ジェイドのプライド
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大会はジェイドの優勝で幕を閉じた。
その結果にある者は喜び、ある者は悔しがり、ある者は滂沱の涙を流したとか。
喜んだのは純粋に大会を楽しんでいた者やジェイドの優勝を応援していた者。
悔しがったのは他の挑戦者。
涙したのは、大会で行われていた賭けで一攫千金を狙ってジェイド以外にかけてしまい大金を摩ってしまった者達だ。
瑠璃はジェイドに賭けたので今はちょっとした小金持ちだ。
ユアンは勿論大好きなフィンに三ヶ月分の給料全部投入してしまったようだが、フィンは負けてしまったため大損となった。
だが、本人はそんなことよりフィンが負けてしまったことの方がショックのようだ。
そんなこんなで終了した大会だが、町のお祭り騒ぎはまだ終わらない。
ジェイドの治世の継続とこれまで以上の繁栄を願って、これから数日間は昼夜問わず騒ぎ続けるらしい。
そんなお祭り騒ぎがあって城でじっとしているような瑠璃ではない。
瑠璃もだがそれ以上に血の気の多い母親と祖父がものすごくテンションが高い。
人の多い場所に愛し子を行かせるのはと難色を示す人は多いのだが、あの二人を止めるのは瑠璃にも無理だ。
ユークレースからお小遣いをもらったリシアとベリルのテンションはもう誰にも手が付けられないことになっている。
面倒を起こさないことを祈るしかない。
まあ、二人が騒いで困るのはどちらかというと瑠璃よりも護衛で付き添う者達だろう。
あっちへうろうろ、こっちへうろうろ護衛のことも考えず動き回るに違いない。
二人のことは護衛に丸投げすることにして、瑠璃はジェイドも一緒に行かないかと誘ったのだが、
「私は止めておく」
「えっ、行かないんですか?」
「ああ」
「そうですか……」
てっきりジェイドとお祭りデートできると思っていた瑠璃は落ち込む。
そんな瑠璃の頭をぽんぽんと撫でるジェイド。
「祭りはまだ数日続く、別の日に一緒に行こう」
「はい」
まだ日はあるから別に急ぐ必要はないと気持ちを切り替えた瑠璃は、側にいたクォーツを誘うことにした。
「じゃあ、クォーツ様一緒に行きませんか?」
「うーん、そうだね、瑠璃の護衛もかねて一緒に行こうかな」
クォーツとしては久しぶりの竜王国でのお祭りだ。少し悩んだものの快く了承した。しかし、それをジェイドは止める。
「いえ、クォーツ様はできれば残っていただきたいのですが」
「ん?何かあるのかい?」
ジェイドはおもむろに空間から取り出した剣をクォーツの前に差し出した。
首を傾げるクォーツに対し、ジェイドはいつになく真剣な眼差しをしていた。
「私と勝負していただきたい。お互い本気を出した、大会と近い形での試合を」
クォーツが息を飲む。
本気か?と問うような眼差しでジェイドを見るが、ジェイドの瞳は揺らぎもしない。
二人が戦う。
その意味を只一人分かっていなかった瑠璃は、無邪気に喜んだ。
「二人で試合するんですか?それは是非とも見なければ!」
しかしお祭りはどうしようかと悩む。
両親と祖父は先に町へ行ってしまった。
祭りも行きたい。だが、これを逃したら二人が戦う姿など中々見ることができないかもしれない。
うーん、と思っていると、
「いや、ルリは祭りに行ってくるといい」
「えっ、でも……」
「私もルリに見られていると思うと緊張して集中できなくなる。
愛しい番いの前だとどうしても格好つけようとしてしまうからな。それにもうルリの家族は先に祭りに行ってるのだろう?家族で楽しんでくるといい」
「そうですか……。うー、残念です」
ぽんぽんと頭を撫でられながら諭されると、瑠璃もこれ以上我が儘を言うことはできなかった。
それになんだかいつものジェイドとどこか違うように感じたというのもある。
「クォーツ様」
ジェイドが改めてクォーツへと視線を向けると、クォーツは仕方ないと言いたげに苦笑を浮かべる。
「そこまで言うなら、分かったよ。場所は五区の訓練場を使わせてもらおうか」
「ええ、行きましょう。
ルリ、きちんと護衛を連れていくんだぞ」
「はい。ちゃんとユアン達が付いてきてくれるみたいなので」
「気を付けてな」
「はーい」
相も変わらず過保護なジェイドだ。
瑠璃はクォーツと二人去って行くジェイドの背をしばし見ていたが、早く行こうと言うように精霊が瑠璃の周りをうろうろとする。
少しジェイドの様子が気になったのだが、言っても仕方ないかと瑠璃も祭りに向けて足を進める。
その道中、今度はアルマンとセレスティンと出会った。
相も変わらず二人の後ろにはお付きの者がたくさんいる。
単独行動の多いジェイドとは同じ王様でも随分違う。
かく言う瑠璃も外出する時以外は精霊達以外連れてはいないのだが。
今は大会で他の帝国の皇帝や霊王国の王様も来ているという。
ジェイドの優勝を祝う席で顔合わせすることになっているのでまだ挨拶はしていないのだが、他の王様を見れば大体どちらが普通なのか分かるだろうか。
セレスティンを見ていて、瑠璃はふと思いついた。
「セレスティンさん今暇ですか?」
「暇ではありませんよ、これからジェイド様に会いに行くところですので」
「つまり暇ってことですね」
「何故そうなるのです!?」
「セレスティンさんに温泉を見てもらいたかったんですよ。お祭りもやってるし、一緒に町に行きましょう」
「温泉というと精霊様のお力で作られたという例のやつですね」
「そうです、そうです。是非ともセレスティンさんに批評してもらいたいんです」
がしっとセレスティンの腕を掴むと、問答無用でセレスティンを連れていこうとする瑠璃。
「ちょっと待って下さい!私はジェイド様にお会いしに行くのですからっ」
「ジェイド様は今忙しいから無理ですよ」
そう言うと、アルマンの方が反応した。
「ん?ジェイドのやつ仕事か?」
「いえ、仕事じゃなくてクォーツ様と試合をするって言って五区に行っちゃいました」
「試合!?」
セレスティンは目を丸くして驚いた。
そしてアルマンを見るとアルマンは難しい顔をしていた。
「試合……。ジェイドのやつが言い出したのか?」
「ええ。お互い本気を出して試合をしたいって」
「そうか」
唸るように答えるアルマンの表情は険しく、セレスティンはどこかオロオロとしている。
何かまずいことでもあるのだろうか。ジェイドの様子もいつもよりどこかおかしかったし、瑠璃は急に不安になってきた。
「あの……」
不安そうな顔をした瑠璃に気付いたアルマンはいつも通りの表情に戻すと、わしゃわしゃと瑠璃の頭を撫でた。
乱暴に撫でられたので髪形が崩れる。
「何でもねぇ。お前は町に行くんだろ?セレスティンと一緒に行ってこい」
そう言われてセレスティンは「えっ!?」と驚いた。
「いえ、私はジェイド様の所に……」
「いいから行ってこい。ジェイドとはいつでも会えんだろ」
「……分かりました」
セレスティンは少し不服そうにしながら了承すると、今度はセレスティンの方が瑠璃の腕を掴みさくさくと歩き出した。
瑠璃が「えっ?えっ?」と言っている間に連れていってしまった。
アルマンが不意に付き人に視線を向けると、無言で一礼して半分以上の者がセレスティンの後に付いていった。
あれだけいれば祭りで人が多い中でも守れるだろうとアルマンは思った。
それに瑠璃の側には最高位精霊が二人もいるのだし。
問題があるとすれば……。
「五区にいるって言ってたか……」
アルマンはきびすを返して五区の訓練場へと足を進めた。
***
アルマンが五区の訓練場にやってくると人が集まっていた。
どこからかジェイドとクォーツが試合をすると聞きつけてきたのだろう。
昨日の大会で多数の竜族が戦闘不能で今日は休みを取っているため、町や要人の警護で人手が割かれているというのに、思ったより野次馬が集まっていた。
訓練場の中央で対峙しているジェイドとクォーツ以外剣を持って立っている者はいない。
野次馬も少し離れたところから観察している。
アルマンはその中に、心配そうにして二人を見つめるアゲットの姿を見つけ近付いていく。
「おう。アゲット」
「これは獣王様、おいででしたか」
「あの二人が試合するって聞いたんだが本当みたいだな」
「……ええ。突然のことで私も驚いております」
「まあ、突然ってわけでもないんじゃないか?
俺はクォーツ殿が帰ってきてると知っていつか試合したいと言い出すんじゃないかと思ってたぞ
……あいつは戦わずして王となった例外だからな」
「…………」
アゲットはなんと言っていいのか分からなかった。
クォーツは番いを探すために王であることを辞めた。
本来なら前の王を倒した者が次の王となるはずなのだが、そういう理由でジェイドは前回王者であるクォーツとは戦わず勝つことなく次の王となった。
竜王は先代の王を倒して初めて新たな王になる。それはずっと続いてきたことだったが、クォーツの時はちょっと特殊だった。
先代を倒してもいない年若い王に、当時は不満を感じる者は少なくなかったのだ。
今は勿論誰もがジェイドを竜王であると認めている。
だが、即位当時はあからさまに不満を口にする者もいたのだ。
戦わずして王となった者が、果たして王として相応しいのかとか。
所詮はクォーツ様に王位を譲られた偽の王だとか。
他にも色々と陰口や、それに留まらず直接悪意を放ってくる者すらいた。
瑠璃が聞いたら激昂していただろう。そんなことを言ったのはどこのどいつだとお礼参りに行くかもしれない。
そんな者達を黙らせ王として認めさせたのは、長年のジェイドの努力と実力によるものだ。
そうして今でこそ認められるようになったジェイドだが、最後までクォーツに勝つことがなかったということへの引け目はずっとくすぶっていたのだろう。
だから今クォーツがいるこの機会に自分が竜王であることを示したいのかもしれない。なにより自分自身のために。
だが、これはかなりリスクがある。
クォーツに勝てればいいが、もし負けでもしたらジェイドに竜王の資格がないと言っているようなものだ。
この衆人環視の中で負けたら言い訳はできない。
勝ったからと言ってクォーツが再び王に返り咲くとは到底思えないが、これから竜王としてやっていくジェイドにとって不安要素になることは間違いない。
クォーツと戦わず王となった時以上に、王がジェイドであることへの不平不満が巻き起こるかもしれない。
「なあアゲット。俺はクォーツ殿が戦ってるところは見たことがないからわからないんだが、ジェイドとどっちが強い?」
「クォーツ様は王であった方です。当然お強い。当時は圧倒的な強さで隣にたつ者はいないとすら言われた。
陛下と手合わせをされたことはあるが、一度として陛下が勝たれたところは見ておりません」
「ヤバいか?」
「しかしそれは随分前のことですからな。陛下も成長されたし、王として優勝されるほどに力を付けておられる。今手合わせしてどちらが勝つかは何とも……」
そんな話をしているとぴりっとした空気が流れる。
「始まったな」
向かい合う二人が剣を手に構える。
そしてお互いの息が合わさった時、目にも留まらぬ早さで互いの剣がガキンと激しい音を立てて合わさった。
そこからは怒濤のような攻撃の応酬。
フィンの時のように相手の様子を窺いながら慎重に戦うという感じではなく、初っ端からガンガンと剣を合わせて、激しくやりあってくジェイドとクォーツ。
剣筋が見えないほど速い。
優しげで剣よりバラの花を持ってる方が似合うクォーツだが、ジェイドが次々と繰り出す攻撃にも反応し対応している。
一見すると互角に見える。どっちが優勢なのかはまだ分からない。
外野は誰一人声も上げず息をのんで見守っている。
アルマンは獣王国の者なので中立の立場だが、クォーツよりジェイドとの付き合いの方が長いので、やはりジェイドの方に重きを置いて見てしまう。
しかし隣にいるアゲットはクォーツとも付き合いが長い故か、複雑な表情で見ていた。
アルマンは目を離すことなくじっと見ていた。
大会優勝者であるジェイドに対して全く後れを取らないクォーツはさすが先王といったところか。
ジェイドの方もクォーツには未だ勝ったことがないらしいが、負けることなく食らいついている。
しかし、見ているうちにほんの僅かずつ次第にジェイドが押し負けてきている。
実力はジェイドとて負けていないはず。
だが、ジェイドの剣筋には迷いのようなものが見えることにアルマンは気付いた。
それが焦りに繋がっているのか、いつものような力を発揮できていないように感じた。
「ちょっとヤバいか?なに後れを取ってやがるジェイドのやつ」
「決め手に欠けておりますな。何やら遠慮のようなものが陛下からは感じます」
「遠慮……か」
「陛下にとってクォーツ様は尊敬の対象であり、コンプレックスの塊でもありますからなぁ」
一度として勝ったことのないクォーツ。
そして幾度となく比べられてきた相手であるクォーツ。
ジェイドにとってクォーツとは、良くも悪くも影響を受けてきた者なのだ。
その相手との試合。
未だ勝ったことがないという気持ちが大きいのか、ジェイドの戦いには迷いが見えた。
実力が拮抗した者同士、その迷いは致命的なものとなってしまう。
みるみるうちにクォーツが優勢へと傾いてきてしまった。
「まじでやべぇな。こんなところでジェイドが負けたら大問題だぞ」
周囲にはたくさんの野次馬。
そんな中で実力も発揮できず無様に負けてしまったら……。
それは周囲の者達の心に一点の黒い染みを落としてしまうことになりかねない。
やっと王として認められるようになったというのに、やはりクォーツの方が……なんてことを言い出す者が出てきかねない。
「おいおい、しっかりしろよ、ジェイド」
そう呟くアルマンの思い虚しく、苦戦を強いられているジェイドにクォーツの決定的な一打が放たれた。
これで決着が付くかと思われたその時、どおぉぉぉんという激しい音と地震が起きたかのような揺れとが起きた。
「っ、なんだ、なんだ!?」
さすがに手を止めるジェイドとクォーツ。
揺れはすぐに収まったが、何かが破壊されたようなあの音が何だったのか、辺りは騒然としていた。
幾人もが現状を把握しようと走り回る。
ジェイドとクォーツは試合を中断せざるを得なく、しばらくその場で誰かが報告に来るのを待っているとジェイドの元に兵が一人慌てたように走ってくる。
その顔は険しく、とても楽しい話ではないことは分かった。
「何があった?」
ジェイドが問うと兵は焦りを滲ませながら答える。
「王都の海に多数の不審船が確認されました。
停船を呼びかけたが応じず、我が海軍が実力行使に出ようとしたところ、複数のクラーケンが現れ妨害してきました。
そのまま不審船は王都の港まで入り、そこで王都に向け大砲を放ったようです。攻撃は未だ続いています」
「先日から目撃されていた船か?」
「恐らくは。目的は未だ不明です」
話を聞いていたアルマンはすぐにセレスティンやルリのことが頭をよぎった。
「おい!今王都の町にはセレスティンやルリが行ってるぞ!」
ジェイドとクォーツがはっとすると、周囲の野次馬達もことの危うさに慌て始める。
「二人は温泉を見に行くとか言ってた」
「すぐに愛し子を保護して城に戻せ!ルリの家族もだ」
攻撃されている王都の町には今、瑠璃を始め、セレスティンや瑠璃の母と祖父。愛し子が四人もいることになる。
愛し子が怪我でもしようものなら……。考えるだけでも恐ろしい。
もう試合どころではない。
「動ける兵はすぐに海軍の応援に行け!」
「はっ!」
ジェイドの命令で各々が自分のできることをしに動き出す。
アルマンは自分の付き人達にセレスティンの元へ行くように命じセレスティンの身を案じながらも、どこか試合が中断したことにほっとしていた。