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改ミライ  作者: 音哉
7/12

改憶6




 俺が地下街へ入ると、リニューアルオープン目前のショッピングモールがそこにあった。


「十年前の街を思い出すな」


 俺がそう言うと、作業員に指示を出していた大柄の男が振り返る。


「ガラスだけはどうにもならないけどな。昔の物を曲げたり磨いたりすれば、まだまだ使えるさ!」


 奴は、いつものように地下街に響き渡る大声で笑った。


 正面を見ると、特に磨き上げられた素材を使用したきらびやかな店がある。もちろん、元原のフルーツカフェだ。園山の奴はこの地下街を内部から補強し、コンクリートさえも練って作り、ヒビなどを塞いでしまった。


 フルーツカフェのカウンターでは、元原が俺達を見ながら笑っている。


「ガラスも手に入らないかな。高校時代にガラス屋の息子とか……いないか」


 俺がそう言って笑うと、園山は何の事か分からず首を傾げた。


 俺がいつものように元原の店の指定席へ座ると、左には園山が手の設計図を丸めながら座る。右側には、なぜかこの時間に必ずコーヒーを飲んでいる三杉がいる。


 俺はグラスの桃ジュースを飲みながら、三人の顔を見て言う。


「俺達の生活も軌道に乗ってきたな。健康は三杉が管理してくれるし、住居は園山が整えてくれるし、食べ物は元原が調理してくれるし。……考えたら俺だけが何もしてないのか」


 がっくりとうな垂れると、俺の左肩を園山が叩いて言う。


「ドンマイ、小野田!」


 園山は一つ大笑いをしてから、真面目な顔を俺に向ける。


「何言ってんだよ。小野田がいなけりゃ、俺達はいなかったんだぜ」


 それを聞いた三杉は、俺の右で黙って頷く。


 正面の元原も、ぶんぶんと首を縦に振ってから言う。


「もし小野田君が私達を助けてなければ、この地下街って、まだ誰も住んでない暗い場所だったりしてねっ!」


 三杉が「今となっては想像付かないな」と答えると、元原と園山は頷く。



 ……そうだ。俺が一人でこの地下街を見つけた時は、死体が転がる真っ暗な場所で、到底住もうなんて思わなかった。だが、四人で生きるこの未来では、それぞれの力を合わせてここまでの場所にした。住人も五十人程になり、仕事を分担して住居整備や食料発掘をし、三杉の医療助手育成までこぎつけた。


 あとは……木部と川崎だ。しかし、あの日やつらが何処にいたのか俺にはまるで分からず、助けようが無い。しかもあのタイムマシンはあれ以上の過去へ行けないので、園山を助けた後のあの時間から二人を救出に行かなければいけない。まだ校舎は全壊には至っていなかったが、すでに三分の二は壊れており、木部も川崎は生きてはいなかっただろう。園山の時点で完全に奇跡だった。


 俺はポケットからスマホを取り出した。暗い画面に、川崎の顔が映っているように思えた。


「……ん?」


 俺の右から、左から、正面から、似たようなスマホが寄せられる。四つのスマホがかちんとぶつかり合った。


 元原の明るい声が店に響く。


「みんな、覚えているよね? いつかこのスマホのバッテリーを直して、また六人で電話やメールをしちゃうんだからっ!」


「もちろん、忘れてないさ。だからこうして肌身離さず持っている」


 三杉は言った後、照れたのか指で眼鏡を押し上げた。


 園山は、スマホを耳につけながら大声で言う。


「もしもぉ~し。あ、木部? 今、皆で元原の店にいるからさ、川崎を連れて早く来いよ!」


 そのまま園山が振り返ると、俺と三杉も後ろの階段を見た。だが、やはりあの二人は姿を現さない。


「ダメかぁ。木部と川崎の出席届けが来ないから、俺達の結婚式はいつまでも伸び伸びだなぁ」


 園山が言うと、元原は俯き加減で答える。


「良いよ……いつまででも待つから。どうせ……」


「すまない……」


 それに対し、三杉が謝る。


「あっ! 何言ってるのよっ! 三杉君のせいじゃ無いじゃないっ! 放射能が悪いんだからっ!」


 元原は笑顔を作ると、三杉のカップにコーヒーを注いだ。



 学生時代から好き合っていた元原と園山は、すぐに恋人同士となった。だが、核の影響で元原は生殖機能が破壊され、子供を産めない体になってしまっている。三杉は二人のために何とか治療を試みるのだが、現在に残っている設備と薬では未だに実現は遠いらしかった。


「木部がいれば……」


 俺は、そんな言葉が口をついて出てしまった。


 元原、三杉、園山の力は、確かに生活を一変させた。だが、この世界を根底から改革するには、木部のようなリーダーが必要だ。あいつは人を惹きつけ、時には常識をひっくり返す。明らかに指導者……いや、英雄の資質があった。登山学習でふざけ過ぎた俺達が遭難しかけたときも、突拍子の無い理論で俺達を下山に導いた。知識が豊富で勉強が出来る三杉も目を丸くしたほどだ。 


「川崎は分からないけど、木部は生きていると思ったんだけどなぁ」


 園山が唐突に不思議な事を言うので、俺は聞き返してみる。


「どうしてだ?」


「俺、小野田に埋まっている所を助け出される前に、木部……の声を聞いた気がしたんだよ。生存者を探して歩いている感じで」


「……なにっ?!」


 俺がカウンターを叩いて立ち上がると、三人は驚いて俺を見る。


「木部があの時……生きていた? どうして今まで言わなかったんだっ!」


「いや……だって、俺が助け出された時には校舎はボロボロだったろ? 木部も死んでると思ったから……」


 そうだ。タイムマシンを使う俺にはあの時点での木部の生存情報は必要不可欠だが、園山にしてみれば、死んだ木部がどの段階まで生きていたのかなんて重要じゃない。


「それで、木部はどっちに行ったんだ?」


「声の方角的に、C校舎だと思うけど……」


「C校舎……? ダメだ、俺とお前が逃げる時に落ちてきたミサイル、あれで吹き飛ばされた校舎だ……」


 力が抜けた俺がすとんと椅子に座ると、園山は身を乗り出して俺に聞く。


「あんな忙しい時に、良く見てたなぁ?」


「見るのは二度目だったからな……」


 俺が答えると、三人は意味が分からず首を傾げた。



 園山が口にした新しい証言は、特に役に立たなかった。あの瞬間に園山と木部を助ける二者択一を迫られていたとしても、俺はそばにいた園山を選んでいただろう。人類には木部が必要だったとしても、俺には園山も同じくらい大切な友人だ。目の前の園山を見捨てる事なんて出来るはずが無い。


「結局、分からず仕舞いなのは川崎だけかぁ」


 園山がため息をつくと、元原はカウンターの向こうで何やら思い出したように手を一つ叩いた。


「そう言えば……あの日の杏って少し違ったよね?」


 すると、三杉が眼鏡を光らして答える。


「映画の件で、照れていただけだろ?」


 だが、元原は首を横に振る。


「ううん……。なんかいつもより……大人っぽい面があってさ。杏と小野田に……進展があったのかって期待しちゃったよっ!」


 そう言って元原は笑うと、園山が「小野田に限ってそれは無い」と言い切って一緒に笑った。


 いつもの学校では、川崎と元原は大抵ずっと一緒にいるのだが、あの日ばかりは日直の仕事があったために元原は川崎と別行動をした。そのせいで川崎の足取りは不明になった。昼食を食べた後、川崎は教室へも戻らず一体どこへ行ってしまったのだろうか?




 夕方になり、俺は地下街から病院へ戻る。

 ネオンが漏れる地下街への階段口では、元原と園山が今日も手を振って見送ってくれる。



 良く考えれば、A校舎は三杉の時に奴を探して走った。生きていたのは三杉だけだった。   

 B校舎は、園山を助け出した後のミサイルの衝撃で崩れ去った。

 C校舎も、そのミサイルの衝撃で全壊近く壊れた。

 更にその後に学校近くに二発のミサイルが落ち、校舎の全ては粉みじんに吹き飛ばされる事になる。


 川崎と木部が生きていたとしたら、俺が園山を助けている頃にC校舎にいて、次のミサイルが落ちるまでに野生の勘でそこから逃げ出さないとダメだ。そんなの、ありえない。

 しかも、C校舎と言えば少子化の影響で倉庫代わりに使われていたような場所だ。生存者を探していたらしき木部はともかく、川崎がそんな所にいたはずがない……。


 生きている可能性が僅かにでもあるのは、木部か。


 奴がいれば……この世界を変えることが出来るのだろうか?


 しかし……園山を助けてから、余りにも時間的余裕が無さ過ぎる。無謀とも思える秒単位の救出作戦になるだろう。それを俺一人でこなすなんて……自信が無い。



 俺は階段を下り、病院の地下フロアに帰ってきた。とり合えず、寝室兼リビングのMRI室へ向かう。


 MRIは、今はロックをかけて作動させていない。俺はベッドのそばでたたずむMRIに手を触れる。


 木部や川崎を助けに行き、世界を変える可能性に挑戦してみたい。だが、俺が死ねば、元原、三杉、園山が消え去り、まったくの振り出しにもどってしまうかもしれないのだ。


 段々ミッションは難しくなっていく。当然だ。学校が破壊しつくされる時間は決まっており、それに差し込む形で仲間を助けに入っているのだから。残された過去の時間は、あと数分だ。川崎の手がかりが無いのなら、木部を助けるしかない。どちらか一人だけと迫られないだけ……ましと言う物か……。


「…………ん?」


 ベッドの上に一枚の紙が落ちていた。何やら文字が書かれているようで、俺は拾い上げて読んでみる。



『木部和也を助けに行くな』



「なにっ!?」


 俺は部屋を見回す。誰の姿も無い。すぐに部屋を出て、左右の廊下を見る。足音はもちろん、人の気配はまったく無い。


 だ…誰がこのメモを置いたんだ? 


 俺はメモを何度も読み返しながら、ベッドに座った。


 誰かが、俺が木部を助けに行くことを阻止しようとしているのか? しかし……どうして過去に死んでしまっている木部を知っているんだ? そして、この機械がタイムマシンだとも分かっている? なら……機械を壊せば良くないか? それで簡単に俺が過去へ戻るのを防げるはずだ。それなのに……メモを残して忠告に留めた?


 俺は、手の中のメモをぐしゃりと握りつぶす。


 紙とペンはこの時代では珍しいだろうが、この病院には沢山残っている。だが、家捜しをした痕跡は見当たらない。相手はプロの泥棒か? それとも、筆記具がどこにあるのか最初から分かっていた?


 待てよ……。


 どうして……この病院に入れたんだ? この場所は、俺以外の人間の目には瓦礫だらけの廃墟として映るはずだ。時を越えた俺だけが利用出来る施設のはずだと思っていたが……? 


 この施設を使える事と言い、木部の名前を知っている事と言い、俺に近い存在の誰かの仕業か? しかし……元原達がするはずが無いし、木部や川崎が生きていたとしても、こちらも理由がまるで浮かばない。


 他に……情報を知りえる場所にいる奴と言えば……?


 ――っ!


 俺は丸めたメモを広げた。パソコンの無いこの時代なので、当然手書きだ。しかし、まるで左手で書いたような下手な文字で書かれている。


 妙だぞ……。どうしてわざと筆跡をごまかす? 俺の知らない人物なら、工夫して書かなくても誰だか分からない。だが、筆跡を変えると言うことは……俺が目にしたことがある文字だって事だ。


 …………。疑いたくは無いが、元原、三杉、園山の三人の誰かなのか?


 だが、三杉は足が不自由でここまで歩いて来られないし、元原と園山はいつも一緒にいる。おまけに三人とも仕事で忙しく、時間なんてあるはずがない。第一、乗り物でも無い限り、俺を先回りしてメモを残すなんて不可能だ。


 どうなっているんだ? これもタイムパラドックスの一つなのだろうか?



 俺はとり合えず、脅迫者に従って過去へ戻る事を当分控える事にした。




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