先王様はヤンデレ気質
温泉施設の進行状況を見てみたいというクォーツの希望により、建設途中の温泉へと向かう。
施設はほぼ外枠はできており、後は内装ができればというところだ。
「へえ、凄いね。もう完成間近みたいだね」
「はい。娯楽施設の方ももうちょっとで完成です。後は店員の教育ですけどそちらも順調です」
「スラムの子達を雇ったんだってね」
「はい。でもどの子も向上心があって一生懸命です」
勉強も真面目に取り組んでいるし、もう客の前に出しても恥ずかしくないほどに接客の仕方も身に付いている。あのお金第一のアマルナが仕事よりも彼らの教育を優先させて教えていたおかげだろう。
「他にも色々と頑張っているみたいだね」
「私は提案しただけで、ほとんどユークレースさんが動いたんですけどね」
難しいことはユークレースに丸投げだ。大会の開催で忙しいのに申し訳ないが。
「でも、あんまり温泉のことばかりじゃなくてジェイドのことも気に掛けてあげないとジェイドがすねていたよ」
「ジェイド様が? どうしてです?」
「ルリが毎日出かけてばかりで一緒にいられないってね」
そんなジェイドをからかっていたのはクォーツだというのに、くすくすと笑う。
「別に放置していたわけではないんですけど。それにジェイド様だって大会の開催で忙しいみたいだし。
あっ、クォーツ様も大会に出られるんですか?」
「私?私は出ないよ。もうすでに王を降りた者だ。今更出しゃばろうとは思わない」
それまで和やかにしていたクォーツの表情がわずかに悲しげに歪んだ。
「私はあそこから逃げ出した人だからね。戻れないよ」
「……クォーツ様はどうして王を辞められたんですか?」
ちょっとした好奇心。フィンに聞いた時も教えてはくれなかったから。でもそれは安易に聞かないほうが良かったと後になって後悔した。
「……ルリはさ、ジェイドが好きだろう?」
「はい」
ちょっとばかし気恥ずかしさがたって若干反応が遅れたが、はっきりと答えた。
「もしジェイドが突然死んでしまったらどうする?」
「勿論悲しいです」
突然なにをと思ったが、クォーツの顔を見て瑠璃は口が挟めなかった。
「そうだよね、でもルリの悲しいはあくまで想像だ。
私は本当に亡くしてしまったんだよ、愛しいただ一人の番いを」
空を見るクォーツの瞳は悲しみに彩られていた。
「竜というのは厄介だよね。一度番いを定めたら番いが己の全てで他になんて目も向けられない。たった一人の私の半身。
それをなくすということは己の身を引き裂かれるのと同じ苦しみだ。セラフィがいなくなって私は絶望の闇に落とされた」
番いのことを語るクォーツは本当に痛々しく、瑠璃まで悲しくなってくるようだ。
竜族の番いへの思いは周りから聞かされてはいたが、瑠璃は聞いた気になっていただけで分かってはいなかったのかもしれない。
「共に死のうと思っていた。私を一人にしないでくれと、死ぬのなら共に行こうと。だができなかったんだ。セラフィの遺言があった。
死の間際私に願ったんだ、自分が死んでも後を追わないでくれと。なんて残酷なんだろうと思ったよ。セラフィのいない世界で生きていくなどできないのに」
言葉を絞り出すように話すクォーツは、まだ彼女のことを過去にはできていないのだろうと瑠璃は思った。
今も彼女を愛していて、彼女がいないことを苦しんでいる。
「でも、彼女は約束してくれたんだよ」
「どんな約束をしたんですか?」
「必ず生まれ変わって戻ってくるから、自分を見つけてくれとね」
「生まれ変わり? でも、そんな……」
そんなことが可能なのか。第一生まれ変わったとして別人となったこの世界のどこにいるか分からない人を見つけられるのか。
「ルリの言いたいことは分かるよ。だが、不可能ではないと精霊は言った。
人は生まれ変わればまた魂は巡り、生まれてくる。その魂の持つ魔力は生まれ変わっても変わらないから、その持ち主を見つけることは不可能ではないと。
いつ生まれてくるか分からないが、竜の長い寿命ならあるいはと」
だとして、見つけても彼女が覚えていなければ意味はないのではないかと思ったが、それを口にはできなかった。
だってクォーツの目は本気で信じている目だった。
「私は彼女を探すことを決めた。だが、王でいては探せない。この竜王国に生まれてくるとは限らないからね。
他の国を回っていては王の仕事はできないし。だから降りたんだ。ただ一人の半身を探すために、全てを捨てた。
突然辞めた王の後始末するのは大変だっただろう。側近達には申し訳なかったと思っているよ。
だから中々竜王国には帰ってくることができなくてね」
だから愛し子の話を聞かなければ帰る切っ掛けがつかめなかっただろうと、クォーツは小さく笑みを浮かべる。
それは以前にもクォーツが言っていた話だ。
「私はセラフィを探し続けるよ。彼女を見つけるまで永遠だって」
それはとても強い決意であり、わずかな狂気を感じさせられた。
そう言って振り返り瑠璃に視線を合わせにっこりと微笑んだクォーツには、すでに先ほどまでの憂いはなく、瑠璃の知るいつも通りの和やかなクォーツがいた。
「ルリ、竜族にとってそれだけ番いという存在は絶対なんだよ」
クォーツは瑠璃の首から下げているジェイドの鱗の入ったガラス玉をこんこんと指先で軽く叩く。
「ジェイドを悲しませるようなことはしないでくれ」
「しませんよ」
「言っておくけど、温泉にかまけて放置するのも私からしたら結構問題だよ。竜族はあんまり番いを外に出したがらないんだから。ましてや他の男と仲良くしてるなんて」
他の男というのは温泉建設に関わってる者達のことだろう。確かに仲良く話し合いをしているが、恋愛とは無関係なのだが、それでも竜族は許せないらしい。
「私なら部屋から出さないね」
「それは困ります」
「なら、もっとジェイドをかまってあげてくれ、浮気なんて論外だよ?」
「そうします。
にしても、そんな忠告するなんてジェイド様もたいがいですけど、クォーツ様もジェイド様のこと大好きですね」
「可愛い弟分だからね」
ウインクしたクォーツからは二人の仲の良さが窺える。
「クォーツ様はいつまで竜王国にいるんですか?」
「しばらくいるつもりだけど、何かあるのかい?」
「ジェイド様との結婚式です。きっとジェイド様もクォーツ様に出席して欲しいだろうなって思ったので」
「そうか結婚かぁ。アゲットが死ぬほど喜んでいただろう?」
「それはもう……」
はははっと、乾いた笑いが出る。
「番いになったとたんそのまま結婚にまで話が進んじゃいました」
「まあ、そうだろうね。番いになったなら当然の流れだ」
「クォーツ様の時はどんな式だったんですか?」
同じ王であるクォーツの婚姻の儀がどんなだったのか、経験者の話が気になる。
「私はひっそりとあげたよ」
「そうなんですか? 王様の結婚なのに?」
アゲットの話を聞いているとかなり盛大にするもののようなので、クォーツの話が意外だった。
「まあ普通は来賓客をたくさん呼ぶものなんだろけどね。セラフィを他に見せたくなかったから、私とセラフィだけで執り行ったんだ」
「そ、そうなんですか」
その時のことを思い出してか、楽しそうに話すクォーツの横で、瑠璃は引き攣りそうに頬を必死でこらえた。
これまで話を聞いて思ったが、クォーツは少々ヤンデレ気質ではないかと密かに思う。
竜族は番い一人を生涯愛するためか、独占欲と執着心が強い生き物だと聞く。クォーツはその典型的な竜族の性質を持っているようだ。
では、ジェイドはどうなのだろうか。クォーツは番いを外には出さなかったと聞く。自分も部屋から出されなくなったりするのだろうか。ちょっとこれはジェイドに要確認だと瑠璃は思った。