竜王
瑠璃が召喚されたこの世界には、一つの大陸がある。
大陸には数多くの国々があるが、その中で四つの極めて大きな国があった。
竜の亜人が治める竜王国、獅子の亜人が治める獣王国、麒麟が治める霊王国、人が治める中で最も強大な帝国。
それら四国が争えば、大陸は大変な事になるのは明白。
それ故に、遥か昔に互いに争わぬよう同盟を結んでいた。
その一つである竜王国は、今でこそ亜人や人間といった種族に関係無く暮らしているが、その昔、人に奴隷とされていた亜人を解放した竜族が中心となって出来た国だ。
亜人は人間よりも魔力も能力も優れていたが、それぞれの種族の小さな集落の中で過ごし、必要以上に他部族と関わりは持たなかった。
閉鎖的だが、それぞれの種族の伝統を重んじて生きていたのだが、それが災いした。
いくら個人の能力は高くとも、多勢に無勢では勝ち目が無く、ある者は殺され、ある者は奴隷に落とされ、ある者は奴隷にされるならと自ら命を絶った。
そんな中で逃げ延びる事が出来た一部の者が、世界の中で最も賢く力ある竜族へと救いを求めた。
竜族の当時の長は、増長する人間の悪行に怒り、奴隷達を解放し、彼らを受け入れ守る為の国を作ったのだ。
初代の王となった竜族の長は、亜人も人間も問わず、傷付き居場所を無くした者達を広く受け入れた為、今の多部族からなる竜王国となった。
王は竜族の中で最も力の強い者がなり、代々国を治めてきた。
そして、若くして力が認められ王位に就いた現在の竜王は、ただ今結婚適齢期。
自国のみならず、他国からも結婚の打診があったが、本人は全く乗り気でなく、独身を貫いている。
女の影すら見えない竜王に、早くお后をと周囲はやきもきしていた。
この日も、国内外から送られてきた中から、厳選に厳選を重ねた者のお見合い用の肖像画を両手に抱え、王の執務室へ持ち込んできた王の相談役の姿に、クラウスは苦笑を浮かべた。
「これはまた大量ですね、アゲット殿」
「今度こそは陛下にご覧になって頂かねばな。
これだけいれば、お眼鏡にかなう者も一人ぐらいはおろう。
ほれクラウスも手伝ってくれ」
いい加減諦めれば良いのにと思いつつも口には出さず、今度こそはと意気込むアゲットの指示に従い机の上に並べていく。
「………ところで、陛下はどちらにいらっしゃる?」
「街に出掛けられております」
「またか、いっそ誰か見初めて連れて帰ってこれば良いものを」
「それは……難しいでしょうな」
「陛下にはかの国の獣王を見習ってもらいたいものだ。
先月19人目のお妃を迎えられたそうじゃないか」
「さすがに、あの方は多すぎかと………」
「確かにな。妃が増える度に祝いの品を贈らねばならない、こちらの身になって欲しいものだ。
金は掛かるし、他の妃と品が被らないよう考えるのが大変だと、財務と外務の奴が愚痴っておったぞ」
そんな話をしていると、静かに執務室の扉が開き、二人の男性が入ってきた。
クラウスとアゲットは、最初に足を踏み入れた方へ向かい、直ぐさま礼を取る。
「お帰りなさいませ、陛下」
「ああ」
言葉少なに頷いた竜王は、自分の仕事で使うはずの机の上が、女性の肖像画に乗っ取られているのを目にして、途端に口元を引き攣らせた。
「なんだあれは」
「勿論、陛下の花嫁候補達で御座います。
一人と言わず、お気に召した者がおれば、何人でも構いませんぞ。
どの方も家柄、容姿、魔力と、王妃となるに申し分ありません」
期待に胸を膨らませるアゲットを一瞥し、竜王は無言で机の前に立つと、肖像画に手をかざす。
すると机の上に炎が燃え盛り、塵となって悲しく風に乗って窓の外へ消えていった。
「あぁぁ!!何をなさいますか!?
折角私が徹夜して厳選したおなご達を!」
「いらんと言っただろう。
そもそも竜王は力によって決められるのだから、無理して伴侶を見つける必要もないだろ」
「それでも、力の強い者からは、力ある子が生まれるのもまた事実ですぞ!
そんなに気に入らないのであれば、誰でも良いから連れて来なされ。どうせ、おらぬのでしょうが!」
「……………」
居るわけが無いと高をくくっていたアゲットだったが、沈黙し否定をしない竜王に、目を見開いた。
これには傍観していたクラウスも、おやっと目を見張った。
「………もしや、おられますのか?」
「………別に伴侶にとかじゃない。
ただ、もう少し話をしてみたいと思っただけで」
決して肯定したわけではないが、好意的に思う女性がいると分かり、アゲットの顔に喜色が浮かび、血圧が一気に上がる。
「なんと!?それはめでたい!
今何処に?種族は?魔力の強さは?どうなのです!!」
「アゲット殿、少し落ち着かれた方が………。
因みにフィンは知っているのですか?」
クラウスは、あまりにもテンションの上がっている老竜を心配しつつ、竜王と共に部屋に入ってきてから、ずっと部屋の入り口に控えていた男性に問い掛けた。
王の護衛を務め、いつも一緒にいるフィンならば、知っているだろうと思ったのだ。
だが、フィンは腕を組んで、考えるように首を傾げた後、首を横に振った。
「フィンも知らぬとは何処の誰なのです?」
「知らん」
「………はっ?」
「だから、知らないと言ったのだ」
竜王は、今日王都の路地裏であった出来事を話した。
破落戸に追い掛けられていた女の事や、助けようとしたがその前に女が倒してしまった事などを。
「その時、少し言葉を交わしただけで、名も知らない。
ただ、白金色の髪が美しいと……」
竜王は自らの手を見つめた。
思わず触れてしまった、路地裏で会った女のさらさらとした髪の感触を思い出すように。
「ほう、随分珍しい色合いの方ですな。陛下もやりますのう」
何かを感じ取り、にまにまと含み笑いをするアゲットは、フィンを振り返り、びしりと指を差す。
「ようしフィン、今すぐ竜騎士を総動員して、その白金色の髪の女性を捕獲……ではなく、丁重に城へお連れするのだ!
未来の王妃に失礼があってはならんぞ!!」
「待て待て待て、まだ異性として興味があるとは一言も言っていない」
今すぐ花嫁として迎え入れると言わんばかりの勢いのアゲットに、竜王は慌てる。
「なあに、僅かに言葉を交わしただけで、惹かれるという事は、何かしらその女性に感じるものがあったのでしょう。
竜族とはそういう生き物ですからな。
私の昔の頃を思い出しますのう」
もう決定事項かのように話すアゲットに、竜王は頭を抱えた。
今日会った珍しい色を持つ女に、興味を持ったのは事実ではあるが、直ぐにどうこうする気はない。
ただ、最近激しさを増すアゲットの攻撃に嫌気がさし。
気になる女性が居ることを告げれば、少しは収まるだろうと口にしたのだが、完璧に当てが外れた。
「頼むから竜騎士を使うのは止めてくれ」
興味があるというだけで、わざわざ竜騎士を使って女を捜したと知られたら、きっと周囲から、生温かい目で見られてしまうに違いない。
恥ずかしくて外を歩けなくなる。
竜王の気持ちを察したクラウスから助けが入る。
「では、ヨシュアを呼び戻しましょう。
ナダーシャでの情報収集も、もう必要ないでしょうから。
珍しい色をされていますから竜騎士を使わずとも、直ぐに見つけられますよ、アゲット殿」
「それもそうですな」
アゲットも納得したようで、竜王はほっと息を吐く。
それとともに、昼間の女性を思い出し、また会える事に嬉しさと安堵を覚えた。




