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改ミライ  作者: 音哉
8/12

改憶7

 それから一ヶ月、何事も無く平穏に過ごした。


 脅迫者はあれ以降現れず、特定は困難だ。


 地下街を出入りする人々は、地上の埃を嫌い、一様にフードを被り口元まで布で覆う。知らない人間が出入りしていたとしても気がつく事は無いだろう。


「なぁ~にか、悩み事でもあるの?」


 ジュースカフェで、ため息をついた俺に元原がカウンター越しに話しかけてきた。


 だが、何処で脅迫者が聞いているか分からないので、俺は答えずに桃ジュースに口をつける。


「教えてくれたら、いつかこの中に入っている杏ちゃんのヌードを見せてあげるんだけどなぁ」


「マジでぇ?」


 身を乗り出したのは、俺の左に座っていた園山だ。すぐさま恋人である元原に頭を殴られる。


 咳払いをした元原は、手のスマホをちらつかせながら俺に言う。


「コホン。マジよまじ。プールの授業の後でシャワーを浴びている時、冗談で撮っちゃったんだよねぇ。消す約束を杏とはしたけど、なぜか残っているのだっ!」


「興味深い話だ」


 俺の右隣の三杉が、レンズを光らせながら眼鏡を指で押し上げて言った。


「あれまぁ、三杉君も杏ちゃんに興味があったの? 背はちっちゃかったけど巨乳だし、顔も可愛かったしねぇ」


 元原はけたけたと笑った。


「まあ冗談はさて置き、小野田君、悩んでいる事があっても、あなたの好きなように行動してね。私達三人は、小野田君のためなら全力で協力するからさ」


「十年前の事を、いつまで恩にきているんだ」


 呆れた俺が言ったが、元原は怖いくらい真剣な顔で俺を見てくる。


「おっと……。ど…どうしたんだよ、元原? 怒ったのか?」


 俺が助け舟を求めようと園山に視線を向けたが、奴も見たことの無い真面目な顔をしている。三杉も同じだった。


 しんとした店内に、元原の落ち着いた声が響く。


「良く三人で話し合うの。どうして、小野田君を含めてこの四人が生き残ったんだ……ってね。変じゃない?」


 意図が読めない俺が答えに困っていると、続きを三杉が話す。


「俺達の高校、五百人の学生は、ほぼ全滅をした。生き残ったのはここにいる四人だけ。その四人は、以前からの友達だった。これは妙だろ? 天文学的確率だ」


「……運が良かったんだよ。三杉は教室で一人生き残ったし、園山も靴箱に助けられて……」


「それは違うな。俺は確かにクラスメートよりは少し長生きをした。だが、小野田が来なければ次の爆撃で確実に死んでいた。園山にしたって、小野田が来なければ数分後には焼け死ぬ運命だった」


 三杉の言葉に頷く園山が、更に俺に言う。


「ぶっちゃけ、小野田って何か運命を変える力を持ってねぇ? まるで俺達を狙い撃ちするかのように、助けに戻っているよな?」


「…………」


 俺が黙っていると、カウンターの向こうで元原が言う。


「園山君を助け、その前は三杉君、そして、更に前に助けられたのが私。小野田君は誰かに助けられた? ううん、助けられて無いよね? 始まり(・・・)は小野田君。……でしょ?」


 俺は今までの事を話そうか迷った。ここまで分かっているとなると、タイムマシンのような突拍子も無い存在を信じるかもしれない。なら、手を貸してもらって木部を助けに……。

いや……信じた所で元原達にはあの病院の地下フロアは見えないんだ。木部を助ける協力はしたくても、手伝う事は出来ない。それに、脅迫者の存在も気にかかる……。


「――――っ!」

 俺は、気配を感じて振り返った。店の前は、フードを目深に被った人間が何人か歩いている。


 確かに……誰かの意識が向けられていた。俺達の話しに聞き耳を立てている奴がいたはずだ……。例の脅迫者だろうか……?



カタ  カタ  カタ   


 細かい振動が感じられた。上を見ると、吊り下げられた照明が僅かに揺れている。


 地震だろうか?


 俺は、ジュースをもう一口飲もうとグラスに手を伸ばす。



ドガ――――ン!


 つんざく激しい音と、突き上げる振動。


 俺が掴めなかったグラスは、カウンターから跳ね落ちて地面で砕ける。


「なっ…なんだよぉ!」


 園山は立ち上がった。地下街からは、あの日のように悲鳴がこだまする。


「ミ……ミサイルか? なぜだ? どこから……?」


 俺が独り言のように言うと、三杉が眼鏡を指で押し上げながら答える。


「我々のように、生き残った人間が世界のどこかにいるのかもしれない。そいつらが、過去の怨念に縛られ、戦争の続きを始めたと……したら?」


「バカな……。武器がまだ残っていたと言うのか?」


「あの時代に備蓄されていた兵器は、地球を百回破壊してもまだ余ると言われていた」


 三杉は、杖を突いて立ち上がった。俺も立ち上がり、元原もカウンターから出てくる。


「皆、非難だよっ! シェルターへ!」


 元原が、地下街へ向かって大きな声で呼びかける。住民達は一斉に右へ向かって駆け出した。


 爆撃は想定していなかったが、地震などの災害時に使う避難ルートは以前から決めてあった。地下街の南側にある、更に深く掘り下げられた地下鉄跡だ。あそこなら、地上で核が爆発しても大丈夫なはずだ。


 しかし……あの病院はそうはいかない。ミサイルがもしあそこを直撃すれば、地下室のタイムマシンも破壊されてしまうだろう。なら、木部や川崎を助ける手段は、永遠に無くなってしまう。


 園山は三杉に肩を貸し、杖は元原が持った。そして三人は、地下街を南へと駆け出そうとするが、動かない俺を振り返った。


「小野田君っ! どうしたのっ?」


「早く行くぞ! 小野田!」


 元原と園山が俺を急かすが、俺は地上への階段を見た。


「……木部を助けてくる。あいつなら、きっとこんな未来を根っこから引っくり返す」


「き…木部ぇ? どこにいるんだよぅ?」


 園山があんぐりと口を開けて言う。しかし肩を貸されていた三杉は、園山から離れて元原から杖を受け取り、自力で立って俺に言う。


「行って来い。あの病院だな?」


 俺が頷くと、元原と園山は俺を囲んで言う。


「なぁ~んだ。そう言う事? 秘密の力使っちゃうって訳ね?」


「んじゃ、手伝うなら今だな。この爆撃の中、一人であそこまで辿りつける訳がねぇ」


 腕を上げてポーズを決める二人だが、俺は一人で階段へと向かう。


「お前達は避難しろ。俺が死んだところで、お前達も消えるって確証は……おわっ!」


 俺が背中に衝撃を感じると、そのまま後ろから抱え上げられた。


「最近は現場監督ばっかりで、体がなまってたから丁度良い運動だぜ!」


 俺を持ち上げた園山は、そのまま階段を登っていく。後ろからは元原と、元原に腕を貸して貰った三杉がついて来る。


「正気かお前らっ!」


 爆撃音が響く地上で俺が言うと、杖を地面に突いた三杉が口を開く。


「その言葉、そのまま小野田に返そう。あの日、俺達を助けに戻ったお前は正気じゃない」


「まったくだぜ!」


「あの日みたいな、ミサイルの雨よねっ!」


 園山と元原も、爆撃が微塵も怖く無いかのように空を仰いで笑った。


 数十キロ先、数キロ先にミサイルが落ちる中、数百メートル圏内にミサイルが落ちた。俺達四人は突風のような衝撃波でよろめく。


「さあ行け! スタートの合図だ!」


 三杉が杖で病院の方向を指した。顔を見合わせた園山と元原は、それぞれ俺の左手、右手を掴んで駆け出す。


「三杉くぅ~ん! 連絡待っててねぇ~」


 元原が後ろに手を振ると、三杉はスマホを握り締めた手で振り返した。


ドガ――――ン!


 俺達は、後ろからの突風に飛ばされて地面を転がった。顔を上げると、三杉の姿が消えている。


「み…三杉……」


「地下に戻ったんだよっ! 行くよっ! 小野田君!」


 立ち上がった元原は、俺を引っ張り起こして進む。園山も無言で並んで走る。



 息を切らせながら十数分走った。


 地形が変わって分かりにくいが、かなり病院まで近づいているはずだ。


 病院と地下街はおよそ五キロの距離で、女の元原はかなり苦しそうな表情をしている。


「大丈夫か元原?」


「はぁ……はぁ……。じょ…女子の体力測定は千メートル走だったからね……。今回は……ちょっと長いなぁ。でも、大丈夫」


 園山が手を貸そうとしたが、元原は首を振った。


ドガ――――ン!


「危ない! 小野田君!」


 何が起きたのか分からなかった。元原に押されてつんのめった俺が振り返ると、元原だけが倒れていた。


「元原…」


 近づこうとした俺を、元原は手の平を見せて制した。彼女はいつもの笑顔で上体を起こすと、そばの瓦礫にもたれて座った。元原の腹の辺りの服は、何かが当たったように破れて汚れている。


 元原は、ポケットからスマホを取り出して俺に言う。


「ちょっと……休憩するね。連絡……待ってるから……」


 普段の明瞭な声ではなく、濁っていた。閉じた口の端から、一滴の血が流れている。


「うおぉぉぉぉ!」


 園山が天に向かって吼えた。奴は俺の背中を押し、俺の背後を守るかのように走り出した。


「待てっ! 元原を一緒に……」


「あいつは俺が拾って帰る! 気にするなっ!」


 俺の目の端に、地面に突っ伏した元原が映った。


「小野田っ! 変えてくれ! 頼むから……こんな未来を……変えてくれっ!」


ドガ――――ン!


 いつかのように、俺は園山に抱きかかえられて地面を転がる。


「怪我は無いか小野田?」


 あの時のように聞いてくる園山に、俺は以前と同じセリフを返す。


「おう! タフだな、園山。……園山?」


 園山の頭から、どろりと血が流れ出した。汗を拭うように手の甲で血を拭った園山は、俺を押して走り出す。


 ようやく、見覚えのある廃墟が現れた。


「あったぞ! あそこが病院だ! 地下には消毒薬や包帯を少しは残している! 着いたらすぐに手当てをするからな!」


 園山は何も答えなかった。真っ青の顔で走り、廃墟の病院ホールに入る。下へ降りるエレベーター昇降路(シャフト)前に来ると、園山は足を止めてポケットからスマホを取り出した。


「小野田……また……六人で……飯でも食おうぜ……。連絡……よろしくな……」


 園山は膝を突き、うつ伏せに倒れた。後頭部に大きな傷跡があり、包帯程度ではどうしようもないとすぐに分かった。


 俺は園山を残し、地下フロアに下りた。通路を走り、MRI室へ入る。


 誰の姿も無かった。脅迫者が待ち構えているかもと思ったが杞憂だった。だが、今から邪魔をされないとも限らない。すぐに行動に移らないと。


 俺はMRIのロックを外し、ベッドに寝そべる。すぐに機械が俺とベッド全体を覆う。


 木部……助けてくれ。お前がいなけりゃ、俺達は力を発揮出来ないんだ。お前と全員で、未来を変えさせてくれ……。


 すぐに深い眠りに落ちた。




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