遊具作成
店員の研修と名の付いた教育は順調に進んでいる。
彼らの素直な性格と向上心がより勉学を真剣に取り組む力になっており、メキメキと上達していっている。
しかし、勉強だけするなら学校へ行けばいい話である。
しかし貧困な彼らはそんな暇があるなら仕事をしなければ食べていけない。
なので、研修と称した勉強会なのである。これはあくまで働くために必要な勉強。なので勉強は仕事の内であるので、多少の賃金を渡してある。
勉強ができてお金も入る。彼らにとっては一石二鳥だろう。
そう言えば瑠璃の世界の貧困な国では、働く子供を学校へ行かせるために、給食制度を作り、食事目当てに子供が学校には来るようにしている所もあるらしい。
それなら竜王国でも給食制度を導入すれば、貧困層の子達は食事目当てで学校に来るのではないか。
試しに愛し子のために組まれた予算から捻出して実験を行ってみても良いのではないかと、ユークレースに相談してみた。
モデルケースがあれば国も導入しやすいだろうと思ったのだ。
愛し子の予算は好きに使えと言われていたお金だ。税金を自分のことに使うのは気が引けたが、ボランティアと思えば使いやすい。
ユークレースも愛し子のお金を愛し子が使うのなら問題はないと頷いてくれた。
早速スラム近くの、本来ならスラムの子供達が仕事がなければ通っているはずの学校に給食の導入を学校側に提案した。
その辺りのことはユークレースが前に出て動いてくれ、無事に実験的に給食の導入が許可された。
大会が近いこの忙しい時期に動いてくれたユークレースには感謝である。
他にも調理人の手配や、設備の導入など、必要なことをさくさくと決めていってくれた。その手際の良さはさすがは有能な宰相様。瑠璃には真似できない。
自分で言い出したことなのに、ユークレースに頼りっきりではないかと瑠璃はがっくりとした。
瑠璃がしたことといったら、提案をしてお金を出しただけではないか。しかもそのお金も元は税金。
せめてできることはしようと、スラムに赴き、一軒一軒回って給食制度を作ったことを触れ回った。
すると、その日食べるものにも困る子達が少しずつだが授業に出るようになったようで嬉しくなった。
急に全員がといかないことは分かっている。それでもこれから少しずつ増えていってくれることを願うしかない。
それにより教育を受けて、よりよい職に付ければいい。
まあ、そう上手くいくとは思えないが、その中の数人でも人生が変われば万々歳だ。
一番良いのは瑠璃の温泉で雇ってあげることなのだろうが、今以上の人は必要ない。
瑠璃が王都のお店に呼びかけて仕事の斡旋をできないかとも思ったが、愛し子である瑠璃がこの子を雇ってくれと店側に頼んだら、それはお願いではなくほとんど脅しになってしまう。
愛し子の願いを断れる一般人などほぼいないだろう。それはまずい。
そういうことは瑠璃ではなく国の領分かもしれないが、今の忙しい時期に言っても動けないだろう。提案をするのはしばらく先のことになる。
それよりも、今は温泉施設のことを考えることにした。
温泉の建物は順調に建設が進んでおり、もうすぐ完成だ。瑠璃がこれから考えなければならないのは、温泉と併設する娯楽施設の内容だ。
基本的に遊び場の少ないこの世界。テーマパークなどあるはずもなく、あるのは道ばたでやってる大道芸や、観劇などなど。
正直、娯楽にあふれた所にいた瑠璃には物足りない。
娯楽施設は結構前から瑠璃が欲しいと思っていたものだった。
問題はどんな娯楽を作るかである。
電気がないというのはかなり大きい。瑠璃の世界の娯楽は電気を使っている物がほとんどだからだ。
代わりに魔法が存在するが、魔法で代用できる物、もしくは電気も魔法も必要ない物。そんなものはないだろうかと、ここのところ瑠璃は頭を悩ませていた。
絶叫マシーンなど作る技術もないし、乗り物系も却下。
テーマパークらしくゆるキャラの着ぐるみでも作ってみるかと、服屋にオーダーメードしてみた。上手く説明できずちょっと貧相な着ぐるみになったが、まあいいだろう。
後は花の精霊達にお願いして、この辺りでは見られない珍しい花を施設いっぱいに咲かせてもらい、随分華やかになった。これだけでも名所にはなりそうな美しさだ。
あと、昔の娯楽というと、昭和の遊び。ボーリングやスマートボール、射的が思い浮かんだ。
それなら結構作れそうだ。
射的は銃がないので、代わりに弓矢で代用しよう。弓矢なら瑠璃の空間の中に何個もある。
スマートボールの台は木工職人に頼むことにした。
絵に描いたり身振り手振りを交えながら、何度か試作を繰り返し、ようやく満足のいく物ができた。
「じゃあ、これを後十台作って下さい」
「おう、いいぜ。ただ、俺達用にも何個か作っていいか?」
どうやら職人達にも好評のようだ。物珍しそうに触りながら、次は俺、次は俺と職人達が順番待ちしている。これならばお客にも良い反応が返ってきそうだ。
「良いですよ、その代わり違う物も作って下さい」
瑠璃は紙に絵を描いていく。描いたのはボーリングのピンと、ボールだ。
「こっちのピンは十個、こっちの玉は指を入れられるように穴を開けて……」
「ふむふむ、まあ、これならすぐにできるだろう」
そうして数日後、できあがった商品を見て、どう使うのかと不思議そうにしている職人達の前で実践してみる。
ピンを立てて、ボールを転がして倒す。
至極簡単な作業を行うと、職人達がこちらの方にも興味を示した。
「お、面白そうだな。俺にもやらしてくれ」
「次、俺」
まるで子供のように楽しそうにいそいそとピンを立て直していく職人を見ながら、ピンを立て直す必要があるのが面倒だなと瑠璃は考えていた。
しかし、次に投げた人がまた立てようとした時、別の職人が待ったを掛ける。
「何やってんだよ、手でやらずに魔法使えよ」
そう言って風の魔法で倒れたピンを立ててしまった。瑠璃は目から鱗が落ちた。
「おじさん天才!」
魔法の存在をすっかりと忘れていた瑠璃。魔法でならピンを立てるのもそう苦ではない。
ボーリングのピンとボールも追加で注文し、職人達も自分達の分を作るらしい。
順調に進めていく中、後、やはり無難な遊びは卓上ゲームだろうか。トランプにオセロ、人生ゲーム。しかし、この世界にもトランプに似た物は存在する。基本的にそれは大人の遊びで、大人達はそれを使って賭け事をしているのだ。
大人達は結構賭け事をする。今度の大会でも誰が勝つかと公式に賭け事がされているぐらいだ。勿論一番人気はジェイド、その次がフィンだったりする。
なら賭け事とかの方がこの世界の人には受け入れられやすいのではないか。
「いや、お金が絡むともめ事が起こりそうで恐いな」
それは止めておこう。
他にも遊技場を思い浮かべて色々なゲームを作った。
「うんうん、順調順調」
娯楽はこのぐらいで良いだろう。次に用意するのは食事だ。
温泉に娯楽を楽しんだらきっとお腹も空くはず。
椅子に座ってがっつり食事というより、歩きながら食べられる軽食が良い。
屋台で売っているような物で、店員として雇う予定の子供でも作りやすく、回転率の良い食べ物と考えて思いつくのは……。
「うーん、アメリカンドッグなら食べやすいよね。後はイカ焼き、焼き鳥、あっ、たこ焼きは外せない!」
まずは鉄板かと、鉄工所に向かい、たこ焼きを作るための丸くへこんだ穴がたくさんある鉄板をいくつか作ってもらった。
注文を聞いた職人はなんでこんなへんてこな鉄板をと首を傾げていたが、たこ焼き作りにはそれが必要なのだ。
続いて瑠璃は食材を探しに商業地区へ。
ソーセージに鶏肉、魚貝類。だが何故か一番欲しいたこがない!
魚貝類を扱っているお店に、「たこは置いていないんですか?」と聞いてみたら「たこって何?」という答えが返ってきた。
「たこってたこですよ。吸盤があって、足が八本ある」
そう説明するが、店員はきょとん顔。他のお店に行っても同じ返答だった。
その憤りをユアンにぶつける。
「ユアン、どういうことよ。なんでたこがないのー!?」
「俺に言うな。だいたいたこって何だ」
まさかのまさか、この世界にたこという存在がないとは思いもしなかった。いかはあるのに。
「どうしよう、他ので代用する? いや、やっぱりたこ焼きはたこじゃないとあのプリプリ感は出せない」
どうしたものかと頭を抱えていると、後ろから声を掛けられた。
「ルリ」
振り返るとそこにはここにいるはずのないクォーツの姿が。
「クォーツ様、どうしたんですか、こんなところで」
「ルリが面白そうなことをしているって聞いて見に来たんだ。でも温泉の所にはいなくて聞いて回ったらここにいるって聞いてね。ルリの髪は目立つから探しやすいね」
そういうクォーツの白銀の髪も遠目から分かりやすいのだが。
クォーツを見てそうだと思い出す。
クォーツは竜王国を出てから色々な国を転々としていたそうだ。たくさんの国を見ているのならたこの存在も知っているかもしれないと思ったのだ。
「クォーツ様、たこって知ってますか?」
「たこ? いや、聞いたこともないけど」
「いかに似た、吸盤があって足がたくさんある、うにょうにょした海の生き物なんですけど。身はプリプリしててとっても美味しいんです」
考え込んだクォーツ。この世界にはないのかと諦めそうになったが、クォーツには一つ心当たりがあったようだ。
「それってもしかしてクラーケンのことかな?」
「クラーケン?」
「海に住む怪物だよ。いかのように足が何本もあって足には吸盤がある。いかに似ているけどいかではない。そんなのはクラーケンしか思いつかないなぁ」
「それって美味しいですか? 竜王国でも採れますか?」
怪物であるかではない。食えるのか、まずはそれが重要だ。
「食べたことがあるけど美味しいよ。
でも採れるかは分からないなぁ。そもそもかなり大きい体だから普通の人なら船ごと飲み込まれてしまう。
竜体になった竜族でもなければ捕まえるのは難しいと思うよ。それにクラーケンなんか滅多に現れないし」
「そんなぁ」
がっくりと肩を落とした瑠璃だったが、ユアンが何かを思い出した。
「そう言えば海軍の奴が言ってたな、最近王都周辺の海でクラーケンが現れるって」
「本当!?」
「ああ、なんでも最近王都近くで海賊船が見つかって海軍が拿捕しようと追い掛けるんだが、その時必ずクラーケンが現れて進路を遮るんだそうだ。
おかげで海賊船をことごとく取り逃がしてるって話だったな。近々本格的なクラーケン狩りをするって言ってたような」
「よし、私も一狩り行こう!」
瑠璃は拳を空に突き上げたが、ユアンにべしりと頭をはたかれた。
「アホが。そんな危険なこと許すわけがないだろ。不審船が一緒にいるって言うのに。お前はもっと愛し子だという自覚を持て!」
「だってそれじゃあ、たこが手に入らないじゃない。たこ焼き食べたい!」
「俺が海軍の奴に取っといてもらうように言っておいてやる。それで納得しろ」
渋々だが瑠璃は納得するしかなかった。ちょっとクラーケンを見たかったのだが。