るクラウスも耳に手を当て悶え苦しむ。

 意味は無いと分かっていても、耳から手が離せない。



『皆ストップ、ストップ~!!頭が割れるぅぅ』



 何度か呼びかけ、漸く大人しくなった精霊達。

 また同じ事になっては大変だと、森から一緒に来た精霊達を除き、お引き取り願った。


 一息吐いて、瑠璃もクラウスもどこかぐったりとしながら改めて話を再開する。



「確かに君は精霊に好かれる体質なようだ」



 納得したクラウスだが、少し考え込んだ後、真剣な表情で瑠璃へ告げる。



「なら、ここで君の面倒を見る事は出来ない」



 否定的なクラウスの発言に、ここで暮らす気満々だった瑠璃は、反射的に聞き返す。



『えっ何故ですか!?』



 精霊達の拷問のような煩さが問題だったのではと瑠璃は思ったが、クラウスが危険視したのはそれではなかった。



「母から聞いていたかもしれないが、君の存在はとても貴重だ。

 竜王国にとっても、他国にとっても。

 ここでは警備が手薄過ぎる、もっと警備の整った場所………一番良いのは城だね」


『別にそこまで大袈裟にしなくても………』



 よりによって竜王の住まう城だなどと。

 この屋敷ですら、気か引けるというのに、王城などでは気ままに暮らせないでは無いか、と瑠璃は思った。



「いや、大袈裟でも足りないぐらいだ。

 君に万が一の事があってはいけない」



 その後、「私は一度城に行って、陛下に許可を貰ってくる。直ぐに戻ってくるから、その間決してこの部屋から出てはいけないよ」そう言って瑠璃の返事も聞かず、クラウスは足早に部屋から退出していた。



『あっその前に腕輪を………』



 だが、その瑠璃の言葉は、強く閉められた扉の音に掻き消された。



(どうしよう………)





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