感動の再会?
「ついに……ついにやったー。温泉だー!」
念願の温泉がこの度ついに完成した。
ここまでの道のりは本当に長かった。人材育成も建設作業も一から始め、娯楽施設の遊び道具は全て手作り。
まあ、ほとんど人に頼んでいるので瑠璃はあまり何もしていなかったが、完成の日を今か今かと待ち望んでいたのだ。
「やりましたよ、アマルナさん」
「ええ、ついに完成ですー」
瑠璃とアマルナは手を取り合って喜び合った。
そしていざ開店。
客の入りは上々どころか、愛し子が作った温泉なる物を見ようと続々と人がやってきた。
たくさん人が来られるようにと人が来やすい立地にもこだわったためか、来るわ来るわ人の波。
スラムの子達にはお菓子をお駄賃に宣伝活動をしてもらったので、初日には人がたくさん来るだろうと予想していたが、それ以上の人の数だ。
多めに雇ったつもりだったが、その子達では回りきらずてんてこ舞いになって客を捌いている。
初日で慣れていないというのもあるだろうが、にしても人が多すぎる。
特に娯楽の方に人が殺到しているようで、横入りも横行し怒声が飛び交っている。
これはまずいと急遽瑠璃の護衛をしていた兵に応援を頼み、人の列の整理を頼んだ。
瑠璃も愛し子の威光を遺憾なく利用して、整列を促しながら何とか回したが、雇った子供達は半泣きになっている。
喜んでいるのは愛し子商品が飛ぶように売れているアマルナぐらいのものだ。
繁盛する娯楽の方に比べて閑散としているのが温泉の方。
やはり湯に浸かる文化のない竜王国の人々には不人気のようだ。
男女に分かれているが人前で裸になるというのがやはり恥ずかしいというのも一因のよう。
その反面一部からは熱狂的な支持を得たようで、少ないながら毎日のようにやってくる常連客が付いた。
まあ、元々瑠璃自身が入りたいと思って作った温泉だ。
人が多くて入れないということになれば元も子もない。少ないぐらいがちょうど良いのかもしれない。
***
「ジェイド様、ちょっと出かけてきていいですか?」
執務室に入って開口一番にそう問い掛ける。
ジェイドは仕事の合間の休憩を取っていたようで、飲み物の入ったカップを片手にリラックスしていた。
持っていたカップを置くと、ちょいちょいと瑠璃を手招きされ、瑠璃は何も考えずに近付いていく。
ジェイドの前に立つと手を引かれ膝の上に横抱きにされる。
番いになってしばらく経ったが、ジェイドのスキンシップにはまだ瑠璃は馴れずどきまぎとしてしまう。
そしてジェイドは、そんな瑠璃の反応を楽しがっているように感じる。
「今度はどこに出かけるんだ?」
「チェルシーさんの所です。チェルシーさんに温泉を体験してもらいたいので、王都に呼ぼうかなって思って」
「チェルシーのところか。まあ、それはいいが、ルリ」
「なんですか?」
ジェイドの手が怪しげに頬を滑る。
「私を放置しすぎではないか?温泉もいいが、普通番いというものはもっと一緒にいるものだぞ。あまり放置していると閉じ込めてしまおうか?」
びくっと、大袈裟なほど体が怯える。
頭に浮かぶのはクォーツのこと。瑠璃はいい機会だとびくびく怯えながらジェイドに聞いてみることにした。
「クォーツ様から聞いたんですけど、竜族はその、あまり番いを外に出さないって」
「そうだな、人前に出すことを嫌って家から出さない竜族は多い」
「それってもしかしてクォーツ様のことだったり……」
「そうだな。クォーツ様も番いのことをそれは慎重に囲っておられた。アゲットは会ったことがあるようだが、その姿を見た者はほとんどいない。私も会ったことがないな。だが、そういうことは珍しくはない。竜族ではな」
「それってジェイド様もそういう考えの人だったり……」
これは監禁コースを示唆されているのかと瑠璃はさらに怯える。
「なんだ、囲われてくれるのか?」
にやりと口角を上げるジェイド。まるで肉食獣を前にした猫の気持ちになった瑠璃は、全力で首を横に振る。
ジェイドとしても半分冗談だったのだろう。慌てる瑠璃の様子にくすりと笑う。
「私もルリが大人しくしているとは思っていない。ルリは好きなことを好きなように行動すればいい。あまり危険なことをするのは駄目だがな。だが、あまり私を忘れてくれるなよ」
そうやって瑠璃を理解し好きにさせてくれるジェイドは、竜族では異端なのかもしれない。
「忘れませんよ、大丈夫です」
ジェイドの目を見つめて力強く断言すると、段々とジェイドの顔が近付いてきた。そして瑠璃の額に口付けられる。
それを素直に受け入れられるようになったのはいつからだったか。まだ恥ずかしさがあるのは間違いないが。
「私、チェルシーさんの所に行ってきます!」
ジェイドの膝から下りようとすると、引き留められることなくあっさりと開放される。
部屋を出ると、にまあと意味ありげに含み笑いをするアゲットが立っていた。
「なんですか、アゲットさん」
「竜族は嫉妬深き生き物ですからな、ルリもよくよく気を付けるがいい。しかし、仲良きようで私も安心だ」
いったいどこから聞き耳を立てていたのか、瑠璃はわあぁぁと叫び出したくなるのをこらえ、急いでその場を離れた。
コタロウに飛び乗り空を駆ける。
カイは留守番だが、コタロウとリンが一緒にいるので、竜族の護衛は付いてきていない。
そもそもチェルシーの所に行く時は精霊以外連れて行かないのだが、最近は町に行くことが増えて護衛がいることが普通となっていたので、久しぶりに解放されたような気もする。
瑠璃としては護衛なんて大袈裟なと思うのだが、やはりそうはいかないのだろう。一度襲われてる身としては窮屈さは感じるものの、どこか護衛がいて安心という気持ちもないではない。
だが、やはりチェルシーの所に行く時は以前のままの瑠璃として、あまりそういうのを連れて行きたくないという気持ちがあるので、ジェイドが護衛を連れて行けと言わなかったことに安堵した。
コタロウがやけに嬉しそうな理由もそこにあった。
確かに最近は温泉のことで忙しく動き回り、ジェイドの番いとなってからは、空いた時間をジェイドが独り占めしているのでコタロウ達精霊とゆっくりした時間を取れていなかった。
チェルシーの所へ行く時はそんな邪魔が一切ない。
チェルシーとは話すだろうが、それ以外の時間はコタロウ達と一緒にいられる。
コタロウ達も竜族の執着心はよく理解していたので口は出さなかったが、もう少し瑠璃と一緒にいたいというのが本音だった。
数時間掛けチェルシーの住まう森へとやってきた。
最近忙しくて来られていなく、久しぶりの森の景色だが、ここに住んでいた頃と全く変わってはいない。
そんな変わらぬ景色が、瑠璃をあの頃の穏やかだった生活を思い出させ、一気に懐かしさが込み上げてくる。
「チェルシーさーん!」
こんな所に訪れる人は顔見知り位なので、鍵の掛かっていない玄関を遠慮なく開け、家の中に駆け込んでいく。
が、その時瑠璃は気が付かなかった。やけに精霊の数が多いことに。
チェルシーの姿を想像して奥へと入っていく瑠璃だったが、そこにいたのは見知らぬ老人。そして……。
ぴたりと瑠璃の足が止まる。
「は?」
瑠璃は我が目を疑った。
「…………は?」
今見えているのは夢なのか。
いや、瑠璃はちゃんと起きている。
だが、目の前にあるものに理解が追いつかない。
見知らぬ老人も気になるがそれ以上に気になる者がいる。
この家の家人のチェルシーの代わりにいるのは……。
「お母さん、お父さん!?」
そう、その内こっちに来ると言っていた瑠璃の父と母。
その二人が何故かチェルシーの家でのんびりとお茶を飲んでいる。これはどういうことなのか。
見間違いか、他人のそら似か?
「あらぁ、瑠璃いらっしゃい」
いや、久しぶりだというのにそれを感じさせないこののんびりとした様子、間違いなく瑠璃の母リシアだ。
それに母の周りには精霊がたくさんいる。
こんな人間などそうそういるものではない。
「瑠璃!」
母と違い瑠璃の登場に驚いたように立ち上がったのは父の琥珀だ。
「誰か来たのか?」
さらに聞こえてきた第三者の声。チェルシーではない男性の声に、まだ誰かいるのかと後ろを振り返った瑠璃は目を丸くした。
金の髪に青い瞳、筋骨隆々とした体躯の、老年の男性。
「……はっ? えっ、えっ?」
瑠璃は言葉に詰まるほど驚いた。
「お祖父ちゃん!?」
「ん?おお、我が愛しき孫よ。元気にしてたか?」
瑠璃の祖父、ベリルが筋肉モリモリの太い腕を広げ、瑠璃に近付くとぎゅむっと抱き締めた。
「ぐっ、苦しい……」
抱き締められると言うより筋肉で締め上げられ、瑠璃は息も絶え絶えに。
「ギブ、ギブ」
このままでは中身が出ると危機感を抱いた時、どうにか開放されほっとした。
「死ぬかと思った……」
「すまんすまん、嬉しさのあまりちょっと力が入ってしまったようだ」
ちょっとどころの力ではなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「どうしてお祖父ちゃん達がここにいるの!?」
「どうしてって、こっちの世界に来ることは言っておいただろう?」
「そういうことじゃなくて、いつ来たの!? なんでチェルシーさんの家にいるの!?」
次から次へとあふれ出てくる疑問を問い掛けていると、「うるさいよ、何騒いでるんだい!」とチェルシーが入ってきた。
「おや、ルリ。来てたのかい?」
「チェルシーさ~ん。どういうことか説明して下さい!」
何のことかと口を開こうとしたチェルシーは、ベリルの姿を見つけすぐに理解した。
「とりあえず落ち着きな」
チェルシーは瑠璃の分のお茶を用意して、座るように促す。
その間、リシアとベリルはリンとコタロウと挨拶をしていた。
「お前達がコタロウとリンか?
あっちの世界では肉体を持ってない姿だったから分からなかったぞ」
「あらぁ、リンちゃん、コタロウちゃん久しぶりねぇ」
『久しぶりね』
『元気そうで何よりだ』
リンとコタロウは以前瑠璃の伝言を届けに向こうの世界に行ってもらったことがあるので、顔見知りである。しかし、あの時は体をこちらの世界に置いたまま中身だけ行ったので、すぐには気付かなかったようだ。
お茶を飲んで落ち着きを取り戻した瑠璃は、改めて祖父と両親に向き合う。
「いったいいつこっちの世界に来たの?」
「あー、いつだったかな。確か半年ぐらい前か?」
「そうねぇ、それぐらいだったかしら」
「半年前!? 今まで何してたの?」
「瑠璃のいる国を目指してうろうろしてたら、道中でアンダルと出会ってな。
意気投合してそのまま一緒に旅をしてたんだ。で、瑠璃に会いに行く前にアンダルの奥方に会いに行こうって話になってな、来てみたら瑠璃がこちらにご厄介になっていたって話じゃないか。
こっちの世界での瑠璃の生活なんかを聞きながら、数日ここで泊まらせてもらってたってわけだ」
「アンダル?」
やけに体格のいいその老人に視線が行く。
気になってはいたが、この老人は誰なのか。
「俺がアンダルだ。まあ、チェルシーの旦那みたいなものだな」
「旦那……」
チェルシーは結婚はしていない。未婚でクラウスを始めとした三人の子を産んだのだ。
だが、子供がいることで分かるが、相手がいなかったわけではない。
その相手は獣王国の先代王であり、あのアルマンの父でもある人。
「先代の獣王様? クラウスさんと獣王様のお父さんの?」
「ああそうだ。旅の途中でこいつらを拾ってな、行動を共にしてたんだ」
開いた口が塞がらない。
「どうして知らせてくれなかったの。精霊伝手ならすぐに知らせられたじゃない」
リシアとベリルの周囲には瑠璃に負けないほどの精霊が引っ付いている。見ない顔の子達ばかりだったので、母と祖父に付いている精霊だろう。
「いや、どうせなら突然行ってびっくりさせようと思ってな」
「うふふ、大成功ね」
あっはっはっはっと、豪快に笑うベリルに瑠璃は崩れ落ちた。
父親の琥珀だけは気の毒そうに瑠璃を見ていた。
きっと琥珀としては早く娘と合流したかったのだろうが、破天荒なこの二人に付いていくしかなかったのだろう。
「っていうか、向こうからこっちに来る時に竜王国に連れてきてもらえば良かったんじゃないの?」
そうすれば半年間も旅をしなくても良かったのではないか。
「道はどこに繋がるか分からんものらしい。都合良く瑠璃のいる国に着くとはかぎらない。俺が着いたのは霊王国って国の近くだ」
「そうなんだ。よく無事にここまで来られたね」
「向こうの世界と違って精霊の見える奴が多くてな。愛し子様とかって言われて、食事や寝床から色々と提供してくれてな。拝まれたのなんて初めてでびっくりしたが、おかげで何とかなった」
「こっちは精霊信仰が盛んだから」
どうやら都合よく、精霊信仰のある精霊が見える人達のいる所に着いたようだ。
これが瑠璃が最初にいたナダーシャみたいな精霊も見えない人間の多い国だったら色々と大変だっただろう。
「ならもう城に来るんでしょう?」
「そうねぇ、色々と見て回れたしそろそろ行こうかしら。瑠璃の旦那様にも会いたいし」
「ジェイド様もお母さん達来るの待ってたよ」
瑠璃の旦那様と言う言葉に琥珀が眉をしかめたが、そこは娘を嫁にやる父親の複雑な心境がそうさせるのだろう。瑠璃は気付かなかったが。
「それでなんですけど、チェルシーさんも一緒に王都に行きませんか?」
「私もかい?」
「王都に温泉を作ったんです。是非チェルシーさんにも入ってみてほしくて」
「温泉ねえ」
あんまり興味はなさそうなチェルシー。この家の庭にも作ったお風呂があるが、きっと使ってはいないのだろう。
「まあ、温泉は置いといて、王都にはいこうかね。クォーツ様が帰っておられるんだろう?」
森に住むチェルシーがそのことを知ってるということは、クラウスあたりが知らせたのだろう。
「はい」
「一度挨拶をしておきたいからね。それにもうすぐ王を決める大会もあるからしばらく滞在しようかね」
しばらく一緒にいられると聞いてやったと喜ぶ瑠璃。
おそらくジェイドがクォーツが帰ってきた時に抱いた感情と似たものだろう。
チェルシーが王都に行くと聞いたアンダルもまたクォーツと大会に興味があるようで一緒に行くこととなった。