召喚
一部内容修正しました。
緑の木々が生い茂る深い深い森の中、ぼろぼろの衣服を着た一人の女性が道無き道を全力疾走していた。
「死ぬ、絶対死んじゃうぅぅ」
枝や草が体を叩き、擦り傷が増えていくのにも気にせず走る彼女が恐る恐る後ろを振り返ると、猪と熊とサソリを足して割ったような得体の知れない生き物が、追いかけて来ているのが見えた。
顔を引き攣らせながら前方へ戻し、必死の形相で走るスピードを上げる。
「あいつら、絶対に許さない!
復讐してやるーっ!!」
***
外国人でモデルの母と、外交官の父を両親に持つ、森川瑠璃。
母と同じプラチナブロンドと名の由来ともなった瑠璃色の瞳、日本人らしい顔ながら容姿端麗な両親の遺伝子をしっかり受け継ぎ、人生勝ち組!な容姿と家に生まれた瑠璃。
しかし、どうやらそこで運を大いに使ってしまったらしく、無邪気に幸せと喜べるような環境ではなかった。
その不幸の始まりは篠宮あさひと家が隣となった事で間違いないと瑠璃は断言する。
瑠璃と同じ年のあさひも、幼い頃から可愛い子ではあったが、周囲は何かとあさひの方ばかりを可愛がり、優遇した。
瑠璃が決して性格が悪いとかではなかったのに、何かとあさひをひいきしていた。
幼稚園の先生や同じ子供達もその親も。
あさひと玩具の取り合いになって怒られるのは必ず瑠璃だった。
日本人離れした美人の瑠璃と、日本人らしい容姿で可愛いあさひとでは、あさひの方が近付きやすいのだろうという母の助言で、幼いながらにそうなのかと納得させていたのだが、流石にあからさまなひいきを目の前でされ続けた為か、瑠璃が少々ひねくれたのは致し方ない。
そして、年を重ね19歳の大学生となった瑠璃に、問題の日が訪れる。
瑠璃はそおっとドアの扉を開け左右を確認する。
「よし、いないわね」
あさひが居ない事を確認した瑠璃は鬼気迫る勢いで家を飛び出した。
家が隣なせいで、小中学校が同じだった瑠璃とあさひ。
私立に行けば良かったと後悔したのは中学校の入学式。
母の「そんなに嫌なら私立にすれば良かったのに」という言葉に愕然としたのを今でも覚えている。
家の経済状況を考えれば、あさひの家庭では絶対に不可能な、授業料のバカ高いお嬢様学校にだって入学出来たのだ。
そう思って、高校は授業料の高い学校に入学したのたが、何故かそこにはいないはずのあさひが………。
何故と聞けば、「だって瑠璃ちゃんと同じ学校が良かったんだもん」と返される始末。
親の経済状況を考えろよと叱ったところで、「大丈夫だよ」と笑顔付の言葉が返ってくるだけ。
一般サラリーマンで専業主婦のあさひの家で、どうやってお金を工面したか非常に気にはなったが、あさひが来てしまった事で瑠璃の高校生活はぶっ壊されてしまった。
それならばと、猛勉強し偏差値の高い名門大学に入学してみたら、案の定あさひは試験に落ち思わずガッツポーズ。
少しでもあさひと離れる為、大学近くのマンションに引っ越ししたのだが、何故か同じマンションに引っ越してきた。
いわく、「瑠璃ちゃんの大学近くの短大に入学出来たし、せっかくだからマンションも同じが良いなって思ったの。隣じゃなかったのは残念だね」だとか………。
それからというもの、唯一あさひが入れない大学が休息の場となり、講義がない日まで足を運ぶようになったが、高確率で家を出た所をあさひに捕まり、仲良く(あさひにとっては)登校する羽目になるのだ。
それを避ける為、時間をずらし家を出るが、何故か捕まってしまう。
現に今も………。
「瑠璃ちゃん、待って~」
(きっと奴は野生並みの嗅覚と聴覚を持っているに違いない)
悪魔の呼び掛けに、げんなりとしながらも、歩む足は止める事なく早歩き。
そんな瑠璃に追い付いたあさひは、頬を膨らませる。
「もう、授業がある時は一緒に行こうって約束したじゃない」
(断じて約束などしていないから!
あんたが勝手に言ったんでしょうが!!)
心の中で悪態を吐きながら、歩く事だけに集中する。
これは何度拒絶しても話を聞かないあさひへの対処法として長年考えついた結果だ。
(やつは空気、やつは空気………)
その間、あさひは返答のない瑠璃を気にせずひたすら話をし続ける。
完全無視の相手に、楽しそうに喋り続けるその空気の読めなささは、もはや天然記念物級である。
瑠璃なら、その人とは用事でもない限り二度と話し掛けない。
あさひの短大が近づいて来ると、男三人と女一人の四人組がこちらへ向かってくる。
笑顔であさひに挨拶する四人は、瑠璃も知る中学校の同級生で、彼等はあさひの隣に瑠璃が居るのを見ると、分かり易く嫌そうに表情を歪める。
「おい、またお前か」
「あさひちゃんは優しいから放っておけないんだろうけど、こんな子に構う事無いわよ」
「皆、瑠璃ちゃんは親友なんだからそんな事言わないで」
(いやいや、いつ誰が誰の親友になったんだ。
あんたが勝手に言ってるだけでしょうが)
関わりたくない瑠璃は距離を置こうとするのだが、あさひは何故かちやほやする周囲の人間ではなく、ほとんど反応を返さない瑠璃に付きまとう。
あさひの周りにはいつも人が集まってくる。
それはもう、どこの宗教団体だと言わんばかりに、あさひを崇拝する人間ばかりが集まってくる。
そんな者達から見れば、あさひから親友と特別視されている瑠璃は、目の上のたんこぶでしかなく、何かと目の敵にされているのだ。
そんな信者達は、あさひに関わらない者達から見ても異常さを感じるようで、いつもあさひに絡まれている迷惑そうな瑠璃を遠目から哀れみの視線で見ていたりする。
だがそれも、一度あさひと関わるようになると、瑠璃に敵意を向けるようになるのだから、始末に負えない。
瑠璃からすれば迷惑そのものだが、今まで何度頭を捻り試行錯誤してあさひから離れようとしてみたが全てスルー。
毎年賽銭箱に大金を入れてお祈りをしたり、怪しげな壺を買ってみたが、未だに効果の兆しは見られない。
(くそう、今度は某国の黒魔術でも試してみるか……)
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる周囲をシャットアウトし物思いに耽っていると、突然足下が光り輝く。
「えっ、なになに!?」
慌てるあさひの声を耳にしながら、目も開けられない程の光に目を瞑ると、まるでジェットコースターの落ちる時のような浮遊感と気持ちの悪さを感じ、思わず座り込む。
次に目を開けると、見慣れた街並みではなく、石畳の神殿のような場所に座り込んでいた。
「おお!成功だ」
「巫女様がおいで下さったぞ!」
呆然と固まる瑠璃の前で、神官のような白い祭服を着た老人や年嵩の男性達が、瑠璃達をそっちのけで喜んでいる。
「……………はっ?」
漸く動き出した思考だが、直ぐに混乱状態に陥る。
周囲を見渡せば先程まで一緒に居たあさひと四人の中学の同級生。
彼女達も瑠璃と同様に現状が把握できないようで、ポカンと口を開けている。
そんな中、西洋の王子様といった衣装の男性が口を開く。
「ようこそいらっしゃいました、我らが待ち望んだ巫女姫………?」
にこやかに話していた男性は、一番近くにいたあさひ以外の、瑠璃や他の同級生の顔を目に映した途端驚愕した表情を浮かべた。
「神官、どういう事だ!女性が三人も居るでは無いか」
男性が声を荒げると、一人の祭服を着た老人が歩み出て来る。
「どうやら巫女姫以外の者まで召喚してしまったようです」
「どの方が巫女姫であられるのだ?」
「巫女姫は、稀なる色彩と誰をもを惹きつける力を持つとされております」
殿下と呼ばれた王子服の男性は、あさひと瑠璃と同級生の女の顔を一人一人確認していくと、あさひに向かって笑みを浮かべた。
「ならばあなたで間違いない。
この中で一番魅力的な方だ」
(なんて失礼な男だ!
ナルシストじゃないけど、お母さんの血を引いているんだから、私だってそれなりに美人なんだぞ)
瑠璃は心の中で憤慨した。
男性があさひの前に跪き手を差し出すと、まるで騎士が愛を捧げているかのような状況に、あさひは頬を染め恐る恐る手を乗せた。
見目の良い男性に熱い視線を送るあさひ。
そんな光景に瑠璃は閃いた。
あさひに好みの男をあてがえば、離れられたのではないか!?
そんな馬鹿な事を考えていたおかげか、混乱状態だった頭が冷静になってきた。
(さっきまで街中だったのに、急に別の場所に移動するなんてあり得ない。
もしかして、気を失わせた後何処かに誘拐されたのかしら。
でも、巫女姫って何よ。またあさひの信者がおかしな事やり始めたんじゃないでしょうね)
あさひの信者ならあり得ると、何度感じたか分からないげんなりとした気持ちに陥った。
「あの、ここは何処ですか?
あさひだけに用事なら私は帰らせてもらいたいんですけど」
近くにいた神官の一人に話し掛けると、神官は男性へ指示を仰ぐ。
「他の者の処遇は如何なさいますか?」
「そうだな、取りあえず陛下への報告が先だ。
他の者の対応は陛下にお伺いしよう」
いや、早く帰りたいんですけどと口を開こうとしたが、有無を言わせず神官達に立たされ、何処かへ連れられていく。
そして、高い位置に設けられた豪勢な椅子に座る、これまた豪華な衣装の国王だと言う初老の男性の元に連れて来られ、跪くように促される。
ただ、その中であさひだけは立ったままで許されていた。
「良く来た、巫女姫よ。
我が国に繁栄を与える、そなたの来訪を心待ちにしていた」
意味の分からないその初老の男性の言葉に、あさひはおろおろとしながら応える。
「あの、ありがとう……ございます……。
でも、あの、ここはどこですか?
私さっきまで街中にいたのに………」
「ここは、ナダーシャ王国。
そなたは召喚されたのだ」
「へっ、召喚……?」
顔を伏せて聞いていた瑠璃も、他の四人も驚きを隠せない。
(まさかそんなファンタジーな事、本気で言ってるの!?)
王の話を要約すると、国に古くから伝わる予言書により、異界から巫女を召喚すれば、この国は繁栄すると書かれていたという。
最初は全員疑っていたが、目の前で魔法を見せられては信じるしかなかった。
そんな怪しい予言書のせいで誘拐されたのかと、じわじわと怒りが湧いてくる。
「巫女姫は、稀なる色彩を持つとされております。
あなたのその金の髪と青い瞳、予言書にある巫女姫に違い御座いません」
神官の中でも高位と思われる、今にも天に召されそうなよぼよぼの老人の言葉に、瑠璃はギクリと表情を強張らせた。
幸い顔を伏せていた為、瑠璃の変化に気付いた者はいなかったが、激しく動揺していた。
母と同じ銀髪というより白に近い金髪といったプラチナブロンドの瑠璃だが、日本においてその髪の色はかなり目立つ。
只でさえ、あさひのおかげで要らぬ被害を被っているというのに、これ以上目立つ事はしたくないと、母の勧めで小学校の頃からかつらを着用している。
本当は染める方が楽で良いのだが、母譲りの綺麗な髪が傷むのは許せなかったので、かつらにした。
今は茶色のかつらと、容姿を隠す為の眼鏡と母直伝のメイク術で地味なその他大勢、配役で言えば脇役の女Aだ。
地味に変装した瑠璃と違い、あさひは短大に入った頃から瑠璃の容姿を真似て、金色に髪を染め青のカラコンをしてメイクもばっちり。
金の髪と瞳の色を言うなら瑠璃の可能性だってあったが、あえてそれを指摘するつもりは無い。
むしろ勘違いされているなら好都合だ。
あさひも、否定するどころか嬉しそうに、王子だと言う最初に会った男性と話をしている。
(よし、押し付けよう。
本人も満更ではなさそうだし)
頭が残念なあさひの事だ、瑠璃の存在を忘れている可能性もあったが、本人は困ってないようなので問題無いだろうと完結し、瑠璃は意を決して王に話し掛ける。
「あの、巫女姫として必要なのは彼女だけなのでしょうか?
必要ないのであれば、私は元の世界に帰らせてはもらえないでしょうか」
帰る方法がないだなんて言わないでよ、と心の中で願いながら、言葉を待つ。
「残念だが、召喚魔法は行きのみ。
帰す魔法は開発されていない。
今後開発されるかもしれないが、今現在帰す方法はない」
終わった………。
ファンタジーだぜと喜んでいた他も、漸く状況が理解出来たようで顔が青ざめる。
「そんな……じゃあもうパパやママには会えないって事……?」
ぐすぐすと泣き始めたあさひを見て、王や神官達が慌てる。
「な、泣くでない。
そなたには王と同等の待遇で迎え入れ、決して不自由はさせぬと誓う。
そうだ、寂しくないように一緒に召喚された者達と一緒に居られるよう取り計らおう」
という事で、瑠璃達の意思確認はされないまま、城で暮らすこととなった。
(まあ、良いんだけどね、ここで誘拐だろって叫んでも何にもならないし………。
衣食住は保障してくれるって言うんだから)
読んで頂いてありがとうございます。
不定期更新です。